Logfile_031:クリティカルエラーと再起動
ゴォォォォ……というサーバーの冷却ファンの重低音だけが響く第2サーバー室。
あたしはラックに手をついたまま、至近距離で御八代さんを真っ直ぐに見つめていた。
「さあ、答えてください。あたしのこと、どう思ってるんですか」
逃げ場のない密室。
御八代さんは黒縁メガネの奥で激しく視線を揺らし、まるで高負荷に耐えかねたシステムのように、浅く、早い呼吸を繰り返していた。
「……三神、さん。君は、わかっていない」
絞り出すような、ひび割れた声。
「俺は、君より20年も長く生きている。その分、システム(心)は硬直し、不要なキャッシュ(しがらみ)ばかりが蓄積されている。君のような新しく、美しく、可能性に満ちたシステムに、俺みたいな旧式のポンコツが接続すれば……君の未来に、重大なエラーを引き起こすだけだ」
それが。45歳の彼が必死に組み上げた、最後のファイアウォールだった。
『君のためにならないから』という、大人としてのズルくて悲しい防壁。
「……バカみたい」
あたしは小さく息を吐き、ラックについていた両手を離した。そして、そのまま御八代さんのグレーのカーディガンの胸ぐらを、ギュッと両手で掴んだ。
「っ!?」
「あたしの未来にエラーが起きるかどうかは、あたしが決めることです。トップオペレーターのあたしが『あなたというシステムが必要だ』って言ってんのに、勝手に仕様外判定しないでよ!」
御八代さんは目を見開き、言葉を失っていた。
カーディガン越しに伝わってくる彼の心音は、まるでアラートのように激しく、早く打ち鳴らされている。
「あたしは、あなたが仕事に向き合うその背中が好きです。理屈っぽくて不器用なところも、あたしの前だけ真っ赤になってパニックになるところも、全部好きです」
「……み、三神、ミソラ……」
「あたしのこと、女として好きじゃないなら、今すぐあたしを突き飛ばして、この部屋から出て行ってください」
あたしは目を閉じ、彼からの『応答』を待った。
拒絶される恐怖は、当然ある。でも、ここまで来てエラーを恐れていたら、インフラの神様は落とせない。
ー1秒。
ー2秒。
ー3秒。
サーバーの排気音が、永遠のように長く感じられた、その時。
「……っ、この、バグ(ポンコツ)め……!」
悪態をつくような低い声と共に、あたしの腰に太く力強い腕が回された。
ギュッと、息が止まるほどの強さで、大人の男の厚い胸板に抱き寄せられる。
「あ……」
「……突き飛ばせるわけが、ないだろう。……俺のシステムは、とうの昔に君に完全に掌握されている」
耳元で囁かれたその振るえる声には、もう何の言い訳も、親心のロジックも混ざっていなかった。
ただの、不器用な一人の男の、降伏宣言だった。




