232 門に立つのは
桜の一件が片付いた頃、聡史たちは…
伊勢原駐屯地での報告が長引いて、桜が学院に戻ってきたのはすっかり夜も明けた時間となっている。到着するなり部屋にも戻らずに、その足で療養棟へと向かう。当直の職員に学の状態を聞いてから、彼が寝かされている病棟にそっと入っていく。
「まだ目を覚ましていないようですね」
静かに椅子に腰掛けると、改めてベッドに寝かされている学に温かい眼差しを向ける。そう、その表情は普段の桜が絶対に見せない得も言われぬ慈愛に満ちている。桜にこんな表情ができるとは驚き以外の何物でもない。
そのまましばらくの間、桜は学を起こさないように細心の注意を払って見守る。そしてそろそろ朝食に生徒たちが集まる時間になって、ようやく学が薄っすらと目を開く。最初は自分がどこにいるのかもわからなかったようだが、目の前に桜の姿があると気が付いたよう。
「桜ちゃん、僕はどうしてベッドに寝かされているの?」
「学君、意識がはっきりしてきたようですね。どこまで覚えていますか?」
「えーと…」
学は自分の記憶を手繰るようにまだ半分しか目覚めていない頭をフル回転させていく。
「確か公園で変な連中に襲われて… それから後ろから組み付かれて… その後はあまり覚えていないみたい」
「そうですか。まあ割と早くに意識を失ったみたいですから、それもしょうがないですわね」
桜は両手を組みながらひとしきり頷いている。
「そうだ! それよりも桜ちゃんは無事だったの? あの男たちは?」
「私はまったく無事ですわ。男たちは全員ブタ箱に放り込んであります」
「ええぇぇ! そうだったんだ。まあ桜ちゃんだもんね。あのくらいの人数なら全然平気だよね」
「簡単なお仕事でしたわ。それよりも学君、聞きたいことがありますの」
「聞きたいこと?」
「ええ… なぜ男たちを投げる時にわざわざ加減したんですか?」
桜の問いに学はしばらく考え込む様子。そして意を決した表情で桜に答えた。
「怖かったんだ。もし相手を怪我させたらどうしようっていう、気の迷いがあった」
「相手を怪我させるのが怖かった… 確かにそのような迷いとか恐れが生じるのは当然かもしれないですね。特に学君のような道場だけで稽古を積んでいて、本当のケンカとか戦いを知らない人間でしたらありがちです。ですが…」
「ですが?」
「仮に学君の後ろにいるのが私ではなくって、あなたの妹さんだったらどうしますか?」
学には年子の妹がいる。彼をもっと女の子顔にした美人で頭脳明晰にして性格も素直などこに出しても恥ずかしくない妹。兄としてもとても可愛がっている妹を引き合いに出された学は返答に詰まる。
「やっぱり僕が間違っていたのかなぁ…」
「学君が間違っていたわけではありませんわ。真の実戦というものがそういうものだと知らなかっただけです。これは身をもって覚えないと私も教えられませんから」
「真の実戦…」
「相手が殺す気で向かってきているのに『怪我をさせたらどうしよう』なんてちゃんちゃらおかしいという意味ですわ」
「相手が殺す気できている… 確かに殺意のようなものは感じたけど…」
「だったら尚更ですわ。最低でも腕の一本はもらうつもりで技を掛けないと自分がどんどん追い込まれていきます。今回それが分かったんじゃないですか?」
「確かによくわかったよ。僕のような駆け出しが相手のことを考えるなんて、とんでもない勘違いなんだね」
「そうですわ。しっかりと覚えておきなさい。優しさと甘さは違うんですの。相手を倒して自分の後ろにいる人を守るのが優しさで、学君のように怖気づきながら技を掛けるのが甘さですわ」
今回一歩間違えば命の危険があっただけに、桜はわざと目を覚ましたばかりの学に辛辣な意見を述べている。この意見をどのように受け取るかによって、学の戦う人間としての将来が決定されるといっても過言ではないという表情。
「そうか… 僕はまだまだ考えが甘かったんだね。最終的には桜ちゃんが何とかしてくれるって心のどこかで考えていたみたいだ。もし次にこんなことがあったら絶対に甘さを捨てて臨むよ」
「相手がケガをしたり死んだりするのは単なる結果に過ぎません。だからこそ全力で自分の技をぶつける必要があります。私くらいのレベルに達したら手加減を考えなさい」
「あの~… 桜ちゃんのレベルって、一体いくつなの?」
「秘密ですわ。学君がもうちょっと強くなったら教えて差し上げます」
「わかったよ。僕も今桜ちゃんに言われたことをしっかり肝に銘じて頑張ってみるよ」
「いい心掛けですわ。体の傷はカレンさんのおかげですっかり良くなっていますから、校医の先生から許可が出たら授業に戻れますわ」
「カレン先輩ってこの前武道場に来た人かな? 金髪のきれいな人じゃない?」
「そうですわ。まだ日本にひとりしか確認されていない、治癒魔法の使い手ですの」
「そんなすごい人なんだ。今度ちゃんとお礼をしておかないと」
「私と同じパーティーですから、お礼をする機会はいつでもありますわ」
「桜ちゃんのパーティーってなんだかすごい人ばっかりなんだね」
「まあ、確かにそうかもしれません。さてお話が長くなりましたが、学君の具合はいかがですか?」
「ちょっとお腹が減っているけど、もうどこも痛くないみたい」
「それは良かったですわ」
「桜ちゃん、色々とありがとう。なんだか大事なことを学んだ気がするよ」
「どういたしまして。それでは私は授業に行きますから、稽古ができるようになったらまた声をかけてください」
こうして桜は、学の病室を後にするのであった。
◇◇◇◇◇
時は遡って、桜と学がデートに出かけた日の朝。桜を除いたデビル&エンジェルのメンバーはいつもの席に集まって朝食をとっている。
「あら、今日は桜ちゃん一緒に食べないのかしら?」
普段は朝一番に来て先に食べ始めている桜がいないことに美鈴が不審を抱いている。桜が毎日の生活パターンを崩すなど非常に珍しい出来事。
「桜は学君と一緒に出掛けるらしい。ガラにもなく身だしなみを整えてブラッシングなんかしていたぞ」
「「「「なんですってぇぇぇぇ」」」
聡史の話を聞いていた美鈴、明日香ちゃん、カレンの絶叫が、朝の静かな食堂に響き渡る。当然学院生の注目は声の主に集まっており、美鈴たちは周囲にペコペコ頭を下げている。大魔王と天使に頭を下げさせるなんて、桜の破壊力は相当な物であろう。
「だから本日のダンジョンは桜なしで臨むから、みんなはそのつもりでいてくれ」
「聡史君、それどころじゃないでしょう! 桜ちゃんは弟弟子なんて言っていたけど、もしかして本当は付き合っているんじゃないの?」
「美鈴、ちょっと落ち着いてくれよ」
「落ち着いてなんかいられないでしょうがぁぁぁ! 桜ちゃんに彼氏ができるかもしれない一大事なのよ」
「まあ確かに、俺の目から見ても桜が嬉しそうにしている様子は伝わってくる。だけど周囲が変に後押ししたりすると、あいつのことだからヘソを曲げる可能性が高いぞ」
「う~む… 確かにその点は否めないわね」
「だから俺たちは素知らぬフリをして、桜がやりたいようにやらせようと思っている。みんなもいつも通りにしていてもらいたい」
「わかったわ。色々と聞き出したいのは山々だけど、当面は放置するわ」
美鈴の意見に他のメンバーも同意している。近くに座っているブルーホライズンにも聡史の声は聞こえていたので、彼女たちも桜に対してあれこれ問い詰めたりはしないと約束してくれている。頼朝たちには何も話していないが、彼らが桜に変な質問や口答えするなどあり得ないので、その点は安心できそう。
ということで、桜を除いたメンバーは朝食を終えて準備を整えにそれぞれの部屋へと一旦戻っていくのであった。
◇◇◇◇◇
いつものように管理等のエレベーターを降りたところで待ち合わせをすると、メンバーが三々五々集まってくる。このところ一緒にダンジョンで活動しているクルトワもいる。本人は勇者パーティーに混ざりたいと希望しているのだが、明日香ちゃんに引っ張られて聡史たちと行動を共にしている。魔王の娘と勇者の恋は、依然として険しい道のりが続いているよう。
「それじゃあ、全員揃ったから行こうか」
聡史の合図で、五人のメンバーがダンジョンに向かって歩き出す。朝だというのに聡史の右腕には美鈴が、左腕にはカレンが掴まって歩いている。その姿を見たクルトワは…
「明日香ちゃん、そ、その… 私も浜川様にあんな感じで抱き着いてみるのはどうでしょうか?」
クルトワのこの発言に明日香ちゃんの表情が歪む。普段から調子のいい明日香ちゃんからは考えられないような怖い形相でクルトワに向き直る。
「クルトワさん、私にそれを訊くんですか? 彼氏がいない歴16年、いまだに好きな人も出来ないこの私に!」
「あ、明日香ちゃん、そんなにヤサグレないでください。ダンジョンから戻ったら、美味しいパフェを食べましょう」
「クルトワさん、もちろんですよ~」
途端に明日香ちゃんの顔がだらしなくニヘラ~と緩む。パフェの話題になった瞬間にこのようなどうにも締まりのない顔をするものだから、一向に男子からメアドも聞かれないのだと、どうか早く自覚してほしい。とにかく自覚してくれ。どうか一刻も早く。
こんな痛い性格の明日香ちゃんであるが、実はこの直後にもっと痛い人間に出会うとは、この時点では誰も気が付いていなかった。
◇◇◇◇◇
校舎の横を抜けて正門に近づいていくと、制服を纏った少女が所在なさげに立っている。その顔かたちが聡史たちには見覚えがない点からいって、どうやら1年生のよう。だが彼女は遠目に見ても、どうにも不審な行動をしている。いくつかのパーティーがその前を通りすぎていくが、ある程度距離がある時にはそのパーティーをじっと凝視し、近づいてくると顔を横に逸らすという意味のない行動を繰り返している。どうみても声を掛けたいにも拘らず、自分からは声が掛けられないという、その女子生徒の現況が一目瞭然。
そしてある程度離れていた聡史たちをじっと凝視していた1年生女子は、通り過ぎた複数のパーティー同様に聡史たちが接近するにつれて顔を背けている。その様子を見かねた聡史が大きなお世話かと思いつつも彼女に声を掛けてみる。
「見たところ1年生のようだが、こんな所で何をしているんだ?」
急に自分に掛けられた声にハッとなった少女が振り返りながら、聡史をまじまじと見つめる。そしてその口から飛び出した返答は…
「クックック、闇の深淵の中で悠久の時を生きる大魔導士にかようなる言葉を掛けるとは」
少女の返事はなぜか美鈴に突き刺さっている。ルシファー様ご降臨の際のセリフと実によく似ているせいだろう。クリティカルヒットを食らった美鈴はたった一撃でダウン寸前… というよりも自らの黒歴史を目の前に突き付けられて、大声を上げながらこの場から逃げ出したい心境に駆られている。
「聡史さん、この子は何を言っているのでしょうか?」
いきなりの厨2病全開のフレーズにカレンは相当の戸惑いを見せている模様。思わず聡史に尋ねている。
「どうも色々とコジらせているらしいな。それで、何をしているんだ?」
「クックック、悠久の時を生きる大魔導士自らが、我に釣り合いそうな人間を見定めていたのだ」
「聡史さん、通訳をお願いします」
またもやカレンは少女が口にするセリフが理解できないようで、聡史に通訳を依頼。もちろんその表情は「迂闊に声を掛けたのは間違いでは…」という不安を湛えている。その横では羞恥に耐えかねた美鈴が立ったまま口から白い何かを吐き出しており、すっかり意識を手放している。
「どうやらどこかのパーティーに仲間に入れてもらいたいようだな。それで、名前とクラスは?」
「クックック、悠久の大魔導士の真名を尋ねるとは愚かな。我の真名を聞いた者はその場で闇の深淵に封印してくれようぞ」
どうやら本格的に痛い子のよう。喋る内容だけでなくて左目には眼帯を装着して、同様に左腕は包帯でグルグル巻きという徹底ぶり。かなり年季が入った厨2病患者ということがその外見からも窺える。
「美鈴、生徒会のデータベースで検索してもらえるか?」
「……」
「おい美鈴、しっかりしろ」
聡史が肩を揺さぶると、ようやく美鈴は現実逃避から戻ってくる。これほど美鈴に精神的ダメージを与える人間など付き合いが長い聡史の記憶の中でも存在しないであろう。
聡史が改めて美鈴に依頼して生徒会のデータベースを当たった結果…
「1年Eクラスの長谷川美咲だな」
「クックック、我の真名を調べたつもりか。まだそれでは不十分だと思い知るがよい」
「ああ、もうそういうのいいから」
こんな具合で、聡史に軽くあしらわれている。明日香ちゃんとクルトワは面白そうなこの出来事に様子見を決め込んでいるが、何か気になることでもあるのかカレンが聡史の耳元で囁く。
「聡史さん、なんだか変わった子だというのはわかりましたが、聡史さんはなぜこの子と普通に会話ができるんですか?」
「中学時代の遊び仲間にこんな感じに厨2病をコジらせたヤツがいたんだ。言いたいこととか受け流す方法はよくわかっている」
実際はポッチでいたその厨2患者に聡史が声をかけて仲間に引き入れたのであるが、卒業するまで仲のいい友人だったし、現在でも時折メールのやり取りもしている。だからこそ、この痛い少女に対応が可能だったのかもしれない。
「一緒にダンジョンに入る仲間が見つからないんだろう?」
「クックック、我は孤高を好む悠久の魔導士。我の真の力が一たび発揮されれば、この世界は終末の滅亡を目の当たりにするであろう」
「聡史さん、通訳」
「ポッチ確定だ」
長い厨2セリフを聡史はたった一言で片付けている。さらに美咲に向かって続ける。
「今日はこれからダンジョンに向かうから、一緒には行動できない。もし俺たちと一緒に活動したければ、明日の放課後に第3訓練場までこい。魔法の訓練くらいは面倒見てやるぞ」
「クックック、この悠久の魔導士に今更訓練など必要ない。さらばだ」
そう言い残して、美咲はクルっと身を翻して校舎の方向に去っていく。ただしなぜかその足取りが、まるでスキップをするかのような身軽さであったことを聡史たちは見逃さなかった。
◇◇◇◇◇
ダンジョンでの活動を終えた聡史たちはシャワーを浴びてから食堂に集まっている。
「桜ちゃんは、まだ帰ってきてないわね」
時刻はすでに午後6時を回っており、そろそろ夕暮れ。この時間になっても戻ってこない桜を心配する美鈴。
「特に何の連絡も入っていないな」
「お兄さん、きっと二人で盛り上がっていて時間を忘れているんですよ~」
明日香ちゃんの無責任な発言に「まあそういうこともあるだろう」と全員が納得したまま食事は続く。そこでカレンが思い出したように朝の件を切り出した。
「聡史さん、あの1年生の子… 美咲さんでしたっけ。彼女になぜ声を掛けたんですか?」
「そうだなぁ~… ほら、ちょうど1年前のことを思い出して」
「1年前?」
カレンが不思議そうな表情を浮かべる。美鈴と明日香ちゃんも、何があったかわからずに不思議そうな表情。
「ちょうど1年前に俺と桜が編入してきて、その日のうちに美鈴と明日香ちゃんと出会っただろう」
「ああ、なんとなく聡史君が言いたいことがわかったわ」
「美鈴さん、何が分かったんですか?」
美鈴は何かに気が付いた模様であるが、明日香ちゃんはサッパリ何が何だかわからないよう。1年前のことぐらい、しっかり記憶に留めておいてもらいたい。
「それから特待生寮で話して、二人ともダンジョンに一緒に入る仲間がいないと言ったじゃないか。確かその頃カレンは、日替わりで色々なパーティーに同行していたんだよな」
「「「その通りでした」」」
三人の女子たちにもどうやら当時の経緯が蘇ったようで、声を揃えて聡史に返事をしている。
「美鈴は生徒会の仕事が忙しすぎて、誰からも声を掛けられなかったよな」
「そうだったわ。なんかすっかり昔の出来事みたいでウッカリ見過ごすところだった」
「明日香ちゃんは、魔法少女を夢見てポッチだったな」
「お兄さん、失礼ですね。私は今でも魔法少女になる夢は捨てていません」
「明日香ちゃん、突っ込む方向が斜め上過ぎないかしら? いまだに魔法スキルがひとつもないんでしょう」
美鈴が呆れた声をこぼす。レベル200を間近にして、まだステータスに職業も表示されない明日香ちゃんがここにいる。
「カレンと初めて喋ったのはもうちょっと後だったが、やはりパーティーに所属できないという悩みを抱えていた」
「はい、そうでした」
「だから放置できなかったのかな。それに2年生はずいぶん形になってきているから、そろそろ後輩の育成に手を貸してもいいんじゃないかと思ってな。さすがに先輩には手を出しにくいし」
「さすがは聡史君ね。学院全体のことも考えているのね」
「美鈴さん、ある意味では新たな被害者が生まれるんじゃないですか?」
「明日香ちゃん、聡史さんがその辺はしっかりと考えてくれますよ。それにきっと母も喜ぶと思いますし」
もちろんこのカレンのセリフに出てきた「母」とは、学院長を指す。せっかくこの学院に誕生した「奇跡の世代」の類い稀な能力を後輩に受け継いでいくのは、おそらく学院長としても諸手を挙げて歓迎する事態だろうと娘ながらに考えている。
「すでに桜は学君を育てる方針を固めているようだし、俺たちも少しくらいは後輩のために活動してもいいだろう」
「「「賛成」」」
「あとは本人の意向に任せたい。明日俺たちの自主練に顔を出すかどうかだな」
「そうね、私たちだけがヤル気になっても、本人にそんな気持ちがないとどうにもならないことだし」
こんな雰囲気で話がまとまって、この日は終わる。
ちなみにメンバーたちが食事を終えた直後にカレンのスマホに桜から「学が怪我をしたから処置を頼む」という連絡が入り、やはり普通のデートじゃなかったと全員が肩を落とす一幕もあった。
◇◇◇◇◇
翌日の放課後、第3訓練場では学科の授業を終えたEクラスの生徒たちが、いつものように自主練を繰り広げている。ブルーホライズンや頼朝たち以外の生徒も順調にレベルを上げており、すでに全員が50越えというモンスタークラスの自主練は熱気に包まれている。
剣や槍が火花を飛ばし合いながら打ち合う熱気のこもったそんな訓練場に、そっと物陰から様子を窺う女子生徒の姿がある。聡史の言葉を頼りにこの場に来てみたものの、あまりの熱気に圧倒されてどうやって声を掛ければいいのかわからなくなった美咲が立ち竦んでいる。
だがその気配に真っ先に聡史が気付く。このまま美咲から声を掛けるのを待っていると日が暮れそうなので、聡史は彼女が佇んでいるスタンドの陰につかつかと歩んでいく。
「美咲、よく来たな」
急に近付いてきた聡史にオロオロしながらも、なんとか表情を取り繕って美咲が答える。
「クックック、この悠久なる大魔導士が、わざわざそなたらの…」
「ああ、そういうのもういいから。おーい美鈴、魔法の訓練に向かうぞ」
「わかったわ」
離れた場所にいた美鈴も聡史の呼びかけに応じて美咲の元にやってきてニッコリ微笑む。
「私と聡史君があなたの魔法を見てあげるから、どうぞよろしくね」
「クックック、この悠久なる…」
「よし行くぞ。ついてこい」
美咲のセリフを途中でぶった切って聡史はすでに歩き出している。慌てて美咲もその後を追うのであった。
◇◇◇◇◇
地下にある第ゼロ演習場に入った聡史、美鈴、美咲の3人。初めて来た場所に美咲は不安そうな表情を浮かべている。
「安心していいわ。ここは私たちしか使用できない特別な演習場なのよ。誰も入ってこれないから、気を使う必要はないから」
「クックック、我をこの場に閉じ込めようとも無駄なこと」
「通訳してよ」
「こんな場所に連れてきて何をする気だと」
実際美咲は、見知らぬ場所に連れてこられてその緊張がピークに達していた。それでも厨2スタンスを貫く辺りは、相当な重症患者に思えてならない。
「さて、魔法の訓練を行うにあたって、まずはステータスを見せてくれ」
「クックック、我の真の姿を…」
ペシッ
「い、い、い、痛い」
聡史に頭をはたかれて、ついつい地が出てしまう美咲。思わずハッとして、顔を赤らめている。それでも美鈴にも促されて、渋々ステータスを開示。
【長谷川 美咲】 16歳 女
職業 魔法使い見習い
レベル 2
体力 26
魔力 45
敏捷性 19
精神力 4
知力 32
所持スキル 火属性魔法 闇属性魔法
「驚いたな。闇属性持ちか」
「それにしても、初期の明日香ちゃんとほとんど同レベルね」
「それに精神力が4って、一桁の数値を初めて見たぞ」
聡史と美鈴の講評が続く間、美咲は不安そうな表情を抱えている。他人にステータスを見せたのは入学試験以来だったので、自分がどのように評価されるか非常に気になる所らしい。
「美鈴、精神力が低いのは、もしかしたら厨2病に関係があるんじゃないか?」
「そうね… 自分の本来の性格を偽っているとしたら、精神力の成長を阻害している可能性が高いわね」
「よし、美咲、これからは普通に喋れ」
聡史がやや厳しい表情で命じると、美咲の顔は真っ青になってブルブルと震え出す。そしてやっと絞り出すかのように…
「そそそそそそそそ、その… ふふふふふ、普通に喋ろうとすると、あああああ、頭の中が真っ白になって… ドドドドド、ドモってしまって…」
どうやらこのドモリ癖が全ての原因のよう。厨2病にある意味でコミュ障も併発しているとなると、これはかなりの難敵かもしれない。だが美鈴は…
「まあ、そうだったの。ドモリ癖が恥ずかしくってあんな厨2キャラを作って誤魔化していたのね」
「ははははは、はい」
美咲から真相を打ち明けられた美鈴はまるで聖母のような優しい笑みを浮かべると、そっと両手で美咲の頬を包み込む。そして…
「大丈夫よ。私たちはドモリ癖を馬鹿にしたりしないわ。だから安心して。それに頭で考えるんじゃなくって、心に浮かんだ言葉を口にしなさい。もっと自分の心を素直に見つめるのよ」
「あああ、ありがとうございます… ウエ~~ン」
そのまま美咲はボロボロ涙を流しながら号泣する。本人も記憶がないくらいに心から泣きじゃくって、今まで溜まっていた様々な悩みや苦脳を全て打ち明ける。
「そうだったの… 色々と苦しかったのね。でも私たちは全部受け止めてあげるから」
泣きじゃくる美咲の背中をポンポンする美鈴はとても大魔王とは思えない慈愛に満ち溢れている。
「美鈴は、本当は優しいんだな」
「あら、聡史君は私のことをどう思っているのかしら?」
「悪人の精神を奪って全てを自供させたり、魔物を灰になるまで焼き尽くす大魔王様」
「失礼しちゃうわ。そんな風に思っていたなんて」
「冗談だよ。あの頃と全然変わっていないと思ってた」
「あの頃?」
聡史が何を言いたいのか美鈴は見当がつかない様子でコテンと首を傾ける。
「小学校3年の時に、オヤジが大事にしていた釣竿を折った日、美鈴は今と同じように『心に浮かんだ謝罪の言葉でお父さんに謝りなさい』と諭してくれた。おかげで俺は自分からオヤジに釣り竿の件を謝ることができた。まあ、しこたま怒られたのは今となってはいい想い出だ」
「聡史君… 覚えていてくれたんだ」
美鈴の瞳から一筋の涙がこぼれていく。こうして昔の出来事を聡史がしっかり覚えていてくれるのが、彼女にとっては堪らなく嬉しいよう。心の底から込み上げる嬉しさに感極まった美鈴。その瞬間だけ心のガードが緩んでしまい、一番大事にしていた聡史への想いが口をつく。
「わ、私… ずっと子供の頃から聡史君が、す…」
「ああああ、あの~… 私はどうすればいいのでしょうか?」
美鈴の大切な言葉を遮るかのように美咲がセリフを重ねてくる。すっかり自分の世界に浸っていた美鈴は一気に現実世界へと引き戻されて、その顔は真っ赤。
「イヤぁぁぁぁ、もうダメぇぇぇ」
そのまま顔を覆って、たっぷり20分以上一人で殻に閉じこもって出てこない美鈴であった。
突然現れた1年生の少女美咲、彼女はその後どのような…… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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