四
○喫茶店シャガール・外観(回想)
レトロな雰囲気を醸し出してる、喫茶店。
明日実(M)「そして、その年の終わり……僕は今日子との想い出が多い、大学近くの喫茶店に、呼び出された」
虚ろな表情の明日実が現れ、シャガールのドアを開け、店内に姿を消す。
○同・店内(回想)
程々に客が入っている、レトロな店内。
窓際の席に座っていた、スーツ姿の洋子が、明日実に気付いて手を振る。
明日実(M)「僕を呼び出したのは、今日子の……そして僕の母親だった人だ」
洋子の元に向かって歩いて行く明日実。
テーブルを挟んで洋子の対面に、明日実は座り、軽く洋子に会釈する。
ウエイトレスが、テーブルに現れる。
明日実「モカ……ブラックで」
ウエイトレス、伝票をテーブルに置いて去る。
洋子「(心配そうに)顔色悪いし、痩せたわね。ちゃんと食事してるの?」
明日実「(素っ気無く)用件は何ですか? 僕……忙しいんで、話があるなら、早く済ませて下さい」
洋子「(寂しげに)母親みたいな事……言える立場じゃないか、私は。あなたを捨てて家を出た、駄目な女だものね」
自嘲するかの様な、洋子の表情と口調。
洋子「あなたと今日子の事も、私と雅樹さんが……いいえ、私と御蔵家が絶縁した事に、あなたと今日子を巻き込んでしまったのが、原因の一つなんだし」
明日実(M)「母が父……というよりは御蔵家自体と、かなり酷い遺恨を残す問題を起こし、結果として父と離婚する羽目になったらしい事は、五月叔母さんや他の親戚などから色々と話を聞き、大よその事情を、僕は既に知っていた」
洋子「私個人の恨みで……今日子には絶対に、御蔵家の人間には関わって欲しく無かったの。だから、今日子には御蔵家の人間……いいえ、紫藍町には近付くなって、子供の頃からしつこく言い聞かせてたのよ」
× × ×
インサートされる、夏の日の回想。
喫茶店シャガールの店内。
明日実の前に座っている、今日子。
今日子「子供の頃から、母さんに言われてるのよ。紫藍町は縁起が悪いから、絶対に近付いちゃ駄目だって」
× × ×
再び、冬の喫茶店での回想に戻る。
明日実「(洋子に)知ってます」
洋子「(目を伏せて)私が、間違ってたのね。あなたと今日子を引き離したりせずに、普通の姉弟みたいに会わせ続けていたら……あなたが今日子を姉だと知っていたなら、こんな事には……」
明日実「(吐き捨てる様に)今更、そんな話をしたところで、何になるんです?」
洋子「(寂しげに)そうね、今更……何にもならないわね」
ウエイトレスが現れ、明日実の前にコーヒーを置いてから、お辞儀して去る。
その間に洋子、ハンドバックを開く。
洋子「御免なさい。渡したい物があるって理由で呼び出したのに、関係無い話ばかりしちゃって」
ハンドバックの中から、パステルカラーの日記帳を三冊、洋子は取り出す。
洋子「これ……遺品の中から見付けたの。どうしようか迷ったのだけれど、これは……あなたが持っていた方が、今日子が喜ぶんじゃないかと思って……」
三冊の日記帳を、明日実に差し出す洋子。
洋子「四十九日の法要が終わって区切りがついてから、あなたに渡そうと思っていたの」
明日実、日記帳の一冊を手に取る。
明日実(M)「それは、今日子の日記だった。昨年の学園祭で僕と再会してからの、今日子の思いが綴ってある……」
洋子「読みたくないなら、読まなくてもいいし。あなたの好きにしていいから」
洋子、自分と明日実の伝票を手に取り、立ち上がる。
洋子「じゃあ、今日はこれで……」
名残惜しげに明日実を見詰めつつ、テーブルを後にし、レジに向かう洋子。洋子、会計を済ませて店を出て行く。
そんな洋子を見送りもせず、日記帳の表紙を見詰めている明日実。
一度、大きく息をしてから、意を決した様に、日記帳を開いて読み始める明日実。
ページをパラパラとめくる明日実の目に、飛び込んで来る、「平成二十二年十一月三日」の日付。
ページをめくる、明日実の手が止まる。
明日実(M)「僕と今日子が、初めて出会った……いや、正確には再会した日付の日記から、僕は読み始めた」
以降、今日子のモノローグと同様の記述がある、開かれた日記帳のページのカットが、頻繁にインサートされる。
今日子(M)「びっくり! 学園祭で財布落としたんだけど、届けてくれた男の子が、何と明日実」
昨年の学園祭で、明日実が今日子に財布を届けた場面のインサートカット。
今日子(M)「ちょっと良い感じの男の子で、わたあめ食べながら色々と話してたら、何か妙に気が合っちゃって……このまま離れたくない気がしたんだ。ひょっとしたら、これは運命の出会いって奴なのかもとか、思ったもんだから……」
メアドなどを赤外線通信で交換する、今日子と明日実のインサートカット。
今日子(M)「珍しく勇気出して、メアド交換みたいな慣れない真似したの。そしたら、何と相手が十三年ぶりに再会した弟だったという、物凄いオチがついてしまった」
携帯電話のモニターを覗き込みつつ、驚く今日子のインサートカット。
今日子(M)「つくづく、あたしという女は、恋愛というか、男との出会いって奴に、縁が無いらしい」
日記帳を読みつつ、微笑する明日実。
今日子(M)「しかも、明日実の奴……あたしの事を覚えていないでやんの。腹が立ったから、あたしが姉ちゃんだってバラさないで、暫く友達として付き合って、騙してやる事にした」
明日実、日記帳のページをめくる。
今日子(M)「今日は明日実と、買い物デート。何のかんの言って、毎週の様に明日実と会ってるな、あたし」
懐かしげな、明日実の表情。
今日子(M)「弟は、姉のあたしが言うのもなんだが、良い感じに育ったようだ。ホント、弟じゃなければ、付き合いたいくらい」
日記帳のページをめくる、明日実。
今日子(M)「今日は明日実と、ドーナツ屋の席を占拠して、お勉強デート。受験も近い事だし、姉ちゃんとしては弟に、ちゃんと勉強させないとね」
ドーナツ屋のテーブルに参考書を広げ、明日実に勉強を教えている今日子のインサートカット。
今日子(M)「ただ、最近……少し明日実の様子が、気になる。多分、明日実の奴……あたしの事、好きみたいなのよね、恋愛対象として」
頬を染め、今日子を盗み見る明日実のインサートカット。
今日子(M)「あたしが姉とは知らないせいだとは言え、ちょっとマズイかも。でも、それよりマズいのは、素直に好意を向けられるのが、気持ち良いって事、あたしが知っちゃったって事の方なんだ」
頬を染め、明日実を盗み見る今日子のインサートカット。
今日子(M)「――好きになられるのは、気持ちいい。好きになられると、意識しちゃう。だから……何時の間にか、あたしも明日実を意識し始めて、見詰める様になってたんだ……弟じゃなくて、恋愛対象として」
ドーナツ屋で見詰め合う、明日実と今日子のインサートカット。
今日子(M)「これって、マズイよなぁ……」
日記帳のページをめくる、明日実。
今日子(M)「明日実の入試が終わったので、春休み……殆ど毎日の様に、明日実とデート。弟と遊んでるというより、友達以上恋人未満みたいな感じで」
手を繋いで繁華街を歩いている、明日実と今日子のインサートカット。
今日子(M)「こんな気持ちで、弟と遊んでいていいのかな? いや、良くないんだろうけど、楽しくて……止められない」
露店でわたあめを買う、今日子と明日実のインサートカット。
今日子(M)「考えてみれば、あたしってば紫藍町に住んでた子供の頃も、明日実の事大好きだったし、仕方が無いのかも……」
わたあめを食べる、明日実と今日子のインサートカット。
今日子(M)「こんな事、続けちゃ駄目だって考える自分と、続けたい自分が、ここ暫くの間、ずっと自分の中で戦ってる。いつも結果は引き分け……決断は先延ばし」
感慨深げに、日記帳を読んでいる明日実。
今日子(M)「でも、何時までも決断を先延ばしにする訳にはいかない。だから、明日実の受験結果で、決める事にした」
桜の花弁が舞う春、城北大学正門前にいる、明日実と今日子のインサートカット。
今日子(M)「明日実が城北大学に合格しなければ、明日実は滑り止めとして受けた遠くの大学に通うか、浪人する事になる。遠くの大学に通うなら、自然と疎遠になるだろうし、浪人するなら今までの様に遊ぶのは、明日実の為にならない」
日記を読み耽る、明日実。
今日子(M)「だから、その場合は……これから会わなくなるだろう覚悟で、あたしが姉ちゃんだって事を、明日実に正直に話す」
講堂の近くにある桜の木の近くで、講堂前に掲示されてる合格発表の掲示板を見ている明日実を、不安げな顔で眺めている、今日子のインサートカット。
今日子(M)「でも、明日実が合格して、一緒に大学生活が送れるのなら、このまま姉ちゃんだって事を黙っていて、自分の感情に素直になろうと思う。それが、罪深い事なのだとしても」
笑顔で今日子に駆け寄り、今日子に抱き付く明日実のインサートカット。
今日子(M)「今日、明日実が城北大学に合格して……その勢いで、正式に付き合う事になった。恋人として」
感慨深げに、日記帳を読み耽る明日実。
今日子(M)「ゴメンね、明日実。本当の事言わないで、姉ちゃんと恋人同士になるなんて、人の道を踏み外す様な真似させちゃって」
抱き合う明日実と今日子のインサートカット。
今日子(M)「本当にゴメン。でも、好きなんだ。あたし……本当に明日実が、大好きなんだ」
抱き合っている今日子の表情、不安で翳るが、明日実は気付かない。
今日子(M)「明日実、本当の事を知ったら、きっと怒るんだろうな。あたしの事、許さないだろうね」
複雑な表情で、日記帳のページをめくる明日実。
今日子(M)「今日、明日実に紫藍祭に誘われた」
喫茶店シャガールの店内で、テーブルを挟んで、向かい合わせに座っている、明日実と今日子のインサートカット。
今日子(M)「母さんに、紫藍町は縁起が悪いから近付いちゃ駄目だと言われてるだなんて嘘吐いて、何とか誤魔化した。また一つ、明日実に吐いてる嘘が増えた……ゴメン、明日実」
日記帳の該当ページに、手を合わせて謝る今日子のイラストが描いてある。
今日子(M)「嘘を吐いたお詫びを兼ねて、明日実を泊りがけでの、海水浴に誘った。明日実が喜んでくれたのは、嬉しい。でも、泊りがけという事は、いよいよ大人の関係に……取り返しのつかない関係になっちゃう訳で……。今になって、凄く不安になってる」
明日実、切なそうな表情で、日記帳を読み続ける。
今日子(M)「普通の恋人関係よりも、不安や悩みは多いだろう事は覚悟の上で、付き合い始めた筈なのに、いざとなると……不安感や罪悪感に襲われる。付き合っていて幸せなのに、時々……辛くなる」
海で遊ぶ明日実と今日子の、インサートカット。
今日子(M)「海から帰宅」
旅館の室内で身体を重ねる、明日実と今日子のインサートカット。
今日子(M)「とうとう、弟を相手に大人の階段を上ってしまった。まだ、股の間に変な感じが残ったままだよ」
身体を重ね終えた後、布団の上で抱き合っている、明日実と今日子の姿のインサートカット。
今日子(M)「今は……嬉しくて凄く幸せ。今も自分の中に、明日実がいるみたいな感じがする」
明日実の隣で、明日実の寝顔を見詰めている、何か思い煩っているかの様な、翳のある表情の今日子のインサートカット。
今日子(M)「でも、不安と罪悪感は消えない。弟と関係した罪というより、明日実を騙してる事に対する罪の意識と、あたしが姉だと明日実にばれたらどうしようという不安が、より強くなったのかもしれない」
明日実に抱き付く様に身を寄せ、手を握り締めて眠っている、今日子のインサートカット。
今日子(M)「ゴメンね、明日実。本当にゴメン。明日実は何も悪く無いんだ、全部……あたしが悪い。ゴメン……好きになって、ごめん……」
日記帳のページをめくる明日実、悲しげ。
今日子(M)「学園祭が始まった。暫くは忙しいんだけど、明日は明日実と再会した一周年記念日。二人で、お祝いしたいな」
学園祭の文芸喫茶で、ウエイターをやってる明日実と、ウエイトレスをしている今日子のインサートカット。
今日子(M)「明日実は再会してからじゃなくて、出会ってから一周年だと思ってるんだよね。ま、自分の彼女が本当は姉だなんて、思いもしないだろうから、当たり前か」
今日子の部屋のベッドで、身体を重ねる明日実と今日子のインサートカット。
今日子(M)「考え様によっては、あたしが明日実を騙し始めて、近親相姦の罪を犯させる事になった、切っ掛けの日でもあるんだ。お祝いなんてする資格、あたしにはないのかも」
泣きながら次のモノローグと同じ内容の記述を、日記に書き込んでいる今日子のインサートカット。
今日子(M)「ゴメンね、明日実。あたし達の罪は、全部あたしのせいなんだ。悪ふざけで、姉ちゃんだって事黙ってて、ゴメン。好きになって……愛しちゃって、ゴメン」
涙の雫が日記帳に零れ落ちて、ページを濡らす、インサートカット。
今日子(M)「何か最近、日記で明日実に謝ってばかりいるな、あたし」
日記帳に残る、乾いた涙の跡を指先で摩りながら、寂しげに微笑む明日実。
明日実「(寂しげに)ほんと、謝ってばかりだね……」
明日実の目に、滲む涙。
明日実(M)「僕は気付きもしなかった、今日子が一人で悩んでいた事にも、不安感や罪悪感に、一人で責め苛まれていた事にも」
明日実の目から、涙が溢れ……日記帳の上に零れ落ちる。
明日実(M)「僕はただ、今日子と過ごせる時間が、とても楽しくて……幸せだっただけで」
日記帳を抱えて、嗚咽し始める明日実。
明日実(M)「一番近くにいた筈なのに、大好きだった筈なのに、重荷を今日子にだけ背負わせて、楽しんでばかりいたのだ……僕は」
テーブルの上に伏せ、肩を震わせて泣きじゃくる明日実。
明日実「(泣きながら)謝らなきゃ……いけないのは、僕の方じゃないか……」
周りの客やウエイトレスなどに、変な目で見られながら、泣き続ける明日実。
明日実「(嗚咽しながら)ごめん……今日子、ごめん……」
(F・O)
明日実(M)「この時、僕は決意したのだ。今日子に謝らなければならないと。謝る為に、今日子に会わなければならないと……」
○御蔵家・外観
古びた御蔵家の外観。
玄関前にいる、浴衣姿の明日実と、明日実を見送る為に、玄関前に出て来た五月。
明日実(M)「だから、今年の八月七日……僕は紫藍町にいるのだ。紫藍祭の裏で行われる秘密の儀式……死逢を行い、もう一度、今日子に会う為に」
手を振る五月に会釈して、御蔵家の前を後にする、浴衣姿の明日実。




