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第五話 迫害

思えば僕は迂闊でした。

何故今岡さんが僕の予言を知っていたのか、それすら考えられなかったのです。

浩二君のお母さん、警察、今岡さんに確認される事に由って其の言動をはっきりと認知してしまい、精神状態が若干狂って居たのです。

話は変わりますが人の噂も七十五日と云う慣用句が在りますが、果たして一つの季節を過ごす間、人間が情緒の安定を保ち続ける事等出来ますでしょうか。

春、夏と秋、冬とでは寒暖の差が激しく、一つの季節の節目を迎える度に体調を崩す方々が或る程度見受けられます。

体調を崩せば、須く精神面にも影響を来す為、より慎重に事を臨まなければなりません。

そして噂話をされる者は嫌われる者、悪目立ちする者、馴染まぬ者の三種程度に分類されるとしますと、七十五日もの間、僕は悪目立ちする、学級の秩序に反する者と周囲に判断されるのでした。


「篤、お前予言出来るんだって!? 試しにやってみろよ、皆ァ〜、注目しろーー!!!」

意地が悪く声の大きいだけの、何故か人気の同級生が、僕の机の前に立つとそう言うのでした。

同級生が一斉に僕を見遣って僕の反応を伺い、中には僕の席の横、後ろ迄わざわざ駆け寄り、僕を逃げられぬように囲って見下ろす者も多く在りました。

「…………出来ないよ」

と事実を言えば、受け答えが余程不満で在ったのか

「嘘吐きが」

と罵られて、囲う群れの一人が

「人殺しの分際で」

と誹謗中傷を云うと、教室がしんと静まり返るのでした。

僕自身に殺人をした実感等は微塵も在りません。

…………ですが、彼等の言葉は語弊では無いのかも知れません。

僕は言葉に由って浩二君を殺したのです。

学生にとって学級は社会同然で在るのですから、この出来事は差し詰め社会の自浄作用が僕と云う不安因子を排除して、本来在るべき機能を取り戻そうとしているだけやも知れぬのです。

「何とか言えよ、クズ!」

本来ならば、この場を逃避すべきなのです。

個人では集団に挑んでも、勝ち目等在りませんから。

ですが僕は彼等の威圧する言動を、まるで赤子の駄々のようで在ると感ぜられたのです。

「おい、篤ィ……お前……何だよ、何なんだよっ……」

僕はその間、只座って居ただけなのですが、彼等は僕に恐怖或るいは畏怖し、一人が立ち去ると蜘蛛の子を散らすように、次々に離れるのでした。

其の様子を静観して、彼等の感情を手玉に取ったのだと、心中でほくそ笑みました。

彼等に其の言動をさせたのは他ならない、僕への恐怖なのです。

彼等は僕を恐れるからこそ、僕を集団で迫害するのです。

不安因子を殺しに掛かるのです。

それを責めるつもりは毛頭在りません。

ですが僕にも第二の社会で在る家族、友人が居りますから、むざむざ死ぬような事柄等はせぬのです。

彼等には彼等なりに自らの社会を守護しようとの思いが在るのでしょうが、僕の我が身可愛さが死に至らせる真似はさせぬのでした。

そしてこの時、彼等が僕へ手を上げは決してせぬので、僕は彼等を僕に死んで欲しいが殺そうと実行はしない人間と、しっかりとした値踏みを出来ました。

彼等は僕の言葉、もっとはっきりと云うならば、僕の「死ぬ」との発言を恐れて居るのです。

霊妙なる言葉に由って気が触れるのではないか、自失して易々とこの世から消え失せてしまうのではないか……と。

僕は、今も人一人を死なせた実感が在りません。

ですが彼等には僕の「死ぬ」が、真に命を奪う程の力を秘めた武器と思えてならないのでしょう。

彼等はさぞ「死ぬ」と言われぬ程度に、僕を追い詰めるのに苦心したはずです。

僕を殺しそびれたのですから、動物としては彼等の負けに変わり在りませんが。

確実に彼等を払うなら「死ぬ」と言うのが手っ取り早いのですが、僕は言えませんでした。

道徳に定められる高尚な精神性に依る、「他人に死ぬと言ってはならない」との綺麗事を遵守した訳では断じて在りません。

僕の狂言を真に受ける人々が無数に居る、それが恐ろしいのです。

積り積る信心が奇跡を起こして人々を救うのと同様に、呪い言も信ずる人々が居れば祟るのです。

今の体は僕の物で在り、僕は意図的に人殺し紛いの言動を行える程、僕は鬼畜では在りませんでした。


僕と彼は休みの前の日必ずと言っても良い程、駅近くのショッピングセンターのゲームセンター等で息抜きがてら暇を潰すのです。

が、今日は……いえ、今日からは一人で雑踏を彷徨うのでした。

僕と一緒に居れば彼にも危害が及ぶので、巻き込みたくは在りません。

僕の意を汲みつつも利害の一致から僕を避ける彼は、賢明なのでした。

この日はゲームセンターのメダルゲームで遊びました。

画面に集中している間は、他の筐体は見ずに済みますから。

二人用のゲームを見るのが、堪らなく苦痛なのです。

中でもエアホッケーが嫌でした。

二人専用の遊戯ですから、どうしても思い出が蘇るのです。

幼少時代は直緒姉とも頻繁に遊びましたが、直緒姉が中学生に成った頃にはゲームセンターで遊ぶ等はめっきり少なくなったのでした。

僕は下手糞で、良くパックが真っ直ぐでは無くジグザグの軌道を描いていたのが、思い出で一番印象深いのです。

メダルを取る度に見遣っていた椅子の下のメダル入れは、微量ながら増えています。

採算が合うように二枚、三枚の比較的メダルの出易い的を狙って居たからだと思います。

他が家族連れや数人で筐体を囲う中、僕は孤独でした。

僕は何度、孤独を打ち払う羽目になるのでしょうか。

メダル自体に未練は在りませんが、此れからも世話になるのは容易に想像出来た為、周囲との違いに苦笑しつつ、僕はメダルを預け入れて其の場を後にしました。


外には何時の間にか雨が降りしきるのでした。

幸い折畳み傘は鞄に入って居りましたが、気分が晴れませんでした。

少しでも止まないかと出入口の椅子で待ち侘びて居ると、一人の幼児が僕の隣へ駆け寄るのでした。

性別すら定かで無い年齢で在りました。

何処の親が放置したのかと憤慨しましたが、其の子は特別慌てふためく様子も無いので、大人しく二人並んで座って居るのでした。

そして其の子は、僕が真後ろに在る自販機で缶ジュースを購入している際に、円らな瞳にまじまじ見られて、つい

「一口だけだよ」

と言って飲み与えるのでした。

「ありがとう」

と拙いながら感謝された僕には其の良心が、久々に悪意の無い言葉が幾分か助力と成るのでした。


俺は帰り道俯きながら歩いて、はぁと一回だけ大きく溜息をついた。

最近投稿した自作品の評価が、気になってしょうがないのだ。

けれども知り合いや中学時代の友人が僅かに俺の欲求を満たすのみで、虚しさと苛立ちが、俺の気分を更に沈ませてしまう。

不快になりたくなければ見なければ好い。

病的な行動であるのは自分でも分かってる。

だがしかし、どうしても気になって、何度も何度も確かめてしまう癖が直らない。

そして見返せば見返す程、上を見れば見る程に、俺の遣る気が削がれていく。

何時しかぼーっとしている時間が多くなり、奮起して遣ろうと決め込んでも、怠けて出来ず仕舞いに終わっていく。

だが、時間は無常に過ぎていくのだ。何もせず過ごせば、俺を評価してくれた人達も何れ離れ行く。

只の一つの良案も思い付かないのに焦燥感が募るばかりで、どうしようもない。

俺は周囲と比べ劣っているのではないかとの考えが、ふと頭を過る。

中学生時代の美術の授業で、一人の女子に「絵、上手だね」と褒められた事が有り、俺は現在に至るのだが、其の時に俺は特別なんじゃないかと、自己の才能を心の片隅で感取していたのだろう。

だが、其の「特別」は余りに肥大化し過ぎていた。

俺の「特別」は一種の痴がましさを孕んで、手が付けられない状態にまで変質してしまった。

未だあどけなさの残っている切っ掛けを与えてくれた、本来なら感謝すべき少女さえも憎んでしまう、俺の歪で薄汚れた人間性に由って、澄んだ青春の一ページが、思い出がくすんでいく。

彼女の言葉は今の俺を呪う。

呪っているのだ。

「畜生」と小さく呟き太股を叩いて、俺は何とか自分を落ち着かせた。

顔を上げると直ぐ先に公園が見え、二本の鉄棒に一人づつ子供が遊んでいる。

何故だか無性にその二人が気になって、鞄に飲み物が在るにも関わらず、自販機で適当にキャップの在る飲み物を購入し、公園のベンチに腰を下ろした。

最初こそちらちらと眺めていたが、次第に見入ってしまっていた。

どうやら低い鉄棒の子は上手く回れず、高い鉄棒の子にからかわれ気が滅入っているようだ。

普通ならば、高い鉄棒の子に注意の一つもすべきなのだろう。

だが、俺の神経は低い鉄棒の子へ使われていた。

あのように周囲に馬鹿にされれば、俺の「特別」等生まれなかったのに。

自ら大人子供が関係無い場所に飛び込まず矮小の世界に居れば、「特別」等知らなかったのに。

俺が目指している頂への距離の遠さ等見えはしなかったのに。

何時しか俺の至らなさは、低い鉄棒の子への羨望をしていた。

其の光景を眺め物思いに耽り、居た堪れなくなっていた俺は、横に置いた飲み物を鞄に入れ、感付かれぬように摺り足気味に歩いて公園を後にした。


「浩二、お帰りなさい……学校はどうだったの?」

玄関で母ちゃんが聞いた。

「どうって……別に普通だよ、特に何も……」

学校何ぞ大多数は平凡に生活するだけだろう、糞程も面白くなんかない。

そんな当たり前な事を辛気臭い顔で聞くなよと、心中で毒づいた。

心配性の母ちゃんの気持ちを余所に、俺は素っ気なく返事をした。

「普通じゃわからないでしょ、浩二」

「だから、別に何も無いって言ってんだろ!!! もうほっといてくれよ!!!」

俺は怒鳴りながらそう吐き捨てて、さっさと部屋に向かった。

苛立ってずんずんと歩いていると、後ろから母ちゃんが

「そんなだから友達が居ないのよ」

と悪口を言うのだった。

煩いんだよ、余計な御世話だ。

部屋に着くと鞄も置かず、真先に壁を蹴った。

壁に当たった爪先はじんと痛む。

抑えられない悪癖の一つで、俺の遣り場の無い怒りを静める為の、自分を痛め付けるのは怖い臆病者なりの唯一無二の方法で在る。

其の衝動的な行動に俺は又一つ溜息をこぼし、鞄を掛け布団の上に放り投げて、着替えもせずPCを起動した。


「薄気味が悪い」

「これ考えた奴、頭おかしいんじゃねぇのwwwwwwwwwwwwwwwwww」

碌に内容への批判も無く、ただ作品自体への文句が並んで在るだけだった。

其の感想に俺は思わず一人声を荒げて、台を叩いている。

「はぁ?! こちとら薄気味悪く見えるように作ってんだよ」

「頭おかしかったら、まともな作品なんか出来ねえよ」

忘我して台を何度も叩いていると、台に置いていたペットボトルが倒れ床に迄零れた。

タオルは……あぁ、洗面所迄行かないと駄目か。

頭を掻きながらドアノブに手を伸ばすと、母ちゃんの精一杯張った声で

「浩二、お友達よ〜」

と聞こえる。

俺に友達と呼べる同級生は只の一人も居ないのだが。

しかも、もう夕方だぜ?

大方俺で無くて、家に訪ねる用件でも在るのだろう。

母ちゃんの声を無視して洗面所に向かってから戻ると、意外な客人が母ちゃんと共に待って居た。


「……………」「この子、浩二のお友達でしょう……さっきからずっとこの調子なんだけど……部屋に連れて行ってあげて」

「あ、ああ」

俺が返事すると、母ちゃんは

「飲み物、取ってくるわね」

と言い、去っていった。

初め見た時は何だ、同級生の目が小さく鼻の潰れた馬鹿に大人しい篤かと安堵したが、直ぐに違和感が襲った。

家の住所なんか、篤に教えた覚えが無い。

こいつ、本当にあの篤なのか?

灯り一つ無い薄暗く狭い一本道で、厳かな雰囲気の中俺が一声

「来いよ、篤」

と放つ迄、篤は俺を見据え、背筋を伸ばし無言で佇んでいた。


部屋に着くや否や篤は扉を頻りに見て、立ち尽くしていた。

「まあ、適当に腰を下ろせよ」

俺が言うと篤は足元の床を軽く払って、其処へ正座した。

篤が座った場所は日が射している筈にも関わらず不自然に黒に染まり、照影は不釣り合いに大きくなって、壁に新たな人形を象って居る。

俺はごくりと息を呑んだ。


「大切なお友達なんだから、大事にしなさいよ」

1.5リットルペットの飲料と二人分のコップと置くと、母ちゃんは足早に部屋を出た。

母ちゃんめ、遣りにくい篤に辟易して逃げたな。

扉が閉められると俺はチッと、一度舌打ちをした。

聞きたい事は山程在る。

俺が篤が一言

「何か用か、早く話せよ」

と言うと篤は俺の方へ向き直し、只一言

「君は明日死ぬ」

と等閑事を言った。

内心篤を馬鹿したが、強く否定は出来ずに居た。

潜在意識に在る死を、篤の一言で呼び覚まされてしまったのだ。

外で烏がカァと短く一回鳴いた事象すら、俺の死を告げに現われたように思えた。

次第に動悸が激しくなり、俺は立ち上がって虚勢を張って

「はぁ!? ふざけんなよ!!! 俺を殺す気かお前……帰らねえと通報すんぞ」

と罵声を浴びせた。

威喝したのは俺にも関わらず、歯を食い縛り震えているのは俺だった。

見下ろす俺にも身動ぎせず、篤の首が傾けられると微笑んだように見えた。

こいつは自らの立場や、俺を熟知した上で俺の腑甲斐なさに愉悦を覚えている訳でも無い。

例えこいつが消え失せても、俺のしこりは残り続ける。

頭を上げ俺を見るこいつの目は、寸分違わず同方向を見続ける遺体の目そのものだった。


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