Logfile_010:ペネトレーションテスト(侵入テスト)の準備
「やっぱり、どう考えてもおかしいっしょ!」
翌日の昼休み。社員食堂のテーブルで、あたしはオムライスを勢いよく頬張りながら宣言した。向かいの席では、莉奈が呆れたようにため息をつき、栞が優雅にサラダを口に運んでいる。
「何がよ。またあのボサボサカーディガンの話?」
「御八代さん!ちゃんと名前で呼んで!……じゃなくて、昨日の休憩室の一件だよ!」
あたしはスプーンを握りしめ、熱弁を振るう。
「栞の言う通り、インフラチームのデスクには高性能なコーヒーメーカーがあるんだよ?それなのに、わざわざ遠い休憩室まで『ブラックの缶コーヒー』を買いに来るなんて、非効率すぎる。あの超・合理的主義の御八代さんが、そんな無駄な動きをするわけない!」
「まぁ、確かにミソラちゃんの言う通り、不自然ではあるよね」
栞が納得したように頷く。
「でしょ!?つまり、御八代さんは『あたしが休憩室に来ることを知っていて、わざとあの時間にあそこにいた』ってこと!これ完全に脈あり確定演出じゃない!?」
「いや、飛躍しすぎでしょ。それに、ブラックの缶コーヒー……あれってあのオジさんが良く飲んでるやつっしょ?近場の自販機が売り切れだったとかじゃないの」
莉奈が冷たいお茶を飲みながら、バッサリと切り捨てる。
「それに……もし本当に待ち伏せしてたんだとしたら、ミソラが近づいた瞬間に『ファイアウォールがどうの』って謎の言葉残して逃げ帰るわけないじゃん。どっちかっていうと、マジで警戒されてるだけじゃない?」
「うっ……それは、確かに謎だけど……」
なぜ待ち伏せまでしておいて逃げたのか。そこだけはギャルの恋愛フィルターを通しても全く解読できない。だけど、トップオペレーターとしてのあたしの直感が告げている。あの時、御八代さんの無骨な指先は確かに震えていたし、声も上ずっていた。
「……待ってても逃げられるなら、こっちから攻め込むしかない。決めた。今日の午後、もう一回インフラチームに突撃する!」
「えっ、また行くの?理由もないのに?」
「理由はこれから作るの!オペレーターの意地、見せてやるんだから!」
恋する乙女の『攻めのプロトコル』
あたしは気合いを入れ直し、午後の業務へと戻っていった。
ーーー
同時刻。インフラチームのデスクでは、一人の男が未知の脅威に対する『防壁』の構築に追われていた。
「……よし。これで俺の視界(UI)から、物理的なノイズを遮断できるはずだ」
御八代は、自身の耳に『強力なノイズキャンセリング・イヤホン』を装着し、さらにデスクのパーテーションに書類の束を積み上げて、通路側からの視界を完全にブロックしていた。
「おい一也、お前自分のデスクを要塞化して何やってんだよ。インフラの人間が物理的に孤立してどうすんだ」
昼食から戻ってきた三本木が、その異様な光景を見て呆れ果てる。しかし、御八代は極めて真剣な顔でイヤホンの片方を外し、低く答えた。
「……セキュリティパッチの適用だ。昨日の異常終了から導き出された結論は一つ。現在の俺のシステムは、三神ミソラというノードからの『直接通信』に対する脆弱性を抱えている」
「だから、ただあの子に話しかけられて、照れてパニックになっただけだろ」
「照れてなどいない!これは悪意のないゼロディ攻撃(未知の脆弱性を突く攻撃)に等しい。……いいか徳大、もしあいつがこのデスクに接近してきたら、俺の代わりにPing(応答)を返してくれ。俺は一切の外部接続を遮断する」
「……お前、45歳にもなって好きな子から逃げるためにノイキャン装備してんの?マジでダサすぎないか?」
悪友の正論すぎるツッコミにも、御八代の決意は揺るがない。
(どんないダサかろうと構わん。俺の職人としてのロジックを、これ以上あのギャルに破壊されてたまるか……!)




