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第10話 竜になれなくても、ラグナはラグナだ



 翌朝。


「ラグナ」


「なに?」


「それ、何してるんだ?」


 家の裏。


 薪を取りに出た俺は。


 妙な姿勢で地面にしゃがみ込んでいるラグナを見つけた。


 両手を地面について。


 歯を食いしばっている。


「…………」


「腹でも痛いのか?」


「違う」


「じゃあ何してる」


「……竜になる」


「竜に?」


「うん」


 そういえば。


 山で見つけた時。


 セレスが言っていた。


 ラグナは、竜になれない。


 それが捨てられた理由の一つだったはずだ。


「どうやるんだ?」


「知らない」


「知らないのにやってるのか」


「みんな、できるって」


「みんな?」


「竜人は」


 ラグナが立ち上がる。


「大きくなったら、竜になれる」


「そうなのか」


「うん」


「俺は知らなかった」


「アルド、知らないこと多いね」


「世界中のこと知ってる奴なんかいないって言っただろ」


「そうだった」


 納得する。


 それから。


 また地面に手をついた。


「で」


「なに?」


「その姿勢に意味はあるのか?」


「……竜って四本足だから」


「なるほど」


 一応考えてはいたらしい。


「それで竜になれる?」


「なれない」


「何回やった?」


「いっぱい」


「じゃあ休んだらどうだ」


「まだ」


「朝飯冷めるぞ」


 ぴたり。


 ラグナが止まる。


「……食べてからやる」


「そうしろ」


 食事には勝てなかった。


     ◇


「ラグナ、竜になるの?」


 朝食中。


 フェルナが聞いた。


「なる」


「いつ?」


「今日」


「ほんと!?」


「たぶん」


「大きい!?」


「大きい」


「乗れる!?」


「乗せない!」


「なんで!」


「重いから!」


「フェルナ軽い!」


「尻尾あるし邪魔!」


「ラグナも尻尾できるかもしれないじゃん!」


「私のはいいの!」


「ずるい!」


 朝から騒がしい。


 セレスがため息をつく。


「まだなれるって決まってないでしょ」


「なれる!」


 ラグナが強く言った。


「今日なる」


「でも――」


「なるの!」


 少し。


 声が大きすぎた。


 食卓が静かになる。


 ラグナ自身も気づいたらしい。


「……ごめん」


「別に怒ってないけど」


 セレスが答える。


「どうしてそんなに急ぐの?」


「…………」


 ラグナは答えなかった。


 俺も聞かなかった。


 話したくなれば話すだろう。


     ◇


 朝食後。


 俺は薪割り。


 セレスとミレアは洗濯。


 リシェルは本。


 ノエルはユラと豆の選別。


 フェルナは。


「ラグナ頑張れー!」


「うるさい!」


 竜化の応援をしていた。


「もっと力!」


「入れてる!」


「もっと!」


「フェルナ黙って!」


「応援してるのに!」


「集中できない!」


「じゃあ静かに応援する!」


「応援いらない!」


 俺は薪を割りながら見る。


 ラグナは。


 何度も。


 何度も。


 力を込めていた。


 角。


 赤茶色の髪。


 竜人らしい小さな鱗。


 それ以外は何も変わらない。


「…………っ」


「ラグナ」


「まだ!」


「水飲め」


「あと一回!」


「その一回が十回目だぞ」


「…………」


「休め」


 ラグナが悔しそうに地面を蹴る。


 俺が水を渡す。


 ごくごく。


 一気に飲んだ。


「できない」


「そうだな」


「…………」


「今日は、な」


「今日だけじゃない」


 初めて。


 ラグナが口にした。


「前も」


「ああ」


「何回やっても」


「うん」


「みんなできた」


「…………」


「私だけできなかった」


 水筒を握る手に力が入る。


「小さい子でもできた」


「そうか」


「私より弱い子も」


「うん」


「でも私だけ」


 声が震えた。


「できなかった」


 フェルナが。


 さっきまで騒いでいたのに。


 何も言わず、少し離れた場所へ座った。


「だから捨てられた?」


 俺が聞く。


 ラグナは。


 小さく頷いた。


「竜じゃないって」


「お前、竜人だろ」


「でも竜になれない」


「だから?」


「だから……」


 言葉に詰まる。


「出来損ない」


「誰が言った」


「みんな」


「俺は言ってない」


「アルドは竜人じゃないから!」


 ラグナが叫んだ。


「竜人だったら分かる!」


「そうかもしれないな」


「…………」


「俺は竜人じゃない」


 斧を置く。


「だから、竜人にとって竜になれるのがどれだけ大事なのかは分からない」


 ラグナが顔を上げる。


「分からない?」


「ああ」


「……慰めないの?」


「分からないことを分かったふりするなって教えただろ」


「…………」


「だから分からない」


 俺はラグナの隣へ座った。


「でも」


 薪を一つ持つ。


「これ割れるか?」


「割れる」


「手で?」


「うん」


「やってみろ」


 ラグナが怪訝な顔をしながら。


 薪を両手で持つ。


「えい」


 ばきっ。


 真っ二つ。


「…………」


「俺は斧が必要だ」


「アルドは人間だから」


「そうだな」


「だから?」


「お前が竜になれなくても」


 割れた薪を受け取る。


「今できることまでなくなるわけじゃない」


「でも」


「竜になりたい?」


「…………なりたい」


「じゃあ練習すればいい」


「できなかったら?」


「その時考える」


「ずっとできなかったら?」


「ずっとラグナだろ」


「…………」


「竜になれたら別の名前になるのか?」


「ならない」


「家族じゃなくなる?」


「ならない」


「飯食えなくなる?」


「ならない」


「じゃあ急がなくてもいいんじゃないか」


「…………」


 ラグナは。


 割れた薪を見た。


「アルドは」


「ん?」


「私がずっと竜になれなくても」


「ああ」


「ここにいていい?」


「今さら何言ってる」


「…………」


「ベッドまで作っただろ」


「それだけ?」


「服も直した」


「…………」


「飯も八人分作ってる」


「…………」


「今さら一人減ったら分量が狂う」


「そこ?」


「大事だぞ」


 ラグナの口元が。


 少しだけ緩んだ。


     ◇


「じゃあ今日は竜になるのやめる」


「そうしろ」


「明日は?」


「好きにしろ」


「やる」


「ほどほどにな」


 そこで。


 フェルナが立ち上がった。


「じゃあ遊ぼ!」


「なんでそうなるの」


「竜になる練習終わったんでしょ!」


「薪運ぶ」


「じゃあフェルナも!」


「落とさないでよ」


「落とさない!」


 フェルナが薪を三本抱える。


「もっと持てる!」


「欲張るな」


「大丈夫!」


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 ばらばらばら。


「…………」


「落としたな」


「地面が悪い!」


「今度は地面か」


「ラグナ手伝って!」


「しょうがないなあ」


 ラグナが落ちた薪を拾う。


「フェルナ、二本だけ」


「三本いける!」


「落としたでしょ」


「今度はいける!」


「じゃあ二本」


「なんで!」


「できる量だけ持ちなさい」


「セレス姉みたい!」


「嫌なら自分で拾って!」


「持って!」


「どっちなの!」


 いつもの調子に戻った。


     ◇


 午後。


 俺はラグナに斧の使い方を教えることにした。


「手で割れるのに?」


「何でも力で壊す癖をつけるな」


「早いよ?」


「木まで粉々になったら薪にならない」


「…………」


「力加減覚えるのにもいい」


「なるほど」


 両手で斧を持つ。


「足を開いて」


「こう?」


「もう少し」


「こう?」


「そう」


 振り上げる。


「最初は弱く――」


 どん!


 薪。


 台。


 その下の土まで。


 斧が深く刺さった。


「…………」


「…………」


「弱くって言っただろ」


「弱くした」


「これで?」


「半分くらい」


「十分の一にしよう」


「そんなに?」


「そんなに」


 もう一度。


 今度はかなり慎重に。


 こん。


 薪に刃が少し入る。


「…………弱すぎた」


「その間を探せ」


「難しい」


「だろ?」


「力いっぱいの方が簡単」


「簡単なやり方がいつも良いやり方じゃない」


「…………」


「壊したくないものもあるからな」


 ラグナが。


 斧を見る。


「壊したくないもの?」


「ああ」


「家とか?」


「そうだな」


「服?」


「ああ」


「家族?」


「…………」


「家族は壊すな」


「わかった」


 どうしてその流れで家族が出てきた。


     ◇


 夕方。


 ラグナは。


 ようやく薪を一本。


 ちょうどよく割ることができた。


 ぱかん。


「…………」


「できたな」


「できた!」


「もう一回」


「うん!」


 ぱかん。


「できた!」


 嬉しそうだった。


 竜になれたわけではない。


 特別な力を手に入れたわけでもない。


 ただ。


 力加減を覚えて。


 薪を割っただけだ。


 それでも。


「アルド!」


「なんだ?」


「見た!?」


「見てた」


「もう一回やる!」


「薪全部使うなよ」


「うん!」


 十分らしい。


     ◇


 その夜。


 食卓で。


「ラグナ、今日竜になれた?」


 ノエルが聞いた。


「なれなかった」


「そっか」


「でも薪割れるようになった」


「すごい」


「うん」


 ラグナが。


 普通に答えた。


 昨日までなら。


 竜になれないと言うだけで。


 少し顔を曇らせていただろう。


 フェルナが口いっぱいに芋を入れながら言う。


「フェルナも薪割る!」


「まず飲み込め」


「んぐ」


「あと斧はまだ早い」


「なんで!」


「危ないから」


「ラグナできる!」


「ラグナは力あるから」


「フェルナもある!」


「お前はまず転ばなくなれ」


「もう転ばない!」


「今日三回転んだぞ」


「二回!」


「一回減らしても多い」


「むぅ!」


 食卓に笑い声が広がる。


 その中で。


 ラグナが。


 自分の小さな角へ触れた。


 まだ。


 竜にはなれない。


 それでも。


 この家では。


 誰もそれを理由に。


 ラグナをラグナ以外の何かだとは言わなかった。


 できないことがあるなら。


 できることを増やせばいい。


 いつかできるようになったなら。


 その時喜べばいい。


 ずっとできなかったとしても。


 それで。


 家族でなくなるわけじゃない。


 少なくとも。


 俺の家では。


 それくらいのことだった。


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