Logfile2_039:P2P(ピアツーピア)への移行
帰り道の夜道。
あたしたちは、少し気まずい沈黙を保ったまま駅へと歩いていた。
少し言い過ぎちゃったかな、と反省しつつも、このモヤモヤは最初に解決しておかないと、絶対に後を引くとおもったのだ。
「……三神さん。先ほどはすまなかった」
ぽつりと、隣を歩く御八代さんが立ち止まり、口を開いた。
「俺は……これまでの人生において、誰かと対等に歩むという経験が著しく欠如している。特に君とは年齢差があるため、無意識のうちに『俺がホストとして、クライアントにサービスを提供する』という、階層的なネットワーク構造を構築してしまっていたようだ」
(また難しいIT用語……。でも、言いたいことはなんとなくわかる)
要するに、頼れる大人の男としてリードしなきゃいけないって、一人で背負い込んじゃってたんだ。
御八代さんは真っ直ぐにあたしを見下ろした。
「君の言う通りだ。恋人という関係は、一方がリソースを供給し続ける『クライアント・サーバ型』であってはならない。互いに対等にデータをやり取りする、『ピアツーピア』のモデルであるべきだった」
「ぴあつーぴあ……」
「これからは、食事の費用も、君が負担にならない範囲でシェアをしよう。その方が、君も気兼ねなく俺を食事に誘えるだろうからな」
その不器用だけど真摯な提案に、あたしの胸のつかえがスッと取れていくのがわかった。
「……はい!あたし、御八代さんにおいしいもの奢ってあげるために、これからもトップオペレーターのボーナス死守しますからね!」
「それは頼もしいな」
御八代さんはフッと柔らかく笑うと、少し恥ずかしそうにポケットからスマホを取り出した。
「それと……非同期通信の件だが。俺にはスタンプという文化のログが存在しない。……だから、君が適切なパッケージを、俺の端末にインストールしてくれないか」
「えっ……!」
「意味のない雑談も……少しずつだが、学習モデルを回していく努力をする。だから、見捨てずにデバッグに付き合って欲しい」
(……もう、本当にこのオジさんは!)
年齢も、価値観も、コミュニケーションの取り方も全然違う。
だけどこの人は、いつだってあたしの気持ちを理解して、自分自身のシステムをアップデートしようと努力してくれるのだ。
「仕方ないなぁ。じゃあ、まずは可愛いうさぎのスタンプをダウンロードさせてあげますね!1日1回は絶対送ること!いいですか?」
「あ、ああ……善処する……」
秋の夜風の中、並んで歩く距離が、さっきよりも少しだけ近い。
あたしたちは一つのエラーを乗り越え、また少しだけ『対等な恋人』に近づくことができた。
駅のホームで彼と別れた帰り道。
スマホの画面には、さっそく御八代さんから送られてきた『うさぎがお辞儀をしているスタンプ』が表示されていた。
(ふふっ、本当に不器用なんだから)
画面を見つめていると、ふと、もっと彼の素顔を知りたくなってくる。
会社では鉄壁のインフラエンジニア。でも、休日はあのグレーのカーディガン姿で、家でどんなふうにすごしているんだろう?
対等な関係になったなら、いつか彼の「プライベートな空間」も見て見たいなーー
ーーなんて。
少しずつ広がっていく彼との未来に思いを馳せながら、あたしはうさぎのスタンプに、ハートのスタンプを一つだけ返した。




