Logfile_017:セキュリティインシデント(報告会)
「……はぁ!?手繋いだ!?しかもパンケーキの『あーん』付き!?」
月曜日の朝。始業前のフロアで、莉奈が素っ頓狂な声を上げた。
「しーっ!莉奈、声が大きいってば!」
「いや、無理でしょ!あのボサボサカーディガン相手に、休日の1回戦でそこまで突破したの!?どんだけ優秀なハッカーなのミソラ!」
莉奈がバンバンと机を叩く横で、栞は少し興奮した様子で口元を押さえていた。
「すごいよミソラちゃん。……でも、よく考えてみて。あの御八代さんが、ミソラちゃんが使ったフォークからパンケーキを食べたってことは……それ、完全に『関節キス』だよ」
「……えっ」
「普段、他人の気配すら『ノイズ』って言って遠ざける極度の潔癖(?)エンジニアが、物理的な粘膜接触の痕跡を許容した。これ、セキュリティの観点から言えば、完全にファイアウォールが崩壊してる証拠じゃないかな」
栞の論理的かつロマンチックな解説に、あたしは顔から火が出そうになった。
(か、関節キス……!そ、そこまで考えてなかった……!!)
ーーー
同時刻。インフラチームのデスクでは、一人の男が頭を抱えて机に突っ伏していた。
「……終わった。俺のシステムはもう、完全に汚染された……」
「朝からどうした一也。例の実地調査、そんなにやばかったのか?」
出社してきた三本木が、缶コーヒーを置きながら笑いかける。御八代はゆっくりと顔を上げ、クマの酷い目で悪友を睨みつけた。
「……マルウェア(甘いパンケーキ)を、直接ポート(口)に流し込まれた。しかも、彼女が使用したハードウェア(フォーク)を介してだ」
「ブッ!!お前、それってつまり……!」
「さらに帰路において、物理的衝突の危機からノード(三神ミソラ)を保護するため、俺の方から物理的接続(手首ホールド)を確立してしまった。……昨晩からCPU温度が全く下がらない。今朝は彼女の笑顔を思い出しただけで、タイピングを3回もミスした」
深刻なインシデント報告のように語る御八代に、三本木は腹を抱えて笑い転げた。
「ダハハハハッ!!お前、もうそれ完全位『恋煩い』以外の何物でもねぇよ!!諦めろ、お前の負けだ!」
「負けてたまるか!!これはただの局地的なバグだ!俺の職人としての誇りにかけて、必ず正常な状態(平常心)にロールバックしてみせる……!」
意地を張る45歳のエンジニアだったが、その声にはもはやかつての鉄壁の覇気は残っていなかった。




