いつも通り
翌朝。
目覚ましが鳴る前に、
彼は目を開けた。
白い天井。
静かな部屋。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
彼はゆっくり起き上がる。
ベッドを整える。
顔を洗う。
歯を磨く。
鏡の中の自分を見る。
寝癖ひとつない黒髪。
整った顔。
眠そうに細められた目。
どこにでもいそうな男だった。
キッチンでコーヒーを淹れる。
トースターの音。
ニュース番組。
女性アナウンサーが行方不明事件について話していた。
『現在も捜索が続いており――』
彼はバターを塗る手を止めない。
静かな朝だった。
食器を洗い終えると、
彼はコートを羽織る。
玄関へ向かう途中、
廊下の奥へ視線を向けた。
閉ざされた扉。
銀色の鍵。
彼は少しだけ立ち止まる。
それから静かに近づいた。
指先で扉へ触れる。
「行ってくるね」
優しい声。
返事はない。
彼は小さく笑う。
「今日は早く帰るから」
まるで、
恋人へ話しかけるみたいに。
彼は満足そうに頷くと、
玄関の扉を開けた。
朝の光が差し込む。
マンションの廊下。
「おはようございます」
すれ違った住人へ、
彼は柔らかく会釈する。
「あ、おはようございます」
相手もつられるように笑った。
エレベーター。
「開いてますよ」
駆け込んできた会社員へ、
彼はボタンを押したまま待ってやる。
「すみません、助かりました」
「いえいえ」
穏やかな声。
通勤途中の人々。
誰も彼を疑わない。
彼もまた、
誰にでもいる感じのいい男にしか見えなかった。
電車へ揺られながら、
彼はスマホを見る。
『昨日楽しかった!』
昨夜の女からまたメッセージが届いていた。
彼はしばらく画面を見つめる。
それから静かに微笑む。
向かいに立つ女子高生と目が合うと、
軽く視線を逸らして席を譲った。
「ありがとうございます」
彼は小さく頷くだけだった。




