Logfile_009:異常終了(アボート)
「照れてるわけないでしょ!絶対に引かれたって!」
あたしが自席に戻って報告すると、莉奈は呆れたように即座に否定した。
「ミソラがグイグイ距離詰めるから、あの無愛想なオジさん、本気で怯えて逃げ帰ったんじゃないの?『ファイアウォール破るな』って、要するに『近寄るな』っていみでしょ」
「ええ~!?でも、耳の先、ちょっとだけ赤かった気がするんだけどなぁ……」
あたしが不満げにカフェオレを飲んでいると、栞がふと、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「でも、おかしいね。さっき休憩室であったことなんだけど……」
「おかしいって?」
「インフラチームの島って、高性能なコーヒーメーカーが設置されてるはずだよ。わざわざ遠くにある休憩室の自販機まで、コーヒー買いに来る理由がないと思うんだけど……」
栞の冷静な分析に、あたしと莉奈は顔を見合わせた。
「えっ……それって、つまり……」
(偶然じゃなくて、あたしが来るのを待ってたってこと……!?」
あたしの心臓が、再び限界を突破して早鐘を打ち始めた。
ーーー
「……どうだった、お前の『能動的な負荷テスト』やらは」
インフラチームのデスク。
パイプ椅子に崩れ落ち、頭を抱えている御八代に、三本木がニヤニヤしながら問いかけた。
「……異常終了だ」
「ははっ!」
「笑い事じゃない、徳大。あいつが笑顔で距離を詰めてきた瞬間、俺のコアプロセッサが完全に停止した。あまつさえ『昨日のスーツ似合ってましたよ』という追加の攻撃まで受けて、心拍数が120を超えた。もう少しで缶コーヒーを握りつぶすところだったぞ」
「だから言ったろ、素直に『君のことが気になってる』って言って飯にでも誘えよ」
三本木が腹を抱えて笑いながら肩を叩くが、御八代は忌々しそうに舌打ちをした。
「飯だと?冗談じゃない。今の俺の脆弱性だらけのシステムでは、彼女と食事をするためのセキュリティクリアランス(心の準備)が全く足りていない。あんな至近距離で食事などしたら、俺のメインサーバーが焼き切れる」
「お前、どんだけ純情なんだよ……中学生の初恋か!」
「初恋じゃない、システム障害だ!!」
45歳、凄腕のインフラエンジニア。
職人としてのロジックを総動員して恋心を否定しようとする彼の努力は、皮肉なことに、三神ミソラという『最高のバグ』への執着を、ますます深めていくのだった。




