Logfile_016:物理的パケットロスの回避
カフェを出た後、あたしたちは駅へ向かう大通りを歩いていた。
パンケーキの一件以来、御八代さんは口数が極端に減り、黒縁メガネの奥の視線はずっと泳いだままだ。
(完全に効いてる……!あの鉄壁オジさんの耳が、まだほんのり赤い!)
あたしは内心でガッツポーズを決めながら、彼の半歩後ろをウキウキと歩いていた。ネイビーのジャケットを着た彼の広い背中は、休日の雑踏の中でもひときわ目を引く。
その時だった。
駅前広場で何かのイベントがやっていたらしく、突然、ドッと人の波が押し寄せてきた。
「きゃっ!」
すれ違いざま、大きなリュックを背負った人に肩をぶつけられ、あたしはバランスを崩した。ヒールが大きく傾き、アスファルトに倒れ込みそうになった、その瞬間。
「……危ない」
強い力で、腕をグッと引っ張られた。
気がつくと、あたしは御八代さんの胸の中にすっぽりと収まるように抱き寄せられていた。コーヒーと、ほのかなフリスクの香り。そして、ジャケット越しに伝わってくる、大人の男の厚い胸板と体温。
「あ……」
「……不注意だ。このエリアは現在、異常なトラフィック(人混み)が発生している。物理的な衝突によるノイズ(怪我)を回避するため、僕から離れるな」
御八代さんは真顔のままそう言い放つと、あたしの手首を太い指でガッチリと掴んだ。
「……えっ、手?」
「物理的接続による保護だ。はぐれた場合、再探索に割くリソースが無駄になる」
「ハードウェア……リンク……」
完全に手を繋いでいる(厳密には手首を掴まれている)状態なのに、出てくる言葉は相変わらず意味不明なIT用語だ。でも、その掴む手はとても優しくて、人波からあたしを庇うように少し前を歩いてくれるその背中が、たまらなく頼もしかった。
(……ズルい。理屈ばっかりで不器用なくせに、こういう時だけ大人なんだもん)
駅の改札に着くまで、彼があたしの手首を離すことはなかった。その間、あたしの心拍数はずっとレッドゾーンを振り切ったままで、今日一番の致命的なエラーを起こしていた。




