213 魔王城への道のり
お待たせいたしました。続きをどうぞ
アライン砦に収容されている魔族への顔見世を終えたクルトワは、桜に連れられて馬車で自衛隊の駐屯地へと向かう。その車中ではクルトワがなぜか元気がない様子。
「殿下、如何なされたか?」
「フィリップ、何でもありませんからしばらく放っておいてください」
「しかしそのお顔は『何でもない』では済まされぬご様子ですぞ」
一緒に馬車に乗っているフィリップが心配顔で尋ねてくるが、クルトワは何も言わずに首を横に振るばかり。その横からレイフェンがクルトワを励まそうと、言葉をかけてくる。
「それにしても姫様もいつの間にかご立派になられたものだ。三千の兵を前にしてあのような勇ましきセリフとは、魔王様にもお聞かせしたい」
「左様左様、クルトワ殿下のお姿を見れば、魔王様もお喜びになるは必定」
供の二人はクルトワの雄姿を喜ばしいと捉えているが、当の本人にしてみれば堪ったものではなかった。元々内向的で人前に出る経験もほとんどないクルトワにとっては、時間が経過するごとにやっちまった感が募っていく。桜に唆されて兵士たちに向かってあれほど勇ましいセリフを口にしてしまった自分に対して、恥ずかしいやら情けないやらで、心の中に鉛が詰まっているような気分に陥っているのだった。
(はぁ~… なんであんなことを言ってしまったのでしょうか。何も思いつかなくて桜ちゃんに言われるままに叫んでみましたが、後から考えると、とんでもないことを口にしています。なんだか絶対に後に引けない立場に自分を追い込んでしまったような…)
あの勇ましいセリフもそうなのだが、クルトワの心に重たく圧し掛かる最大の原因は、兵士たちに本当の自分を見せられなかった点にある。もっと普通に自分の言葉で何か語り掛けたかったのだが、あの場の空気感というか熱気というか… そんな何かに当てられるようにして「我に続け!」などという自分らしくないセリフを口にした出来事に、耐えがたい羞恥心を抱いているのであった。
例えるならば、クラスで一番地味な女の子が文化祭のステージでバンドのボーカルを担当して、その場のノリで「みんな、盛り上がっていこう!」といった具合に聴衆を煽りに煽った挙句に、後で素に戻ってから「自分のキャラじゃないのに、なんであんなにはしゃいでしまったんだろう…」と落ち込む様子に似ている。というか、そのままであった。
こんな心情を抱えているところに以ってきてフィリップとレイフェンがよりにもよって自分を褒めるから、ますます穴があったら入りたい心境に陥るクルトワ。部屋に一人でいたら、隅で膝を抱えて体育座りしているか、頭から布団を被って蹲っているかの二択であろう。
そんな落ち込み放題のクルトワを乗せた馬車は、隣接する自衛隊のアライン駐屯地に到着する。馬車を降りるなり、全員の前には聡史と美鈴の両名が手を振って出迎えのために立っている姿が目に飛び込んでくる。
聡史は雑務に追われてやや疲労がたまっている表情だが、美鈴はここ1週間ほど聡史を独り占め出来た満足感にピカピカの笑顔を浮かべている。誤解のないように言っておくと、何ら二人の間が進展したわけではない。美鈴としては聡史とゆっくり話せる時間があった… それだけで十分に満足できる日々であった。そんな二人に対して、まずは桜が口を開く。
「お兄様、クルトワさんたちを連れて戻ってきました」
「桜、ご苦労だった。日本は異常はないか?」
「学院は特に何事もなく新学期を迎えています。新入生など実に可愛らしいものですわ」
それはそうだろう。桜が手を出すまでもなく、Eクラスを馬鹿にして挑み掛かってくるとっても元気のいい1年生は頼朝たちに悉く返り討ちにあって、全員グランド100周ランニングを身をもって経験している。桜が滞在している間に、1年生全体に「死にたくなければ、Eクラスには手を出すな」という学院ではまず一番に守らなければならないお約束が広まっているのだ。学院がこんな事態になっているなんて、もちろん聡史と美鈴は全く知らないが…
だが桜よ、他にもっと大事な連絡事項はなかったのか? その背後に立っている2体の大妖怪の件とか… だが桜は、一向に天狐たちには触れようともしない。魔法学院に妖怪が住み着くなんて、あらゆる意味で大事件だぞ。とはいえ桜としては、2体をペットにした事実をなし崩しに兄に受け入れさせようと考えて敢えて自分からは何も説明するつもりがない。これが最も効率よく兄を丸め込む方法だと、彼女は熟知しているのだ。やはりこの娘は相当腹黒い。
「それから政財界に巣くっているレプティリアンの協力者の逮捕も順調です」
「それはよかったわ。でも日本に戻ったら、被疑者の尋問で忙しくなりそうね」
確かに美鈴の想像通り、事情聴取の必要がある被疑者が百人単位で伊勢原駐屯地に建設された仮設拘置所で順番待ちをしている。犯罪行為に関する事実が立証されれば、彼らは軍事法廷にご招待される運命が待ち受けている。殊に悪魔崇拝に関わっていると立証された人間は、問答無用で死刑判決が下されるであろう。その罪自体あまりにも人道に背く許しがたい犯罪行為であるため、当然と言えば当然である。
桜の報告が終わると、フィリップが丁寧な態度で美鈴に一礼する。
「美鈴様、クルトワ殿下をお連れしてまいりました」
「美鈴様、魔族のために色々とお骨折りいただいてありがとうございます」
フィリップに続いてクルトワも挨拶をするが、その表情にはいまだ立ち直りの兆しが見られなくて硬いままだ。
「手間をかけたわね。フィリップは引き続きクルトワの警護を頼みます。クルトワは魔族の兵士たちに挨拶をしたのかしら?」
「はい、それはもう大変立派な態度でございました」
クルトワが何か言う前に、横からレイフェンが褒めそやす。クルトワにとっては頭の上から20キロの鉄球を落とされた気分であろう。「違うから、お願いだからもうその点には触れないでぇぇ」と声を大にして叫びたいのだが、今さらあの扇動にも似た言動を取り消すのは不可能であった。再び黒歴史を抉られたクルトワは、落ち込みすぎて能面のような無表情になっている。
だがこんな状態のクルトワの前に颯爽と手を差し伸べる存在が現れる。
「クルトワさん、そろそろお昼も近いですから、食堂で待っていましょうよ~。マジックバッグにいっぱいデザートを詰め込んでいますから、色々な種類を食べ比べです」
「ハッ、明日香ちゃんそうでした。色々と不慣れな出来事があってすっかり忘れていました。食堂に急ぎましょう」
クルトワの立ち直りが早い点は、やはり明日香ちゃんと瓜二つ。二人で連れ立って食堂に向かおうとするその後ろ姿。だが今度は別の方向から声が掛かる。
「これ、明日香とクルトワよ。そなたたちは甘味を用意しているというのかえ? 妾も相伴にあずかるぞ」
デザート友の会の結束は強固だ。砂糖に群がるアリのごとくに、そこに甘いものがあれば取る物もとりあえず集合するのが掟となっている。というか、放っておいても匂いを嗅ぎ付けて勝手に集まってくる。
デザートというフレーズにこれ以上ないほど敏感に反応する玉藻の前。薄気味悪いニマニマした表情を浮かべては、その口からは今にもヨダレが垂れてきそうだ。さらに…
「主殿、こちらの食堂にはキツネうどんはございまするか?」
「確かあったような気がしますねぇ~。ポチも楽しみにしていいですよ」
ここぞとばかりに天狐までが口を突っ込んでくる。あまりにこのカオスな状態の中で、美鈴だけは冷静に「この人たち誰?」と頭の上に???を浮かべているのだった。
◇◇◇◇◇
結局全員が明日香ちゃんに引き摺られるようにして駐屯地の食堂へと向かった。まだ昼前で、非番の隊員たちの姿が少数見受けられるだけの静かな建物内である。
「クルトワさん、まだお昼まで1時間近くありますねぇ~」
「お茶でも飲んで待っていましょうか」
二人は顔を見合わせて「仕方がない」という表情をしている。だが納得できない会員が約1名。
「なんじゃと! まだ甘味を召せぬというのかえ? 待つのは辛いのじゃ~」
すっかりデザート気分になっていた玉藻の前だけは、そうそう簡単に割り切れない表情をしている。だが桜のひと睨みで、尻尾を丸めて大人しくなる。
もちろんこの遣り取りは、聡史の目にも映っている。先程から当然のような顔で桜と一緒にいるこの2体の袴姿の存在が何者なのか、聡史にも疑問に映るのは言うまでもないであろう。
「桜、そこの二人は一体どこのどなただ?」
「もう、しょうがないですねぇ~。お兄様は気付いてしまったんですね」
「気付くも何も、こうして目の前にいるんだから、誰だって気になるだろう」
聡史からすれば「見れば誰でも気づくだろう」という思いなのだが、桜は敢えてそんな兄の心情は無視していた。だが時間を引き延ばすのもそろそろ限度かという考えに至る。
「この二人は私のペットです。正体はキツネの妖怪ですわ」
ブフォッォォ!
聡史が飲みかけのお茶を口から盛大に噴き出している。そしてテーブルを拭こうともせずに、桜に向かって人差し指を突き付けて大声を出した。
「よ、妖怪だってぇぇぇ」
「お兄様、ベタな反応ありがとうございます。でもお茶が飛び散っているテーブルくらいは、自分で拭いてください」
桜に指摘されて、聡史は用意されてある布巾でテーブルをきれいにする。それから「で?」という表情を桜に向ける。これ以上は兄の追及を躱せないと覚悟している桜は、仕方なしに天狐と玉藻の前をペットにした経緯を話し始める。
「… というわけで、2体とも私の立派なペットになりました」
「左様、主殿はまことに強きお方、我の力程度では太刀打ちなど叶わぬ夢」
「ほんに主殿はお強いのじゃ。千年を生きる身でありながら、あのように無残な敗北を喫したのは初めてなのじゃ」
挨拶代わりに2体の大妖怪は、口々に桜を褒めそやしている。その表情はこうしてペットとなった身を逆に喜んでいるかのようだ。
逆に聡史は、桜の説明を聞いて頭を抱えている。何が「学院には何事もない」だ! 大アリじゃないかと… 先程の桜の報告とは違うこの事態に、一体どう対処しようかと苦悩の色を浮かべている。だが…
「お兄さん、そんなに深刻な顔をしないでください。ポチさんとタマさんは魔法がとっても上手で、Eクラスの生徒たちの訓練を手伝ってくれるんですよ。特にタマさんは、私やクルトワさんと一緒にデザートを食べる間柄ですから、全然心配はいりませんよ~」
明日香ちゃんのお気楽な発言が飛び出るが、聡史の頭痛を癒すには程遠かった。だが、その聡史すら逆らえない人物がなんと桜の擁護に回る。
「あら聡史君、そんな顔をしないで大丈夫よ。桜ちゃんがしっかりと手綱を握っているんでしょう」
「それはもちろんですわ」
「だったら無暗に暴れ出したりしないでしょう。学院長の許可も得ているのなら、特に反対する理由もないわ」
美鈴としては、魔族の配下を抱える身として桜の立場も理解しているのだった。フィリップやエリザベスに至っては聡史から配下にしろと言われた経緯もあり、「聡史君だってそんなに強く言える立場じゃないでしょう」と暗に仄めかしている。美鈴にこう指摘されると、聡史としても妹に強く出れなくなる。
「しょうがないから管理だけはしっかりとしてくれよ。事故が起きると困るからな」
「お兄様、その点は心配いりませんわ」
渋々ながら兄が認める。桜はこれで胸を張ってペットを連れ回せるとあって喜色満面であった。当の2体の大妖怪は兄妹の遣り取りなどさして気にせずに、キツネうどんとデザートを楽しみに待っている。
そうこうしているうちに時刻が昼を回って、食堂には隊員たちの姿が目に付くようになってきた。一同は手早く食事を済ませると、それぞれが割り当てられた部屋に散っていく。天狐と玉藻の前は、食堂横の空き地に祠を造って昼寝を開始する始末であった。
その間に桜は、伊勢原駐屯地から運んできた物資をアイテムボックスから取り出しては、次々に担当の隊員に引き渡していく。この作業が夕方まで続いたのでこの日はアライン駐屯地で1泊して、魔族を日本へ移送するのは翌日からとなった。
◇◇◇◇◇
翌日、聡史や桜をはじめとした面々はアライン砦へとやってくる。今日から魔族を一旦日本に移送して、そこから出羽ダンジョンを経由して魔王城へと運ぶ作戦の開始であった。
まずは桜に率いられたクルトワやレイフェンたちが一番でダンジョンに入り、最下層を通って伊予ダンジョンから外に出ていく。すでにダンジョンの駐車場には10台以上のバスが待ち構えており、ダンジョンを出てきた魔族たちはバスに乗せられて松山港へと運ばれる。
そこには日本政府によって手配された豪華客船が2隻停泊しており、魔族たちの宿泊施設兼移送交通機関となっている。日本政府の本音を明かすと、付近の住民に魔族の姿を見られるのは好ましくはなかった。そこで船をチャーターして関門海峡から日本海に出て新潟港まで、人目に付かぬように魔族を運ぶというプランが計画されていた。
港に停泊する巨大な船を見て魔族たちは呆然とするとともに、鉄製の船が水に浮いていることに驚きを示す。さらに船内に入ると、その豪華な造りの内装にビックリして、各自に割り与えられた船室ではフカフカのベッドや備え付けのテレビにまたまた目を剥いて腰を抜かすのであった。
騒動はそれだけではない。シャワーを浴びれば温度の調節方法がわからずに大騒ぎして、トイレではわけもわからずに押したボタンがウォシュレットで、ノズルから飛び出す温水に尻を洗われて飛び上がる魔族が続出した。
2隻の船にはレイフェンとフィリップがそれぞれ乗り込んではいるが、ある程度日本の事情を知っているこの二人にも対処不可能なほどのトラブルが続出したのは言うまでもない。
だが全員を収容して客船が出港すると、魔族たちは急に大人しくなった。その理由は、全員がもれなく船酔いに襲われた結果だ。真っ青な顔色でアテもなくフラフラ彷徨う者やベッドに寝込む者が大半で、食事すら満足に取れない兵士で船内は溢れ返っていた。
「なんと情けない。クルトワ殿下の親衛隊ともあろう者が、船ごときに具合を悪くするとは。ウップ」
「フィリップ殿、そなたも人のことを言えぬであろう」
「ええい、そのような口を叩くでない。レイフェンよ、そなたも船を降りるまでは青い顔をしていたではないか」
新潟港に到着してようやく陸地に足をつけた二人が、つまらない意地の張り合いをしている。両者共に見事なまでに船酔いに陥ったのだから、揃って偉そうなことを言える立場ではなかった。
その後魔族たちを収容した客船は約1週間以上にわたって新潟港に停泊を続ける。彼らの船内生活が長引いたのは、この間に聡史たちが奴隷として捕らえられていたマハティール王国の住民たちをアライン砦に移送する作業に従事していたためだ。魔族たちがいなくなって空っぽになった砦に住民たちを移して、故郷の街や村に戻す事業の一環であった。彼らは街や村ごとに集められて魔族が残した馬車に乗って、懐かしい故郷へと戻っていくのであった。
◇◇◇◇◇
聡史たちが出羽ダンジョンにやってきたのは、魔族たちの日本への移送が開始されてから10日後であった。そしてついにこの日から、クルトワの魔王城への凱旋が始まる。
魔族の先頭を切って出羽ダンジョンに入っていくのは、エリザベス大公に率いられた数十人の兵士たちだ。彼らは最下層の宇宙空間に続く回廊を通って、魔王城を目の前にするダンジョンの出口に姿を見せる。
「エ、エリザベート元帥閣下… なぜこのような場所にいらっしゃるのですか?」
ダンジョンの出入り口の警備にあたる魔族の隊長は、たまたま彼女の顔を知っていた。それだけに、突然こんな人の出入りが少ない場所から元帥率いる一軍が姿を現して、驚きを露にしている。
「急遽魔王城に戻る重大な理由ができた。全軍3千名が集結するまでこの場に留まるぞ」
「はっ、承知いたしました」
魔族軍の最高責任者から直々に申し渡された命令、警備隊長は顔を紅潮させながら従っている。彼からすれば雲の上の存在である元帥が目の前にいる… その事実だけで、魔王城に報告するなどといった気持ちは彼方へと吹き飛んでいる。
これはエリザベス大公にとっては好都合であった。可能ならば全軍が集結を終えるまでは事態を魔王城側に知られたくなかったので、そのままダンジョンの警備部隊を掌中に収めたまま待機している。
こうしているうちにダンジョンからは続々と魔族兵たちが出てくる。あっという間に数を増して千人単位へと膨らむ様子に警備隊長は目を丸くするが、相変わらず何もできないままにその集結する模様を眺めるだけであった。
そしてついにその最後には、クルトワを連れた聡史たちのグループが姿を見せる。すでに時刻は夜に差し掛かっており、魔王城への凱旋は明日に先送りされた。
「美鈴様、いよいよなんですね」
「クルトワ、そんなに心配そうな顔をしないでも大丈夫よ。全てこの大魔王に任せておきなさい」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします」
美鈴に太鼓判を押されたとはいえ、クルトワの心の中からは心配が拭えない。彼女は天幕の中でそのまま眠れぬ一夜を明かすのであった。
いよいよ魔法城の目の前にやってきた聡史たち、彼らは無事に城内に入れるのか…… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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