Logfile_008:パーソナルスペースのファイアウォール
「あー、やっぱり疲れた時は微糖じゃない甘いカフェオレに限るよね~」
休憩室の自販機で紙パックのカフェオレを買い、ストローを刺したその時だった。
「……」
「……えっ。お、御八代さん!?」
休憩室の奥、窓際にある丸テーブルの席。
そこには、片手にブラックの缶コーヒーを持った御八代さんが、ボサボサの黒髪を揺らして静かに佇んでいた。
(ウソ、どうしてここに!?今日の午前中はインフラチーム忙しそうだったのに!)
あたしが固まっていると、後ろから来た莉奈と栞が「うわっ、本当にいるし」「……鉄壁のインフラさんだ」と小声で囁き合った。御八代さんはあたしたちに気づくと、黒縁メガネの奥の瞳を僅かに見開いた。
「……三神さん。奇遇ですね」
(奇遇……ってことは、偶然!?運命じゃん!)
テンションが急上昇したあたしは、莉奈たちが止めるのも聞かず、御八代さんのテーブルへと小走りで駆け寄った。
「お疲れ様です!御八代さんも休憩ですか?」
「……ッ」
あたしが笑顔で距離を詰めた瞬間。
御八代さんは、まるで磁石の同極同士が反発するかのように、無言でスッと一歩後ずさった。
「え?」
「……三神さん。これ以上、パーソナルスペースという名のファイアウォールを破らないでいただきたい。」
「ふぁいあうぉーる?」
「……セキュリティ上の問題です」
御八代さんは真顔のまま、あたしとの間にきっちり『1メートル』の絶対領域保っている。
(な、なにそれ……距離感バグってるけど、警戒してる小動物みたいで可愛い……っ!)
あたしはさらにキュンとしてしまい、少し首を傾げて上目遣いで彼を見た。
「でも、少しお話しするくらい、いいじゃないですか。昨日のスーツ姿、本当に似合ってましたよ」
「……っ!」
その瞬間、御八代さんの表情は一切変わらなかったが、ブラックの缶コーヒーを握る太い指先に、ギリッ、と異常な力がこもったのが見えた。
「……レスポンスタイム遅延。心拍数、エラー値に到達。……検証、失敗。データの収集を中断し、直ちにロールバック(撤退)する」
「えっ?御八代さん?」
「……失礼。サーバーの再起動が必要です」
御八代さんは早口でよく分からないIT用語を並べると、あたしに背を向け、逃げるように休憩室から去っていった。
残されたあたしは、その後ろ姿を見つめながら、ポツリと呟く。
「……もしかして、照れてた?」




