Logfile2_041:スタンドアロンな部屋とローカルルール
土曜日の午後一時少し前。
あたしは指定されたマンションの前に立ち、小さく深呼吸をした。築年数はそこそこ経っていそうだけど、綺麗に管理された静かなマンション。この一室に、あの御八代さんが住んでいる。
「ふぅ……緊張する……!」
私服は気合いを入れつつも動きやすい薄ピンクのニットとデニムスカート。手にはデパ地下で買ってきた手土産と、今夜あたしが腕を振るうための食材が入った買い物袋。
そしてリュックの中には、お泊り用の着替えもしっかり忍ばせてある。
エレベーターで上がり、目的の部屋のインターホンを押すと、一瞬の静寂のあと、少し裏返った声がスピーカーから聞こえてきた。
『あ、三神さんか。どうぞ、入ってくれ』
カチャリと解錠の音が響き、ドアが開く。
そこに立っていたのはーー普段のスーツ姿とは違う、グレーのダボッとしたカーディガンに、少しフレームの太い部屋用メガネをかけた御八代さんだった。
「いらっしゃい。……その、よく来てくれた」
ボサボサの黒髪を照れくさそうに掻く姿が、たまらなく愛おしい。普段の『鉄壁のエンジニア』のプロテクトが外れた、素の御八代一也がそこにいた。
「お邪魔しまーす!御八代さん、そのカーディガン姿、めっちゃ可愛いです!」
「か、可愛いはやめてくれ……。とにかく中へ」
玄関で靴を脱ぐと、御八代さんは新品の来客用スリッパをスッと差し出してきた。
「我が家のローカルルールを説明しておく。廊下の左手はバスルーム、奥がメインリビングだ。電源コードやLANケーブルが一部壁際に敷設されているため、足を引っ掛けないよう足元には十分注意してほしい」
「あはは、了解です!コード注意ですね」
おずおずとリビングのドアを開けると、あたしは思わず「うわぁ……!」と声を漏らした。
そこはまさに、御八代さんの頭の中をそのまま部屋にしたような空間だった。
壁一面の本棚には、ぎっしりと並んだ分厚いIT技術書。部屋の隅には小型のサーバーラックとマルチディスプレイのデスク。無駄な飾りやインテリアは一切なく、黒とグレーと木目で統一された、完全な『スタンドアロンシステム』。
「……言ったろう。君が好むようなお洒落な要素は皆無だ」
後ろで御八代さんが申し訳なさそうに肩を落とす。
だけどあたしには、その部屋が彼が長年大切に守ってきた『個人の城』に見えて、胸がキュンと熱くなった。
「ううん、すごく素敵です!御八代さんらしくて、あたしこのお部屋、大好きです!」
あたしがパッと笑顔で振り返ると、彼はメガネの位置を直すフリをしながら、真っ赤になった顔を背けた。
「そ、そうか……。なら、よかった。……じゃあ、お茶でも淹れよう。君はソファに掛けていてくれ」
「あ、あたしも手伝います!」
会社でも外のデートでもない。あたしたち二人だけの、秘密の通信がここから始まるんだ。




