Logfile_011:ゼロディ攻撃と突破される防壁
午後の業務中。
あたしは、顧客からのエスカレーション案件(インフラ側の確認が必要な技術的な問い合わせ)を見つけるや否や、即座にそれを自分のタスクとして引き受けた。
(よしっ!これでインフラチームに直接聞きに行く正当な理由ができた!)
プリントアウトした資料をクリアファイルに挟み、意気揚々とインフラチームの島へ向かう。しかし、御八代さんのデスクに近づいたあたしは、予想外の光景に目を丸くした。
「え……なにこれ。要塞?」
御八代さんのデスクの周りだけ、なぜか分厚いマニュアル本や書類の束が高く積み上げられ、外からの視界を完全に遮っている。さらに、隙間から見えるボサボサ頭には、いかにも高そうなノイズキャンセリング・イヤホンが装着され、モニターを睨みつけたままピクリとも動かない。
「お、三神さん。お疲れ」
隣の席から、三本木課長が苦笑いをしながら声をかけてきた。
「お疲れ様です……あの、御八代さん、どうしたんですか?」
「あー……今、御八代は『外部接続を遮断するパッチ』を当ててる最中でさ。俺が代わりに対応するから、要件聞くよ」
「えっ、パッチ……?でも、この案件、前回御八代さんが対応した履歴があるものなので、直接確認したくて」
あたしは諦めきれず、書類の要塞の隙間からそっと顔を覗かせた。
「御八代さーん!お疲れ様です、カスタマーサポートの三神です!」
ーーー
(……来た。未承認のパケット(声)が飛んできた)
視界の端、要塞の隙間からピンク色のネイルとバチバチのつけまつげが覗いた瞬間、御八代の心拍数は一気に跳ね上がった。
(落ち着け。ノイズキャンセリングで物理的な音声は50%カットされている。俺は今、論理的にも物理的にも完全に保護された状態だ。スルーだ。徹底的にスルーして、三本木にルーティング(転送)しろ……!)
御八代はキーボードを叩く手を止めず、画面を見つめたまま完全に無視を決め込もうとした。
「あのー、御八代さーん?聞こえてますかー?」
(くっ……!視界の端でピンク色の唇が、俺のバックグラウンド処理を圧迫してくる……!)
必死に耐える御八代だったが、次の瞬間、要塞の外から予想外の『直球』が放たれた。
「そういえば御八代さん!インフラチームには高性能なコーヒーメーカーがあるって栞から聞いたんですけど、昨日はなんでわざわざ遠くの休憩室の自販機にいたんですか?」
「っ……!!」
タイピングしていた御八代の太い指が、無残にもキーボードの上で「Kkkkkkkkkkkkk……」と虚無の文字列を打ち込み続ける。
「な、なんでって……」
思わずノイズキャンセリング・イヤホンを引き抜き、動揺を隠しきれない声を出してしまった。
隣で、三本木が「ブッ!」と噴き出すのを必死でこらえている。
「あの時、あたしと少しでも話したかったから、待っててくれたんですか?」
(ば、馬鹿な!なぜ俺の行動ログが逆算されている!?これではまるで、俺が彼女を待ち伏せしていたストーカーみたいではないか!……事実そうだが……!!)
御八代の脳内で、緊急エラーを知らせるアラートがけたたましく鳴り響いた。




