三
○パレス城北・外観(回想・夜)
夜の住宅街の、五階建てマンション。
窓から光が漏れている。
三階にある部屋の窓の向こうでは、炬燵を挟んで向かい合わせに座っている、明日実と今日子の姿。
○同・今日子の部屋・和室(回想・夜)
女子大生にしては、華やかとは言えない、飾り気の無い室内。
和室に置かれた炬燵を挟み、向かい合わせに座っている、明日実と今日子。
炬燵の上に、食べかけのケーキやコーヒーカップ、お菓子などが並んでいる。
炬燵の周りには、わたあめの袋が沢山。
楽しげに話している、明日実と今日子。
○同・同・洋室(回想・夜)
和室の隣にある、洋室。
照明が落ちているので、窓から射し込む月明かりだけが光源の、暗い室内。
揺れるベッドの上で、重なり合い蠢いている、明日実と今日子のシルエット。
動きを止めた明日実、今日子の上に身体を投げ出す様に、伏せる。
明日実の身体を、愛しげに抱き締める今日子。
月明かりに照らされ、浮かび上がる二人の裸体。
唇を軽く重ねてから、明日実……今日子の上から転げる様に降り、今日子の隣に仰向けで寝転がる。
今日子、明日実に身を寄せつつ、手を握る。明日実、手を握り返す。
幸せそうに、寝入る二人。
× × ×
そのまま、時間経過。
胸の辺りまで布団を被り、裸のまま寝息を立てている、明日実と今日子。
幸せそうな寝顔の明日実に、縋りついて眠っている今日子の寝顔は、悪夢にうなされているかの様。
強く、明日実の手を握り締める、今日子。
○同・外観(回想・翌朝)
朝日に照らされている、マンション。
駐車場に停車する、一台の乗用車。
ドアを開け、乗用車から降りて来る佐野洋子(48)と佐野由香(11)。
由香、マンションを見上げる。
由香「これがパパが騙されて買ったマンションかー。初めて見たけど、話に聞いていたよりボロいな」
洋子「ボロいとか言わないの、住んでる人に聞かれたら、怒られるわよ」
由香「お姉ちゃんの部屋、三階だっけ?」
洋子「三階の……何号室だったかしら? 確かパパから借りて来た鍵に、書いてあったわね」
洋子、車のキーと共に束ねられている、マンションの鍵を確認する。鍵には「301」という数字が書き込んである。
洋子「301号室……三階か」
洋子と由香、マンションの入り口に向かって、歩いて行く。
由香「いきなり由香やママが来たら、お姉ちゃん驚いちゃうよ。やっぱり学園祭見学の事、お姉ちゃんに連絡入れておいた方が、良かったんじゃない?」
洋子「事前に連絡とか入れたら、一人暮らししてる娘の生活が、乱れていないかどうか確かめる為の、抜き打ちチェックにならないでしょ」
由香「(呆れて)学園祭見学にかこつけて、娘の素行調査か……大人ってこわーい」
洋子と由香、マンションの出入り口から中に入って行く。
○同・今日子の部屋の玄関前(回想)
マンションの三階、301号室のドアの前。表札には「佐野今日子」の名前。
洋子「(表札を確認してから)ここで間違い無いみたいね」
由香、呼び鈴を押す。ドア越しに呼び鈴の音が聞こえて来るが、誰かが出て来る様子は無い。
由香「(首を傾げ)いないのかな?」
洋子「(ポケットから鍵を取り出し)まだ寝てるんでしょ、今日子……朝弱かったから」
由香「そう言えば、家にいた時も、目覚まし時計のベル程度じゃ起きなかったもんね、お姉ちゃん」
洋子、鍵穴に鍵を挿し込んで、捻る。
カチャリという音を立て、鍵が解除される。
由香「(悪戯っぽく)お姉ちゃん、彼氏と寝てたりして」
洋子「(顔を顰めて)馬鹿な事言わない!」
ドアを開ける洋子の目に映る、玄関に置いてある男物のスニーカー。
洋子の表情、凍り付く。
少し頬を赤らめ、はしゃいだ様な笑みを浮かべている、対照的な由香の表情。
洋子、慌てて玄関の中に入り、靴を脱いで部屋に上がる。
○同・今日子の部屋・和室(回想)
玄関から早歩きで現れた洋子、周りを見回して洋室にあるベッドを確認。
そのままベッドがある洋室まで、ずかずかと歩いて行く洋子。
後を追う、由香。
○同・今日子の部屋・洋室(回想)
ベッドの脇に辿り着く洋子。
布団を被り、ベッドの上で並んで寝息を立てている、今日子と明日実の姿を見下ろす洋子の表情、怒りに満ちている。
洋子「(激怒しつつ)きょ……今日子! ちょっと、起きなさいよ、今日子ッ!」
掛け布団を剥ぎ取る洋子。
洋子「(赤くなって)え!」
当然、今日子と明日実は全裸。
由香「(赤くなって)うわ……。お姉ちゃん、やるぅ」
洋子は慌てて、掛け布団を元に戻す。
洋子「(今日子の頬を軽く叩きながら)起きなさい、今日子ッ! (明日実に)貴方も、起きなさいッ!」
目元を擦りながら、眠そうに上体を起こした今日子、激怒している洋子の顔を見上げる。
今日子「(血相を変えて)――母さん? な、何で……母さんが?」
狼狽し、目を泳がせる今日子。由香と目が合う。
由香「――お姉ちゃんの大学の学園祭、見に来たの」
今日子「(悲痛な声で)だったら、事前に連絡とか入れてよ!」
慌てて、ベッドの脇に脱ぎ捨ててあったTシャツと短パンを拾い上げ、Tシャツを着始める今日子。
洋子「今日子の生活態度の、抜き打ちチェックも兼ねてなんだから、連絡とか入れる訳が無いでしょ!」
洋子は目線を、上体を起こしつつある明日実に移す。
洋子「(汚い物でも見るかの様な目で)まさか、真面目を絵に描いた様な子だった今日子が、男を連れ込む様な爛れた生活してるとは、思ってなかったわ!」
上体を起こし、周囲を見回す明日実。洋子と由香の存在に漸く気付き、驚きの表情を浮かべる。
明日実「(驚いて、今日子に)え? この人達、誰? どうなってるの?」
問われた今日子、狼狽して目線を泳がせたまま、何も答えずに座ったまま短パンを穿く。
洋子「(苛々して)誰だか訊きたいのは、私の方よ。私は今日子の母親だけど、貴方は誰? 名前は?」
明日実「(驚き)今日子の、お母さん?」
慌てて姿勢を正し、ベッドの上に正座する明日実。掛け布団が外れて股間が露出しそうになり、慌てて掛け布団を引いて股間を隠す明日実。
すぐに、ベッド脇に落ちていたトランクスを広い上げると、掛け布団で下半身を隠したまま、素早く穿く明日実。
明日実「(畏まって)あの、僕は今日子さんとお付き合い……真面目にお付き合いさせて貰ってる者で……」
トランクスを穿き終え、今度はTシャツを拾い上げ、素早く着始める明日実。
洋子「(吐き捨てる様に)真面目に? 裸で一緒にベッドで寝る様な付き合い方しておいて、真面目にお付き合いですって?」
明日実「えーっと、その……そういう意味では、真面目じゃないかもしれませんけど、身体だけの……遊びの付き合いとかじゃなくて、ちゃんと……将来は結婚とかする方向での、真剣な交際をさせて貰っている……」
喋りながらTシャツを着終えた明日実、深々と頭を下げる。
今日子「城北大学経済学部一年の、御蔵明日実という者です」
明日実の名乗りを聞いて、愕然とする洋子と今日子。洋子は耳を疑うという感じに、今日子は全てが終わったかの様な、絶望的な感じに。
洋子「(顔面蒼白になり)御蔵……明日実って、それ……本当?」
明日実「(顔を上げて)本当ですけど」
洋子「(上擦り気味の声で)まさか、紫藍町の……御蔵雅樹の息子の、御蔵明日実……なんて事は、無いわよね?」
明日実「(首を横に振ってから)御蔵雅樹は、僕の父ですが。父をご存知なんですか?」
明日実の答えを聞いて、腰が抜けたかの様に、その場に崩れ落ちる洋子。
由香「(驚いて)ママ!」
洋子に駆け寄り、身体を支える由香。
洋子「確かに、良く見れば……あの人に……。いいえ、お義父様に……顔立ちが似てるわね」
懐かしさと絶望、怒りなど……複雑に感情が入り混じった表情を浮かべ、明日実を見詰める洋子。
そして、洋子はベッドの上で身を震わせている、今日子に目線を移す。責める様な、それでいて悲しげな目で、洋子は今日子を睨み付ける。
洋子「(声を震わせ)今日子……あなた、何て事を……。(語気を強め)自分が何をしたか、分かってる?」
身を震わせ、俯いたままの今日子、洋子の問いに答えない。
洋子が何を言っているのか分からない、明日実と由香は、戸惑いの表情を浮かべている。
洋子「(悲痛な声で)あなたが明日実を、憶えていない訳が無いじゃないッ! あなた、よりにもよって、弟と……」
今日子「(絶叫する)止めて、母さん! 明日実は何も知らないの!」
洋子「(怒りに満ちた表情と口調で)知らないとか知ってるとか、そんな問題じゃないでしょう! 姉と弟が身体の関係を持つなんて、知っていようが知らなかろうが、許される事じゃ無いんだから!」
明日実「(驚愕の表情を浮かべ)姉と弟……」
明日実、事実かどうかを問いかける様な目で、今日子を見詰める。
明日実「(掠れ気味の声で)――本当……なの?」
今にも泣き出しそうな感じの、悲痛な表情の今日子。
今日子「(搾り出す様に)――ごめん、明日実」
そう言い残すと、ベッドの上から降り、玄関に向かって逃げ出す様に、駆け出す今日子。
明日実「(驚いて)今日子!」
洋子「(責める様に)今日子ッ! 待ちなさい!」
明日実もベッドから降り、すぐに今日子の後を追う。
× × ×
今日子の部屋の玄関。
今日子がドアを開けて出て行った直後、明日実が玄関に現れ、靴を履く。
そして、すぐにドアを開けて、今日子の後を追う。
○同・階段(回想)
マンションの中にある階段。
逃げる様に階段を駆け下りて来た、半狂乱の今日子が、通り過ぎて行く。
ほんの数秒遅れで、階段を駆け下りて来た明日実。
明日実「(悲痛な声で)今日子!」
明日実、階段を駆け下りて行く。
○同・外観(回想)
朝日に照らされている、マンション。
明日実「(声だけ)今日子!」
出入り口から駆け出して来る、半狂乱で泣きじゃくっている今日子。
今日子、車道に駆け出す。
鳴り響くクラクションと急ブレーキの音。
クラクションが響いて来る方向を振り向いた、今日子の目に映る、自動車。
出入り口から姿を現す、明日実。
鈍い音を響かせながら、自動車に轢かれる今日子の身体、宙に舞う。
響き渡る、明日実の悲鳴。
アスファルトの上を弾む様に転がり、止まる今日子の身体。
明日実、今日子に駆け寄り、今日子を抱き起こす。
明日実「(悲痛な表情と声で)今日子……」
だが、泣き顔のままの今日子の目に、既に命の光は無い。
明日実の腕の中、動かない今日子。
停止した車から降りて来た中年男が、駆け寄って来る。
中年男「(狼狽し)その娘が、飛び出して来たんだ! いきなり飛び出して来たんで、避けられなかった……」
明日実「(言葉を制止して)救急車ッ!」
中年男、慌てて懐から取り出した携帯電話で、救急車を呼び始める。
出入り口に現れ、倒れている今日子を目にした洋子と由香、悲鳴を上げる。
今日子の元に駆け寄る、由香と洋子。
明日実(M)「医者に聞いた話では、今日子は即死だったそうだ。おそらく、苦しむ間すら無かっただろうと、医者は言っていた」
今日子を抱き締め、泣きじゃくる明日実。
二人を囲む洋子と由香も、半狂乱で泣き喚いている。
(F・O)
○城北大学・キャンパス内(回想)
昼下がりのキャンパス内。
片付け損なった学園祭の飾りなどが、あちこちに残っている。
休憩所の様になっている、五号棟の裏。
ベンチに座り、一人でわたあめの袋を見詰めている明日実。
明日実(M)「僕は、今日子の葬儀には行かなかった。呼ばれもしなかったし」
わたあめの袋を開封する、明日実。
明日実(M)「姉と交わる禁忌を犯した弟を、葬儀に呼べる訳が無いのだから、そうなるのも当然だろう」
明日実、わたあめに齧り付く。
明日実(M)「今日子の身体が焼かれている時、僕は今日子と良く時間を過ごした場所にいた」
虚無的な雰囲気を漂わせつつ、わたあめを淡々と食べ続ける、明日実。
明日実(M)「今日子について思いを巡らせながら、今日子が僕の部屋にキープしていた、わたあめを一人で食べていた」
秋風に、落ち葉が舞い踊る。
(F・O)
明日実(M)「今日子を喪った事による喪失感は、僕にとって、余りにも大き過ぎた。何もする気が起こらなくなってしまった僕は、暫くの間、無為な日々を過ごし続けた……」




