第12話 血を飲まなくても、ノエルはノエルだ
それから数日。
七人との暮らしは、少しずつ落ち着いてきた。
少なくとも。
「フェルナ! それは昼飯用だ!」
「一個だけ!」
「三個目だろ!」
「これは二個半!」
「半分食ったのを数えろ!」
完全に落ち着いたわけではない。
台所から干し肉を持って逃げるフェルナ。
その後ろを俺が追う。
「フェルナ、右!」
ラグナが余計な応援をする。
「教えるな!」
「逃げろ!」
「ラグナも後で話あるからな!」
「なんで私!?」
「共犯だ!」
「食べてない!」
「逃走を助けただろ!」
「それも共犯なの!?」
「そうだ!」
食卓では。
リシェルが本を読みながらパンを食べている。
「リシェル」
「……なに?」
「本」
「読んでない」
「目が本に向いてる」
「見てるだけ」
「それを読むって言うんだ」
ぱたん。
渋々閉じた。
セレスはミレアと一緒に皿を並べ。
ユラは匙を一本ずつ運んでいる。
「いち」
置く。
「に」
置く。
「さん」
置く。
「よん」
置く。
「ご」
置く。
「ろく」
置く。
「なな」
置く。
最後。
自分の席の前。
「はち!」
「ちゃんと数えられたな」
「できた!」
「偉い」
頭を撫でる。
「ふふ」
そして。
そんな騒がしい食卓の隅で。
ノエルだけが。
「…………」
窓の外を見ていた。
「ノエル」
「ん」
「どうした?」
「なんでもない」
「腹減ってないのか?」
「減ってる」
「なら座れ」
「うん」
いつも通りだ。
そう思った。
◇
昼飯の後。
俺は畑へ出た。
七人分増えた食料を少しでも補うために、畑を広げている途中だ。
「アルド」
「ん?」
ノエルが来た。
「珍しいな」
「なにが?」
「お前が飯以外の用事で俺のところに来るの」
「…………」
「冗談だ」
「ちょっとだけ本当」
「自覚あるのか」
「ある」
ノエルは俺の横へ座った。
日差しの下。
白い肌。
銀に近い淡い髪。
赤い瞳。
俺が知っている限り。
吸血鬼という種族は。
確か。
「ノエル」
「なに?」
「日差し、平気なのか?」
「うん」
「痛くない?」
「痛くない」
「眩しくは?」
「ちょっと」
「そうか」
普通に座っている。
「吸血鬼って、日が苦手なんじゃなかったか?」
俺がそう言うと。
ノエルの表情が。
ほんの少し。
固まった。
「……アルドも知ってる?」
「ああ、まあ」
「誰から?」
「昔聞いた話だ」
「…………」
「違うのか?」
「他の子は」
ノエルが自分の手を見る。
「お昼、外に出なかった」
「そうなのか」
「うん」
「ノエルは?」
「出ても平気」
「なら平気なんだろ」
「…………」
それで話は終わりだと思った。
だが。
ノエルは動かなかった。
「まだ何かある?」
「血」
「ん?」
「アルド、血くれないの?」
「…………」
鍬を持った手が止まった。
「急に怖いこと言うな」
「吸血鬼だから」
「血が必要なのか?」
「分からない」
「分からない?」
「前は」
少し考える。
「飲めって言われた」
「誰のを?」
「…………」
黙る。
「言いたくなければいい」
「うん」
「飲まないとどうなる?」
「分からない」
「腹減る?」
「ごはん食べたら平気」
「具合悪くなる?」
「ならない」
「力出なくなる?」
「たぶん、ならない」
「最後に飲んだのいつだ?」
「…………覚えてない」
「それで元気なんだな?」
「うん」
「じゃあ」
俺は鍬を地面へ刺した。
「今のところ要らないんじゃないか?」
ノエルが。
俺を見る。
「飲まなくていい?」
「必要ないならな」
「吸血鬼なのに?」
「吸血鬼だから絶対飲まないと駄目なのか?」
「……知らない」
「俺も知らない」
「…………」
「なら」
俺は言った。
「分かる範囲で考える」
指を一本立てる。
「飲まなくても元気」
「うん」
二本。
「普通の飯を食える」
「うん」
三本。
「果物が好き」
「うん」
「特に木苺」
「すき」
「じゃあ今はそれでいい」
「…………」
「何か具合悪くなったら、その時考えよう」
「血、飲ませない?」
「嫌なのか?」
ノエルが。
ほんの少しだけ。
頷いた。
「じゃあ飲まなくていい」
「…………」
「無理に嫌なもの食わせても仕方ないだろ」
「野菜は?」
「野菜は食え」
「なんで」
「体にいいから」
「血は?」
「必要か分からない」
「野菜も必要か分からない」
「そこだけ頭回すな」
ノエルの口元が。
少し上がった。
◇
「アルド」
「ん?」
「もう一個」
「なんだ?」
「日なた」
「ああ」
「いていい?」
「好きにしろ」
「でも吸血鬼」
「だから?」
「吸血鬼は夜」
「ノエルは昼も平気なんだろ」
「うん」
「なら昼もいればいい」
「夜も?」
「眠くなければな」
「じゃあずっと」
「寝ろ」
「…………」
「睡眠は取れ」
「むぅ」
珍しく。
ノエルが少し頬を膨らませた。
「何が気になるんだ?」
聞くと。
ノエルは。
日差しの中で。
自分の白い手を見た。
「前に」
ぽつり。
「お前は違うって」
「…………」
「夜の子じゃないって」
「誰に?」
「…………」
「言わなくていい」
「うん」
少し沈黙。
「日なたにいても焼けない」
「ああ」
「血を飲まなくても平気」
「ああ」
「だから」
声が小さくなる。
「吸血鬼じゃないって」
「ノエルは自分を何だと思ってる?」
「吸血鬼」
「じゃあ吸血鬼なんじゃないか?」
「そんなのでいい?」
「昨日も似た話したな」
リシェル。
その前はミレア。
ラグナ。
フェルナ。
みんな。
違う形で同じことを聞く。
「同じ種族なら、全員同じじゃないと駄目なのか?」
「……分からない」
「俺だって人間だけど」
自分を指差す。
「走るのが速い人間もいれば遅い人間もいる」
「うん」
「背が高い奴も低い奴もいる」
「うん」
「料理が上手い奴も下手な奴もいる」
「アルドは?」
「普通」
「ほんと?」
「…………たぶん」
「セレス姉に見てもらう?」
「やめろ」
最近。
嘘を見抜く姉がいるせいで。
適当なことを言いづらい。
「なら」
俺はノエルを見る。
「吸血鬼にもいろいろいるんじゃないか?」
「ノエルみたいなのも?」
「ああ」
「…………」
「少なくとも一人いる」
「誰?」
「お前だよ」
「…………」
ノエルが。
ぱちぱちと瞬きをした。
それから。
「そっか」
「ああ」
「ノエルがいる」
「いるな」
「じゃあ一人はいる」
「そういうこと」
随分単純な話だ。
◇
午後。
「ノエル!」
フェルナが走ってくる。
「なに?」
「森行く!」
「行かない」
「なんで!」
「暑い」
「日なた平気なんでしょ!」
「平気と好きは違う」
「…………」
俺は思わず笑った。
「何?」
「いや」
この家へ来たばかりの頃なら。
ノエルは。
日差しが平気だということすら。
隠そうとしていたのかもしれない。
今は。
「暑いから嫌」
それだけ。
ずいぶん普通になった。
「じゃあ木陰!」
フェルナ。
「木陰なら行く」
「行こう!」
「走らない」
「なんで?」
「疲れる」
「フェルナが引っ張る!」
「それ余計疲れる」
「じゃあ背負う!」
「落としそう」
「落とさない!」
「今日もう二回転んだ」
「一回!」
「朝と昼」
「……二回」
ノエルの方が正確だった。
◇
夕方。
七人が森の近くで遊んでいる間。
俺は少し離れたところで枝を集めていた。
「アルド!」
ミレアの声。
「どうした!」
振り返る。
セレスたちが。
ノエルを囲んでいる。
慌てて行く。
「何があった?」
「フェルナが」
セレス。
「転んだ」
「またか」
「またって言わないで!」
フェルナの肘。
少し擦りむいている。
「それくらいなら水で――」
「違うの」
ミレアが言う。
「ノエルが」
「ノエル?」
見る。
ノエルの口元に。
ほんの少し。
赤いものがついていた。
「…………」
「ノエル」
「ちがう」
珍しく。
明らかに焦っている。
「まだ何も言ってない」
「飲んでない」
「何を?」
「血」
フェルナを見る。
「フェルナの?」
「違う!」
ノエルが言う。
「転んだ時」
「うん」
「手についたから」
自分の指を見る。
そこに。
ほんの少し血が残っていた。
「舐めた?」
「…………ちょっと」
「そうか」
「でも」
ノエルの顔が。
青くなっている。
「おいしくなかった」
「…………」
「ノエル」
「ごめんなさい」
「何で謝る?」
「血、飲んだ」
「指についたの舐めただけだろ」
「でも」
「フェルナ」
俺は聞く。
「痛かったか?」
「転んだ時は痛かった!」
「ノエルに何かされた?」
「されてない」
「血を取られた?」
「取られてない」
「じゃあ問題ない」
ノエルが。
俺を見る。
「怒らない?」
「何に?」
「吸血鬼だから」
「…………」
またか。
「ノエル」
「うん」
「お前は血を見たら絶対襲いかかるのか?」
「しない」
「今した?」
「してない」
「ならいい」
「でも舐めた」
「指についたものを反射で舐めることくらいある」
「アルドも?」
「傷によってはな」
「…………」
「それに」
俺は少し笑う。
「不味かったんだろ?」
「うん」
「なら次から水で洗え」
「それだけ?」
「それだけ」
フェルナが。
自分の肘を見ながら言う。
「フェルナの血、不味い?」
「不味い」
「なんで!?」
「知らない」
「ちょっとくらいおいしくてもいいじゃん!」
「何でそこに怒るんだ」
「フェルナのなのに!」
「うまい血を目指すな」
何の話だ。
ミレアが。
フェルナの傷へ手を伸ばす。
「治す?」
「これくらいならいい」
俺が止めた。
「水で洗って布巻けば治る」
「でも」
「ミレアの力は、必要な時に使えばいい」
「うん」
フェルナも。
「これくらい平気!」
胸を張る。
「今日三回目の怪我だけど!」
「三回目!?」
「朝、昼、今」
ノエルが数える。
「ノエル数えなくていい!」
◇
夜。
夕飯。
ノエルの皿には。
いつものパン。
スープ。
野菜。
そして。
木苺。
「ノエル」
「なに?」
「血はないぞ」
「いらない」
「木苺は?」
「いる」
「そうか」
木苺を一つ。
口へ入れる。
「おいしい」
「血より?」
「いっぱい」
「なら良かった」
ノエルは。
自分の赤い瞳を少し細めた。
「アルド」
「ん?」
「吸血鬼でも」
「ああ」
「木苺好きでいい?」
「好きなものくらい自分で決めろ」
「昼も外いていい?」
「ああ」
「血、嫌いでも?」
「困らないならな」
「…………」
少し考えて。
「じゃあ」
もう一つ。
木苺を食べた。
「ノエルはこれでいい」
「ああ」
その答えで。
十分だったらしい。
◇
寝る前。
ノエルが。
ユラへ毛布をかけていた。
「ノエル」
「ん?」
「今日はお姉ちゃんだな」
「いつも」
「そうだったか?」
「ユラ小さいから」
「そうだな」
ユラはもう眠っている。
ノエルがその頭を撫でる。
「アルド」
「なんだ?」
「もし」
「ああ」
「ノエルが変だったら」
「何が?」
「吸血鬼なのに、吸血鬼と違ったら」
俺は。
少し考えて。
「別にいいんじゃないか」
「どうして?」
「お前まで他の誰かと同じだったら」
寝室を見る。
七人。
全部違う。
「七人もいる意味ないだろ」
「…………」
「一人ずつ違うから覚えやすい」
「そこ?」
「大事だぞ。七人もいるんだから」
「ふふ」
ノエルが笑った。
「おやすみ、アルド」
「ああ。おやすみ」
この家では。
吸血鬼だから。
血を飲まなければならない。
夜だけ生きなければならない。
そんな決まりは。
俺には分からなかった。
必要なら。
必要になった時に考える。
嫌なら。
嫌だと言えばいい。
みんなと違っても。
それだけで。
間違いになるわけじゃない。
少なくとも。
我が家の吸血鬼は。
血より木苺の方が。
ずっと好きだった。




