第9話 見えるものだけで、人を決めるな
七人が家へ来て七日目。
一週間。
たったそれだけなのに。
朝起きて。
七人分の足音がして。
食卓が騒がしくて。
誰かが何かをひっくり返して。
誰かが喧嘩して。
俺が止める。
そんな毎日の方が、もう普通になり始めていた。
「フェルナ」
「なに?」
「口についてる」
「どこ?」
「右」
左を拭く。
「逆だ」
「こっち?」
「そこ」
「取れた?」
「まだ」
「アルド取って!」
「自分でやれ」
「見えない!」
「セレス、教えてやってくれ」
「フェルナ、もう少し上」
「ここ?」
「下」
「どっち!?」
「動かないで!」
朝から騒がしい。
その横でノエルは黙々とパンを食べ。
ラグナは昨日から自分で切るようになった干し肉を妙に丁寧に切っている。
リシェルは食卓へ本を持ち込もうとして。
「飯の時は本を閉じろ」
「……あと三行」
「三行読んだら次の三行読むだろ」
「…………」
「閉じろ」
「うん」
渋々閉じた。
ミレアはユラのスープが熱くないか確認している。
「ふーってして」
「ふー」
「もう一回」
「ふー」
「もういい?」
「たぶん」
「たぶん?」
「ちょっと飲んでみて」
ユラが一口。
「だいじょうぶ」
「よかった」
そして。
セレスは。
いつものように妹たち全員を見ていた。
「セレス」
「なに?」
「自分の飯冷めるぞ」
「食べてる」
「さっきからほとんど減ってない」
「…………」
匙を動かす。
こいつは本当に妹優先だ。
「妹の世話もいいけど、自分のこともやれよ」
「うん」
「本当に分かったか?」
「分かった」
「…………」
俺はセレスを見る。
銀色の髪。
そして。
左右で違う色の瞳。
右は青。
左は金。
山で拾った日から。
セレスは時々、その金色の目を髪で隠す癖があった。
◇
朝食の後。
俺は裏手で薪を割っていた。
七人が増えたおかげで。
薪の消費がとんでもなく増えた。
「冬じゃなくてよかったな」
斧を振り下ろす。
ぱかん。
木が割れる。
「アルド」
「ん?」
セレスが立っていた。
「どうした?」
「手伝う」
「じゃあ割った薪をそっちへ積んでくれ」
「うん」
最近は。
手伝うなと言っても聞かないので。
危なくない仕事だけ任せることにした。
俺が割る。
セレスが運ぶ。
しばらく。
それだけを繰り返す。
「アルド」
「なんだ?」
「疲れてる?」
「少しな」
「嘘」
「…………」
斧を止めた。
振り返る。
セレスも。
しまった。
という顔をしていた。
「今」
「……ごめんなさい」
「何で謝る?」
「言っちゃったから」
「何を?」
「嘘って」
俺は首を傾げた。
「まあ、少しってのは嘘だったな」
本当はかなり疲れている。
昨日も夜遅くまで七人用の棚を作っていた。
「どうして分かった?」
「…………」
セレスの手が。
左目を隠す。
「その目か?」
びくっ。
「…………」
「違う?」
しばらくして。
小さく首を横へ振った。
「見えるの」
「何が?」
「嘘」
「嘘が?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「人が嘘つくと」
金色の目に触れる。
「色が変わる」
「何の?」
「その人の周り」
なるほど。
「魔力みたいなのも見える?」
セレスが驚いた。
「どうして分かったの?」
「山で『災いの眼』って言ってただろ」
「…………」
「それに、その目だけ色が違う」
セレスが俯く。
「気持ち悪い?」
「またそれか」
「…………」
ミレアも。
リシェルも。
こいつも。
自分の持っているものを。
まず「嫌われるもの」だと思っている。
「別に」
「嘘」
「おい」
「…………」
「今のも見えたのか?」
「見えなかった」
「じゃあ何で言った」
「……確かめたかった」
「そういう使い方するな」
「ごめんなさい」
「怒ってない」
「……ほんと?」
「ああ」
今度はじっと俺を見る。
「…………ほんと」
「便利だな、その目」
セレスが顔を上げた。
「便利?」
「ああ」
「怖くない?」
「何が?」
「嘘が分かる」
「俺が嘘ついたらバレるのは困るな」
「…………」
「でも」
薪の上へ座る。
「嘘が分かるだけなら、悪い力じゃないだろ」
「でも前は」
セレスが口を閉じる。
「話したくなかったら無理に話さなくていい」
「…………」
少しだけ迷って。
「嘘を見つけたら、怒られた」
「どうして?」
「知らない」
「そうか」
「言っちゃいけない嘘があるって」
「まあ、それはあるかもしれない」
セレスが俺を見る。
「嘘ついていいの?」
「場合による」
「…………?」
「例えば」
少し考える。
「フェルナが一生懸命料理して」
「うん」
「ものすごく不味かったとする」
「うん」
「本人が『おいしい?』って聞いた」
「…………」
「正直に『不味い』って言ったら泣くかもしれない」
「じゃあ、おいしいって言う?」
「俺なら」
考える。
「『頑張ったな』って言う」
「おいしいかは?」
「言わない」
「…………」
「嘘つかなくても、全部言う必要はない」
セレスが考え込む。
「難しい」
「難しいな」
「嘘は悪いことじゃないの?」
「人を騙して困らせる嘘は悪い」
「じゃあ、困らせない嘘は?」
「全部悪いとは思わない」
「…………」
「俺も全部正しいか分からんけどな」
「アルドでも?」
「ああ」
セレスが少し安心したように見えた。
◇
「ただ」
俺は言った。
「その目で嘘が見えるからって」
「うん」
「見えたことだけで、人を決めるなよ」
「……どういうこと?」
「嘘をついた奴が、必ず悪い奴とは限らない」
「…………」
「怖くて嘘つくこともある」
七人が山にいた時。
何度も。
「大丈夫」
と言った。
でも。
全然大丈夫じゃなかったはずだ。
「誰かを守るために嘘つく奴もいる」
「守るため?」
「ああ」
「悪い人でも本当のこと言う?」
「言う」
「じゃあ」
セレスが困った顔をする。
「どうしたら分かるの?」
「何が?」
「いい人か、悪い人か」
「すぐには分からない」
「目で見ても?」
「ああ」
「…………」
「話して」
一つ。
「一緒にいて」
二つ。
「何をしたか見て」
三つ。
「それでも間違えることはある」
「そんなに?」
「人を見るって難しいんだよ」
セレスが。
自分の金色の瞳へ触れる。
「じゃあ、この目があっても」
「ああ」
「全部は分からない?」
「当たり前だろ」
「…………」
なぜか。
セレスが笑った。
「どうした?」
「嬉しい」
「何が?」
「分からないことがあるの」
「変な奴だな」
「だって」
少しだけ。
本当に子供らしい顔で。
「この目が全部分かるって言われたことあるから」
「そんな便利なもんあるか」
「……うん」
「嘘が見えるだけでも十分すごいだろ」
「すごい?」
「ああ」
「災いじゃない?」
「何で嘘が見えると災いなんだ」
「…………」
「使い方次第だ」
ミレアへ言ったことと。
たぶん。
同じだ。
「包丁だって飯を作れる」
「うん」
「でも人を傷つけることもできる」
「うん」
「力なんてそんなもんだろ」
俺は斧を持ち上げた。
「これも薪割るには便利だ」
「人に使ったら?」
「危ない」
「じゃあ悪いもの?」
「違うだろ」
セレスが。
ゆっくり頷いた。
「うん」
◇
昼前。
家へ戻ると。
「セレス姉!」
フェルナが飛んできた。
「どうしたの?」
「ラグナが!」
「何?」
「フェルナのお肉食べた!」
「食べてない!」
後ろからラグナ。
「食べた!」
「自分で食べたんでしょ!」
「残してた!」
「知らない!」
「嘘!」
「嘘じゃない!」
「セレス姉、見て!」
「…………」
セレスが固まった。
「嘘分かるんでしょ!」
「フェルナ」
俺が呼ぶ。
「なに?」
「何で知ってる」
「さっき聞こえた!」
「お前、盗み聞きしてたのか」
「盗んでない! 耳がいいだけ!」
獣耳がぴこぴこ動く。
「便利な耳だな」
「でしょ!」
「褒めてない」
「セレス姉!」
フェルナが詰め寄る。
「どっちが嘘!?」
セレスが困っている。
俺は黙って見ていた。
少し考えて。
「……見ない」
セレスが言った。
「え?」
フェルナ。
「どうして?」
「まず聞く」
セレスが俺を見る。
俺は何も言わない。
自分でやらせる。
「フェルナ」
「なに?」
「どこに置いたの?」
「お皿!」
「いつ?」
「朝!」
「ラグナ」
「なに?」
「食べた?」
「食べてない」
「お皿触った?」
「……触った」
「なんで?」
「片付けようと思って」
「お肉は?」
「なかった」
「…………」
セレスがフェルナを見る。
「フェルナ、本当に残した?」
「残した!」
「どれくらい?」
「…………」
「フェルナ?」
「……ちょっと」
「どのくらい?」
フェルナが指で。
ほんの少し。
示した。
「それ」
ノエルが口を開いた。
「なに?」
「ユラが食べた」
「…………」
全員。
ユラを見る。
ユラは。
木の匙を持ったまま固まった。
「ユラ?」
「…………」
「食べた?」
「…………ちょっと」
「なんで!」
フェルナが叫ぶ。
「おにく、ひとりだったから」
「肉は一人にならない!」
「…………」
「食べたかった?」
セレスが聞く。
ユラが頷く。
「うん」
「じゃあ次は聞いて」
「うん」
「フェルナも」
「なに?」
「残しておくなら言って」
「なんでフェルナも!?」
「片付ける人が分からないから」
「…………」
「ラグナ」
「なに?」
「ごめん」
「何が?」
「疑った」
「別にいい」
フェルナも。
少し不満そうにしながら。
「……ごめん」
「いいよ」
「ユラ!」
「はい」
「次は聞いて!」
「はい」
「でも」
少し考える。
「お肉欲しかったら、半分ならあげる」
「ほんと?」
「半分だけ!」
「うん!」
終わった。
「セレス」
俺が呼ぶ。
「なに?」
「目、使ったか?」
「…………ちょっとだけ」
「使ったのか」
「でも」
慌てて続ける。
「最初には使わなかった」
「そうか」
「話を聞いた」
「ああ」
「そしたら分かった」
「それでいい」
セレスが。
嬉しそうに笑った。
◇
午後。
セレスは以前より。
少しだけ。
左目を隠さなくなった。
完全ではない。
癖はまだ残っている。
でも。
風で髪がずれて。
金色の瞳が見えても。
慌てて隠すことはなかった。
「セレス」
「なに?」
「その目で俺を見てみろ」
「どうして?」
「試しに」
じっと見る。
「何か見える?」
「……魔力」
「あるのか?」
「少し」
「そうか」
「普通」
「普通か」
「あと」
「ん?」
「疲れてる」
「それも見えるのか」
「これは顔」
「…………」
「寝てない?」
「寝た」
「嘘」
「おい」
「今度は本当に見えた」
「便利すぎるだろ」
セレスが笑った。
「今日は早く寝て」
「分かったよ」
「ほんと?」
「ああ」
「……ほんと」
「毎回確認するな」
「ふふ」
その日から。
セレスは。
人の嘘が見えるからといって。
すぐに嘘を暴くことはしなくなった。
まず話を聞く。
相手が何をしたのかを見る。
どうしてそうしたのか考える。
それでも分からなかった時だけ。
少し。
その目を借りる。
俺は。
そんなものを。
特別な教えだと思ってはいなかった。
ただ。
目で見えるものが多いからこそ。
目に見えないものまで。
ちゃんと考えた方がいい。
そう思っただけだった。




