367 イチャラブカップルのシチリア強襲記(前編)
書いているうちに話が長くなったので2話に分割します。この続きは1時間後に投稿いたします。
桜と別れた聡史たちは、彼らのターゲットであるシチリア公爵の屋敷へと向かっている。
海岸近くに広がる風光明媚な避寒地も兼ねた高級住宅街とは違って、公爵の屋敷は小高い丘の中腹に構えられており、これは「領民から見下ろされるのは領主として絶対に認められない」という貴族のつまらないプライドがなせる業に相違ない。
そのため敢えて不便な点には目を瞑って、丘を切り開いた広大な敷地に屋敷が建てられている。
ちなみにシチリア公爵のことを「領主」と呼んでいるが、このシチリア島にはイタリア政府に正規に認められている市議会や市長といったれっきとした行政機構が存在している。しかしその選挙で選ばれたはずの肝心の市長や議員たちのほとんどは公爵やその配下ともいうべきマフィアたちの息がかかった者たちという実態がある。
したがって表立っては名誉的な称号と受け取られている「公爵」という地位だが、実質的にはこの島を陰で牛耳る領主としての権力を十分に持ち合わせているのが実態となっている。
そのおかげでイタリア政府としてもおいそれとは口出しできないという、ある意味ではバチカンやサンマリノと同様のイタリアの内部にある別の国家のような仕組みが出来上がっている。この状況が社会にどのような影響をもたらすのかといえば、政府が何も言ってこないのをいいことに予算の不正な横領や汚職だけではなくて、非合法な武器や薬物の売買、マネーロンダリングによる不正な利益の取得等々、島全体が犯罪の温床に置かれているという現状に繋がっている。
◇◇◇◇◇
ザッとシチリアの現状を説明したところで話を元に戻すが、現在、聡史はちょっとズルをしてルシファーの翼を広げた美鈴に抱きかかえられながら夜空を飛翔している最中。
もちろん歩いて向かうという方法もあったが、美鈴から「曲がりくねった道を歩くよりも、空を飛んで一直線に向かったほうが早いでしょう」という提案にしたがった結果の現在の姿ということになっている。
「美鈴、重たくないのか?」
美鈴の細腕に抱えられている聡史が不安げに聞いてくるが、彼女は清ました表情で返答する。
「大魔王の力を甘く見ないでほしいわ。それに魔法で重力を低減しているから、聡史君の体重程度はほとんど負担にはならないのよ」
「それを聞いて安心した。やっぱり持つべきものは頼りになる幼馴染みだな」
「いつまでも幼馴染み扱いするんだったら、今この手を離してもいいのよ」
美鈴の目が全然笑っていない。というか逆にスッと細められており、いかにも容赦ない大魔王様という冷酷さすら湛えている。
「俺が悪かった! 美鈴さん、心から愛してますから絶対にその手を離さないでください」
「あら、聡史君にしてはずいぶんまともなセリフね。完全な棒読みにしても、ちょっとだけ嬉しいわ」
どうやら聡史的には美鈴のご機嫌取りに成功した模様。それにしてもこれまで気のきいたセリフなど一切口にしなかったこの男が、現在一時的に美鈴に身を預けているとはいえ、ここまでこじゃれたフレーズを自ら吐き出すとはちょっとした驚きかもしれない。
それはともかくとして、このような遣り取りをしている間にあっという間に公爵の屋敷が視界に入ってくる。
「なるほど、こうして上空から見ると、建物の造りがよくわかるな」
「ドローンを飛ばす必要もないわね」
「その通りかもしれない。おまけにこうして夜陰に乗じて空から接近すれば、敵に発見される可能性が大幅に減るしな」
「自分で言っといてなんだけど、ドローンの代用品っていうのは今ひとつ納得がいかないわ」
確かに美鈴の言う通りかもしれない。好意で空を飛んで運んではみたものの、ドローン的な有用性しか聡史に認められないのではヘソを曲げても仕方がないだろう。
「いや、愛する美鈴さんの好意には大変感謝しております」
「度重なる棒読みをありがとう。それじゃあ着陸するわね」
どうやら〔棒読み・その2〕は一回目ほどは効果を発揮していないよう。こればっかりは美鈴の受け取り方次第なので、聡史にはどうすることもできない。
そして徐々に下降してゆっくりと地面が近づいてきた地上約30メートルの地点で、美鈴は聡史を抱えていた両腕を予告なしに離す。
「ウワー!」
一瞬驚きの声をあげる聡史だが、想像に反して自分の体がほぼ加速せずに極めて低速で落下していく状況に戸惑いを覚えている。聡史が落ちていく速度に合わせて、その横を優雅に降下していく美鈴は…
「これが低重力の感覚よ。いい体験になったでしょう」
「急に腕を離されてさすがに一瞬驚いたじゃないか」
「棒読みの罰よ。今度はもっと心を込めて私の耳元で囁いてほしいものね」
「鋭意努力いたします」
およそ10分の1まで軽減された重力によって、聡史の体は羽毛のようにフワリと地面に着地する。元々30メートル程度の高さから飛び降りたところで普通に地面に着地できる聡史だが、初めて経験する低重力の感覚に目をパチクリ。
「宇宙ステーションの映像が目の前で展開された気分だ」
「いい経験になったでしょう。それじゃあ、術式を解くわよ」
美鈴がパチンと指を鳴らすと、聡史の体にいつも通りの地球の重力が戻ってくる。
「なんだか体がちょっと重く感じるなぁ~」
「桜ちゃんなんか50Gでも平気な顔をして動き回っているんだから、これくらいの重力の変化で弱音を吐かないでほしいわね」
「あの妹は体の造りが絶対に間違っているんだ。一緒にしないでくれ」
この場合は、おそらく聡史の主張が正しいように思われる。重力すら「気合い」で捻じ曲げてしまうのが桜なのだから。
さらにその上位互換である怪物ジジイに至っては、ブラックホールに飛び込んでも平気で生きていられるのではないかと普通に疑ってしまうレベル。
そんな重力論争は一旦横に置いといて、人目につかない樹木の影に身を伏せつつ、時計に目を遣る聡史。
「美鈴のおかげでずいぶん時間が余ったな」
「予定時刻まであと40分も残っているわね。ねぇ、聡史君。ヒマよね」
「大事な任務を前にして『ヒマ』はないだろう」
「だから… ヒマよね」
「はい、ヒマでした」
美鈴の語気に気圧された聡史が思いっ切り折れている。夫が妻にアッサリ折れる光景は、楢崎家では聡史兄妹が子供の頃から至極日常的に繰り広げられているので、長期間擦り込みがなされた結果聡史的にはどうにも抗いようがないくらいに女性に対して強気に出られない。
そんな聡史に向かって美鈴が追撃を仕掛ける。
「そういえば、私は聡史君にいくつか貸しがあったような気がしてきたんだけど」
「はい、大きなモノだけでも二つほどあると記憶しております。いや、三つかもしれません」
「そうよね。ちょうど今はヒマだし、その貸しを返してもらおうかしら」
「ど、どのような形でお返しすればよいのやら、とんと見当がつきませんが…」
聡史の胸中には急速にイヤな予感が広がっていくのは言うまでもない。当然ながらシチリア公爵への襲撃を目前に控えたこのタイミングで、果たして美鈴が何を言い出すのやらと内心ではガクブルしている聡史がいるのもまた事実。
「簡単な話よ。私にキスしてちょうだい」
「へっ?」
「リピート・アフター・ミー。キ・ス」
「キ、キスですか?」
「なんで疑問で返してくるのよ。何度も言わせないで!」
ここまでくると、聡史には美鈴の意向に従うしか道は残されてはいない。だが、聡史はなんとか最後の抵抗を試みる。
「いくらなんでもこんなシチュエーションで、さすがにキスしている状況ではないような気が…」
「あら、カレンとはずいぶん危機的な状況でキスしたらしいじゃないの」
「いや、あれは異世界のエルフの森の再生のために已むに已まれぬ状況でした」
「最近では美咲ちゃんともキスしているって耳にしたわ」
「ゲッ! な、なんでバレているんだ?」
聡史の顔色が急速に青白くなっていくのは已む無しだろう。まさか美咲との秘密まで美鈴に勘付かれていたとは、聡史的には夢にも思っていなかったよう。
「そりゃぁ~、あれだけ美咲ちゃんが浮かれ切った表情をしていたら、ちょっとぐらいは問い詰めたくなるでしょう」
「ほ、本当に問い詰めたのか?」
「ええ、魔法の師匠としての権威をかさに問い詰めたら、アッサリと吐いたわよ」
「ぐぬぬ、返す言葉が見当たらない」
「そうだったわ。あの時は一瞬頭の中が真っ白になってね。気がついたら手に持っていた黒曜石の杖をへし折ろうとしていたのよ。直前で何とか思い留まったけど」
ここまで追い詰められては、もう何も言えない聡史。こうなった以上は覚悟を決めるしかない。
「わかりました。喜んでキスさせていただきます」
「なんで敬語になっているのよ。それに真正面から恥ずかしいセリフを吐かないでちょうだい」
今度は美鈴が戸惑う番になっている模様。いざ本当にキスするとなると「本当にこのタイミングでいいのか?」という具合に気持ちが揺らいでしまうのかもしれない。
だが、美鈴の躊躇など気にも留めずに、聡史はその体をガバッと抱き留める。
「えっ、あっ」
急に聡史の腕で抱きしめられた美鈴は一瞬ためらいがちな声をあげるが、ゆっくりと両目を閉じていく。どうやら聡史の唇を受け入れる覚悟が出来たのだろう。
そして二人の唇が重なった瞬間、美鈴は無意識に自分の両腕に力を込めて聡史の逞しい体を抱きしめ返す。
永劫とも思える時間、唇を重ね合わせていた二人はゆっくりと離れていく。その直後、美鈴は聡史の胸に顔を埋めて…
「聡史君って、いつでも暖かいわね」
「体温が高いっていう意味か?」
「違うわよ。こうしていると、聡史君から伝わってくる気持ちが暖かいのよ。ねぇ、聡史君」
「どうした?」
「私は小学生の頃から聡史君のことがずっと好きなの」
「ああ、それは知っている」
ついに迎えた美鈴がデレる瞬間。だが、聡史は意外と普通に答えている。これは一体どういうことだろうか?
「なんだか期待した返事と違ってガッカリだわ」
「俺に心にある同じ気持ちに美鈴は気付いていると思っていたんだけど、もしかしたら勘違いだったかな」
聡史の胸板に埋められていた美鈴の顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。
「うん、知っていた。聡史君は小学生の頃からずっと変わらずに私のことが好き」
「その通りだ。美鈴のことをずっと好きでいたんだ」
「なんだかすごく嬉しい。聡史君、もう一回キスして」
「ああ」
こうしてテイク2が繰り広げられていく。2度目のキスを終えた美鈴の表情は、今までにないくらいにピカピカに輝いている。
「さあ、この勢いに乗ってターゲットを粉砕するわよ!」
「ちょうどいい時間だな。美鈴、頼むから勢いに乗りすぎないでくれよ」
こうして二人は意気揚々とシチリア公爵の屋敷へと向かうのであった。
後編は1時間後に投稿しますので、どうぞそちらもご覧ください。
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