296 楢崎家の家族会議
伊豆の旅行から帰ってみれば…
3泊4日の伊豆旅行はついに最終日、朝方ホテルのチェックアウトを済ませると参加生徒全員が玄関前に一列に並ぶ。見送る若女将や面倒な要望に応えてくれた板長に見送られつつ、全員が深々と頭を下げる。
「「「「「「「「お世話になりました~」」」」」」」」」
「こちらこそ本当にありがとうございました。また来年もぜひお越しください」
「来年は3学年まとまって一緒に来ますので今年よりもさらに人数が増えますが、どうかよろしくお願いします」
生徒を代表して幹事を務める頼朝がホテルの皆さんに一言。どうやら来年の伊豆旅行はもうこの時点で決定事項らしい。もちろん他の生徒たちも今年の楽しい想い出とは別に、気持ちはすでに来年への期待に向けられている。
「設備が充実していたしお部屋もキレイだったから、来年もみんなで来たいよね~」
「そうそう、温泉もユッタリだったし、何よりも食事が美味しかったよね~」
「元原の親戚にしておくのはもったいないくらいの立派なホテルだったわ」
ことに女子たちに大好評。大雑把な男子と違って細かい部分にまでチェックの目を光らせる彼女たちからお墨付きを得られたのだから、こちらのホテルは今後とも大繁盛間違いなさそう。
「それではこれで失礼いたします」
「お気をつけてお帰りくださいませ」
深々と頭を下げて見送るホテルの面々に見送られつつ、生徒たちはバスに乗り込んでいく。車内で席に着くと、まだこちらに手を振ってくれている若女将や板長に向かって全員が手を振り返す。こんな和やかな別れのひと時の後、バスは出発して一行は帰途に就く。
ちなみに元原はこのまま近所にある実家に直行するので帰りのバスには乗車していない。若女将の隣で手を振りつつバスを見送っている。
そんな元原に向かってバスの車内から罵声が轟く。
「もう二度と学院に戻ってくるなよ!」
「セクハラ野郎は学院長に報告して退学にしてやるわ!」
「ヘラヘラしながら手を振っているんじゃないわよ!」
1年女子から元原に対して容赦ない罵詈雑言が浴びせられている。コッソリ撮影していた水着動画がバレてしまって、横田と一緒に今朝の朝食時に彼女たちから袋叩きに遭った件が当然ながら尾を引いているよう。最後に桜からパンチを食らって、右目の周りが青黒く変色している。こんな変態には女神の慈悲が届くはずもなく、カレンの治癒は受けられず仕舞いで、当分顔にアザを作ったままの生活を余儀なくされている。
こうしてバスは帰路に就き、10時頃に熱海駅のロータリーに入っていく。停車してドアが開くと美鈴と美晴がバスを降りていく。美鈴は実家が静岡市で、美晴は清水市。このまま熱海駅から新幹線に乗れば、1時間もかからずに到着する。二人とも両親から「夏休みくらいは親に顔を見せろ」という連絡を受けており、今回はバスを途中下車して実家へと向かう。
「聡史君と桜ちゃんも家に戻るんでしょう」
「そうだなぁ~。明日から1週間くらいは戻っていると思うな」
「それじゃあ私は3日くらい実家に顔を出したら、聡史君たちの所に行くわ」
「わかった、その時は連絡してくれ」
他のバスからも数人の生徒が熱海駅で下車してそのまま実家に戻っていく。彼らを降ろしたバスは、午後2時頃には無事に学院へと到着するのであった。
◇◇◇◇◇
聡史兄妹が特待生寮に戻って、しばらく留守にしていた分の掃除や洗濯で主に聡史が汗を流していると玄関のチャイムが来客を知らせる。掃除機を止めてインターフォン画面に出てみると、玄関に立っているのはカレン。
一旦掃除の手を止めた聡史が汗を拭きつつドアを開けると…
「聡史さん、私も3日間ほど家に戻りますね」
「そうなのか。どうせ近くなんだから寮でゆっくりすればいいのに」
「そうもいきません、母が私の料理を楽しみにしているんです」
日頃帰りが遅く夕食も食堂で済ませて自宅には寝に帰るだけの学院長は、カレンが家にいる時ばかりは定時に帰宅するらしい。神殺しと女神というとんでもない取り合わせの母娘ではあるが、一歩自宅に入るとごく普通の親子… というよりも娘に甘々な母親という噂が出回っている。
「学院長の面倒を見るのも大変そうだな」
「それほどではありませんよ。私に対しては取り立ててワガママは言わないし、作った料理は『美味しい』と言ってキレイに平らげてくれますから」
「そうなのか。だったらどうかひとつ、学院長の性格が丸くなるようにカレンからも言ってやってもらえないか?」
「聡史さんの力で桜ちゃんがお淑やかになれるんでしたら、私もどうにか母を諫めてみます」
「ああ、すまなかった。とんでもなく無理な頼み事だった」
桜を例えに出した部分が聡史にとっては骨身に染みる程わかりやすかったのだろう。すぐさま無理な要求を引っ込めている。というか、そうせざるを得ないだろう。
その話とは別に、カレンが続ける。
「美鈴さんが3日後に聡史さんの家に向かうと話していましたから、私もそれに合わせてお邪魔させてもらっていいですか?」
「もちろん大歓迎だ。両親もカレンをすっかり気に入っているから、きっと喜んでくれるさ」
「ご両親によろしくお伝えくださいね。それではこれで失礼します」
「ああ、ウチに来る際は連絡してくれ」
こうしてカレンは自宅へと向かって、聡史は途中だった掃除の続きに戻っていく。
そのまま静かな時間が流れて、夕食も終わって特待生寮のリビングで聡史がお茶を飲んでいるとスマホが着信を告げる。
「もしもし」
「ああ、聡史。もう夏休みに入ったんでしょう」
電話の向こう側から聞こえてきたのは、忘れもしない兄妹の母親の声。
「そうだよ。今日までクラスの仲間と伊豆に旅行に行って戻ってきたばかりだ」
「そうだったの、まあいいわ。それでね、明日あたりこっちに戻ってくるのかしら?」
「ああ、ちょうど桜と一緒に戻るつもりだったよ」
「そう、それじゃあとっても大事な話があるから、明日の夕方までには戻ってきてね」
「大事な話ってなんだ?」
「電話では話が出来ないから、とにかく夕方までには必ず戻ってくるのよ」
「ああ、わかったよ」
と言いつつ通話を終える聡史。その表情はなんとも微妙で、母親から「大事な話」と聞かされた内容がどうにも気になってくる。ということで、ひとりで考えこんでも仕方がないので、部屋にいる桜を呼び出す。
「お~い、桜」
「お兄様、どうしました?」
「たった今、母さんから電話があって『明日は大事な話があるから夕方までに絶対に帰ってこい』と言っていたぞ」
「大事な話… 一体何でしょうね~?」
「まったく見当もつかない」
「お母様の口調はいかがでしたか?」
「なんだか結構深刻そうな雰囲気だったな」
「う~む… これはもしかするともしかするかもしれませんわ」
「一体何が『もしかする』なんだ?」
「お兄様も察しが悪いですわ。お母様が深刻な口調で『大事な話』と言うんですから、考えられることはひとつしかありません。お父様が他所で女を作って浮気を働いたに違いありませんわ」
「親父が浮気だと…」
「ええ、あのお父様でしたら、いずれかのタイミングでやらかすのではないかと兼ねがね疑っていました。ついにお母様にバレてしまったんですわ」
「しょうがない親父だな~」
「お兄様はいかがいたしますか?」
「ひとまずは親父に土下座させて、心から反省してもらうしかないだろう」
「お兄様は甘すぎますわ。まず財布の中に入れてあるお金は常に1000円以下にして、スマホにGPS追跡アプリを仕込んでいつでも居場所の特定が出来るようにしてから、あとはひたすら奴隷の如くお母様に尽くしていただきませんと」
「お前は鬼か! よくそこまで追い詰めようと考えるな。俺が親父の立場だったら泣いて土下座して離婚してもらうぞ」
自分の父親が浮気をしたと信じ込んで容赦ない更生プランを提案する桜。こんな思い遣りの欠片もない娘を持った父親が何とも哀れに思えてくる聡史がいる。
だが翻って自分に当て嵌めてみると、美鈴、カレン、ディーナ王女、ブルーホライズンに加えてつい昨日美咲まで彼女候補に昇格させてしまった身としては、今一度襟を正さないと将来的にこの妹に身ぐるみ剥されて放り出される未来が見えてくる。
「まあ、何はともあれ話を最後まで聞いてから判断しよう」
「お父様を地獄に叩き落す役目は、是非ともこの私にお任せください」
「いや、まだ浮気と決まったわけではないから」
「お兄様、私の勘では8割方はお父様の浮気という結論が出ています。ともかく気持ちを強く持って明日の話し合いに臨みましょう」
こうしてこの日は一抹の居心地の悪さを感じながらも、聡史は眠りに就くのであった。
◇◇◇◇◇
翌日の午後になって、聡史たちは実家へと向けて出発する。今回は明日香ちゃんとクルトワ、それに学が同行する。明日香ちゃんは中学校で桜と同級生だから当然実家もご近所。というよりも電車の乗り換えすら怪しい明日香ちゃんにひとり旅をさせるのは大間違いという理由で、今回も一緒に戻ることとなっている。クルトワはこっちの世界に実家がないので、1週間二宮家に居候になる予定。
同様に学も同じ中学校の後輩なので、桜とベッタリ一緒に電車に乗るのは至極当然の流れといえよう。
2時間ちょっとで最寄りの駅に降り立つ。
「明日香ちゃんとクルトワさん、何かあったらいつでも連絡してください」
「桜ちゃん、大丈夫ですよ~。こんな何もない街で事件なんか起こりませんから」
明るい声で返事をする明日香ちゃんだが、その態度がどこか挙動不審な雰囲気を漂わせている。おそらく明日香ちゃんパパが張り切って大量のスイーツを買い込んでくるはずと、今から当て込んでいるのだろう。心の中が正直に表情に現れてしまう性格だけに、桜は今さら突っ込むのも面倒になっている。
こんな感じで手を振りながら別れて、それぞれが自宅へ向かって歩き出す。兄妹が自宅に到着してチャイムを押すと、二人を迎え入れたのは意外な人物。
「おやおや、誰かと思ったら聡史と桜だったんだね。よく帰ってきなさった。さあさあ、早く上がりなさい」
「婆ちゃん、ウチに来ているなんて珍しいな」
「おバア様、お久しぶりですわ。おジイ様はお元気ですか?」
「元気が有り余って、私のほうが逆にしんどいくらいだよ。桜もたまにはあのジジイの顔を見に来なさい」
「明日にでも顔を出しますわ」
会話にもある通り、ドアを開けたのは兄妹の祖母に当たる人物。正確には母方の祖母で、御年65歳。聡史の家から歩いて15分の距離に住んでいる。
「婆ちゃん、母さんはどうしたんだ?」
「このところずっと体調が悪くてね~。今日も部屋で休んでいるよ。その間私がこうして通って、ちょっとした片付けや食事の支度を手伝っていたんだよ」
「それは大変だったな~。婆ちゃん、ありがとう。しばらくは俺と桜がいるから、家でジイちゃんの世話をしていてくれよな」
「まあまあ、孫たちがずいぶん立派になったもんだよ。せっかく来たんだから今日の晩ご飯は婆ちゃんが作ってやるから、二人は聡子の顔でも見てやってきな」
初めて名前が登場するが、聡史の母親は聡子というらしい。「聡史」という名前はどうやら母親から一文字受け継いでいるのは言うまでもナシ。
荷物を部屋に置いた兄妹はさっそく母親の寝室のドアをそっと開けてみるが、中からの反応はまったくない。どうやら具合の悪い母親は布団の中でグッスリ眠っているよう。そのまま起こさないようにしてそっと階段を降りると、台所で祖母がすでに夕食の用意を始めている。
「婆ちゃん、何か手伝うか?」
「そうだね~… ジャガイモの皮剥きでもやってもらえるかね」
「おバア様、私もお手伝いいたしますわ」
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」
桜が台所に向かおうとするのを聡史が全力でブロックする。その表情は「ここから先は一歩も通さない」という固い決意が滲み出ている。
「お兄様、なぜ私のジャマをするんですか?」
「桜、お前は黙って座っていてくれ。せっかくの食材を全部無駄にするつもりか?」
「仕方がありませんね~」
料理が壊滅的に出来ない桜なので、聡史の体を張ったブロックは実に適切な措置であったと言わざるを得ない。
巷では「台所は女の戦場」と例えられるが、桜が参戦すると本物の戦場になりかねない。もっぱら食べる役だけ務めてもらえば楢崎家の安全と平和は保たれる。
聡史がそこそこ手伝ったおかげもあって祖母の料理は意外と早く仕上がる。夕食時に鍋を温めたりレンジでチンすればすぐに食べられるように準備が整っている。
「それじゃあ、アタシは帰るよ」
「婆ちゃんは食べていかないのか?」
「ジイさんの夕飯の世話があるからね~。出来上がった料理は温めて食べるんだよ」
「色々世話になって悪かったな。今度ゆっくり婆ちゃんの家に顔を出すから」
「ああ、楽しみにしているよ」
こうして祖母は自宅へ帰っていく。その場に残された兄妹と言えば…
「お兄様、どう考えますか?」
「母さんが具合が悪いのは、もしかして心労が祟ったのかもしれないな」
聡史はつい一昨日、美咲が精神的なショックでダウンした様子を目の当たりにしていただけに、どうやら父親の浮気が原因で母親が寝込んだという考えに傾いている。
「やはり原因はお父様に在りそうですわね~」
「キッチリとシメ挙げて、洗いざらい吐かせた方がいいだろうな」
兄妹は顔を見合わせながら、本日の夜にでも決行されるであろう〔大切な話〕の対策を考えるのであった。
◇◇◇◇◇
夕方6時を回ったあたりで玄関のチャイムが鳴る。聡史が出ていくと、そこには仕事から帰ってきた父親の姿がある。
「親父、おかえり。ずいぶん早かったんだな」
「このところ会社に無理を言って、なるべく早く帰らせてもらっているんだ。聡史は元気そうだな。桜も一緒か?」
「ああ、リビングで待ってる」
聡史と父親がリビングに入ると、そこには険しい表情の桜が座っている。
「お父様、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。桜も元気そうで何よりだな」
「私は常に元気ですわ。でもお母様が元気がないご様子で心を痛めておりますの」
父親大好きの桜にしては、普段よりもややトゲのある口調。するとちょうどそこに、2階から降りてくる母親の足音が聞こえてくる。
「聡史と桜ちゃん、よく帰ってきたわね。あなたもお帰りなさい」
家族を出迎える挨拶が口から出てくるものの、兄妹が久しぶりに対面する母親の表情は力なく、しかも顔色が良くない。
「母さん、具合が悪そうだけど」
「ありがとう。でも二人の顔を見たらちょっとだけ元気が出てきたわ。さて、せっかく家族が揃ったんだから晩ご飯にしましょうか」
「母さんは準備が終わるまでそこで休んでいなよ。今日の晩メシは俺が婆ちゃんと一緒に作ったから任せてくれ」
「そう、それじゃあ聡史に任せてもうちょっと休ませてもらうわ」
普段はもっと元気で自分から率先して動く働き者の母親なのだが、今現在の姿は見る影もないやつれた様子。これはやはり精神的に何か大きなショックでもあったか、はたまた何か重篤な病に罹っているのかと、聡史の心中は穏やかではない。
準備が整って一家揃っての団欒ではあったが、やはり母親の体調が悪いせいかあまり食欲もないよう。そのため今ひとつ話も弾まないし、むしろ沈黙が流れる時間のほうが長い。
そして食事が終わって聡史が皿洗いやテーブルの片づけを終えると、いよいよ〔大切な話〕の時間となる。家族四人がテーブルに着いて、しばらくの間沈黙が流れる。その沈黙に耐え切れずにいきなり桜が話を切り出す。
「まずはお父様にお聞きしたいですわ。一家の大黒柱であり、かつ私たちの父親でお母様の夫として、この度の諸々の不始末はいかように片を付けるつもりですか?」
「いやはや、こんな事態となって大変恐縮している。だがな、わかってもらいたいんだ。特にお前たちが魔法学院に入学して、父さんも寂しかったんだよ」
「男らしくない言い訳など訊きたくありませんわ」
「いやいや、言い訳じゃないんだが… 父さんと母さんが色々と話し合って決めた結果だから、聡史と桜にもぜひとも受け入れてもらいたい」
なんとも歯切れが悪い父親の発言が続くが、桜はそっぽを向いて聞く耳を持たない態度。ここでようやく母親が声を出す。
「桜ちゃん、ちょっと落ち着きなさい」
「こんな場面で落ち着いてなどいられませんわ」
「いいから私に話をさせなさい。全部聞いてから、あなたたちの意見を口にすればいいでしょう」
母は強し。あの桜でも思わず口をつぐんでしまう迫力がある。桜が黙ったのを見て、母親がゆっくり静かに喋り出す。
「聡史と桜はもう17歳だから、子供と呼べる年齢じゃないわね。だから大人の夫婦にはいろいろあることは理解していると思うの」
これはもしかして離婚確定か? …そんな思いが兄妹の脳裏をよぎっていく。
「それでね、あなたたちには今年の終わりか来年の初めに兄弟が出来るの」
「うん?」
「な、何事?」
母親の口からとんでもない変化球が投じられて、兄妹には全く理解が追い付いていない。そこへ更に母親が畳み掛ける。
「いい、よく聞いてね。今お母さんのお腹の中には赤ちゃんがいるのよ。すごく年が離れているけど二人にとって新しい兄弟だから、可愛がってくれるかしら?」
「「なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」
父親の浮気話かと思っていたら、青天の霹靂ともいえる母親の妊娠宣言。これには聡史と桜も目玉ドコーン状態。今度は父親が口を開く。
「いや~、この歳になって子供が出来るのは、父さんも母さんもこっぱずかしいんだが、せっかく授かった命は大切に育てたいんだよ。お前たちとは下手をすると親子ほど年が離れているが、どうか可愛がってもらえないか」
父親の話を訊いた桜がようやく再起動を果たす。
「え~と、お母様のお腹には私たちの兄弟がいるんですよね」
「そうよ。今ちょうど5か月で、病院で検診してもらったら今回もまた双子なんですって」
「効率良すぎだろうがぁぁぁ!」
18年ぶりに夫婦の間に生まれる子供がまたしても双子となると、さすがに聡史のツッコミ魂が黙ってはいなかったよう。だがこれまで散々悪い方向に考えていた兄妹にとっては、こんなおめでたい話はあまりに予想外。
しばし時間はかかったが、何とか現実を受け入れたらしい桜の表情が次第に緩んでいく。
「我が家に可愛い赤ちゃんが生まれるんですか。これは姉としてしっかり鍛え上げなければならない使命をヒシヒシと感じますわ」
「桜ちゃん、お願いだから今度は普通の子育てをさせてもらえないかしら」
「そうだぞ、桜。お前たち二人の子育てはダイナミック過ぎた。だから二人が手元から離れて、父さんと母さんは一気に寂しくなってだな。それから夜な夜なゴニョゴニョ…」
「シャラップ! 親父、両親の夜の生活なんて聞きたくないから」
こうして紆余曲折はありながらも、楢崎家の家族会議は無事に終了を見る。もちろん聡史と桜は新たな兄弟が生まれるのは大歓迎で、今から楽しみにしている様子。ここで聡史が…
「ところで親父、赤ん坊が産まれて20歳になる頃は、親父は何歳になっているんだ?」
「たぶん定年を迎えているだろうな」
「経済的に大丈夫なのか? 子育てにはお金がかかると聞いたぞ」
「心配するな。優秀な長男と長女を持ったおかげで貯金はそこそこある。ほれ、二人とも今学費が全然かかっていないだろう。その分は新たに生まれる子供の教育資金に充てられるから双子の赤ん坊は十分に育てられる。それに父さんはもっとバリバリ働くぞ~」
「そうなのか。でももし足りない時にはいつでも言ってくれよ。可愛い兄弟のためだったら1億や2億だったらポンと出してやるぞ」
「まあ、聡史ったら頼もしいわね」
母親は笑って聞いているが、聡史の提案をこれっポッチも本気にしていない。いくら魔法学院生といえどもそうそう簡単に1億2億の大金など用意できるはずがないと、どうやら高を括っているよう。そこで桜がアイテムボックスから金の延べ棒を取り出してテーブルにドンと置く。
「お父様、お母様、生まれてくる赤ん坊のベビー用品代はこれで足りますか?」
「「なんだそれはぁぁぁ!」」
両親の声がハモっている。ベビー用品購入に時価数千万円の金の延べ棒を出される側の身にもなってもらいたい。今度は両親の目がドコーン状態。
結局母親の具合が悪そうだったのはつわりが原因と判明する。どおりで家事の手伝いに来ていた祖母の態度が落ち着き払っていたはず。
一通りの話が終わると、いつものように楢崎家の食卓は笑い声に包まれる。母親も聡史と桜の笑い顔を見て体調が良くなったよう。つわりはいずれ収まると説明されても、聡史は実家にいる間は母親の手伝いを買って出る。
桜も同様に「手伝う」と言ってはみたものの、それは彼女以外の家族全員から却下される。桜に家事を任せるのはあまりにリスクが大きいので、今日から1週間は聡史が一家の主婦を務めることと相成るのであった。
◇◇◇◇◇
Eクラスの生徒たちが伊豆で思いっ切り羽を伸ばしたり夏休みで実家に帰っている間にも、日本の平和を守るために額に汗を流している人々がいる。ここ伊勢原駐屯地に隣接する国有地では、銀河連邦月面コロニーから派遣された輸送船の技術者たちによって地下施設建設の作業が進められている。
従来の工法とは全く異なり重力を軽減して切り崩した土砂を運んだり、建設用の大型ロボットの導入などによって天の浮舟発着施設は急ピッチで進められており、すでに地下格納庫と昇降エレベーターは完成している。残る工事は新たに建造する天の浮舟の組み立て施設とそれに伴い必要となる製造ラインの搬入程度で、あと6週間もあれば施設全体の完成を迎える予定となる。
銀河連邦から供与された5隻の天の浮舟完成品はすでに訓練飛行が開始されており、航空自衛隊の選りすぐりのパイロットたちがその任に当たっている。戦闘機を扱わせれば米軍相手でも全く引けを取らない彼らでも、さすがに重力や慣性を無視して飛行する機体は初めてとあってファーストフライトの際はかなり緊張した表情を見せていたのは至極当然の話。だがすでに訓練開始から2週間が経過しており、機体の扱いにはだいぶ慣れたよう。
コックピットと呼ぶにはあまりに広い会議室程の面積の操縦スペースには自衛隊のパイロットが6名。これは正三角形の機体のそれぞれの辺に操縦席が設けられており、時には急角度で変更される進行方向によって操縦席が自動的に切り替えられる仕組みゆえの設計。その他にもレーダー担当者や攻撃用の武装機器のオペレーターや通信担当者なども含めると、一隻に15名のクルーが乗り込んでいる。
更に銀河連邦の操縦オペレーターがマンツーマンで彼らを指導しているので、総勢三十名の人間によって現在運用される。
ちなみに自衛隊のパイロットと銀河連邦のオペレーターの間でのコミュニケーションだが、月面コロニーやムーで用いられていた言語が日本語の大元となっていることもあって発音や文法はほぼ同一。
ただし双方の生活圏が分岐して交流を断っていた期間が長きに渡り、その間に新たに生まれた単語等が多数あるので、コンピューターが自動翻訳しながら各自のヘッドセットに音声を送っている。そのおかげで大した違和感もないままに双方の遣り取りは進む。
「発進準備よし。モニター正常」
「レーダー異常なし」
「それでは発進しよう」
コンピューターが音声を認識して自動的に発進の用意が行われていく。あとは操縦桿を動かせば機体が勝手に浮き上がって猛スピードで大空に駆け上がっていくだけ。大気圏などあっという間に通過して見下ろす足元には青く輝く地球の姿がある。
「高度200キロに到達。これから予定通りにオペレーションを開始する」
「了解」
昨日までは機体に習熟するための訓練であったが、本日のフライトから実戦的なミッションが組み込まれている。
その内容は先日の横浜で発生した中国による騒乱事件への報復措置。今まではルシファーさんが直接隕石を落としたり、銀河連邦の攻撃船がレーザービームを照射したりであったが、今回から自衛隊の手によって報復が実施される運びとなった模様。
日本国憲法では戦争行為は禁止されているが「見つからなければ知ったことじゃない」とばかりに、いわばグレーゾーンのままで攻撃が決行される。
とはいえ今回の攻撃目標は街や敵基地の破壊に直接乗り出すわけではない。標的は地味な存在ではあるが、ある意味では現代生活において必要不可欠なもの。そしてそれは宇宙空間にひっそりと存在しているので、天の浮舟には格好の標的となるはず。
ここまで説明すれば大よその内容は想像がついてくるだろう。本日の自衛隊所属の天の浮舟のお仕事をブッチャケて言えば、中国政府が打ち上げた人工衛星を破壊するミッションにほかならない。
より具体的に今回のミッションを説明すると、都合1週間を掛けて中国のGPS網を担う北斗衛星20基とその他の通信衛星や監視衛星を8基破壊する予定。
今まで行った報復措置のように派手ではないが、GPSと通信網の一部に穴が開くというのは、軍事と経済において相当な打撃となるはず。中国政府としても対策に大慌てになるに違いない。
操縦室ではやや緊張感を隠しきれない新米クルーたちの間でミッションに向けてのやり取りが続く。
「北斗3号、レーダーに捉えました」
「了解。更に距離を縮めてくれ」
「距離5キロまで接近」
「飛行速度をシンクロさせて、相対速度をゼロとせよ」
精密な射撃管制が必要となるため、機体と衛星が5キロの距離を隔てて成層圏に浮かんで、見かけ上は静止している状態に微調整を行う。
「相対速度ゼロを達成」
「モニターに衛星の姿を確認」
「衛星による電波受信発信の状態正常です」
操縦室内には緊張した空気が流れて、その中でパイロットと攻撃担当との間で確認が繰り返しなされる。そして準備状況を見届けた機長が満を持して命令を下す。
「超短波電磁パルスを照射せよ」
「超短波電磁パルス、照射」
浮舟の機体の一部が開いて細長い筒状の照射装置が顔を覗かせると、目には見えない高エネルギーのガンマ波が射出されていく。
今回の衛星破壊作戦に関して、いくつかの攻撃方法の選択があった。最も確実なのはレーザー砲からビームを打ち出す手法。これならほぼ一撃で衛星を木っ端みじんに出来るはず。だがその分だけ大量の宇宙ゴミを空間に撒き散らす懸念がある。撒き散らかされた宇宙ゴミはデブリとなって空間を漂い、場合によっては宇宙船の航行に支障を来すケースも考えられるので、この方法は却下となる。
次に上がったのは船外アームによって衛星を捕獲し浮舟の内部に収容する方法であるが、さすがにこちらは難易度が高いので訓練開始から2週間のクルーには少々荷が重いと判断された。
その結果として消去法で選択されたのが、高エネルギーの電磁波を照射して衛星の電子機器を破壊する方法。内部の半導体やプロセッサーが電磁波の影響を受けて壊れれば衛星自体もその機能を失う。とはいえ衛星本体にどの程度の電磁波対策がなされているのか明確ではなかったので、ミッションの成功が100パーセント保証されているわけではない。
「高出力ガンマ波、衛星に到達しました」
「衛星の状態はどうなっている」
「電波の受信や出力を行う形跡なし。完全に機能を停止しております。電子機器が予定通り破損したものと思われます」
「よし、いいだろう。次の標的に向かうぞ」
こうして自衛隊による横浜騒乱事件の報復措置が続いていく。予定していたすべての人工衛星が破壊された時点で中国国内の通信は約2割が停止というある種の恐慌状態を迎える。
特に国際間の通信における混乱が顕著で、想像以上に大きな損害を被っていたのは言うまでもなかった。
聡史たちが夏休みを楽しんでいる間にも、宇宙空間で黙々とミッションを果たす自衛隊員。当面生徒たちの活動と並行して彼らの任務が継続していきます。今回聡史兄妹の祖母が出てきましたが、次回はいよいよラスボス級の強キャラである祖父が初登場の予定。
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