Logfile_029:致命的な要件定義
(……落ち着け。平常心だ。俺はインフラのプロフェッショナルだぞ……!)
御八代一也は、デスクのモニターに映る無意味なコマンドプロンプトを眺めながら、脳内で必死に自己暗示をかけていた。
三神ミソラへの感情が『恋』であると認めてしまった以上、これまでの「親心」という言い訳は一切通用しない。彼女が近づいてくるだけで、意識がショートしそうになる。
だが、俺は45歳だ。
25歳の、未来ある彼女のシステムに、こんな旧式のレガシーシステムが介入していいはずがない。俺のバグ(恋心)は、俺の中だけで完全にシャットダウン(封印)しなければならないのだ。
「あの、御八代さん。ちょっとご相談があるんですが」
そこへ、若手エンジニアの神楽坂が遠慮がちに声をかけてきた。
「……なんだ、神楽坂。サーバーのトラフィック異常か?」
「いえ、業務のことじゃなくて……その、三神さんのことなんですけど」
『三神ミソラ』という名前に、御八代の心臓がドクリと嫌な音を立てた。
「昨日のBBQで、三神さんと少し話せたじゃないですか。御八代さんが俺たちを同じ班にしてくれたおかげです」
神楽坂は照れくさそうに頭を掻いた。
「俺、その……三神さんのこと、すごく素敵だなって思いまして。もし良かったら、今度個人的に食事にでも誘ってみようかと思うんです。……御八代さん、協力してくれませんか?」
「…………」
御八代の時間が、完全に停止した。
神楽坂陸。26歳。年齢的にもスペック的にも、三神ミソラと完璧な互換性を持つ、未来ある最新ハードウェア。インフラのプロとして、そして大人として、導き出すべき答えは一つだ。
(『ああ、応援する。お前たちなら最適な組み合わせだ』……そう、言うんだ。言え、御八代一也。お前の醜いバグをアンインストールして、正しいルーティングをーー)
脳内の論理回路が懸命にエラーを修復しようとする。
しかし、口が、喉が、どうしても動かない。拳を握りしめる力が強くなりすぎて、爪が手のひらに食い込む。
(嫌だ。あいつを、他の男に接続(渡)したくない……っ!)
「……神楽坂」
沈黙に耐えかねた御八代が、かすれた声で口を開きかけた、その時だった。
「ごめんね神楽坂くん。その要件、あたしから直接『エラー』を返させてもらっていい?」
インフラチームの島の入口に、腕を組んで仁王立ちする三神ミソラが立っていた。




