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第11話 黒い毛だから、夜が怖くない



 それから数日。


 七人との暮らしにも、少しずつ形ができてきた。


 朝は全員で飯を食う。


 食べ終わったら、自分の器を片付ける。


 できる奴が家の仕事を手伝う。


 昼は畑を見たり、本を読んだり、山で使えるものを覚えたり。


 夕方になれば風呂。


 夜は全員で飯を食って。


 寝る。


 簡単なものだ。


 もっとも。


「フェルナ!」


「なに!?」


「何で屋根にいる!」


「登れた!」


「それは見れば分かる!」


 簡単なのは決まりだけで。


 七人が決まり通りに動くかどうかは別だった。


「降りてこい!」


「大丈夫!」


「そう言う奴ほど危ない!」


「フェルナ、落ちない!」


「お前の『落ちない』は信用できない!」


 屋根の上。


 真っ黒な獣耳と尻尾が楽しそうに揺れている。


 どうやって登った。


 梯子は片付けたはずだ。


「フェルナ」


 セレスが家の下から見上げる。


「早く降りなさい!」


「もうちょっと!」


「駄目!」


「セレス姉も来る!?」


「行かない!」


 ラグナは少し羨ましそうだ。


「景色いい?」


「すごい!」


「……私も」


「駄目」


 俺が止める。


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてある」


「セレス姉みたい」


「どういう意味だ」


「最近似てきた」


 嫌なことを言う。


「とにかくフェルナ、降りろ」


「はーい!」


 ようやく。


 フェルナが屋根の端へ移動する。


「待て。そこから飛ぶなよ」


「…………」


「今、飛ぼうとしただろ」


「してない」


「セレス」


「嘘」


「セレス姉!」


「見なくても分かるよ!」


 全員分かっていたらしい。


     ◇


「どうやって登った?」


 地面へ降りてきたフェルナを前に。


 俺は腕を組んだ。


「木」


「木?」


「あれ」


 家の横。


 太い枝を伸ばした一本の木。


「そこから枝に乗って」


「うん」


「屋根へ?」


「うん!」


「…………」


 距離はそこそこある。


「飛んだのか?」


「ちょっとだけ」


「ちょっとじゃないだろ」


「フェルナならできる!」


「できるかどうかじゃない」


「なんで?」


「落ちたら怪我するからだ」


「落ちない」


「だから」


「フェルナ、木登るの得意」


「そうなのか?」


「うん!」


 真っ黒な尻尾が自慢げに揺れる。


「前もいっぱい登った」


「前?」


「…………」


 尻尾が止まった。


「話したくなかったらいい」


「…………」


 フェルナは少し黙ってから。


「隠れる時」


 と言った。


「木に?」


「うん」


「誰から?」


 聞いてから。


 聞かなくてもよかったかと思った。


 だが。


 フェルナは答えた。


「みんな」


「…………」


「黒いから」


 自分の腕を見る。


 フェルナは白狼獣人。


 そう聞いている。


 だが。


 毛並みは。


 耳も。


 尻尾も。


 腕や足に生えた毛も。


 全部黒い。


「白くないから」


 さっきまでの元気が。


 少しだけ消える。


「夜みたいだから」


「…………」


「悪い狼なんだって」


 俺はしばらく。


 フェルナの毛を見る。


「夜みたい?」


「うん」


「確かに黒いな」


「…………」


「それで?」


「え?」


「黒いと何が悪い?」


 フェルナが瞬きをする。


「不吉」


「不吉って何するんだ?」


「わかんない」


「じゃあ分からないものを怖がってたのか」


「…………」


「噛みついた?」


「してない」


「物盗んだ?」


「してない!」


「誰か殴った?」


「…………ちょっと」


「殴ったのか」


「先に尻尾引っ張られた!」


「それなら別の話だな」


「でしょ!」


 少し元気が戻る。


「黒い毛で誰か怪我するか?」


「しない」


「飯が食えなくなる?」


「ならない」


「走れなくなる?」


「速いよ!」


「知ってる」


「木も登れる!」


「それも今知った」


「夜も見える!」


「それは知らなかった」


 俺が言うと。


 フェルナの耳が立った。


「見えるよ」


「暗くても?」


「うん」


「どれくらい?」


「外、暗くなったら見せる!」


「夜に勝手に外へ出るな」


「アルドも一緒!」


「それならいい」


 フェルナが笑う。


「約束!」


「ああ」


     ◇


 その日の夕方。


 日が沈んだ。


「まだ?」


「まだ明るい」


「もう暗い!」


「お前にはそう見えるだけだろ」


「もういい?」


「もう少し」


「まだ?」


「フェルナ」


「なに?」


「五回目だぞ」


「だって早く見せたい!」


 俺は夕飯の鍋をかき混ぜる。


「飯食ったらな」


「先!」


「飯が先」


「なんで!」


「暗い山を腹減ったまま歩きたくない」


「フェルナ平気!」


「俺が平気じゃない」


「じゃあ食べる!」


 切り替えが早い。


     ◇


 夕飯が終わる頃には。


 外はすっかり暗くなっていた。


「よし」


 俺はランタンを持つ。


「行くか」


「行く!」


 フェルナが飛び上がる。


「私も」


 ラグナ。


「わたしも」


 ミレア。


「本持って――」


「暗いところで読むな」


「…………」


 リシェルも来るらしい。


 結局。


「全員か」


 七人とも外へ出てきた。


「ユラは手繋げ」


「うん」


 俺はユラと手を繋ぐ。


 反対側にはミレア。


 ランタンの明かり。


 その先は。


 ほとんど真っ暗だ。


「怖い?」


 ユラが聞く。


「俺が?」


「うん」


「少しはな」


「アルドも?」


「ああ」


 ユラが俺の手を強く握る。


「ユラもこわい」


「じゃあ離れるな」


「うん」


「フェルナは?」


 ミレアが聞いた。


「平気!」


 少し先。


 フェルナだけが普通に歩いている。


「見える?」


「あそこに石!」


 指差す。


 ランタンを向ける。


 本当に石がある。


「そこに木の根!」


 ある。


「向こう、何かいる」


「何?」


「うさぎ」


「見えるのか?」


「耳動いた」


 俺には。


 ランタンを向けてもほとんど見えない。


「すごいな」


「でしょ!」


 尻尾が。


 ぶんぶん揺れる。


「暗いの、フェルナの方が見える!」


「ああ」


「アルドより?」


「俺よりずっと」


「セレス姉より?」


「私は全然見えない」


「ラグナ!」


「……見えない」


「リシェル!」


「見えない」


「ノエル!」


「眠い」


「聞いて!」


「見えない」


「ミレア!」


「見えないよ」


「ユラ!」


「こわい」


「…………」


 フェルナが。


 胸を張った。


「フェルナが一番!」


「夜はな」


「夜は一番!」


「そうだな」


「…………」


 急に静かになった。


「どうした?」


「一番って」


「ああ」


「いい?」


「何が?」


「黒いから」


 フェルナが。


 自分の腕を見る。


「夜、見える」


「そうみたいだな」


「隠れるのも上手い」


「今だとどこにいるか分かりにくいな」


「…………」


「便利じゃないか」


「便利?」


「ああ」


 俺はランタンを持ち上げる。


「俺なんてこれがないと、ほとんど歩けない」


「フェルナ、なくても歩ける」


「なら夜はお前に頼めるな」


「…………」


「暗いところで道分からなくなったら、教えてくれ」


「フェルナが?」


「ああ」


「アルドに?」


「そう」


「…………」


 尻尾が。


 ゆっくり。


 上がった。


「いいよ」


「頼む」


「フェルナが守る!」


「そこまで言ってない」


「守る!」


「俺も一応大人だぞ」


「暗いと見えない!」


「それはそうだけど」


「じゃあフェルナ!」


「分かった分かった」


 本人が嬉しいなら。


 好きにさせよう。


     ◇


「アルド」


 少し歩いたところで。


 セレスが呼んだ。


「ん?」


「さっき」


「ああ」


「一番って言った」


「言ったな」


「前は一番じゃなくてもいいって」


「言った」


「どっち?」


 なるほど。


「一番じゃないと駄目、じゃない」


「うん」


「一番だったら駄目、でもない」


「…………」


「できることがあるなら、それでいい」


 フェルナを見る。


「たまたま誰より上手かったなら、喜べばいい」


「じゃあ自慢していい!?」


「人を馬鹿にしなければな」


「ラグナ見えない!」


「今すぐ馬鹿にするな!」


「言っただけ!」


「言い方!」


「ラグナは昼に石飛ばせる!」


「夜でも飛ばせる!」


「飛ばすな!」


 危ないからやめろ。


     ◇


 しばらく歩いて。


 家へ戻ろうとした時だった。


「待って」


 フェルナが。


 突然止まった。


「どうした?」


「音」


 耳が立っている。


「どこ?」


「あっち」


 林。


「何の音だ?」


「分かんない」


「大きい?」


「ちいさい」


 俺はランタンを向ける。


 見えない。


「見てくる!」


「一人で行くな」


「でも」


「俺も行く」


 七人をセレスに任せ。


 フェルナと少しだけ林へ入る。


「こっち」


 進む。


「そこ」


 木の根元。


 小さな鳥が落ちていた。


 羽を痛めたらしい。


「鳥!」


「触るな。まず見る」


「生きてる?」


「ああ」


 しゃがむ。


 羽に。


 細い枝が絡まっている。


「取れそうだな」


「フェルナやる」


「ゆっくりな」


「うん」


 いつもなら。


 勢い任せに動くフェルナが。


 珍しく。


 本当にゆっくり手を伸ばした。


「ここ?」


「そこ」


「引っ張る?」


「鳥まで引っ張るな」


「わかった」


 枝を押さえ。


 少しずつ。


 羽から外す。


「できた」


「ああ」


 鳥が。


 ばたばた。


 羽ばたく。


 近くの枝へ飛んだ。


「飛んだ!」


「大丈夫そうだな」


 フェルナが。


 嬉しそうに見上げる。


「フェルナが見つけた?」


「ああ」


「暗かったから?」


「たぶんな」


「…………」


「お前がいなかったら気づかなかった」


 黒い耳が。


 ぴんと立った。


「ほんと?」


「ああ」


「黒いから?」


「目と耳がいいからだろ」


「でも夜、得意」


「そうだな」


「…………」


 フェルナは。


 自分の真っ黒な尻尾を抱いた。


「じゃあ」


「ん?」


「黒くても、いい?」


「だから最初から何が悪いんだ」


「…………」


「汚れが分かりにくいのは困るけどな」


「え?」


「風呂入る時、お前だけ汚れてる場所分かりにくい」


「そこ!?」


「大事だろ」


「黒いの関係ない!」


「あるよ」


「ない!」


 怒った。


 でも。


 尻尾は。


 嬉しそうに揺れていた。


     ◇


 家へ戻る。


「どうだった?」


 セレス。


「鳥いた!」


 フェルナが答える。


「羽に枝絡まってた!」


「大丈夫?」


 ミレア。


「フェルナが取った!」


「すごい」


「暗いの見えるから!」


 ラグナが。


 少し笑う。


「じゃあ夜はフェルナに任せる」


「うん!」


「でも昼は私」


「何が!?」


「重いもの」


「フェルナも持てる!」


「私の方が持てる」


「競争する!」


「今から?」


「やる!」


「寝ろ」


 二人とも止める。


「夜だぞ」


「明日!」


「明日ならいい?」


「薪運びならな」


「競争!」


「仕事を競争にするな」


 また面倒なことになりそうだ。


     ◇


 寝る前。


 フェルナが。


 自分の寝床へ入る直前。


「アルド」


「なんだ?」


「夜、困ったら呼んで」


「ああ」


「フェルナ見えるから」


「頼りにしてる」


「…………」


「どうした?」


「もう一回」


「何が?」


「頼りにしてるって」


「頼りにしてる」


「ふふ」


 毛布へ潜る。


「おやすみ!」


「おやすみ」


 灯りを落とす。


 暗くなる。


 すると。


 上段から。


「フェルナ、みんな見える!」


「怖いから言わないで!」


 ラグナ。


「セレス姉、目開いてる!」


「見なくていい!」


「ノエル寝てる!」


「それはいつも!」


「ユラも――」


「フェルナ」


 俺が扉の外から呼ぶ。


「なに?」


「夜目を妹いじりに使うな」


「はーい!」


 やっぱり。


 力は。


 使い方次第らしい。


 黒い毛だから。


 悪い。


 そんなことは。


 俺には分からない。


 ただ。


 夜の山で。


 誰よりよく見えて。


 小さな命を一つ見つけられた。


 それなら。


 少なくとも。


 この家では。


 フェルナの黒い毛も。


 夜を見る目も。


 隠すようなものじゃない。


 そう思った。


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