Logfile_006:次なる検証フェーズ
「はぁ~……御八代さん、かっこよかったなぁ……」
翌日の昼休み。自席のデスクに突っ伏しながら、あたしは完全に腑抜けになっていた。昨日のスーツ姿と、あの「見事な運用スキルでした」という低い声が脳内で無限ループしている。
「ミソラちゃん、今日は朝からずっとその状態だね。なんだか幸せそう」
お弁当箱を開けながら、栞が微笑ましく見守ってくれている。
「幸せそうっていうか、完全にバグってるでしょ。顔面とろけすぎ」
莉奈は容赦なくツッコミを入れつつも、呆れ半分でペットボトルのお茶を差し出してくれた。
「だってさぁ!あの御八代さんが、あたしの仕事ぶりを認めてくれたんだよ!?もうこれ、脈ありって言ってもいいんじゃない!?」
「いや、ただの業務データを客観的に評価しただけでしょ。あのボサボサカーディガンが、そんなロマンチックな意図を持ってるわけないじゃん」
莉奈の正論パンチが突き刺さるが、今のあたしにはノーダメージだ。
(いいもん。仕事の腕を認められたってことは、彼の中で『ただのノイズ』から昇格したってことだもんね!)
ーーー
同時刻、インフラチームのデスク。周囲の社員が昼食で席を外している中、御八代はモニターを睨みつけたまま、微動だにしていなかった。
「……おい、一也。飯食いに行かねぇの?」
三本木がパイプ椅子を引きずりながら近づいてくる。御八代はゆっくりと振り返り、重々しい口調で口を開いた。
「……徳大。報告がある。俺のシステムに侵入した未知のバグだが……昨日を境に、致命的なレベルまで進行した」
「……は?」
「昨日、三神ミソラのフォーマルな姿と、彼女の『プロとしての自負』を目の当たりにした瞬間……俺のCPU温度が限界値を突破し、冷却ファン(平常心)がまったく機能しなくなった。今も、彼女の顔を思い出すだけでバックグラウンドで処理が暴走している」
深刻すぎる顔で語る御八代に、三本木は天を仰いだ。
「だから!それは!完全に惚れてるだけだって言ってんだろ!!お前、あの子のこと好きになりすぎて頭おかしくなってんじゃねぇか!」
「違う。これは仕様外の例外エラーだ。俺のロジックが、あんな親子ほど年下の女に惹かれるなどというバグを許容するはずがない」
御八代はガンとして認めず、メガネのブリッジを中指で押し上げた。
「……接触による検証はリスクが高すぎることが証明された。次なるフェーズに移行する。あいつが普段、どんなアルゴリズムで動いているのか……間接的なモニタリング範囲を広げる必要があるな」
「モニタリングってお前……それ、ただのストーカーまがいのかんさつじゃねぇか。マジでやめとけよ?」
三本木の忠告も虚しく、御八代の目は「原因究明に燃えるエンジニア」のそれに切り替わっていた。
(三神ミソラ。お前が俺のシステムに何を引き起こしているのか、必ずデバッグしてやる……)
恋心をバグと信じて疑わない45歳の不器用な監視が、ここからさらに加速していくことなど、あたしはまだ知る由もなかった。




