五
○大通り
祭囃子が流れる、紫藍祭の真っ最中の、人々で賑わう大通り。
楽しげに行き交う浴衣姿の人々の間を、辺りを見回しながら、歩き続ける明日実。
明日実(M)「死逢を行う方法は、祖父の遺書を何度も読んで、頭の中に入れてある」
昨晩、自室の机の引き出しにしまってあった雅之の遺書を取り出し、目を通す明日実のインサートカット。
明日実(M)「方法は難しくは無い。紫藍神社の近くの何処かに店を開いている、お面を売る露店を探す事から、死逢という儀式は始まる」
陽気であるが、何処か物悲しさを感じさせる祭囃子が鳴り響く、大通りに出る明日実。
明日実(M)「普通のお面では無い。白地の面に不可思議な柄が描かれている、白面というお面を売る、白面屋を探すのだ」
建ち並ぶ様々な露店を、白面屋を探して、見て回る明日実。
普通のお面を売る露店はあれど、白面屋は見当たらない。
明日実(M)「だが、大通りに白面屋は見当たらない」
明日実の視界に入る、かって雅之が白面屋を見付けた小道への、分かれ道。
明日実「あそこは、確か……」
十年前、雅之が小道に入って行くシーンのインサートカット。
明日実(M)「十年前、祖父が白面屋を見付けた、紫藍神社の参道に通じる小道を見付けた僕は、その小道に足を踏み入れた」
大通りから分かれた小道に、入って行く明日実。
○参道に通じる小道
古めかしい家々に挟まれた、石畳に覆われている小道。
人通りは少ないが、小道にも数軒、露店が店を出している。
辺りを見回す、明日実。
だが、白面屋らしき露店、見当たらない。
明日実(M)「気まぐれな白面屋の主人は毎年、店を開く場所を変えるのだが、紫藍神社の近くに確実に店を開くから、根気良く探せと、祖父の遺書には書いてあった」
明日実「参道の方に、行ってみるか」
小道の奥に、歩いて行く明日実。
○参道
多数の露店が出ている、石畳の参道。
紫藍神社への参拝客や、露店を巡る客などで、賑わう参道。
何処か物悲しい祭囃子が、流れている。
辺りを見回し、白面屋を探す明日実。
その視界に入る、幸せそうな若いカップル。明日実、カップルを目で追う。
すると、カップルの隣を通り過ぎる、白い奇異な面を頭に載せた、リンゴ飴を二つ手にした男の老人(80)が、明日実の目に入る。
驚きの表情を浮かべ、老人に駆け寄る明日実。
明日実「(老人に)すいません、そのお面を買った店、何処にあるのか教えていただけませんか?」
老人「(戸惑って)このお面は、お兄さんみたいな若い人には、関係無い物だよ」
明日実「(小声で耳打ち)関係有るんです。僕も死逢の為に、白面屋を探しているので」
老人「(驚いて)その年で、大事な女を亡くしましたか。でしたら……」
老人、自分が来た方向を指差す。
老人「金魚すくいの露店の奥にある分かれ道を、右折しなさい。そうすれば、すぐに白面屋は見付かるから」
明日実「(嬉しそうに)有難う御座います」
礼をして、顔を上げた明日実の目に映る、老人が手にしている、二本のリンゴ飴。
老人「(照れ臭そうに)妻の……好物だったもので、毎年……リンゴ飴を買って、逢いに行くんですよ」
老人は会釈し、踵を返して紫藍神社に向かって歩き出す。
明日実、もう一度老人に深々と頭を下げてから、老人が指差した方向に向かって、足早に歩き出す。
金魚すくいの露店を過ぎ、右折する明日実の目に映る、十年前に目にしたのと同じ露店、白面屋。
嬉しげに白面屋に向かう、明日実。
○白面屋の店頭
白い奇妙な面が棚に並ぶ、白面屋の露店。
全てが微妙に異なるデザインの、白面。
十年前と同じ姿の主人が、店番している。
店の前に現れる、明日実。
明日実「お面を頂きたいんですが……」
椅子に座ってる主人、明日実を見上げる。
主人「(品定めするかの様な目で)うちの面をかぶって、あんたは何処に行き、誰に会うつもりだい?」
明日実「黄泉の森に行き、黄泉に旅立った女に会うつもりです」
明日実(M)「祖父の遺書に記されていた通りの問答を、僕は白面屋の主人と行った。僕が死逢という秘密を共有する者なのだと、白面屋の主人に確認させる為に」
主人「(驚いて)その若さで……ねぇ」
主人、屋台に並ぶ白面を一つ手に取り、明日実に手渡してから、明日実から代金を受け取る。
受け取った白面を、感慨深げに眺める明日実。
明日実「十年前は、祖父にしか売って貰えなかったんですよ、この白面」
主人「(明日実の顔を見ながら)十年前だって? (驚きの表情)あんた、あの時の……御蔵ん家の孫か!」
頷いてから、白面を帽子の様にかぶり、紐を顎の下に回して固定する明日実。
主人「(感慨深げに)あの時の子が、もう死逢を……。来てくれるといいね、相手」
こくりと頷く、明日実。
明日実(M)「死んだ女が生きている男に、会いたいと望まなければ、死逢の場である黄泉の森に、女は現れないのだ」
明日実「(会釈して)それじゃあ、僕は……」
主人「(優しげに)楽しんできなさい、祭囃子が終わるまでの、束の間の逢瀬を」
明日実(M)「死逢という儀式は、紫藍祭が終わるまで続く。つまり、紫藍祭が続く間、町に流れ続ける祭囃子が終わるまで、死逢を行う者は、死者との逢瀬を続けられるのだ」
来た道を引き返す、明日実。
○参道
人々で賑わっている参道。
紫藍神社に向かう明日実の目に映る、わたあめを売る露店。
リンゴ飴を手にしていた、老人の姿のインサートカット。
明日実、わたあめの屋台に立ち寄る。
× × ×
驚いている、わたあめ屋の店主(30)。
わたあめ屋店主「(呆然と)お買い上げ、有難う御座います……」
わたあめ屋の屋台の棚、空っぽ。
大量のわたあめの袋が入ったポリ袋を、両手に提げて、歩き去る明日実。
○紫藍神社・外観
木々に囲まれている、古臭い神社。
鳥居をくぐり、境内に入る明日実。
○同・境内
広い境内の中央に、舞台が組まれている。
舞台の上で、派手な和服姿の氏子衆が、笛や太鼓、鉦や胡弓などで、祭囃子を奏でている。
舞台の周りを、観客や参拝客が取り囲んでいる。踊っている人もいる。
明日実(M)「殆どの人々は、境内で奏でられる紫藍囃子や、本殿への参拝を目当てに、紫藍神社を訪れる」
明日実、舞台がある境内や本殿を通り過ぎ、神社の裏に向かって歩いて行く。
明日実(M)「だが、僕の目当ての場所は、境内でも本殿でも無い」
× × ×
神社の敷地内、人気の無い本殿の裏。
姿を現した明日実の前には、鬱蒼とした森が広がっている。
明日実(M)「僕の目当ての場所は、この昼間でも夜の様に暗い、神社裏に広がる鎮守の森だ」
明日実、帽子の様にかぶっていた白面を、普通にかぶって顔を隠す。
明日実(M)「普段は普通の森なのだが、紫藍祭の間は、白面をかぶった者が、この森に足を踏み入れると、黄泉の森という……この世と黄泉の間にあると言われる森に、行けるのだ」
一度、深く深呼吸してから、明日実は森の中に入って行く。
森の中に姿を消す、明日実。
○黄泉の森
太陽が出ている筈の時間なのに、夜の様に暗い、黄泉の森の中。
祭囃子を聞きながら、鬱蒼とした森の中を歩き続ける、明日実。
明日実(M)「祖父の遺書によれば、黄泉の森を歩き続ければ、この世に同じ絵柄が存在しない筈の、自分がかぶっている白面と、同じ絵柄の白面をかぶった女が、現れるらしい」
ゆっくりと、歩き続ける明日実。
明日実(M)「この世に存在しない筈の、同じ絵柄の白面は、あの世……黄泉に存在する白面。その黄泉の白面をかぶり、女は目の前に現れるのだと、祖父は書き記していた」
明日実の前に、紫藍染めの浴衣に身を包み、白面をかぶった女が現れる。
太い木の幹に寄りかかっている女の白面と、明日実の白面の絵柄は、同じ。
明日実、白面を顔から外し、また帽子の様に頭にかぶる。
嬉しそうな笑みを浮かべて、女に歩み寄って行く明日実。
女も白面を外し、頭の上にかぶる。嬉しそうな表情の女は、今日子。
歩み寄る明日実と今日子、抱き合える程の距離まで近付いて、立ち止まる。
見詰め合う、明日実と今日子。
明日実「(嬉しそうに)久し振り……元気そうだね」
今日子「(嬉しそうに)――元気な訳が無いでしょ。もう死んでるんだから」
明日実「いや、意外と顔色、いいからさ」
顔を見合わせ、微笑み合う二人。
明日実「(わたあめの袋を差し出して)これ、手ぶらというのも何だから、おみやげ」
今日子「(嬉しそうに)わたあめ! こんなに一杯!」
手渡された、わたあめが沢山入った袋を抱き締める、嬉しそうな今日子。
明日実「(拗ねた様に)僕との再会より、わたあめの方が嬉しそうじゃん」
今日子「そんな訳……無いじゃない」
袋を提げたまま明日実に抱き着き、愛しげに抱き締める今日子。
今日子「会えて嬉しいよ、明日実。もう二度と、会えないって思ってたから」
抱き締め返す、明日実。
今日子「(探る様に)怒って……無い?」
明日実「(不思議そうに)怒るって、何で?」
今日子「だって、あたし……明日実にいっぱい、嘘……吐いてたから。あたしが嘘吐いたせいで、明日実は姉ちゃんと、付き合う羽目になったんだし」
今日子、明日実から身体を離し、姿勢を正してから、深く頭を下げる。
今日子「ごめん、明日実。あたしは明日実にいっぱい、謝らなきゃ……」
言葉が終わる前に、明日実に抱き締められ、今日子の言葉は途切れる。
驚きの表情を浮かべる、今日子。
明日実「(優しげに)もう、謝らなくていいよ。今日子には沢山、謝って貰ったから」
今日子「(不思議そうに)沢山なんて、謝って無い筈だけど?」
明日実「――日記、読んだよ。母さんが、今日子の日記、僕にくれたんだ」
はっとした様な表情を浮かべる、今日子。
明日実「日記の中で、沢山……謝ってくれたから、もう謝らなくていいよ」
明日実の腕の中で、安堵と羞恥が入り混じった様な表情を浮かべる、今日子。
明日実「謝らなきゃならないのは、むしろ僕の方なんだし」
今日子「(驚いて)明日実が? 何で?」
明日実「今日子が一人で、思い悩んでた事にも、罪悪感に苦しんでた事にも、気付いてやれなかったから……恋人だったのに」
愛しげに、今日子を抱き締める明日実。
明日実「重荷を全部、今日子にだけ背負わせて、僕は……今日子に幸せを沢山貰って、楽しんでいただけだったんだ」
今日子「でも、その重荷の原因作ったの、あたしだし……」
明日実「それでも、愛している……恋人の背負っていた重荷なら、気付いて……分かち合うべきだったんだ、僕は。それなのに、僕は今日子が背負っていた重荷の存在にすら、気付けなかった」
今日子から身体を離し、深々と頭を下げる明日実。
明日実「だから、ごめん……今日子。僕を許して欲しい」
嬉しそうに、目を潤ませている今日子、わたあめの袋が沢山入ってる、大きな袋を明日実の前に差し出す。
明日実「(照れを隠す様に)わたあめ、いっぱい買って来てくれたから、許してあげる」
嬉しそうに、微笑む明日実。
明日実「食べようよ、わたあめ」
今日子、大きな袋の中から、わたあめの袋を一つ取り出し、明日実に渡す。
わたあめの袋を、受け取る明日実。
× × ×
太い木の幹に並んで寄り掛かり、わたあめを食べている、明日実と今日子。
祭囃子が、聞こえて来る。
今日子「この祭囃子、久し振りに聞いたな」
明日実「この祭囃子、紫藍囃子っていうんだけど、聞いた事あるの?」
今日子「母さんが離婚する前は、紫藍町に住んでいたから、その頃ね」
懐かしげな、今日子の顔。
今日子「明日実と一緒に、紫藍祭に遊びに行ったりもしてたんだけど……憶えてない?」
申し訳無さそうに、頷く明日実。
今日子「仕方が無いよ、まだ明日実は小さかったから」
明日実「聞きたいな、昔……一緒に紫藍祭に遊びに行った時の話」
遠い目をする、今日子。
今日子「――お祭が楽しくて、はしゃぎ過ぎたせいで、父さんに貰ったお小遣いを落しちゃったんだ、あたし」
わたあめを食べながら、話を聞く明日実。
今日子「せっかくのお祭なのに、何も買えなくなっちゃったのが悲しくて、露店の前で泣いてるあたしに……明日実がくれたの」
明日実「何を?」
今日子「(照れて)食べかけの、わたあめ」
食べかけのわたあめを、明日実に見せる今日子。
はっとした様な表情を浮かべる、明日実。
明日実の脳裏にフラッシュバックする、子供の頃の記憶。
夜の露店の前で泣いている、子供時代の今日子(04)に、食べかけのわたあめを半分分け与える、子供時代の明日実(03)のインサートカット。
わたあめを手にして、幸せそうに笑う子供時代の今日子の顔に、オーバーラップする現在の、幸せそうに笑ってる今日子。
今日子「あの時から、大好きになったんだ、わたあめと……」
恥ずかしげに、明日実を見詰める今日子。
今日子「――明日実の事が」
そう言うと、照れを隠す様に、わたあめを口にする。
そんな今日子を、嬉しげに見詰めつつ、唇を寄せる明日実。
唇を重ねる、明日実と今日子。
明日実(M)「物悲しい祭囃子を聞きながら、今日子と交わすキスは、わたあめの様に甘く、僕の心を幸せで満たす」
唇を離す、明日実と今日子。
明日実(M)「実の姉相手……しかも、今は死人である今日子相手の恋なのだから、幸せなだけで済む筈など、無いのだけれど……」
木の幹に寄りかかって、幸せそうに肩を寄せ合う、明日実と今日子。
明日実(M)「今はただ、死逢という儀式が与えてくれた奇跡を……わたあめの様に甘い二人だけの時間を、楽しみ続けよう」
幸せそうに、わたあめを食べる二人。
明日実(M)「祭囃子が終わるまで……」
(F・O)
(終わり)




