Logfile2_040:ホーム環境のアクセス権
あの金曜日の居酒屋から、週末を挟んだ月曜日の昼休み。
あたしのスマホには、1通のLINEが届いていた。
『(御八代)本日も高負荷な業務が予想される。適宜休憩を挟み、リソースの枯渇に注意してほしい』
メッセージの末尾には、この前あたしが無理やりダウンロードさせた『うさぎがお辞儀をしているスタンプ』が添えられている。
「ふふっ……」
「……ねぇ栞。ミソラがスマホ見て不気味な笑い方してるんだけど」
「放っておきなよ莉奈ちゃん。御八代さんからうさぎのスタンプが届いてデレデレしてるだけだから」
社内食堂のテーブルで、二人に生暖かい目で見守られながら、あたしはスタンプひとつでこんなに胸がキュンとする自分に呆れていた。
要件だけの無機質な文字だったLINEが、ほんの少しずつ『あたしたちらしい会話』にアップデートされている。それがたまらなく嬉しかった。
対等な恋人としての第一歩を踏み出した今、あたしの胸には新たな好奇心が芽生えていた。
(会社でも、デートの時でもない……普段の御八代さんをもっと知りたい)
どんな部屋に住んでいて、休日はどんな風にすごしているんだろう。一度思い立つと、もう居ても立ってもいられなかった。
その日の退勤間際。あたしは意を決して、定時ぴったりに片づけを終えたインフラチームの島へと向かった。
「御八代さん、少しお時間いいですか?」
黒縁メガネを押し上げて振り返った彼に、あたしは真っ直ぐ視線を合わせて言った。
「今週末の土曜日、御八代さんの……お家に行ってもいいですか?」
「……っ!?」
御八代さんは手に持っていたUSBメモリをコロコロとデスクに落とした。
隣の席で書類をめくっていた三本木課長が、「ぶふっ」と盛大にコーヒーを吹き出している。
「み、三神さん。俺の自宅……つまりプライベートなホーム環境か?一体なぜ……」
「だって、あたしたち付き合ってるんですよ?御八代さんが普段どんなお部屋で過ごしてるのか知りたいし……それに、あたしがご飯作ってあげたいなって」
「手料理……」
御八代さんはフリーズし、黒髪の隙間から覗く耳の先をみるみる真っ赤に染め上げた。
「……俺の部屋には、君が好むようなエンタメ設備や内装はない。ただ機材と技術書が乱立しているだけの殺風景な空間だ」
「全然気にしません!あたしが行きたいんです」
あたしが少し上目遣いで訴えると、彼はゴクリと唾を飲み込み、観念したように黒縁メガネの奥の瞳を揺らした。
「……了解した。土曜日の13時、我が家へのアクセス権を許可する」
「やったー!楽しみにしてますね!」
あたしはパッと笑顔を弾けさせ、スキップを踏みそうな勢いでフロアを後にした。
背後で「一也ぁ、部屋のデバッグ死ぬ気でやれよ」という三本木課長の楽しげな声が聞こえたけれど、今のあたしの耳には届いていなかった。




