Logfile_002:解読不能の例外処理
昨日のシステムエラー対応から一夜明けても、あたしの胸のキュンキュンは全く収まる気配を見せていなかった。
(はぁ~……マジでなんなのあのオジさん。あんな無骨な指先でブラインドタッチされたら、落ちない女子なんていないでしょ……!)
出社して早々、あたしは自席でコーヒーを飲みながら、インフラ保守デスクの方を盗み見ていた。御八代さんは今朝もいつも通り、難しそうな顔でモニターに向かってキーボードを叩いている。
「ミソラ、朝から視線が露骨すぎるって。穴が開くよ」
隣の席に着くなり、莉奈が呆れ顔でノートPCを開いた。
「だってさぁ!昨日の『CPUの熱量より高い視線』とか、めちゃくちゃ格好よかったし!」
「いやいや、落ち着きなよ。意味わかんないからね、そのCPUのなんちゃらとか。それに……相手はあのボサボサカーディガンだよ?45歳の無骨オジさんだよ?あんた限界突破しすぎっしょ!」
莉奈がストレートなツッコミを炸裂させる。
「年上が好きとは知ってたけど、流石に20歳差だよ?ミソラが生まれた時、あの人もう25歳で社会人やってんだからね?」
「うぐっ……数字で言うのはやめて……!」
莉奈の容赦ない現実的ツッコミにうめいていると、後ろの席から栞が落ち着いた足取りでやってきた。
「莉奈ちゃん、あんまりミソラちゃんをいじめないの。でもミソラちゃん、本当に本気なの?」
「本気!あたし、御八代さんのこと本気で落としにいくから!」
あたしが宣言すると、栞は少し考え込むようにあごに手を当てた。
「そっか……。でも、社内でも『鉄壁のインフラ』って呼ばれてるくらいだし、難易度高いと思うよ。他部署の女子社員から話しかけられても、業務以外の会話はすべて『ノイズです』って一蹴しちゃうらしいから」
栞から聞く客観的な事実に、あたしは思わず生唾を飲み込んだ。
(会話をノイズ扱いとか、ガード?だよね。固すぎでしょ……!)
だけど、そんなことで諦めるあたしじゃない。
「よしっ、決めた!まずは差し入れからアタック開始ね!」
昼休み直前。あたしは自販機で、彼がいつも飲んでいるブラックの缶コーヒーを買い求め、インフラチームのデスクへと向かった。するとちょうどそこへ、廊下から御八代さんが歩いて戻ってくる。
「あ!御八代さん!これ!昨日は神速のシステム修正、本当にありがとうございました!お礼ですっ!」
とびっきりの笑顔で缶コーヒーを差し出す。
だが、御八代さんは視線を缶コーヒーからあたしの顔へとゆっくり移動させると、眉ひとつ動かさずに冷淡な声を発した。
「……三神さん。お礼など不要です。僕は自分の業務を行ったに過ぎません」
「えっ……でも、あたしのミスじゃなくて神楽坂くんの―」
「理由の如何を問わず、業務上の対応に対する個人間の物品授受は不要です。……失礼、ログの監視業務がありますので」
(ーーっ!?一刀両断!?)
微動だにしない表情、完全にビジネスライクなトーン。一切のつけ入る隙を与えないその態度に、あたしは息を飲んだ。隣で見ていた三本木課長が、苦笑しながら助け舟を出してくれた。
「おいおい御八代、そう突っぱねるなよ。三神さんも気を使って買ってきてくれたんだからさ」
「業務外のノイズを社内に持ち込むのは作業効率の低下を招く。例外は認めない」
一切ブレない御八代さんは、あたしの脇を平然と通り過ぎ、自席に座るとすぐさまモニターに向かい直した。取り付く島もない対応にショックを受けつつも、あたしはその無愛想でブレない立ち振る舞いに、ますます胸を撃ち抜かれていた。
ーーー
(……やはり、あのオペレーターの存在自体が規則性を乱している)
三神ミソラがさった後。御八代一也は、表情ひとつ変えずにモニターのログをスクロールさせながら、脳内で異例のデータ分析を実行していた。
(昨日、彼女に注視されて以降、俺のセルフチェック機能において通常業務の思考リソースが3割削られる現象が継続している。……そして先ほど、彼女が距離を詰めて接触を図ってきた際、応答処理に0.4秒の微小な遅延が発生した)
周りに他の社員がいないことを確認し、三本木が椅子を回転させて肘をついた。
「おい一也。お前ほんと愛想ねぇな。せっかく若い子が差し入れ持ってきてくれたんだから、少しは柔らかく対応しろよ」
課長としての顔を捨て、同期としてのフランクなトーンで呆れる三本木に、御八代は深いため息をついた。同期の前だけの素の顔だ。
「……徳大、茶化すな。こっちは真剣に困ってるんだ」
「は?困ってるって何がだよ」
「三神ミソラだよ。あいつと接触するたびに、俺のシステム内で再現性のあるエラーが発生してる。思考リソースの3割が持っていかれて通常業務に遅延が出るんだ。……明らかに異常事態だろ」
頭を抱える御八代を見て、三本木は爆笑しそうになるのを必死でこらえた。
「……お前、まさか本気で言ってんのか?それ、ただ動揺してドキドキしてるだけだろ。45歳にもなって恋心をバグ扱いすんなって」
「恋……?馬鹿言うな」
御八代は真顔でメガネのフチを押し上げた。
「俺とあいつは20歳差だぞ。親子ほど年が離れた相手にそんな感情が湧くわけないだろ。論理的に考えてあり得ない。……これは外部からの未知のノイズによるシステム障害だ。放置できるかよ。職人としてのロジックに関わる。近いうちに三神ミソラのデータを収集して、原因を特定してデバッグする」
「デバッグって……結局自分からあいつのこと観察しにいくんじゃねぇか」
三本木はニヤニヤしながら缶コーヒーをあおった。
職人エンジニアの論理とギャルオペレーターの情熱のすれ違いは、同期の課長も巻き込みながら、おかしな方向へと加速し始めていた。




