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第四話 獣

「預言者現わる!!!」

新聞の大見出しにそう書かれています。

と言っても、全国紙では無く町内新聞の一面に、です。

その中で仮名A君として僕は起こった事象の一部を、淡々と語っています。

隠す気が在るのか無いのかわからぬ仮名は、恐らく正義感の強い記者に由る国家権力への細やかな抵抗なのでしょう。

浩二君の夭逝を知ってから程なく、葬儀が執り行われた斎場にて、僕は浩二君のお母さんから

「人殺しめ」

とまるで呻吟のように言われ、つい耳を疑うのでした。

実を言えば薄らと記憶こそして居りましたが、其の事象を馬鹿正直に認めてしまえば良くて病人、悪くて異常者扱いされるのは目に見えます。

其の上あの言動を実行したのは、僕で在って僕では無いのです。

僕が彼に「死ぬ」と発言した時感じたのは、唇の微かな動きのみで、唇の動きも視界の下方へぼんやり見えただけなのです。

その後警察から任意の事情聴取を行われましたが、然程厳しく尋問もされず、取調室では只正直に「覚えが無い」と一点張りし続けました。

浩二君は恒常的に苛めに遭っている訳でも、ましてやそれを苦にしていた訳でも、それ以前に死自体に事件性が在った訳でも無く、僕への嫌疑以外全てが有耶無耶の儘終わるのでした。

警察から浩二君のお母さんからの証言に、息子が僕に「死ぬ」と言われたらしいとの旨を説明され勿論僕は否定しました。

又「死人に見入られた」と酷く取り乱して居たようで、複雑な心持ちになりました。

常人成らざる者として、彼に不安を与えたのは事実なのですから。

寧ろまともで無ければと、時偶不謹慎ながら思うのです。

まともでさえ無ければ、法では言動は正当化されるのですから、そう結論付けるのは至極当然で在り、社会への牙を持たぬ僕の正当防衛ですから、誰彼にとやかく云われる筋合いは在りません。

ですが警察に拠ると、僕は「死ね」では無く「死ぬ」と言ったので、自殺教唆罪には該当せぬようです。

僅かなニュアンスの違いで、僕は後ろ指を指される人間には成らずに済んだのです。


「ねー、あいつキモくない!? 受ける〜」

「はは、あの顔超笑えるんだけど」

少し先にはコンビニの手前の地べたに座ったギャル数人が、道行く人々を嘲笑っています。

歩いていたスーツ姿のおじさんが思わず何事かと彼女達を見遣ると、気付いた一人が

「何見てんだよ、おっさん!!!」

と威嚇するのでした。

たじろぐおじさんを彼女達は、手を打ち鳴らして笑って居たのでした。

迷惑だなと思いつつ、別段注意もせず彼女達を通り過ぎると

「あっ、今日平気? 有り難う、ん……大好きだって、決まってるだろ?」

と繁華街の往来を歩く男が喋り終え、手に持った携帯電話をしまい、僕とすれ違うと

「へっ、ちょろい女」

と小さく呟いていました。

本能を剥き出しにした獣達が、都市には跳梁するのです。

僕の持論では社会に属する者達の不安は、一様に獣達が作り出すのでした。

誰もが言い様の無い不安に駆られる恐れを抱いて、生きているのです。

執着、裏切り、未来、現在、過去……人それぞれ程度の違いは在れど、それらを気にして病んでいくのです。

ですが獣達を作り出すのも、矢張り不安そのもので在り、此れを理解して適切かつ迅速に対処出来る程、人間は強くは在りません。

国は個人に対して無知蒙昧で在り役立たずです。

国と云うのは、例えるなら一本の大樹そのものなのです。

個人を利用する為に権力者層はまるで処置を講ずる事をせぬのです。

権力者層で在る実は熟れて腐り落ちていくのです。

そして日の当たらぬ葉で在る個人は、忽ち枯れていくのです。

大いなる自然の摂理は、この徒し世でも働いているのでした。

悪鬼が蹂躙する徒し世で不安そのものを殺すには、自らを省みるかあらゆる暴力を振るうかしか、方法等無いのですから、獣として生を全うするのを咎め立てはせぬ方が、利口なのでしょう。

ですが知に偏れば日和見の風見鶏と成りて、知を知らねば獣と成りて自己防衛をして、どちらにせよ悪鬼と化すのです。

こうして無責任に放たれた言葉は悪鬼が禍を振り撒くが如く、道の至る所に人々の不安として蔓延っていくのでした。


「ちょっと、君……もしかして…………」

家に帰る為町外れを歩いていた所、突然呼び止められました。

偶に自動車や自転車が通る程度で、人通りの少ないT字路に寂れた個人経営の店が数件立ち並ぶだけの場所の手前での出来事でした。

後ろを振り返ると、チェック柄のシャツの上に腕を通すタイプの紺のカーディガンを羽織っている青年が、手に写真を持ちながら僕に話し掛けて居たのです。

「やっぱり篤君……だったか」

数回写真と見比べると確信を得たように、其の青年はしたり顔を浮かべて居ました。

僕が其の青年を警戒して、店主に見られたいが為に足早に歩くと、見透かしたように僕を追い抜き、自らの胸元をまさぐって名刺を取り出し僕へ手渡すと共に、わざとらしく大声で書かれた名前を読み上げるのでした。

「初めまして、俺は今岡淳吉と云うフリーのジャーナリストです、宜しく」

店主がじろじろと好奇の目を向けており、又返事をせぬのは失礼に当たると思い、僕は

「えっと、僕は吉水篤です……今岡さんは……何の用が在って僕に?」

と言葉を選びつつ言うのでした。

すると今岡さんは

「此処だと話しづらい、場所を換えないかい? さぁ、好きな場所を大声で叫び給え」

と冗談めかして言うのでした。

疑われるのが余程嫌だったのでしょう。

ですが初対面の人間を信用等はして居りませんから、僕は鞄の携帯電話で家へと電話をするのでした。

その後

「人の多い場所にしても良いですよね?」

と問うと

「構わないよ、けど向かい合って話せる場所が在る所にして欲しい」

と気持ちよく返事をされるのでした。


僕達は家の近くのショッピングセンターの飲食店のテナントが集った階へ、移動をしました。

どうやら食事で束縛しつつ、聞き出そうと言う魂胆のようです。

今岡さんが

「ラーメン屋で良いかい? 食える?」

と言うので少し考えた後

「はい」

と言いました。


「えー、醤油ラーメンの方はどちらで?」

「ああ、醤油は少年が注文した……」

「えーと、器が熱くなっているので、お気をつけ下さいね」

「あ、すいません……今岡さん、先に頂きますね?」

注文した品が来たので、一旦質問を中断しようとすると、今岡さんは

「ちょっと少年、熱くちゃ食いづらいだろ……冷める迄は話を続けようじゃないか」

と半笑いに言いました。

ああ、其処迄考えた上で、この人は僕をラーメン屋へ誘ったのか。

油断ならない人物、迂闊に話せば足元を掬われる。

じわりと汗が滲みました。

冷静さを取り戻す為、僕は割箸をラーメンの器の上に乗せ橋渡しをし、セルフサービスの水を取りに行って一口飲んでから

「次の質問は何ですか?」

と努めて明るく振る舞いました。

記憶は在りますが予言はまともに話せない為、聞かれる質問は今一要領を得ないものとなりました。

記憶の無い振りをしなければ警察へした証言と矛盾を生じる為、予言の前後の行動ばかり詳しく聞かれたのでした。

やがて今岡さんの頼んだ味噌ラーメンが来て、自分の醤油ラーメンの湯気が立っていないのを確認して、僕が

「二人の品が届いたんですから、もう食べて大丈夫ですよね? 頂きます…………」

と今岡さんを伺いつつ言ってから割箸を分割した時

「後一つ、好い?」

と言われて

「後一つ……ですか? どうぞ」

と言うと

「予言をする前に何をしてた?」

言われました。

予言をする前……か、正直に答えても問題無い……筈だよね?

質問される度にちびちび飲んで少なくなった、底の僅かな水を飲み干して

「えーと……ネットをしてました」

と言うと

「ネット? ……ああ、そう」

と間が出来て、それが僕の疑心を膨らませるのでした。


俺は帰り道俯きながら歩いて、はぁと一回だけ大きく溜息をついた。

最近投稿した自作品の評価が、気になってしょうがないのだ。

けれども知り合いや中学時代の友人が僅かに俺の欲求を満たすのみで、虚しさと苛立ちが、俺の気分を更に沈ませてしまう。

不快になりたくなければ見なければ好い。

病的な行動であるのは自分でも分かってる。

だがしかし、どうしても気になって、何度も何度も確かめてしまう癖が直らない。

そして見返せば見返す程、上を見れば見る程に、俺の遣る気が削がれていく。

何時しかぼーっとしている時間が多くなり、奮起して遣ろうと決め込んでも、怠けて出来ず仕舞いに終わっていく。

だが、時間は無常に過ぎていくのだ。何もせず過ごせば、俺を評価してくれた人達も何れ離れ行く。

只の一つの良案も思い付かないのに焦燥感が募るばかりで、どうしようもない。

俺は周囲と比べ劣っているのではないかとの考えが、ふと頭を過る。

中学生時代の美術の授業で、一人の女子に「絵、上手だね」と褒められた事が有り、俺は現在に至るのだが、其の時に俺は特別なんじゃないかと、自己の才能を心の片隅で感取していたのだろう。

だが、其の「特別」は余りに肥大化し過ぎていた。

俺の「特別」は一種の痴がましさを孕んで、手が付けられない状態にまで変質してしまった。

未だあどけなさの残っている切っ掛けを与えてくれた、本来なら感謝すべき少女さえも憎んでしまう、俺の歪で薄汚れた人間性に由って、澄んだ青春の一ページが、思い出がくすんでいく。

彼女の言葉は今の俺を呪う。

呪っているのだ。

「畜生」と小さく呟き太股を叩いて、俺は何とか自分を落ち着かせた。

顔を上げると直ぐ先に公園が見え、二本の鉄棒に一人づつ子供が遊んでいる。

何故だか無性にその二人が気になって、鞄に飲み物が在るにも関わらず、自販機で適当にキャップの在る飲み物を購入し、公園のベンチに腰を下ろした。

最初こそちらちらと眺めていたが、次第に見入ってしまっていた。

どうやら低い鉄棒の子は上手く回れず、高い鉄棒の子にからかわれ気が滅入っているようだ。

普通ならば、高い鉄棒の子に注意の一つもすべきなのだろう。

だが、俺の神経は低い鉄棒の子へ使われていた。

あのように周囲に馬鹿にされれば、俺の「特別」等生まれなかったのに。

自ら大人子供が関係無い場所に飛び込まず矮小の世界に居れば、「特別」等知らなかったのに。

俺が目指している頂への距離の遠さ等見えはしなかったのに。

何時しか俺の至らなさは、低い鉄棒の子への羨望をしていた。

其の光景を眺め物思いに耽り、居た堪れなくなっていた俺は、横に置いた飲み物を鞄に入れ、感付かれぬように摺り足気味に歩いて公園を後にした。


「浩二、お帰りなさい……学校はどうだったの?」

玄関で母ちゃんが聞いた。

「どうって……別に普通だよ、特に何も……」

学校何ぞ大多数は平凡に生活するだけだろう、糞程も面白くなんかない。

そんな当たり前な事を辛気臭い顔で聞くなよと、心中で毒づいた。

心配性の母ちゃんの気持ちを余所に、俺は素っ気なく返事をした。

「普通じゃわからないでしょ、浩二」

「だから、別に何も無いって言ってんだろ!!! もうほっといてくれよ!!!」

俺は怒鳴りながらそう吐き捨てて、さっさと部屋に向かった。

苛立ってずんずんと歩いていると、後ろから母ちゃんが

「そんなだから友達が居ないのよ」

と悪口を言うのだった。

煩いんだよ、余計な御世話だ。

部屋に着くと鞄も置かず、真先に壁を蹴った。

壁に当たった爪先はじんと痛む。

抑えられない悪癖の一つで、俺の遣り場の無い怒りを静める為の、自分を痛め付けるのは怖い臆病者なりの唯一無二の方法で在る。

其の衝動的な行動に俺は又一つ溜息をこぼし、鞄を掛け布団の上に放り投げて、着替えもせずPCを起動した。


「薄気味が悪い」

「これ考えた奴、頭おかしいんじゃねぇのwwwwwwwwwwwwwwwwww」

碌に内容への批判も無く、ただ作品自体への文句が並んで在るだけだった。

其の感想に俺は思わず一人声を荒げて、台を叩いている。

「はぁ?! こちとら薄気味悪く見えるように作ってんだよ」

「頭おかしかったら、まともな作品なんか出来ねえよ」

忘我して台を何度も叩いていると、台に置いていたペットボトルが倒れ床に迄零れた。

タオルは……あぁ、洗面所迄行かないと駄目か。

頭を掻きながらドアノブに手を伸ばすと、母ちゃんの精一杯張った声で

「浩二、お友達よ〜」

と聞こえる。

俺に友達と呼べる同級生は只の一人も居ないのだが。

しかも、もう夕方だぜ?

大方俺で無くて、家に訪ねる用件でも在るのだろう。

母ちゃんの声を無視して洗面所に向かってから戻ると、意外な客人が母ちゃんと共に待って居た。


「……………」「この子、浩二のお友達でしょう……さっきからずっとこの調子なんだけど……部屋に連れて行ってあげて」

「あ、ああ」

俺が返事すると、母ちゃんは

「飲み物、取ってくるわね」

と言い、去っていった。

初め見た時は何だ、同級生の目が小さく鼻の潰れた馬鹿に大人しい篤かと安堵したが、直ぐに違和感が襲った。

家の住所なんか、篤に教えた覚えが無い。

こいつ、本当にあの篤なのか?

灯り一つ無い薄暗く狭い一本道で、厳かな雰囲気の中俺が一声

「来いよ、篤」

と放つ迄、篤は俺を見据え、背筋を伸ばし無言で佇んでいた。


部屋に着くや否や篤は扉を頻りに見て、立ち尽くしていた。

「まあ、適当に腰を下ろせよ」

俺が言うと篤は足元の床を軽く払って、其処へ正座した。

篤が座った場所は日が射している筈にも関わらず不自然に黒に染まり、照影は不釣り合いに大きくなって、壁に新たな人形を象って居る。

俺はごくりと息を呑んだ。


「大切なお友達なんだから、大事にしなさいよ」

1.5リットルペットの飲料と二人分のコップと置くと、母ちゃんは足早に部屋を出た。

母ちゃんめ、遣りにくい篤に辟易して逃げたな。

扉が閉められると俺はチッと、一度舌打ちをした。

聞きたい事は山程在る。

俺が篤が一言

「何か用か、早く話せよ」

と言うと篤は俺の方へ向き直し、只一言

「君は明日死ぬ」

と等閑事を言った。

内心篤を馬鹿したが、強く否定は出来ずに居た。

潜在意識に在る死を、篤の一言で呼び覚まされてしまったのだ。

外で烏がカァと短く一回鳴いた事象すら、俺の死を告げに現われたように思えた。

次第に動悸が激しくなり、俺は立ち上がって虚勢を張って

「はぁ!? ふざけんなよ!!! 俺を殺す気かお前……帰らねえと通報すんぞ」

と罵声を浴びせた。

威喝したのは俺にも関わらず、歯を食い縛り震えているのは俺だった。

見下ろす俺にも身動ぎせず、篤の首が傾けられると微笑んだように見えた。

こいつは自らの立場や、俺を熟知した上で俺の腑甲斐なさに愉悦を覚えている訳でも無い。

例えこいつが消え失せても、俺のしこりは残り続ける。

頭を上げ俺を見るこいつの目は、寸分違わず同方向を見続ける遺体の目そのものだった。


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