214 魔王城凱旋 1
ようやく復活しました。1か月以上投稿を休んでいた理由については、後書きをご覧ください。
いよいよ魔王城を目指すクルトワは……
魔王城を目の前にする地にあるこのダンジョンは、魔族の間では〔デルシュタインダンジョン〕と呼ばれている。エリザベス大公を先導役にした魔族たち3千の軍勢は、丸1日がかりで全員日本からの転移を終えて、現在ダンジョン前の広場で整然と隊列を作って点呼を終えたところだ。
その前に立つエリザベス大公が全軍に訓令を伝える。
「明朝、クルトワ殿下のご到着と同時に魔王城へと向かう。各自はそれまで十分に休息をとれ」
「「「了解しました」」」
魔族たちは兵糧や兵站を維持する馬車等を全てアライン砦に置いたまま最低限の装備で転移しており、彼らの食事等は日本政府から支給された簡易糧秣で賄われている。ついこの間戦端を交えた相手国から食料を支給してもらうというのは、よくよく考えてみると疑問に感じる兵士もいるようだ。だが腹が減っては戦はできないとばかりに誰もが遠慮なくその糧食… いわゆる〔缶メシ〕と呼称される自衛隊支給の保存食に手を付けている。というよりも、この世界の食事よりも断然質がいいので、ほとんどの兵士たちは大喜びで口にしているのであった。
一夜明けて朝日が昇ってからしばらく経つと、ダンジョンから出てくる小集団の姿がある。もちろんその集団は聡史たちであった。彼らは昨日、ダンジョンの内部に陣取っては魔族の転移の誘導に当たり、夜になって第3魔法学院で1泊してから、この日朝一番で異世界に到着していた。
「美鈴様、ついにこの日がやってきたのですね」
「クルトワ、もうちょっと落ち着きなさい。まだ魔王城に入ってもいないうちから緊張する必要はないわ」
美鈴に窘められるクルトワ、だがそう言われてもこれから先にはどう考えてもひと悶着あるとしか思えない。スムーズに自分が城内に受け入れられるとは、彼女が拉致された経緯を鑑みると中々考えにくかった。それ故に、どうしてもその表情には緊張の色を隠せないようだ。
だがクルトワ以外の面々は、普段通りの表情で魔王城の方向を見遣っている。ことに桜などは、何か一たび事が起きれば力尽くで解決するのみと、今から心の中で腕捲りしているのだった。こちらはクルトワとは別の意味で力が入っているといえよう。そんな桜に対して天狐と玉藻の前は…
「主殿、この場が話に聞く唐国であろうか?」
「まことその通りなのじゃ、街の見掛けが日ノ本とは違うようじゃ。異国にてひと暴れとは、なんとも興が乗るものよ」
「二人は私がいいというまで大人しくしているんですよ。勝手に暴れると色々とややこしくなりますから」
飼い主同様に血が騒ぎ出しているペット2体を宥めにかかる桜。大妖怪2体には異世界などと話して聞かせても理解の範疇を超えているだろうから、敢えて細かい話などするつもりはないようだ。天狐と玉藻の前は、精々当時の中国辺りに来ているとしか考えてはいない。桜もその辺の説明が面倒なので何も言わないまま、あまり無茶をしないように今から手綱をしっかりと握るに留めている。
「それでは馬車に乗り込もうか」
聡史の出発の合図で、それぞれが3台の馬車に分乗する。昨日のうちにダンジョン警護部隊がエリザベスの命令を受けて城内から運び込んでいた馬車であった。クルトワ一人が乗る先頭に陣取る馬車は、周囲を騎乗したエリザベス、レイフェン、フィリップの3人が取り囲み、さらに親衛隊の幹部や多数の完全武装の兵士が寄り添って物々しい警戒ぶりである。
その馬車の内部に一人で佇んでいるクルトワといえば…
「うう… 美鈴様は『緊張するな』と仰いましたが、魔王城を目の前にして緊張するなと言うほうが無理です。一体どうすればいいのでしょうか…」
ブツブツと独り言を口にするクルトワ、すると何やら良い考えが浮かんだようで、その脳内にピコーンという音が鳴る。
「そうでした。緊張を解きほぐすには甘い物が欠かせません。明日香ちゃん、何か甘い物を…」
クルトワはいつもの調子で横に目をやるが、そこには誰も座っていない馬車の座席が存在するのみであった。ウッカリ自分が置かれている事態を忘れかけていたクルトワの目が、急に絶望を帯びた色に染まっていく。
「しまったぁぁぁぁ! 今は一人で馬車に乗っているんでしたぁぁ。こんなことだったら予め何かオヤツになりそうな物をもらっておくべきでした」
ガックリと項垂れてそのまま無言になってしまうクルトワであった。この件で一気に緊張感が解けたのは怪我の功名ではあるが、なぜか無念さがありありの表情が隠せない。この期に及んで甘い物くらいちょっとは我慢しろと声を大にして突っ込んでやりたい。
高々オヤツの一つでこれでもかと言わんばかりに無念さを滲ませるクルトワが乗った馬車の後方には、聡史、美鈴、カレンの3人が乗り込む馬車と、桜、明日香ちゃん、大妖怪2体が朝からやれ稲荷寿司だのスナック菓子だのを頬張りながら進む馬車が続く。人族が紛れ込んているのを魔王城の関係者に見咎められないように、聡史たちの馬車の窓はキッチリ閉じられている。クルトワが無事に城内に入るまで、聡史たちは姿を隠しているのであった。入城の許可だのといった些末な問題は、エリザベス辺りが権限を行使して解決してくれるであろうと、鷹揚に考えている。
「全軍、魔王城に向けて進め」
騎乗するエリザベスが手にする鞭が振り下ろすと、3千の軍隊は縦に長い隊列でゆるゆると進み始める。この場所は、魔王城が所在するナズディア王国の王都ナズディアポリスの郊外約5キロの地点にある。ゆっくり行進しても1時間少々あれば、王都の城門まで辿り着けるであろう。敢えて急がないのは、隊列の堂々たる姿を見せつけるためで、大勢の兵士に囲まれたクルトワの威光を高める効果を狙っている。
その馬車の内部で、美鈴が隣に座る聡史に清ました表情を向ける。
「聡史君、一応作戦の概要は聞いているけど、今のところ変更はないのね」
「ああ、大丈夫だ。エリザベス大公が上手く立ち回ってくれたおかげで、今のところは魔王城側に俺たちの気配を掴まれていないようだしな」
聡史が最も懸念していたのは、こちらの動きを魔王城に察知されて、その結果城から大勢の兵士を差し向けられないかという点であった。仮にそのような事態に陥れば、魔族同士の衝突が発生する可能性がある。聡史としては無用な衝突はできるだけ避けたかったので、こうして城側に勘付かれずに出発できたことについては僥倖だと考えている。だが油断はできない。何しろこれだけ大勢の部隊が隊列を組んで進軍する様子というのは、どう隠しても異様にしか見えない。城門を見張っている兵士の目に留まれば、すわ何事かと上層部へ報告が上げられるのは当然の成り行きであろう。
「見張りに見つかったらどうするつもりなんですか?」
カレンは大して心配していない様子。それだけ聡史を信頼しているのであろう。それよりも馬車のシートは対面式で六人が余裕で座れるはずなのに、なぜかその片側だけに聡史を真ん中にして右に美鈴左にカレンがピッタリと密着するように座っている。この態勢こそが、聡史にとっては現在最もどうにかしたい大問題であった。
もしこのような嬉し恥ずかし状況を聡史が嘆いたりしたら、相変わらず女子にまったく縁がない頼朝たちは「リア充には天誅を!」と、声高に叫びながら呪いのワラ人形を100体単位で準備するに違いない。特に最近、カレンに対する色欲に塗れた劣情を隠そうともしない元原や横田あたりが間違いなく過激な行動を開始するはずだ。
だが聡史も、この微妙な緊張が漂う馬車の中の空気を読んでいる。どちらかに「席を移ってくれ」などとは間違っても口にはしない。やむを得ないと苦笑しながら、ひとまずはカレンの質問に答える聡史。
「その時はその時だな。だがこうして無事に出発してしまえば、それほど気にしなくても大丈夫だろう。3千の兵に対抗する数を揃えるとなれば、城の側でもそれなりに時間を食うはずだ。その間にこちらが城門に到着してしまえば、向こうは大軍を動かすタイミングを逸する。まさか城の中で両陣営がドンパチ始めるわけにもいかないだろう」
「確かにその通りです。さすがは聡史さんですね」
「城に入ってしまえば、こちらのものだ。まずは最初に相手の兵力を抑えにかかるから、その辺はエリザベス大公やフィリップ公爵に任せよう」
「ええ、あの二人は有能だし、魔王軍内の立場も高いからきっと役に立ってくれるはずよ」
ベタ褒めのカレンに、聡史はやや居心地の悪さを感じている傍から美鈴が横から割り込んでくる。これはもしや美鈴から死神のオーラが… 聡史が横眼で確認すると、なんと何も出ていない! このところ聡史と一緒にいる時間が長かった美鈴は、相変わらず機嫌上々の模様。カレンに対して余裕のある態度を見せている。
そんな美鈴にホッと胸を撫で下ろす聡史。その額には無意識に一筋の冷や汗が流れている。狭い馬車の中で天使と大魔王の最終戦争など、聡史でなくてもご免蒙りたいのは山々であろう。
そしてその聡史たちが乗る馬車のさらにもう1台後方では…
「主殿、朝から稲荷寿司を頂戴するとは、まことに忝く存じまする」
「ポチ、こういうのんびりとした旅には軽くつまめる一品は欠かせないんですよ。遠慮なく食べていいですからね」
「主殿の太っ腹には感謝が絶えないのじゃ。妾もこの〔ちょこれーとくっきー〕なる甘味には、感服しておるのじゃ」
稲荷寿司を頬張る天狐以上に上機嫌なのは玉藻の前。明日香ちゃんと二人で飲み物と共に供されたチョコレートクッキーの味に満足そうに頷いている。「パフェがないならお菓子を食べればいいじゃない」が合言葉のデザート友の会の結束は固い。
そのもう一方の明日香ちゃんは、クッキーを頬張る口を休めて桜に向き直る。
「そういえば桜ちゃんは、魔族軍に対していつものように積極的に行動しませんね。絶対に一人で魔王城に殴り込みをかけると思っていましたよ~。どんな心境の変化なんですか?」
「明日香ちゃんは、一体私をどんなふうに見ているんですか?」
「敵が目の前にいれば、問答無用で殴り掛かっていくと思っています」
「まったく… これだけ長い付き合いなのに、いまだに私を誤解しているんですね。見境なく殴りかかるような人間とは違いますからね」
「そうでしたか… わかりました! さてはこの場はグッと我慢して、溜まりに溜まった殺意を一気に開放するつもりですね」
「そうそう、魔王など瞬殺してご覧に… って、違いますからぁぁぁ」
明日香ちゃんの誘い言葉にまんまと乗りかかった桜だが、どうやら寸前で思い留まったようだ。危ない危ない… その桜であるが、明日香ちゃんの誤解を解こうと現状の説明を開始する。
「魔族に関しては、お兄様と美鈴ちゃんの縄張りですからね。私は敢えて積極的に前に出ないようにしているんですよ」
「桜ちゃんの性格にしては、ずいぶん珍しいですね」
「やかましいです。多分美鈴ちゃんが念入りに作戦を考えているでしょうから、任せておけば大丈夫ですよ。もし手を貸す場面があれば、遠慮なく力を発揮しますけどね」
「桜ちゃんはやっぱり見境なしに暴れるつもりなんですね」
「誰が見境なしですかぁぁぁ」
「それよりも桜ちゃん、その時が来たら事前に教えてもらえますか。可能な限り遠くまで避難しますから」
「何を言っているんですか。その時は明日香ちゃんにも頑張ってもらいますよ」
「いえ、私はクルトワさんを守りながら遠巻きに見ています」
「ちょっとはヤル気を出せぇぇぇ」
「お断りしますよ~。私は離れた場所から桜ちゃんを応援しますから」
キッパリと宣言する明日香ちゃん。桜は「だめだこりゃ」という目を向けるのであった。だがこの時点で二人は気付いてはいない。この会話が壮大なフラグを副都心の高層ビル並みに林立させたことを…
そんなこんなしているうちに、馬車はナズディアポリスの街を取り囲む城壁に設えてある門前へ到着する。門前にある広場には3千の兵士が続々と到着してしており、門の警備を務める兵士たちはその光景に右往左往する様子が馬上のエリザベスの目に入る。
その隊列に混ざってゆっくりと3台の馬車が滑り込んできたのを確認すると、彼女は馬上から門番の兵士に向かって大声で告げる。その堂々たる態度は、さすがは魔族軍の元帥を務めただけのことはある威厳に満ちた立ち居振る舞いであった。
「そこなる兵士たちよ、慌てるでない。我らは幽閉されていたクルトワ殿下を助け出して王都にお連れした。城門を開け! クルトワ殿下の帰還を妨げるでない」
「そ、それは真でございますか?」
門を警護している部隊の隊長と思しき人物が、恐る恐るエリザベスに尋ねている。どうやら王都に攻め込む意図ではないと聞いて一安心しながらも、今度は行方不明となっていた魔王陛下の一人娘の帰還という青天の霹靂に、どのように対応すべきかと頭を悩ませている。
するとそこに、エリザベスに代わってフィリップが馬を進めて前に出る。
「そのほうは確かグリーズ隊長であったな。門の警護ご苦労である。近衛隊長として命じる。クルトワ殿下のご帰還ゆえ、即刻城門を開け」
現在のフィリップの立場を知らない警備隊長は、馬上から見下ろすその人物を見た瞬間に表情を変える。右手を胸に当てて、畏まった態度で返答をするのであった。
「ハインリッヒ閣下でありますか。ご命令しかと承りました。只今門を開きまする」
フィリップの命令を受けた警備隊長は、一も二もなく部下に開門を命じる。魔王城の守護に当たる親衛騎士団長であったフィリップは、この王都では知らぬ魔族はいない有名人であった。その名声はエリザベスに匹敵するといっても過言ではない。
門を警護するグリーズ隊長は、エリザベスがあまりにも雲の上の存在すぎてその顔を知らなかったが、王都の警備隊長としてフィリップの顔は過去に何度も見ていた経緯がある。それ故に、この場合はフィリップのほうが話はスムーズに通じていた。
「ハインリッヒ閣下、殿下のご到着を城に連絡いたしましょうか?」
「その必要はない。我らが直々に城に報告するゆえ、そなたらは引き続き門の警備に当たるがよい」
「承知いたしました。大門を開きましたので、どうぞお通りください」
「うむ、ご苦労であった」
こうして3台の馬車を含む3千人の隊列は、最初の関門である街の門を潜り抜けてナズディアポリスへと入ってくのであった。
隊列はゆっくりとした速度で街の中心部へと徐々に進んでいく。当然ながら通りには住民が行き交う姿があり、誰もが「すわ、何事か?」という表情で馬車を先頭にした列を眺めている。先導を務める兵士たちの部隊が代わる代わる声をあげて住民たちを通りの左右に控えさせているので、馬車はスムーズに魔王城を目指して進んでいくのだった。
やがて隊列は街の中央にある大広場に達する。いつものように露店や屋台が店を広げる光景がそこいらじゅうに目に付き、住民たちは買い物袋や軽食を手にくつろいだ表情で行き交う。ここがナズディアポリスで最も賑わう場所だ。
その中央を隊列は粛々と進む。このまま真っ直ぐに北に向かって約1キロの地点に、魔王城の正門が見えてくる。隊列の先頭を務める兵士の目には、何ら前触れもなしに突如現れたこの一軍にどう対処しようかと慌てて右往左往している魔王城の門を守る部隊の姿が映ってくる。
「エリザベス殿、この場は私にお任せくだされ」
「うむ、フィリップよ、混乱なきように門番の兵を静めてまいれ」
「しからば少々お待ちを」
フィリップは単騎で馬を駆って城門を守る兵士たちの元へ駆けていく。その姿を頼もしそうに見送るエリザベスとレイフェンの姿があった。
その直後、城門に到達したフィリップは…
「静まれー! 一同の者たちよ、静まるのだぁぁ!」
馬上から大音声を発すると、門を固める兵士たちをクワっという鋭い眼光で睨み付ける。一瞬その姿に目を奪われた門番たちは、すぐに目の前にいる人物が何者であるのかを悟った。全員が慌てて左胸にコブシを当てて礼の姿勢をとっている。
「親衛騎士団長閣下、一体何事でございますか?」
門を警護する部隊の隊長が一歩前に出ると、自分の直属の上官に向かって礼儀正しく尋ねてくる。3千名に及ぶ隊列が向かってくる様子に一時はどう対処しようか狼狽したものの、こうして目の前に王城を守る責任者であるフィリップが現れたことによって、すっかり元の秩序を取り戻しているのであった。
「火急の用件だ。罷り通るぞ」
「お待ちください。このような大勢の軍勢を城内に招き入れるのは、過去の例からしてもすぐにとはまいりませぬ」
「責任は全て親衛騎士団長の自分が取るゆえ、今すぐに門を開くのだ」
ますます眼光を強めて睨み付けてくるフィリップの勢いに、警護部隊の隊長は逆らう術がなかった。彼は部下に合図を送ると、日頃は固く閉ざされて滅多に開放されない正門を開け放つ。この正門は、魔王が城内を出入りする場合や人族討伐に向かう大部隊が出発する際以外は閉じられているのが常だ。通常の城内への出入りに関しては、脇に設けられている通用門を用いている。
「全軍、前進せよ。城内に進めぇぇ」
怒声ともとれるようなフィリップの号令に従って、歩む速度を抑えていた隊列は再び元の速度に戻って前進を開始する。その動きは一歩一歩確実に城門に向かって進んでいくのであった。
「親衛騎士団長閣下、あの部隊は何処の軍勢でありまするか?」
「後ほど詳しき説明がもたらされる。それまでは口外を禁ずる。警備隊の面々にも徹底させよ」
「しかと承りました」
フィリップの厳しい表情に只事ではないと感じ取った隊長は、これ以上の追及を断念して部下に緘口令を敷いて門を静々と進んでいく隊列を無言で眺めるだけであった。
「隊列の通過後は門を固く閉じて許可があるまでは誰一人通すな」
「承知いたしました」
それだけ告げると、フィリップは騎乗したまま城内に馬を走らせて、一足先に何処へかと向かって姿を消していく。依然として長い隊列は正門を潜り抜けて城内に入り込んでいる真っ最中で、全体が入城するまではいましばらくの時間がかかる。
その間にフィリップは先回りして、親衛騎士団の部隊5千人が収容されている兵舎へと向かって馬を駆る。騎馬のまま駆け込んできたフィリップの様子に「すわ何事か?」と集まってきた騎士たちに、馬上からフィリップは大音声で呼ばわる。
「魔王陛下親衛騎士団の全軍を、直ちに練兵場に集めよ」
「親衛騎士団長閣下ではありませぬか。一体何が起きているのでありますか?」
「同じ命を二度言わせるでない。直ちに全軍を練兵場へ集結させろ」
「はっ、直ちに集めまする」
こうしてこうして魔王親衛騎士団の慌ただしい動きが開始されるのであった。
◇◇◇◇◇
魔王城の敷地は広大な規模に及んでいる。その内部には親衛騎士団の部隊全員が寝泊まり可能な兵舎とそこに隣接して設けられた練兵場が存在する。時にはこの練兵場において魔王陛下列席の下で閲兵式なども開催できるように設備が整えられている。
9割方の親衛騎士団員が練兵場に集結した頃合いを見計らって、3台の馬車を先頭にして3千名の隊列が入場を開始し始める。その装備を見て親衛騎士団の各面々は、人族の討伐に向かった部隊であると即座に見て取った。
魔王軍の内部では魔王親衛騎士団が最も上位に格付けされており、人族との戦いに当たる部隊はいわば格下の存在と言える。それが堂々と隊列を組んで親衛部騎士団の縄張りに入り込む様子というのは、彼らからすると決して心地よいものではない。幹部から末端の兵士に至るまで不審な表情で、入城してくる兵士たちを見つめている。中にはヒソヒソと不満の声をあげる騎士の姿も見受けられる。
最初に練兵場に集結していた親衛騎士団は、後から続々入場してくる遠征部隊に押されるようにして次第に正面から見て左側に並び直して、正面から見て向かって右側にエリザベスに率いられた部隊が並んで、練兵場内は左右できれいに色分けされた。さながら体育祭で紅白に分かれて並んでいるかのようである。
3台の馬車は右側の正面に停車しており、いまだそのドアはピタリと閉ざされて内部に何者が乗っているのかは明かされてはいない。全軍が整列を終えた様子を確認したフィリップは、エリザベスとレイフェンを伴って正面に置かれている台上に上がる。
「魔王陛下親衛騎士団の諸君、急に全軍に集結命令を受け取ってさぞかし慌てただろうが、普段の訓練通りに整然とこの場に集まった姿は、まず一言褒めておきたい」
台上に立つフィリップの姿に、親衛騎士団の面々の表情が輝く。しばらく行方が分からなかった親衛騎士団長がこうして無事な姿を現したのだから、誰もが安堵したかのような表情を浮かべているのであった。そんな空気が広がる所に、フィリップは爆弾を投げつける。
「急に集まってもらったのは、この場で何を置いても諸君らに報告すべき用件があるからだ。永らく行方が分からなかったクルトワ殿下をご無事に発見して、たった今魔王城に連れ戻った」
フィリップが投じた短い報告に、親衛騎士団全体が驚きに震える。その驚愕の様は、末端の兵士よりもより身近にクルトワと接していた幹部連中に対して、より強烈な魔法となって衝撃を与えていた。厳格な軍律によって許可なしには口を閉ざしていなければならないこの状況下にあっても、彼らは我慢できずに口々に「クルトワ殿下がご無事だと」とか「殿下がこの場にいらっしゃるのか」などと周りの者たちと小声で言葉を交わし始めている。
「クルトワ殿下を無事に発見して保護したのは、人族との戦いに当たっていたエリザベート元帥率いる部隊であった。彼らは殿下の身柄を保護し、この魔王城まで連れ戻ってくれた。その働きは称賛に値する。遠征部隊の今回の働きに、大いなる歓呼と最高の礼を示そうではないか」
「よくやったぞぉぉぉ」
「殿下をご無事に連れ戻って感謝する」
「最高の働きだ」
「親衛騎士団全員から、賛辞を贈るぞ」
大きな拍手と共に、クルトワの無事を知った親衛騎士団から感謝と称賛の言葉が一向に鳴りやまない。一方の遠征部隊の面々は、アライン砦の戦いの負けてしばらく捕虜としての生活を送って、日本を経由してようやく魔王城に戻ってきただけなのに、いきなりクルトワ救出の手柄を譲られてしまってどうしようかと、思いっきり戸惑っているのであった。
「いや、大したことしてないから」
「本当にそんな気にしないでくれ」
あまりのこっぱずかしさに口々にそう答える遠征部隊に対して、さらに称賛の声が上がる。
「おい、彼らは自らの手柄をひけらかさない謙虚な態度だぞ」
「うむ、もののふの手本のような態度だな」
「真の英雄とは、決して自ら驕らないものだ」
「我らもそうありたいな」
こんな感じで、親衛騎士団各位から遠征部隊は変な具合に感心される始末。もう今さら「自分たちは日本で美味い物をたらふく食って、フカフカのベッドで寝泊まりしていました」なんて、口が裂けても言えない立場に追い込まれているのだった。
このような雰囲気に包まれてしばらく喧騒に満ちた練兵場ではあったが、フィリップが静まるように手を軽く掲げると静粛な場に戻る。
「さて、親衛騎士団の諸君。この場にいる誰もが無事にご帰還を果たされたクルトワ殿下に拝謁したいのではなかろうか?」
否も応もないという表情で、親衛部隊の面々はフィリップの次の言葉を固唾を飲んで待っている。その表情は一目でもクルトワを見たいという期待に溢れているようだ。
「それでは殿下にご登場願おう。殿下、どうぞこちらにお姿をお見せください」
馬車のそばに侍っている遠征軍の幹部が恭しい態度でドアを開くと、そこからやや緊張の面持ちのクルトワが出てくる。その姿を一目見た瞬間に、練兵場は歓喜の声に包まれた。
「殿下、よくご無事で…」
「相変わらないお美しいお姿を拝見して、至上の喜びにございまする」
「殿下のお姿を再びこうして拝見する日が来るなんて…」
「「「「「「クルトワ殿下、バンザイ」」」」」」
多くの親衛騎士たちが涙に咽びながら喜びを口にしている。そしてクルトワがフィリップが立っている台の上に並ぶと、彼らの歓声は最高潮に達した。
台に立ったクルトワは、日本での生活の癖が抜けきらずに、ペコリと軽くお辞儀をしてから騎士たちに向かって口を開く。
「親衛騎士の皆さん、こうして無事に魔王城へ戻ってまいりました。心配を掛けましたが、もう大丈夫です」
練兵場を埋め尽くす盛大な歓呼がクルトワを迎える。魔法学院の制服姿で台に立っているクルトワは、この盛大な歓声に一瞬呆然とした表情で固まりかけたが、なんとか自分を奮い立たせて次のセリフを口にする。こんな大勢の聴衆を前にして、事前に決められた段取りを忘れなかっただけでも大したものだ。
「私がこうして戻ってこれたのは、様々な力をお貸しいただいた大いなる存在のおかげです。ここにその尊きお姿を現していただきたく存じます。美鈴様、どうかお越しくださいませ」
クルトワの紹介に合わせて別の馬車のドアが開き、その中から黒いローブで顔を隠した漆黒のドレスを身にまとう女性が姿を現す。すでにこの時点で居並ぶ魔族たちは、その女性から発せられる圧倒的な威厳に飲まれ掛かっているような表情を浮かべている。そしてローブを被った女性が登壇すると、練兵場は水を打ったような静けさに支配される。
「こちらにいらっしゃいますお方こそが、私たち魔族にとっては神にも匹敵する尊きお方です。美鈴様、どうかそのローブを取り去って、自らが何者なのかをお明かしくださいませ」
美鈴は被っているローブをゆっくりと脱ぎ捨てる。そこには黒髪に黒い瞳の年若い姿があるだけだ。ただしその身から発せられる重厚な威圧感は、この場の支配者は誰なのかを雄弁に物語っているかのようだ。お察しの通り美鈴は、ルシファーの魂を一部だけ意識の表層に表出させており、その力で魔族を抑え込みにかかっているのであった。
「クルトワから紹介にあった、この私こそが闇と深淵の支配者〔大魔王〕だ」
たったその短い言葉で、この場にいる事情を知らない魔族たちは一斉に地面にひれ伏してしまった。彼らには自ずとわかってしまうのだ。その身から発せられる抗いがたい威厳と共に、わずかに漏れ出す魔力の果てしなき量とどこまで通じているのかすら全く見当もつかないその深淵に。
美鈴が人族の風体をしているなどといった些細な外見の違いなどこの際問題ではない。魔族は魂の本質から感じ取ってしまうのだ。「この人物はまさに大魔王だ」と… これは理屈などではない。例えばキリスト教徒の目の前にキリスト本人が降臨したら何も言わずに跪いてしまうように、イスラム教徒であったらアラーが目の前に降臨したら何もかも捨て去ってその身を投げ出すように… そのくらい、いやそれ以上に魔族にとって美鈴の本質を目の当たりにした体験は、魂に直接響く強烈な出来事であった。
美鈴はさらに続ける。
「聞くところによると、この魔王城には現在魔王は不在らしいな。大魔王として命じる。魔王の行方が判明するまでの間、しばらくはこの大魔王が直々にこの魔王城を支配する。その代理としてクルトワを任命する」
この美鈴の神託に等しい声明を受けて、フィリップが一堂に声を張り上げて厳命する。
「大魔王様に忠誠を示すのだ」
これに応えて、ひれ伏していた親衛騎士団が一斉に立ち上がっては腰の剣を引き抜いて、空高く掲げたのちに胸の前に引いて押し当てた。これが魔族の忠誠を示す態度であった。
「そなたたちの忠誠は受け取った。以後はクルトワの言葉にしかと従うように」
それだけ言うと、美鈴とクルトワは馬車へと戻っていく。練兵場を埋め尽くす兵士たちは、その姿を直立不動のまま見送るだけであった。
投稿をお休みしていました理由ですが、左ひじにひびが入りまして4週間腕を固定されておりました。ようやく治ってリハビリが始まり、こうして投稿を再開した次第であります。色々とお待たせいたしまして、大変申し訳ありませんでした。無理のない程度に週に2話程度のペースで投稿をしていくつもりなので、どうか今後もよろしくお願いいたします。




