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第三話 遺体

俺は帰り道俯きながら歩いて、はぁと一回だけ大きく溜息をついた。

最近投稿した自作品の評価が、気になってしょうがないのだ。

けれども知り合いや友人が僅かに俺の欲求を満たすのみで、虚しさと苛立ちが、俺の気分を更に沈ませてしまう。

不快になりたくなければ見なければ好い。

病的な行動であるのは自分でも分かってる。

だがしかし、どうしても気になって、何度も何度も確かめてしまう癖が直らない。

そして見返せば見返す程、上を見れば見る程に、俺の遣る気が削がれていく。

何時しかぼーっとしている時間が多くなり、奮起して遣ろうと決め込んでも、怠けて出来ず仕舞いに終わっていく。

だが、時間は無常に過ぎていくのだ。

何もせず過ごせば、俺を評価してくれた人達も何れ離れ行く。

只の一つの良案も思い付かないのに焦燥感が募るばかりで、どうしようもない。

俺は周囲と比べ劣っているのではないかとの考えが、ふと頭を過る。

中学生時代の美術の授業で、一人の女子に「絵、上手だね」と褒められた事が有り、俺は現在に至るのだが、其の時に俺は特別なんじゃないかと、自己の才能を心の片隅で感取していたのだろう。

だが、其の「特別」は余りに肥大化し過ぎていた。

俺の「特別」は一種の痴がましさを孕んで、手が付けられない状態にまで変質してしまった。

未だあどけなさの残っている切っ掛けを与えてくれた、本来なら感謝すべき少女さえも憎んでしまう、俺の歪で薄汚れた人間性に由って、澄んだ青春の一ページが、思い出がくすんでいく。

彼女の言葉は今の俺を呪う。

呪っているのだ。

「畜生」と小さく呟き太股を叩いて、俺は何とか自分を落ち着かせた。

顔を上げると直ぐ先に公園が見え、二本の鉄棒に一人づつ子供が遊んでいる。

何故だか無性にその二人が気になって、鞄に飲み物が在るにも関わらず、自販機で適当にキャップの在る飲み物を購入し、公園のベンチに腰を下ろした。

最初こそちらちらと眺めていたが、次第に見入ってしまっていた。

どうやら低い鉄棒の子は上手く回れず、高い鉄棒の子にからかわれ気が滅入っているようだ。

普通ならば、高い鉄棒の子に注意の一つもすべきなのだろう。

だが、俺の神経は低い鉄棒の子へ使われていた。

あのように周囲に馬鹿にされれば、俺の「特別」等生まれなかったのに。

自ら大人子供が関係無い場所に飛び込まず矮小の世界に居れば、「特別」等知らなかったのに。

俺が目指している頂への距離の遠さ等見えはしなかったのに。

何時しか俺の至らなさは、低い鉄棒の子への羨望をしていた。

其の光景を眺め物思いに耽り、居た堪れなくなっていた俺は、横に置いた飲み物を鞄に入れ、感付かれぬように摺り足気味に歩いて公園を後にした。


「浩二、お帰りなさい……学校はどうだったの?」

玄関で母ちゃんが聞いた。

「どうって……別に普通だよ、特に何も……」

学校何ぞ大多数は平凡に生活するだけだろう、糞程も面白くなんかない。

そんな当たり前な事を辛気臭い顔で聞くなよと、心中で毒づいた。

心配性の母ちゃんの気持ちを余所に、俺は素っ気なく返事をした。

「普通じゃわからないでしょ、浩二」

「だから、別に何も無いって言ってんだろ!!! もうほっといてくれよ!!!」

俺は怒鳴りながらそう吐き捨てて、さっさと部屋に向かった。

苛立ってずんずんと歩いていると、後ろから母ちゃんが

「そんなだから友達が居ないのよ」

と悪口を言うのだった。

煩いんだよ、余計な御世話だ。

部屋に着くと鞄も置かず、真先に壁を蹴った。

壁に当たった爪先はじんと痛む。

抑えられない悪癖の一つで、俺の遣り場の無い怒りを静める為の、自分を痛め付けるのは怖い臆病者なりの唯一無二の方法で在る。

其の衝動的な行動に俺は又一つ溜息をこぼし、鞄を掛け布団の上に放り投げて、着替えもせずPCを起動した。


「薄気味が悪い」

「これ考えた奴、頭おかしいんじゃねぇのwwwwwwwwwwwwwwwwww」

碌に内容への批判も無く、ただ作品自体への文句が並んで在るだけだった。

其の感想に俺は思わず一人声を荒げて、台を叩いている。

「はぁ?! こちとら薄気味悪く見えるように作ってんだよ」

「頭おかしかったら、まともな作品なんか出来ねえよ」

忘我して台を何度も叩いていると、台を置いていたペットボトルが倒れ床に迄零れた。

タオルは……あぁ、洗面所迄行かないと駄目か。

頭を掻きながらドアノブに手を伸ばすと、母ちゃんの精一杯張った声で

「浩二、お友達よ〜」

と聞こえる。

俺に友達と呼べる同級生は只の一人も居ないのだが。

しかも、もう夕方だぜ?

大方俺で無くて、家に訪ねる用件でも在るのだろう。

母ちゃんの声を無視して洗面所に向かってから戻ると、意外な客人が母ちゃんと共に待って居た。


「……………」

「この子、浩二のお友達でしょう……さっきからずっとこの調子なんだけど……部屋に連れて行ってあげて」

「あ、ああ」

俺が返事すると、母ちゃんは

「飲み物、取ってくるわね」

と言い、去っていった。

初め見た時は何だ、同級生の目が小さく鼻の潰れた馬鹿に大人しい篤かと安堵したが、直ぐに違和感が襲った。

家の住所なんか、篤に教えた覚えが無い。

こいつ、本当にあの篤なのか?

灯り一つ無い薄暗く狭い一本道で、厳かな雰囲気の中俺が一声

「来いよ、篤」

と放つ迄、篤は俺を見据え、背筋を伸ばし無言で佇んでいた。


部屋に着くや否や篤は扉を頻りに見て、立ち尽くしていた。

「まあ、適当に腰を下ろせよ」

俺が言うと篤は足元の床を軽く払って、其処へ正座した。

篤が座った場所は日が射している筈にも関わらず不自然に黒に染まり、照影は不釣り合いに大きくなって、壁に新たな人形を象って居る。

俺はごくりと息を呑んだ。


「大切なお友達なんだから、大事にしなさいよ」

1.5リットルペットの飲料と二人分のコップと置くと、母ちゃんは足早に部屋を出た。

母ちゃんめ、遣りにくい篤に辟易して逃げたな。

扉が閉められると俺はチッと、一度舌打ちをした。

聞きたい事は山程在る。

俺が篤が一言

「何か用か、早く話せよ」

と言うと篤は俺の方へ向き直し、只一言

「君は明日死ぬ」

と等閑事を言った。

内心篤を馬鹿したが、強く否定は出来ずに居た。

潜在意識に在る死を、篤の一言で呼び覚まされてしまったのだ。

外で烏がカァと短く一回鳴いた事象すら、俺の死を告げに現われたように思えた。

次第に動悸が激しくなり、俺は立ち上がって虚勢を張って

「はぁ!? ふざけんなよ!!! 俺を殺す気かお前……帰らねえと通報すんぞ」

と罵声を浴びせた。

威喝したのは俺にも関わらず、歯を食い縛り震えているのは俺だった。

見下ろす俺にも身動ぎせず、篤の首が傾けられると微笑んだように見えた。

こいつは自らの立場や、俺を熟知した上で俺の腑甲斐なさに愉悦を覚えている訳でも無い。

例えこいつが消え失せても、俺にしこりは残り続ける。

頭を上げ俺を見るこいつの目は、寸分違わず同方向を見続ける遺体の目そのものだった。


朝起きると、新着のメールが一件送られていました。


件名 あっ君、あのサイトはどうだった?

本文:アングラを取り扱ってるサイトの中では、結構有名なんだよ。

管理人がUPしている動画も中々過激なものが多いようだから、他の動画、フラッシュ投稿者も感化されて、刺激的な動画を上げる人達はこのサイトを利用するらしいよ。

で、あっ君のサイトは見たけれど、良かったら「叩いて壊れて」の感想、もっと聞かせてくれない!?


メールの送信者は友達のまー君でした。

学校では公に出来ぬ話をする、趣味で繋がった大切な友人です。

どうやらまー君は、昨日閲覧した「怪奇!奇跡!恐怖倉庫」延いては「叩いて壊れて」の感想のメールを、催促しているのでした。

文章を書き連ねており、非常に悪いとは思いましたが、返事はしませんでした。

あれはあれで精一杯書いたつもりなのですが、物足りぬようです。

けれどまー君とは帰路に就いて家へ向かう道中、話す余裕が僅かに有るので、其処迄気に止めていないだろうと高を括り、昨日僕は床に就いたのです。


学校でまー君を見遣ると、むくれていました。

内心面倒と思いつつ近づくと、振り返り僕に気付いた彼ははにかむのでした。

僕の顔は気付かず内に強ばっていたのです。

彼は僕という人間がよくわかっているのでしょう。

下手に言い訳をされるより、微かに目や口が動かされるだけで、僕の本能は一時的ではあれど消え失せるのです。

気を良くした僕が

「帰りに駅前のコンビニに寄ろう、其処で話そう」

と言うと

「ごめんねあっ君、急かしちゃって」

と言いながら、まー君はポケットから金属の鈴に糸を通したペンダントを取出し、それが一回振られるとちりんちりんと玲瓏なる音色が、辺りに谺するのでした。

気になった同級生はこちらを見遣りましたが、まー君がそれ以降鳴らさずに居ると、それ迄遣っていた事柄を再開するのでした。

「なんで鳴らしたの」

僕が聞くとまー君は

「自分の精神を落ち着かせたいから」

と返事するのでした。


「で、昨日の『叩いて壊れて』はどうだったの?」

「うん、良かったよ」

「どういう風に?」

「個人製作にしては血の演出が良く出来てたよ」

「うん、もっと聞かせて」

「えーっと、画面に飛び散る血は真っ赤な血の一種類なんだけど、地面に落ちる血は真っ赤な血と赤黒い血の二種類が在って、最初は真っ赤な血が落ちるだけなんだけど、段々赤黒い血が崩れた骸から滴り落ちていって……」

「聞いてると中々生々しそうな演出だね」

「うん、あと全体的に繊細に作られていて血の濃淡もはっきりしてた」

「あっ君有難う、説明上手だから気持ちが駆り立てられるよ」

僕はまー君とコンビニで品定めしつつ、雑談をしていました。

僕はまー君の素朴な優しさ、嘘偽りや着飾らない褒め方等がとても好きです。

そんな彼はおどろおどろしい話をし終えた直後に

「お腹空かない? 何か食べてから帰ろうよ」

と言いました。

不意に放たれた言葉から、彼の本質が垣間見えました。

彼は僕に、やんわりと自らの食事に付き合ってと強要しているのです。

言葉尻から、歩きながらでは満足に食事も摂れない物なのだろうと察しました。

普段は柔弱に見える彼でも、本質は中々強かで図太いようです。

「何を食べようか?」

僕は聞きました。

「何を食べるの?」

「カップ麺が食べたいな」

僕が聞くと彼はカップ麺売場迄駆けて、彼が手に取ったカップ麺の蓋には、瞼を覆うように捻り鉢巻をし腕組みをして口を尖らせた肥満体型の男性が仁王立ちして、写されて居りました。

其の仁王立ちで物々しさを醸し出す様が、神仏を気取ったようで不愉快でした。

真の物々しさは小細工をせずとも、自ずと表出してしまうのですから。

肝心のカップ麺は少々値の張る三百円位の、人気店の店主が監修した物です。

その後会計を済ませてレジ横に置かれたポットで湯を入れ、コンビニの入り口の端に在るゴミ箱から少しだけ離れた場所へ移動し、食事を摂るのでした。

几帳面なまー君は割箸で後入れのスープの袋を挟み、何度も下に滑らせて後入れのスープを湯の中へ入れるのでした。

彼は典型的な日本人気質を有した人間なのです。


食事をし終え駅の改札口迄まー君を見送り、僕達は別れました。

僕の乗る駅は彼の乗る駅の真向かいに在りますが、興味が沸いた事柄を調べるべく、直ぐ様駅前のネットカフェへ向かいました。

僕は食事中、まー君から「電脳神社」なる存在を聞いて知ったのです。

ネット上の有名無名問わず没した人物達を祭る、ネット上に於ける慰霊牌そのものです。

管理人は没した方々と面識は無いようですが、気軽に死者の元へ赴けるのは、良き事なのかも知れません。

実績や汚点を包み隠す事もしていないサイトで、文章量も多く見応えが在るサイトのようです。

僕の家庭は特定の神仏の崇拝等して居りませんが、宗教由来の年間行事はやりこなしており、其の自分に思いを掛ける点が、無かったとは言い切れません。


ネットカフェの一室に入って、ドリンクバーの飲み物を持ってきて、早速「電脳神社」と検索しました。

パイプの詰まった硬い枕に薄っぺらい布切れ一枚が置かれた、一人二人が入れるかどうかの狭く薄暗い密室に、PCの画面が妖しげに光を放っています。

光と云うのは、幾ら目を背けても逃れられぬもので、それが僕の精神を捕らえて離さないのです。

瞼を閉じても降り注がれる光に、僕は時偶恐ろしさを感じるのです。

其の光は僕の元へ偏在するかの如く、画面に僕をぼんやりと映し出すのです。

口をぽかんと開けながら飲み食いもせず食い入るように画面を眺め、時折自身の目の一点の光が僕の知り得ぬ世界の住人が、現世の僕達を捕らえようと様子を伺って居るように感ぜられるのです。

其の恐怖から何とか逃れようと、僕は「電脳神社」の「本殿」をクリックしました。

「本殿」の説明には「普通の神社と違って御守りは販売していないけど、御守り代わりのものを無償で行えるよ、皆遣ってみてね!」と書かれていました。

其の御守り代わりとやらは好きな文字を一文字入力すると、好みを判断して複数の文字が音声付きで読み上げられるようで、それを御守り代わりと称した一風変わったものです。

突然好きな文字を入力と云われても、ぱっと思い付く筈も無く、僕は「神」と入力しました。

入力すると同時に画面は真暗になって数秒後に、女性の高音の澄んだ声で

「禰 巫 若 或 占 宣…………」

と次々に読み上げられていきました。

白地に墨で均衡の取れた文字が一文字づつ記されており、画面の移り変わりがより其の文字を印象付けるのでした。

読み上げられた後に精神に深く刻み込まれた文字に恐れを為した僕が、目を瞑り呼吸を整えると、不変で在り続ける光に包まれて意識が混濁していくのでした。

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