振り出し
しかし。
レストランへ到着した時には、
その席はもう空だった。
窓際。
以前と同じ席。
テーブルの上には、
まだ片付けられていないグラスが残っている。
「……クソ」
藤堂が低く吐き捨てる。
店員が慌てた様子で近づいてきた。
「十分くらい前に出ました」
「なんで連絡遅れた」
「すみません、確信持てなくて……でも顔見た瞬間、絶対この人だって」
若い刑事が周囲を見回す。
「女は?」
「笑ってました」
店員は小さく震えた声で言う。
「普通にデートしてるみたいに」
藤堂は窓際の席を見る。
二人分の皿。
半分残ったワイン。
女物の口紅がついたグラス。
そこに“さっきまでいた”気配だけが残っていた。
「映像は」
「今出します」
店員がタブレットを操作する。
防犯映像。
店内へ入ってくる男女。
女が笑う。
男も柔らかく笑っている。
前と同じだった。
どこにでもいそうな、
普通のカップル。
だが。
藤堂は映像を止める。
「……ここ」
女がメニューを見ながら笑った瞬間。
男はその顔を見ている。
静かに。
まばたきも少なく。
まるで、
何かを焼き付けるみたいに。
若い刑事が顔をしかめる。
「また見てる」
店員が小さく呟く。
「この人、ずっとこうなんです」
映像が進む。
女が水を飲む。
男の視線が喉へ落ちる。
女が髪を耳へかける。
男の目がそれを追う。
笑顔。
伏せた目。
唇。
その全部を見ている。
「……気持ち悪い」
店員の声は掠れていた。
藤堂は映像を睨む。
男は穏やかだった。
優しそうで、
静かで、
清潔感もある。
だから余計に異様だった。
「出たあとは」
「徒歩です。雨降ってたから傘差して」
「方向は」
「駅と逆」
藤堂が振り返る。
「周辺の防犯カメラ全部回せ」
若い刑事が頷く。
その時。
店員がぽつりと言った。
「でも」
全員の視線が向く。
「あの女の人……途中から少し変だったんです」
「何が」
店員は映像を見る。
「笑ってるんですけど」
小さく唾を飲み込む。
「なんか、緊張してるみたいで」
静かな雨音が店内へ滲んでいた。




