Logfile_030:強制アクセス権の行使
「えっ?み、三神さん!?」
神楽坂くんが鳩が豆鉄砲を食ったような顔で振り返る。あたしは彼を一切見ず、ただ真っ直ぐに、デスクで固まっているボサボサ頭のオジさんだけを睨みつけていた。たまたま書類を届けに来たら、信じられない相談が聞こえて来たのだ。
「神楽坂くん、ごめんね。あたし、そういう対象として見られないから。お食事もお断りします」
「あ、えっ……は、はい。すみません、俺、なんか出しゃばったこと……」
神楽坂くんは申し訳なさそうにペコペコ頭を下げると、空気を読んでサッと自席へ戻っていった。
ごめんね。君は悪くない。悪いのは全部、そこの逃げ腰オジさんだ。あたしはズンズンと足音を立てて御八代さんのデスクに歩み寄ると、彼の腕をガシッと掴んだ。
「三本木課長、御八代さん、ちょっとお借りしますね!」
「おー、やっちまえ三神さん。ついでにサーバー室の空気も入れ替えといてくれ」
「ちょとまて徳大!?三神さん、業務中だ、手をーー」
あたしは御八代さんの講義を無視して、彼をフロアの奥にある『第2サーバー室』へと引きずり込んだ。ここは空調のファンの音が大きく、外に声が漏れない。密室の空間だ。
「……何のつもりだ。業務ログの確認中だったんだが」
御八代さんは視線を泳がせながら、無機質なサーバーラックを背にして後ずさった。
「何のつもりって、こっちのセリフですよ。なんで神楽坂くんに『応援する』なんて言おうとしたんですか」
「言っていない。……俺は、何も言っていない」
「言おうとしてたでしょ!『君たちなら最適な組み合わせだ』とか、また訳のわからないIT用語使って、自分を納得させようとしてたんでしょ!」
図星を突かれ、御八代さんはグッと唇を噛んだ。
「……事実だ。俺のような45歳の旧式システムが、25歳の君のキャリア(未来)に干渉するなど、倫理的にも論理的にもバグでしかない。君には、彼のような同世代のーー」
「うるっさい!!」
あたしはドンッ!と両手で御八代さんの背後のサーバーラックを叩いた。いわゆる、壁ドン(ラックドン)だ。ゴォォォォというサーバーの冷却ファンの音だけが響く中、あたしは至近距離で彼を睨みつけた。
「論理とか、システムとか、年齢差とか。そんなダサい言い訳で逃げないでよ。BBQの時、あたしが神楽坂くんに触れられそうになったの見て、本気で怒ってたじゃないですか。あれは親心なんかじゃない。ただの『男の嫉妬』でしょ」
「……っ」
「オジさんぶって余裕なフリして、本当はあたしのこと、一人の女として意識してるくせに」
あたしが吐息がかかるほどの距離でそう告げると、御八代さんの黒縁メガネの奥の瞳が、かつてないほど激しく揺れ動いた。
もう退路はない。
理屈をこね回す不器用な職人を完全に陥落させるための、最終プロトコルの実行だ。




