366 ヒットマン 桜
銀河連邦の輸送艦に乗り込んだ聡史たちは…
聡史たちが乗り込んだ銀河連邦の輸送船はあっという間に成層圏まで上昇してから西に向けて進路を取る。約1時間後にはイタリア北部の上空に到着したというのだから、移動に関する時間の感覚がおかしくなってきそう。
「それではここからは各自の個別の判断でターゲットを殲滅してもらうことになる。手段は選ばない。ミッションの達成だけを最優先にしてくれ」
「「「了解しました」」」
学院長の最終確認に、聡史、桜、美鈴の3名が声を揃えているが、この御仁だけは至ってマイペース。
「本当に手段は選ばなくて良いのかのぅ?」
「おジイ様だけは、考えうる限りで最も穏便な手段を用いてくださいませ」
「そうは言うてものぅ、戦場では臨機応変も必要なのでな~」
「おジイ様に臨機応変など必要ありませんわ! ただ力任せに薙ぎ倒すだけなんですから、その中でも可能な限り周辺に被害が及ばない方法を選択してくださいと言っているんですわ」
「色々とウルサイのぅ。あまりに孫娘がやいのやいの言うものゆえ、なんだか少々気持ちが萎えてきたわい。あ~あ、戦う気持ちがすっかり失せてきた心地よのぅ」
「でしたら出撃は見合わせて、この船で留守番をしていてください。おジイ様の分は私が片付けますわ」
「誰が留守番などするモノかぁぁぁぁ! ワシは誰が何と言うても戦場に赴くぞい!」
ジジイにしては珍しく強く自己主張している。目の前の獲物を孫に分捕られるのだけは絶対に我慢がならないのだろう。
そんな大人げないジジイに対して聡史が・・
「68歳のジイさんの拗ねたフリなんか、ちっとも可愛げがないぞ」
「聡史よ、そなたも中々言うようになっとものよのぅ。初めてワシの道場に姿を見せた折には、大泣きしてションベンを漏らしていたそなたがのぅ」
「ジイさん! そんな大昔のことをなんでこんな時にバラすんだよ!」
聡史的には思いっ切り藪蛇だった模様。ジジイの話しを初めて聞いた美鈴が思いっきり吹き出している。なぜか最後に割りを食うのは聡史という定番の展開が繰り広げられる。
このような遣り取りにも表情を一切変えない学院長はというと。
「それでは無事にこの場所に帰って再会しよう」
「学院長もお気をつけてください」
「楢崎中尉、貴官は一体誰にモノを言っているんだ?」
「失礼しました。自分たちも細心の注意を払ってミッションに臨みます」
「いいだろう。それでは開始だ」
5人の戦士たちは輸送船のゲストルームを出て、小型飛行体の格納庫へと向かう。船内はだだっ広くて、勝手に出歩くと超絶方向音痴の明日香ちゃんでなくても迷子になる恐れがあるので、輸送艦のクルーが先導して案内をしてくれている。
格納庫に待機しているのは、母船と地上を結ぶ小型の人員輸送用の銀色の繭型をした飛行物体。銀河連邦では〔シャトル〕とか〔コミューター〕と呼ばれており、惑星内での短距離移動に用いられている。10人乗り、30人乗り、100人乗りと大きさごとに3タイプがあって、用途に応じて使い分けする仕様。今回は聡史、桜、美鈴の3名が最も小型のコミューター同乗し、ジジイと学院長はそれぞれ同タイプの別の機体に乗り込んでいる。
「エアロック正常に作動。機体の最終チェックオーケー。それでは発艦します」
聡史たちが搭乗している機体のベテランと思しきパイロットのアナウンスが流れると、コミューターは格納庫の床からわずかに浮き上がって滑るように滑空を開始。そのまま輸送艦の射出口から成層圏に飛び出していくと、一路シチリア島に向けて進路を取る。
わずか15分程で長靴の形をしたイタリア半島の爪先部分の海上に浮かぶシチリア島の姿が高空から確認できたかと思ったら、見る見る島影が大きくなってあっという間に人っ子ひとりいない荒れ地に着陸する。
「予定ポイントに到着しました。皆さんを降ろしたら上空で待機しますので、帰投する際はビーコンで位置情報を知らせてください」
「ありがとうございました。帰りもよろしくお願いします」
パイロットに挨拶すると、3名はタラップを降りてシチリア島の大地に立つ。比較的地中海に近い場所にいるのだろう。頬に当たる冷たい風がわずかな塩分を含んでいるように感じられてくる。
さて聡史たちが降り立ったシチリア島という場所だが、この地は地中海交易の要衝としてして重要な拠点であり、古代ギリシャ、カルタゴ、ローマ、ゲルマン部族国家、ビザンツ帝国、イスラム勢力、神聖ローマ帝国、スペイン王国と数々の支配機構の変遷を経て近世になってようやくイタリアに帰属する土地と定められて現在に至る。
これだけ支配者層がコロコロ変わると、島内に住む住民としては「領主などハナッからアテにならないから自分たちで何とかする」という思想が年代ごとに強固になっていったのは歴史の必定かもしれない。
そして統治機構がアテにならないとなると、頼るべきは身内の絆だけという意識が島内を支配するのはやむを得ない。かくしてこの身内の結束によって発生したいわゆる〔コネクション〕が年を経るにしたがってマフィアに発展していったというのが、おおまかなシチリアの歴史となっている。
したがって現在でも名目上はイタリアの統治する地域とされているが、実質的には法律や制度が隅々まで行き渡っているかというと、そこには大きな?マークがつく。
ぶっちゃけて言ってしまえば、島ごとマフィアが管理している状態と考えてもらった方がわかりやすいだろう。
話を戻して、コミューターを見送った聡史がスケジュールの確認に入る。
「さて、襲撃は1時間後だな。桜、時計をしっかりチェックしておけよ」
「そんなまどろっこしく待っていないでチャッチャと片付ければいいんですわ」
「バカを言うな! 4カ所の拠点を同時に襲撃するから意味があるんだろうが。さもないとターゲットに逃げられる恐れがあるからな」
「仕方ありませんねぇ~」
すでに戦闘モードに入っている桜としては、いつものようにはやる気持ちを抑え切れない様子。そんな桜を宥めつつ、街の明かりが見える方向に歩いていくと、お目当ての豪勢な住宅が並ぶ一角が見えてくる。
「桜の担当はこの屋敷だ。相手はシチリアマフィアだから遠慮なく暴れていいぞ」
「今までヤクザは散々ブッ飛ばしましたが、本格的なマフィアは初めてですの。私が少しでも楽しめるように精々抵抗してもらいたいものですわね」
いつものように余裕の表情を浮かべる桜がいる。こんな顔をしている時は、大抵多数の死者が出るのは、もはやお約束の展開と言っても過言ではない。
かくして聡史たちと別れた桜は、街路樹の影に身を移して時間が経つのを待つ。スマホがアラームで行動時間を知らせてきたので、ゆっくりと広大な敷地の正面の門へと歩いていく。
(それにしても日本人の感覚からすると信じられないくらいに広い敷地ですわね。これなら多少暴れたところで周辺の邸宅に迷惑はかけないでしょうからおあつらえ向きですわ)
大体こんな物騒なことを考えながら正門へ向かっていくと、これまたどこの王宮なのかと見まごうばかりの巨大な門柱が聳え立つ光景が目に飛び込んでくる。
ことに目を惹くのは、高い門柱の上に据え付けられた左右一対のガーゴイル。西洋の建築物では時折見掛けられる少々不気味な魔物のような彫像が周囲を睨みつけているが、おそらく日本の鬼瓦やシーサーのように一種の魔除けの意味合いがあるのだろう。
そんなガーゴイルを目にした桜は…
(一見何の変哲もないように見えますが、なんだかイヤな予感を感じますわ)
いつもながらどのような具合に働くか本人にも謎の勘が、今回も桜に脳内に黄色信号を灯しているらしい。すかさずポケットに手を突っ込むと、取り出したのは二発のパチンコ玉。
ビシッ、ビシッ!
お馴染みの指弾で発射されたパチンコ玉は狙い通りの軌道で真っ直ぐに左右のガーゴイルに向かって飛んでいき、パキンという音と主に頭部を砕いている。
普通の彫像であったら周囲に破片を撒き散らすだけなのだが、このガーゴイルにおいては像の内部で青い火花がスパークする様子が窺える。やはり桜の予感通りに、警報装置か、もしくは門の鉄柵や敷地を取り囲む壁の上に張り巡らされた配線に電流を流して賊の侵入を拒む罠だったと考えるのが正解のよう。
障害物をあっさりと片付けた桜が地面を蹴って高く飛び上がって門の向こう側に着地をすると、どうやらガーゴイルが壊された物音を聞きつけたのか門の脇にある警備室と思しき建物から制服を着こんだ警備員が飛び出してくる。
(どうやらこの人たちは警備会社の皆さんのようですね。まあどうせその警備会社もマフィアの息がかかっているんでしょうが、罪のない一般人を手に掛けるのはさすがに申し訳ありませんわ)
桜にも一片の慈悲が残っているのか、いつになく優しげな表情で警備員に殴りかかっていく。「いや、殴るんかい!」というツッコミは桜に対してあまりに無粋というもの。これが桜のやり方なのだから仕方がない。
3名の警備員を極めてソフトに殴って地面に寝かしつけると、そのまま気配を消して屋敷の正面入口へと向かっていく。
普通の場合ドアをノックするか呼び鈴を鳴らすだろうが、桜がそんな無駄な手間をかけるはずがない。両手を左右の扉に押し当てると、気合一閃…
「ハッ!」
両手の平から発せられた力が豪勢なドアの全面に伝わったかと思ったら、一瞬で木っ端みじんに吹き飛ばしている。今は12月だから、ドアの修理が終わるまでこの屋敷の住人はしばらく寒い思いをしなければならないだろう。運よく生きていればという前提がつくが…
それはそうとして、確かこの技はジジイがダンジョンの隠し通路を発見した際に学の目の前で壁を突き崩した秘技だったように記憶しているが、どうやら桜もマスターしているらしい。この娘、果たしてどこまで強くなろうとしているのだろうか…
相も変わらず強引な方法で屋敷の内部に侵入を果たした桜だが、その姿を見咎めた屋敷の住人が大声で呼び止める。
「なんだ、このガキ! いきなり押し入ってくるとは、この屋敷がコルレオーネファミリーの本部だとわかってるのかぁ?! 一体何しに来やがった?」
「おや、どうやら今の言葉でこの屋敷で間違いないと確信出来ましたわ」
目的を問い詰めようとする男に対して、なんともとぼけた桜のセリフ。
「どうやらただのガキじゃなさそうだな。おい、コイツにノコノコこの屋敷に来て狼藉を働いた落とし前つけさせてやるんだ」
「「「「「「へい!」」」」」」
あまりにもお馴染みの展開が過ぎるのではなかろうか。桜が舌なめずりしているところに、合わせて5名の男たちがナイフをひけらかしつつ接近してくる。だが…
「行動が遅いですわ!」
接近されて取り囲まれるのを待っているような桜ではない。ましてや、自分が破壊したドアから冷たい風が吹き込んでくるので、なにより寒い。
ということで、自ら前進しつつ、男たちをワンパンで倒していく。もちろん門の近くにいた警備員と違って、こちらの男たちには一撃で即死級のパンチを振るっているのは言うまでもない。5名を秒殺した桜は、命令を下した男に話し掛ける。
「この程度の兵隊で私は止められませんわよ。今から10分だけ待ちますから、その間に有りっ丈の手勢を集めてください」
「テ、テメー、ちょっとくらい腕が立つからと言って後悔するんじゃねぇぞ!」
などといいつつも、どうやらこの男には多少なりとも相手を見極める目があったよう。ポケットからスマホを取り出すと、どこかに連絡を取り始める。
ボケッと突っ立っているのも無粋に感じた桜は、玄関ホールの左奥に置かれている応接セットに移動して、すっかりくつろいだ様子。マフィアの本部に乗り込んでおいてこれほど肝が据わっているのは、常人には信じがたい精神構造だろう。
そんな桜は、時折…
「まだ兵隊は集まらないんですの?」
「う、うるせー! こんな夜中に簡単に人が集まるかって!」
「組織として全然なってませんわねぇ~。連絡があれば5分以内に全員が集められるくらいの体制にしておかないと、いざという時に困りますわよ」
航空自衛隊のスクランブル発進じゃないんだから、常に5分で招集なんてマフィアには出来っこないムリ筋な注文を口にする桜。こんな訳の分からない存在を相手にしなければならないマフィアが気の毒になってきそう。いや、現実的に本日をもって組織が解散の憂き目というのが目に見えているのだが…
眠気を堪えつつ桜が待っていると、約束の10分を大幅に超過して30分ほど経った頃に、ようやく組織の構成員たちが武装した姿で集まってくる。
「おい、そこのガキ! これだけの人数を見てチビッてなんかないよなぁ~。散々大口を叩いてくれたんだから、今度はテメーが地獄を見る番だぜ」
「さっきから黙って聞いていれば、私のことをガキ呼ばわりとはいい根性ですわ。地獄を見るのはどちらかハッキリさせましょう」
え~と… キレるポイントはそこなの? …なんとも微妙な表情を浮かべる男を尻目に、ゆっくりと桜がソファーから立ち上がる。
彼女の立ち位置の20メートル先には銃口を向けたり、ナイフの刃を煌めかせている男たちが50名ほど集まっており、どいつもこいつも挙って凶悪そうな顔付きで桜を睨み付けている。
「緊急の呼び出しで駆け付けてみたら、こんなメスガキ一匹なんてどういうことだ?」
「こんなガキを相手になんで夜中に呼び出されなきゃならねぇんだよ」
「腹が立ったから、このガキをなぶり殺しにしてやろうぜ」
どうもこの男たちには桜の危険さがわかっていないよう。口々に文句を並べたてつつも、その表情は残忍さに包まれて普通の人間だったら見るに堪えない。
「まったく、口だけは一丁前に動くんですのね。御託はいいからさっさとかかってきなさいませ」
この桜の挑発で、屋敷の内部での戦いの火蓋が切られる。
「ウルセー! これでも食らいやがれ!」
パーン!
どうやら一番気が短い男だったのだろう。手にする拳銃の引き金を躊躇いなく引いている。腕はそこそこあるようで、弾丸は間違いなく桜に必中の軌道を描いて宙を切り裂く。だが…
「止まって見えますわ」
桜の右手が飛んで着た弾丸を見事にキャッチすると、お返しとばかりに発砲した男に向けて投げ返す。当然ながら桜が投げた弾丸は銃を飛び出した速度を上回る超スピードで男に額に命中して、頭蓋骨を突き抜けて脳漿を撒き散らしながら壁まで飛んで深くめり込んでいる。
ドサッ!
ひと言も発しないまま床に倒れ込んだ男の様子を見て、マフィアの一群が恐慌状態に陥るのは当然の流れ。銃を手にする者は桜を狙って有りっ丈の弾丸を叩き込むが、桜としては狙ってくださいとばかりにいつまでも同じ場所に佇んでいる義理などどこにもない。
発砲する男たちをあざ笑うかのように位置を変えたと思ったら、次の瞬間にはまた別の位置に移動している。たまたま自分に向かって飛んでくる弾丸があれば器用にキャッチしては男たちに投げ返していく。
その度に男たちの誰かが頭部から血と脳漿を撒き散らしながら床に倒れていくという阿鼻叫喚の地獄絵図が引き起こされる。
「な、な、な、何だ、コイツはぁぁぁぁぁ!」
「バ、バケモノだぁぁぁぁぁ!」
あっという間に銃弾が尽きて、男たちは抵抗しようという気概そのものが桜によって完全に奪われていく。残った連中は手にするナイフのことなどすっかり意識から飛んでいるようで、どうやってこの場から逃げ出すかということに頭の中のリソースの大半が占められている様子。
だが桜に限っては、男たちをむざむざ逃がすはずがない。絶対にあるはずがない。天と地が引っ繰り返っても、そんなことは起きるはずない。
獲物と判断したからには死ぬまで追い詰めるのが、桜にとっては「時間が経てば腹が減る」程度の日常的な当たり前の常識なのだから。
ということで、退路を塞ぐように風が吹き込んでくるドアの前に一旦陣取ると、なんとか逃げ出そうとしていた男たちの表情が絶望に染まっていく。
「それでは遠慮なくこちらから行きますわ」
死の宣告とでもいうべきセリフが桜の口から紡ぎ出されると、そこから先は一方的な殺戮の嵐が吹き荒れるだけ。30秒も経たないうちに、フロアーには男たちの死体が積み上がる。
「さて、もっとエライ幹部はどこでしょうね?」
桜の問い掛けに、スマホで仲間を呼び集めた男の視線が一瞬だけ上の方向に動く。
「わかりましたわ。上に階にいるんですのね。ということで、あなたはもう用済みですの」
これまたワンパンで倒すと、桜は念のため足音を忍ばせて階段を昇っていく。2階のフロアーに着く直前で気配を探ると、まだかなりの人数を用意して待ち伏せする気配が伝わってくる。
「死神はココですわよ」
待ち伏せしている連中を挑発するかのように一瞬だけ廊下に姿を現すと、その姿を見咎めた待ち伏せ勢から一斉にマシンガンの掃射のお出迎え。
階段の数段下に一旦身を引っ込めた桜だが、別にマシンガンにビビったわけではない。ただほんの少しだけ時間が欲しかっただけで、相手の出方さえわかれば、その対応策が自ずと脳内で組み立てられていく。
ということで、相手が焦れた頃合いを見計らって再び廊下に姿を現す。一瞬だけ待ち伏せしている男たちの対応が遅れた隙を見逃さずに右手を一閃。
キーン!
訓練で頼朝たちを吹き飛ばしている3倍程度の威力の衝撃波が廊下を突き進む。細長い廊下という逃げ場のない場所でまともに桜の衝撃波を食らった連中は、全員耳から血を流して即死している。鼓膜が破れて三半規管が壊され、さらに内耳から伝わった衝撃が脳を激しく揺さぶった結果がコレ。
よくぞ頼朝たちはこの衝撃波を何度も食らってここまで生き抜いてきたものだと感心せざるを得ない。桜による手加減があったにしても、普通の人間は一撃で再起不能になるはず。それをあろうことか衝撃波の気配を感じ取って軽々と避けるというのだから、彼らもよくよく考えればとんでもない怪物に成長しつつあると言っても差し支えないかもしれない。
さて、ここまできたらマフィア組織の親玉を掴まえるだけ。桜は悠然と東側の一番にある一際立派なドアに向かって歩いていく。
だがその時、一番奥のひとつ手前の部屋のドアが開いて、そこからひとりの男が姿を現す。
「ずいぶん派手に暴れてくれたもんだねぇ~。あんた、ひょっとして神殺しの関係者かい?」
「おや、多少は事情がわかっている人間が登場しましたわね。あなたの言葉通り関係者ですわ。というか、あなたはどこまで知っているんですの?」
「まぁ~、そうだなぁ~。俺はこの組織でセカンドボスを務めててな、ボスからの指令でセルビアで小さな孤児院を営むシスターに色々と話をしに行ったのは、なにを隠そうこの俺だぜ」
なるほど、と桜は納得がいった表情。セカンドボスというのは、その名の通り組織のナンバー2にあたる。日本の暴力団的にいえば若頭に相当する地位。
「ほほう、話の当事者でしたか。それではこの私が地獄に送って差し上げますわ」
「あいにく俺は死後の世界なんぞ信じちゃいねぇんだよ。現世が楽しきゃそれでいいっていう主義でね。だからその地獄行きっていうのも遠慮させてもらうぜ」
そう言うや否や、セカンドボスは手にするカトラスを鞘から引き抜く。ちなみにカトラスとは、海賊や大航海時代の水兵が好んで使用したナイフと短剣の中間くらいのサイズの、言ってみれば大型ナイフ。
「その程度の武器で何とかなるとお考えですの?」
「嬢ちゃんよ、武器ってのはな、使い手によってどうにでもなるもんなんだよ」
自信たっぷりにニヤついた笑みを浮かべながら答えるセカンドボスがいる。対する桜は、マシンガン部隊が全滅しているにも拘らず、なぜこの男はこれほどまでに自信満々なのだろうかと首を傾げている。
「どうした? そっちから来ないんだったら、俺から行かせてもらうぜ!」
セカンドボスが宣言するかのように言い捨てると、意外なほど軽やかなステップで桜に迫ってはカトラスを繰り出していく。
「おや、予想以上に手練れだったようで面白くなってきましたわ。では、これが私の反撃ですの」
今度は桜のカウンター攻撃が炸裂。左の拳がセカンドボスの脇腹に食い込んでいる。だが、桜の表情がなんとも言えない風に曇っている。
「おかしいですわねぇ~。パンチの勢いの大半が逃げて行ったような変な手応えが残りましたわ」
「そうか、たったの一撃でそこまで見破るとは感心だぜ。そりゃ~! 食らえぇぇぇ!」
「攻撃は大したことありませんから、避けるだけなら余裕ですわね。それよりも、どうして私の攻撃が効かないかという点が興味をそそられますわ」
セカンドボスがナイフを突き出してくるのに合わせてそれを回避しながらも、再び今度は右の拳を鳩尾に食い込ませていく桜だが、やはり力が逃げていくようななんともじれったい感触が残るだけ。
「ハハハ、たとえ何発あたろうが、嬢ちゃんの攻撃なんざ痛くも痒くもねぇんだよ」
「仕方がありませんわねぇ~。それではちょっと本気で打ち込んでみましょうか」
こんな会話の遣り取り中においても、桜とセカンドボスの間では激烈な拳とナイフの応酬が続いている。だが桜の表情は至って冷静なままで、何かを狙うような研ぎ澄まされた雰囲気を湛えている。
そしてセカンドボスが繰り出した大きなモーションの攻撃を桜が躱した結果、ナイフが一瞬だけ宙を泳いで引き戻しが遅れる。その刹那…
「迷わず成仏波ぁぁぁぁ!」
ジジイに習って改良された桜の必殺技がセカンドボスの左脇腹目掛けて放たれていく。
「グフッ!」
咄嗟に回避して直撃こそ避けたものの、脇腹を掠めた桜の一撃は体の表面を突き抜けて肋骨を一本破壊して体内を通過していく。
その瞬間、わずかな時間ではあったが、セカンドボスののシルエットがブレるように揺らめく。もちろん桜の目はそのほんの短い時間の変化を見逃すはずもない。
「ははぁ~、ようやくわかりましたわ。てっきり人間だと思っていましたが、トカゲ人間だったんですね」
「クソッ! バレちまったか。だったらいまさら隠す必要もねぇな」
セカンドボスは擬態を解いてその正体を現し始める。
「なるほど、トカゲ人間にしては外殻が砕け散る手応えもないし、どうもおかしいと思っていたら角アリでしたか」
桜の言葉通り、目の前で対峙していたのはレプティリアン・ナイトに他ならない。
地下施設急襲の際も散々登場してきたこのレプティリアンの上位種であるが、ご存じのように額や側頭部から生えている角がその外見上の特徴となっている。
これまで人間世界において中々お目にかかってこなかったのは、その生物的な特徴の角を隠し通すのが難しいからという理由なのだろう。通常のレプティリアンのように外殻で体の表面を覆っても、どうしても角がはみ出てしまうから仕方がない。
ところが今目の前にいるレプティリアン・ナイトは、光の屈折を操って人の目からその正体を誤魔化すという、言ってみればかなり高度な技法を用いることによって人間に中に紛れ込んでいた個体ということになる。
だが桜の必殺技によって肋骨を破壊された衝撃と苦痛によって、一瞬だけ光の屈折を操る力が弱まった際に正体を晒してしまったのは痛恨のミスだったよう。
「さて、正体もわかったことですし、これでスッキリとトドメを刺せますわね」
「貴様、なにをバカなことを言っているんだ? 俺は栄えあるレプティリアン・ナイトだぞ。たかが人間風情が生物界の頂点に君臨する我々を倒せるはずないだろうが。お前の攻撃なんぞ、俺が操る波動によっていくらでも無力に出来るんだからな」
「バカはあなたのほうですわ。高々クローンの分際で偉そうなセリフをほざくのは恥ずかしいですわよ。それに角アリのトカゲなんてアメリカで何百体も倒しておりますし、つい今しがただって脇腹に結構なダメージを受けたみたいですけれど」
「なんだとぉぉぉぉ! 貴様がアメリカにいた同胞たちを倒したというのかぁぁぁぁ! 許さぬ、絶対に許さぬぞぉぉぉぉ! 八つ裂きにしても足りぬほどの憎きヤツめ! 今この手で殺してくれるわ」
相当頭に来ているのか、レプティリアン・ナイトは表情を思いっきり歪めて桜に向かって吠えるようなセリフを叩きつけてくる。たぶん人間だったら顔が真っ赤なのだろうが、元々緑っぽい皮膚なので色の変化がわかりにくい。
「そのセリフは完全に死亡フラグですわよ。遊びは終わりです。次の一撃で決まますわ」
「我らの食料となるだけの家畜の分際で生意気にも程がある。今その口を永遠に閉じさせてくれるわ」
「トカゲの分際で何を言っているのやら。私からしたらこんなのただの害虫駆除ですわ。ノミやシロアリと変わりませんから、手早く片付けるに限ります」
人間をして家畜呼ばわりするレプティリアン・ナイトに対して、ノミ、シロアリ扱いする桜。この舌戦はどうやら桜に軍配が上がった模様。レプティリアン・ナイトさらに表情を歪めて、その瞳には今にも睨み殺そうかという殺気に満ちている。
そして先にナイフを突き掛かってきたのはレプティリアン・ナイトのほう。だが桜はあっさりとその動きを躱した後に、瞬きの一瞬で相手の背後に回り込んでいる。
「迷わず成仏波ぁぁぁぁ!」
今度は胴体のど真ん中を貫いた衝撃が、レプティリアン・ナイトの内部の組織を完全破壊していく。
「ガフッ! こ、これまでか…」
「地獄に堕ちろですわ」
「い、イヤだ… 地獄になど行きたくはない」
「もう祈ってもムダですわ。それに現世しか信じないのでしたら、死後の世界など恐れるに足らずでしょうに」
「し、死にたくない… ゴボッ!」
最後に大量の血を吐いて倒れていくレプティリアン・ナイト。口ではあれほど強気なセリフを抜かしておいて、いざ自分が本当に死を迎えるとなると何とも情けない死に様としか言いようがない。
「さて、ナンバー2は倒しましたけど、もちろんこれで終わりというわけにはいきませんわ」
組織を潰すには頭をキッチリと型に嵌めてやらないといけないというのを百も承知の桜。
ということで、最後の一番奥の部屋に踏み込んでいく。だが、部屋の内部は無人の状態。
「なんともわかりやすい仕掛けですこと」
桜の目に映っているのは、部屋の中でも目立つ重厚な本棚の列。マフィアがこんなに読書に熱心だなんて、あれこれ考えてもどうにも合点がいかないのは当たり前の話。
ということで、いかにも重たそうな本棚を力尽くで引き倒していくと、想像通りに秘密の通路に向かう隠しドアの登場と相成る。
「行かないわけにはいきませんわね」
ということでドアを蹴破ってみると、そこには下に向かって真っすぐ降りていく階段がある。明かりもまったくない真っ暗な階段を降りていくと、段数からいってどうやら1階を突き抜けて地下まで続いているよう。
そして間もなく地下に降り立とうという寸前で…
パンパンパン
立て続けに3発の銃声が埃っぽい空気を震わせる。
「お返しですわ」
もちろん夜目が利く桜にとっては、キャッチボールよりも容易く銃弾を掴み取った挙句に投げ返している。
「おや、やはりここに隠れていましたわね。どうやらこちらは普通のトカゲ人間のようですわ」
桜の言葉通り、彼女が投げ返した銃弾は寸分たがわずに射撃手の元に帰ってきており、額、心臓、腹部の3か所を貫いている。
普通の人間であるならば、これだけで絶命するはず。だが、薄暗い電球に照らされた先の床では、外殻がボロボロと崩れて正体を現すレプティリアンがいる。それもずいぶんと年老いているのか、ヨボヨボな印象を受ける。
「あなたがこの組織のボスですか?」
「然り。我こそがコーザ・ノストラの頂点に立つ存在」
「エラそうな口を叩いても、どう見てもただのクローン体にしか見えませんわ」
「人間風情が我に対して口の利き方を弁えよ! そなたに問う。何ゆえに我が組織を潰そうとするのだ?」
「それはあなた方が私たちの関係者に手を出したからですわ。すでにネタは上がっていましてよ。お宅のナンバー2がセルビアの孤児院に出向いたのは」
「左様か、神殺しはどうやら身内に甘いようだな」
「バカを言っているんじゃないですわ。これはあくまでもあなた方の論理に従って制裁を行っているだけですの。『私たちの身内に手を出したらどうなるかわかっていますの?』といった具合ですわ。あなたはこれまでに同じセリフを口にしたことありませんか?」
「なるほど、どうやらシチリア公爵の口車に乗ってしまった私の判断ミスだったようだ」
「ご安心くださいまし。そのシチリア公爵の元にも別の者が向かっておりますわ。きっと今頃は、もっと無慈悲でさらに強烈な制裁を加えているでしょうね」
このセリフを聞いたレプティリアンは、どういうわけだか大きなため息をつくとジッと桜の瞳を直視する。そのトカゲ状の目には、なんだかすでに色々と達観してしまったような光が見て取れる。
「そうか、これでこの島における我らレプティリアンの支配はついに終焉の刻を迎えるというわけだな」
「この島だけではありませんわ。ヨーロッパ中がレプティリアンの支配から解放される刻限が巡ってきたのです。たまたまこの時代に生き残ってしまったあなたが貧乏クジを引いただけですわ」
「そうか… ならばもう思い残すことはない。どうかひと思いに殺してくれ」
「その願い、聞き届けましたわ。最後に何か伝えておくべきことはありますか?」
「ない」
「それではお覚悟を」
「うむ、いつでもよいぞ」
「では参りますわ。迷わず成仏波ぁぁぁぁ!」
「ゴボッ! 我が神よ、どうかあなたの御許に…」
こうしてこの組織のトップがこの世から消え去っていく。おそらくこのレプティリアンは、アメリカの地下拠点が殲滅されたという知らせを聞いた時点で何らかの覚悟を決めていたのだろう。
その死に顔には未練の欠片すら感じられない。
「敵ながらアッパレな最後でしたわ」
そう言い残すと、桜は降りてきたばかりの階段を引き返していく。そのまま部屋を突っ切って2階の廊下に出ると、再び正面階段を降りて1階へ。
そしてそのまま屋敷の外に出ると、まだ真っ暗な夜空には数え切れない星が煌めいている。
「はて、お兄様と美鈴ちゃんは今頃どうしているでしょうか?」
小さな呟きだけを残して、桜は敷地の外に飛び出て暗闇に姿を消していくのであった。
1話まるごと桜の大暴れ回でした。とはいっても、なんだか桜にしてはずいぶん大人の対応をしたように思われます。脳筋かつ戦闘狂ではあっても、その内側では少しずつ成長しているのかもしれません。次回は聡史と美鈴の顛末となる予定です。出来上がり次第投稿いたしますので、どうぞお楽しみに!
最後に皆様にいつものお願いです。
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