Final_Log:二人の要件定義書
待ちに待った、日曜日。
御八代さんと恋人同士になって初めての、正式なデートの日だ。
「よしっ!今日のUI(服)は完璧!」
姿見の前で、あたしはクルリと回った。
前回の『微糖仕様』よりも少しだけ攻めた、秋色のマーメイドスカートにショート丈のカーディガン。足元はたくさん歩けるように、でも可愛さは損なわない厚底のダッドスニーカーを合わせている。
駅前の待ち合わせ場所に着くと、すでに御八代さんが立っていた。
今日は三本木課長に見立ててもらったジャケットではなく、彼自身が選んだらしい落ち着いた黒のステンカラーコートを着ている。少し無骨だけど、大人の男って感じでやっぱりかっこいい。
「御八代さん!お待たせしました!」
「……三神さん。おはよう」
あたしが駆け寄ると、彼は黒縁メガネの奥の瞳を少し見開き、あたしを上から下までスッと確認した。
「……今日のUIも、非常に優れたデザインだ。視覚的ノイズが抑えられつつも、アクティブな稼働(歩行)を想定した足元のハードウェア(スニーカー)選定……素晴らしい要件定義だと思う」
「あはは、誉め言葉がIT用語だらけ!でも、ありがとうございます」
相変わらずの不器用な褒め方に、あたしは嬉しくなって自然と彼の腕に自分の腕を絡ませた。
「っ……!」
御八代さんの体がビクッと硬直する。
「えへへ、もう恋人同士(セッション確立済み)なんだから、これくらいは『仕様』ですよ?」
「……い、いや、その通りだが……俺のメモリがまだ追いついていない……」
耳を真っ赤にしてフリーズするオジさんが可愛くて、あたしはクスクス笑った。
「で?今日の『ルーティング(行き先』は、御八代さんに一任するってことでしたけど、どこに行くんですか?」
「ああ、それだが」
御八代さんはコホンと咳払いをして平常心を取り戻すと、コートの内ポケットから。A4サイズに綺麗に三つ折りされたプリントアウト用紙を取り出した。
「……何ですか、これ?」
「本日の、デート進行手順書だ」
開かれたプリントには、タイムスケジュールが15分刻みでビッシリと印字されていた。
『10:15 〇〇駅発』『11:00 ベイエリア大型商業施設着』『11:30 最新スイーツ(パンケーキ)の実地検証』『13:00 アパレル層の周回』……。
「えっ……これ、全部御八代さんが調べたんですか?若い子が集まるようなスポットばっかり……」
「当然だ。25歳の君のニーズを満たすためには、俺のレガシーな価値観(休日は家で技術書)を押し付けるわけにはいかない。昨晩、徹底的にクローリング(検索)して、最も満足度の高いルートを構築した」
自身満々に語る御八代さん。
あたしのために、慣れない若者のトレンドを一生懸命調べてくれたんだ。その不器用な愛情が嬉しくて、あたしは「さすがインフラの神様!」と拍手喝采で彼の手を引いた。
だが、この時のあたしはまだ気づいていなかった。
『15分刻みの完璧なスケジュール』を、45歳の体力で1日中遂行することが、どれほどのオーバーヒートを招くのかということに。
ーーー
「わぁーっ!御八代さん見て見て!この秋の新作バッグ、すっごく可愛い!」
午後14時。ベイエリアの大型ショッピングモール。
あたしたちは、広大なフロアを西へ東へと歩き回っていた。
話題のスイーツを食べ、SNSでバズっている雑貨屋を巡り、今は若者向けのアパレルショップにいる。
「うむ。デザイン性と収納力のバランスがいいな。買おう」
「えっ、いいですよ!見てるだけで楽しいから!」
「いや。俺が決済トランザクションを通す。遠慮はいらない」
御八代さんはスマートにクレジットカードを出し、あたしの欲しがったものを次々と買ってくれた。大人の余裕を見せてくれるのは嬉しいんだけど……。
「……御八代さん、なんだか口数減ってませんか?疲れてないですか?」
ふと見上げると、彼の顔色が少し悪いように見えた。
いつも背筋がピンと伸びているはずの背中が、わずかに丸まっているし、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「疲労などしていない。現在のスケジュールはオンタイムで進行中だ。次は……南棟の3階にある、期間限定のコスメポップアップストアだな。移動距離が400メートルある。行くぞ」
「えっ、でも、ちょっと座って休みませんか?カフェとか……」
「不要だ。俺が構築した手順書通りにタスクを消化すれば、君の満足度は最大化されるはずだ」
御八代さんは頑なに休もうとせず、手元のプリントと腕時計を交互に見つめている。その歩みは、朝の駅前での軽快さとは打って変わって、明らかに重かった。
(……そっか。御八代さん、45歳だもん。休日はずっと家にいるインドア派なのに、人混みの中を何時間も歩き回ったら、そりゃ疲れるよね……)
あたしは25歳。毎日コールセンターで座りっぱなしとはいえ、休日は友達と一日中遊び回る体力がある。でも、彼は違うのだ。あたしを喜ばせようと必死に『若者のデート』に付き合ってくれているけど、その「ハードウェアの性能差」は、気持ちだけではどうにもならない残酷な現実だった。
「御八代さん!あたし、足痛くなっちゃいました!」
あたしはわざとらしくしゃがみ込み、スニーカーの踵を押さえた。
「なっ、なんだと!?ハードウェア(靴)の選定ミスか!?すまない、俺のパケット監視が甘かった……すぐにあそこのベンチに……!」
御八代さんは焦ったように、あたしを近くの休憩スペースへと誘導した。
ーーー
モールの片隅にあるベンチ。
御八代さんは自販機でミネラルウォーターを買ってきて、あたしに差し出した。
「痛みはどうだ?靴擦れなら、ドラッグストアでパッチ(絆創膏)をダウンロード(購入)してこよう」
「ふふっ、絆創膏をダウンロードって。……ううん、大丈夫です。嘘だから」
「嘘……?」
あたしが申し訳なさそうに見つめると、御八代さんはきょとんとした。
「足が痛いのは嘘です。御八代さんが、すごくしんどそうだったから」
その言葉に、御八代さんの動きがピタリと止まった。
「……あたしのために、慣れないことして、無理して予定立ててくれたのはすごく嬉しいです。でも、御八代さんが疲れて倒れちゃったら、あたしの満足度なんてゼロどころか、マイナスになっちゃいますよ」
あたしが素直な気持ちを伝えると、御八代さんは手に持っていた自分の分のコーヒー缶を見つめ、深く息を吐いた。
「……情けないな。俺は」
いつも自身に満ちたインフラの神様の声が、どこか弱々しく聞こえた。
「俺は、君よりも20年も古いレガシーシステムだ。知識や経験というキャッシュはあるが、基礎的なハードウェアの体力は、確実に劣化している」
彼は自嘲気味に笑い、隣に座るあたしの方を見ないまま続けた。
「君が同世代の男(神楽坂のような最新スペック)と付き合えば、こんなところで休憩などせず、夜まで全力で楽しめるはずだ。……俺は、彼氏としてのSLA(品質保証)すら、まともに維持できない」
胸が、ギュッと締め付けられた。
御八代さんがBBQの時からずっと抱えていた『年齢のコンプレックス』。
付き合い始めたからといって、20歳差という事実が消えるわけじゃない。あたしにとっては気にならないことでも、大人の彼からすれば「若い彼女の時間を奪っている、縛り付けているのではないか」という重いプレッシャーになっているのだ。
「……馬鹿言わないでください」
あたしは、彼の手に握られた缶コーヒーに自分の手を重ねた。
「あたしは、朝から晩まで遊び回りたいから御八代さんと付き合ったわけじゃないです。疲れたらこうやってベンチに座って、少し遅いペースで、隣で缶コーヒーを飲んでくれる……そういう『大人な御八代さん』が好きだから、今日ここにいるんですよ」
「三神さん……」
「だから、無理して若い子にバージョンを合わせようとしないでください。あたしたちのペース(最適な要件)は、これから二人で、少しずつすり合わせていけばいいんですから」
あたしがにっこりと笑いかけると、御八代さんは目を見開き、やがてフッと憑き物が落ちたように柔らかく微笑んだ。
「……ああ。そうだな。システムの同期には、焦りは禁物だった」
20歳の年齢差。
それは確かに、体力も、見ている世界も違う大きな壁だ。
でも、だからこそ、互いの違いを認識し、補い合いながら『二人だけの新しいプロトコル』を作っていく楽しさがある。
初デートの午後は、甘いだけじゃない、年の差カップルとしての最初の「エラーと修復」を経験した、大切な時間になったーー
ここまで『オジさんに恋した三神さん』をお読みいただき、本当にありがとうございました!
不器用で理屈っぽい45歳のインフラエンジニアと、一途でポジティブな25歳ギャルの、IT用語だらけのすれ違い恋愛、いかがでしたでしょうか。
最初は「システム障害」と言い張って逃げ回っていた御八代ですが、ミソラの情熱に見事にハッキングされ、最後は二人だけのペースを見つけることができました。
二人の甘くて不器用な『運用フェーズ』はこれからも続いていきますが、物語としてはここで一旦、正常終了(完結)とさせて頂きます。
これまで応援してくださった皆様、感想や評価をくださった皆様、本当にありがとうございました!
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