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第13話 小さな角でも、ユラの角だ



 それから数日。


 七人との生活は、すっかり賑やかになった。


「アルド!」


「今度は何だ!」


「フェルナが!」


「ラグナが先!」


「二人とも一回止まれ!」


 朝から喧嘩。


「ノエル、木苺は一人三つだ」


「まだ二つ」


「口の中のを数えろ」


「…………」


「三つだろ」


「ばれた」


「隠す気あったのか?」


 昼には食料争い。


「アルド」


「ん?」


「この本に書いてあることと、あっちの本に書いてあることが違う」


「リシェル」


「なに?」


「俺にも分からない」


「じゃあ一緒に考える?」


「飯食ってからな」


「うん」


 そして夜になれば。


「フェルナ! ベッド揺らさない!」


「揺らしてない!」


「揺れてる!」


「ラグナが動いた!」


「私じゃない!」


「二人とも寝ろ!」


 静かになるまでが長い。


 大変ではある。


 だが。


 七人とも、最初に拾った頃よりずっとよく笑うようになった。


 だから。


 まあ。


 これでいい。


 そう思っていた。


     ◇


「ユラ?」


 その日の昼。


 畑仕事を終えて家へ戻る途中。


 一人だけ。


 家の裏にしゃがみ込んでいる小さな背中を見つけた。


「何してる?」


「…………」


 返事がない。


「ユラ」


「……みないで」


「何を?」


「こっちこないで」


 珍しい。


 普段なら。


 俺を見つければすぐ近寄ってくる。


「分かった」


 少し離れたところで止まった。


「怪我したか?」


「してない」


「腹痛い?」


「いたくない」


「何か怒ってる?」


「…………」


「俺、何かした?」


「してない」


「じゃあ何だ?」


 しばらく。


 答えはなかった。


 やがて。


「……つの」


「角?」


 ユラが。


 両手で額を隠した。


 そこには。


 一本だけ。


 小さな角が生えている。


「それがどうした?」


「……ちいさい」


「小さいな」


「…………」


「それで?」


「一本」


「そうだな」


「…………」


 泣きそうな顔になった。


 しまった。


「悪い。言い方が悪かった」


「ちがう」


「何が?」


「ユラが、だめ」


「どうして?」


「鬼なのに」


 ぽつり。


「つの、一本だけ」


 なるほど。


 そういうことか。


 俺はその場にしゃがんだ。


「鬼人は普通、何本なんだ?」


「二本」


「そうなのか」


「みんな、おっきい」


「ユラは小さいな」


「…………」


「だから泣くなって」


「アルドも小さいっていう」


「見たままだからな」


 ユラの目に涙が溜まる。


「でも」


 俺は自分の額を指差した。


「俺なんて一本もないぞ」


「…………」


 ユラが。


 ぽかんとした。


「アルド、鬼じゃない」


「そうだな」


「人間」


「ああ」


「だからない」


「じゃあ角の数で偉さ決まるのか?」


「…………わかんない」


「二本あったら偉い?」


「わかんない」


「一本なら悪い?」


「……そう言われた」


「誰に?」


 ユラは。


 ぎゅっと口を閉じた。


「言いたくなければいい」


「…………」


「でも」


 小さな角を見る。


「俺は別に困ってないぞ」


「アルドが?」


「ああ」


「ユラの角なのに?」


「お前が角一本だからって、俺の飯が不味くなるか?」


「ならない」


「畑が枯れる?」


「わかんない」


「たぶん枯れない」


「おうち壊れる?」


「壊れない」


「じゃあ困らない」


「…………」


 涙が。


 少しだけ引っ込んだ。


     ◇


「でも」


 ユラが。


 まだ額を隠したまま言う。


「ちいさい」


「ああ」


「フェルナのおみみ、おっきい」


「聞いたら怒るぞ」


「ラグナの角、ふたつ」


「ああ」


「セレス姉のおめめ、すごい」


「そうだな」


「ミレア、なおせる」


「ああ」


「リシェル、いっぱいよめる」


「そうだな」


「ノエル、おひさまへいき」


「平気、な」


「…………」


「ユラは?」


 俺は少し考える。


「芋洗うの上手くなった」


「…………」


「匙も八本数えられる」


「…………」


「最近、自分で服畳めるだろ」


「…………」


「あと」


 もっと考える。


「俺が座ってると膝に乗ってくる」


「それ、すごい?」


「別に」


「…………」


 ユラが頬を膨らませた。


「怒るなよ」


「ユラもすごいのほしい」


「すごいの?」


「うん」


「何で?」


「みんなある」


「…………」


 そういうことか。


 姉たちは。


 それぞれ何かを持っている。


 セレスの眼。


 ラグナの力。


 フェルナの夜目。


 リシェルの頭の良さ。


 ミレアの癒やし。


 ノエルの特異な体質。


 末っ子のユラだけが。


 自分には何もないと思っているらしい。


「ユラ」


「なに?」


「お前、何歳だ?」


「…………」


 指を三本。


 出す。


「たぶん三歳くらいだな」


「うん」


「姉ちゃんたちは?」


 ユラが考える。


「おっきい」


「そうだな」


「セレス姉、もっとおっきい」


「ああ」


「じゃあ」


 頭を撫でる。


「同じことできなくて普通だろ」


「でも」


「セレスだって三歳の時に今みたいなこと全部できたか分からない」


「…………」


「ラグナも」


「…………」


「フェルナなんて三歳の頃から転んでそうだ」


「聞こえた!」


 家の方から声がした。


「お前、どこにいる!」


「窓!」


 見る。


 二階の窓から。


 黒い耳だけ出ていた。


「盗み聞きするな!」


「耳がいいだけ!」


「それ前も聞いた!」


「フェルナ三歳の時も転んでない!」


「覚えてるのか?」


「覚えてない!」


「じゃあ分からないだろ!」


 耳が引っ込んだ。


「……なんだったんだ」


 ユラが。


 くすっと笑う。


「笑ったな」


「フェルナ、おもしろい」


「それ本人に言うなよ」


「なんで?」


「怒るから」


     ◇


「ユラ」


「なに?」


「姉ちゃんたちと同じじゃなくていい」


「…………」


「今できないことは、大きくなってから覚えればいい」


「大きくなったら」


「ああ」


「角も大きくなる?」


「それは知らん」


「…………」


「でも」


 額の角へ。


 軽く指先で触れる。


「大きくならなくてもいいだろ」


「よくない」


「どうして?」


「かっこよくない」


「そこか」


 少し。


 予想と違った。


「二本の方がかっこいい?」


「うん」


「大きい方が?」


「うん!」


「そうか」


 これは。


 本人の好みなら仕方ない。


「じゃあ大きくなるといいな」


「なる?」


「知らない」


「アルド!」


「分からないことを分かったふりするなって言っただろ」


「むぅ」


「でも」


 もう一度。


 角を見る。


「俺は今のも悪くないと思うぞ」


「ほんと?」


「ああ」


「ちいさいのに?」


「小さいから悪いって誰が決めた」


「…………」


「ユラの額にちゃんと生えてる」


「うん」


「ならユラの角だ」


「…………」


「大事にしろ」


 ユラが。


 そっと。


 自分の角へ触れた。


「ユラの?」


「ああ」


「だれにもあげない?」


「欲しがる奴いるのか?」


「わかんない」


「じゃああげなくていい」


「うん」


     ◇


 そこへ。


「アルド!」


 今度は。


 セレスの声。


「どうした?」


「ちょっと来て!」


 家の前。


 慌てて向かう。


 ユラも。


 とことこついてくる。


「何があった?」


「これ」


 セレスが指差す。


 倒れた薪棚。


「…………」


「誰がやった?」


「分からない」


「ラグナ?」


「違う!」


「フェルナ?」


「違う!」


「二人ともまだ聞いてない」


 ラグナとフェルナが。


 既に必死で否定している。


「じゃあどうしたんだ?」


 リシェルが。


 棚の下を見る。


「土、柔らかい」


「ああ」


「雨の後だから?」


「たぶんな」


 支柱の一本が。


 地面へ深く沈んでいる。


 それで傾いて。


 倒れたらしい。


「直すか」


「手伝う!」


 ラグナが来る。


「私も!」


 フェルナ。


「じゃあまず薪どけてくれ」


「うん!」


 セレスとミレアも。


 一本ずつ運び始める。


 リシェルは。


 沈んだ土を観察している。


「下に石入れたら?」


「そうだな」


「沈みにくい?」


「ああ」


「取ってくる」


 ノエルは。


 ユラと一緒に。


 小さい枝を集め始めた。


「ユラ」


「なに?」


「これはこっち」


 ノエルが。


 小さな薪だけを指差す。


「おっきいのは?」


「重い」


「ユラもてる」


「これくらいなら」


「うん!」


 一本。


 小さな薪を抱える。


 運ぶ。


 もう一本。


「アルド!」


「なんだ?」


「ユラもできる!」


「できてるな」


「もっと!」


「無理するなよ」


「できる!」


 三本。


 抱える。


「それは多い」


「できる!」


 一歩。


 二歩。


「うっ」


 薪がずれる。


「危ない」


 俺が受け取ろうとした時。


「だいじょうぶ!」


 ユラが踏ん張った。


「…………」


 小さな体。


 細い腕。


 それでも。


 落とさない。


「よいしょ」


 三本。


 全部。


 薪置き場まで運んだ。


「できた!」


「できたな」


「三本!」


「ああ」


「ラグナ姉は?」


「何本だ?」


 見る。


 ラグナ。


 両腕いっぱい。


「…………二十くらい」


「…………」


 ユラの顔が。


 しゅん。


 とする。


「比べる相手を間違えたな」


「ラグナ姉いっぱい」


「お前は三歳だ」


「でも」


「昨日は一本だったろ」


「…………」


「あれ?」


 ユラが。


 止まる。


「昨日は?」


「一本」


「今日は?」


「三本」


「増えてるじゃないか」


「…………」


「すごいだろ」


 ぱっ。


 顔が明るくなった。


「三つ!」


「ああ」


「明日は四つ!」


「急ぐな」


「五つ!」


「増やすな」


     ◇


 薪棚を直し終えた頃。


 ラグナが。


 ユラの頭を撫でた。


「いっぱい運んだね」


「三つ!」


「すごい」


「ラグナ姉、二十」


「私は大きいから」


「ユラも大きくなる?」


「なるよ」


「ほんと?」


「たぶん」


「アルド!」


「なんだ?」


「ラグナ姉、たぶんっていった!」


「正しい」


「…………」


「大きくなるとは思うけど、どれくらいかは誰にも分からない」


 ラグナも頷く。


「でも」


 ユラの一本角を見る。


「ユラはユラでしょ」


「…………」


「一本でも」


「うん」


「小さくても」


「うん」


「私の妹」


 ユラが。


 しばらくラグナを見て。


「ラグナ姉」


「なに?」


「だっこ」


「え?」


「だっこ」


「…………」


 ラグナが俺を見る。


「何で俺を見る」


「どうしたらいい?」


「抱けばいいだろ」


「落としたら?」


「力はあるだろ」


「力加減が……」


「そこは慎重に」


「…………」


 恐る恐る。


 ラグナがユラを抱き上げる。


「いたくない?」


「うん!」


「苦しくない?」


「うん!」


「本当に?」


「うん!」


「……よかった」


 妙に緊張している。


「ラグナ姉」


「なに?」


「たかい!」


「そりゃそうでしょ」


「アルドより?」


「それはない」


「アルドも!」


「俺は後でいい」


「いま!」


「お前、甘え方覚えてきたな」


「だっこ!」


「はいはい」


 ラグナから受け取る。


 腕に抱く。


「たかい?」


「たかい!」


「満足か?」


「うん!」


 そして。


 ユラが。


 俺の顔を見ながら。


 自分の小さな角を指差した。


「アルド」


「ん?」


「これ」


「ああ」


「ユラの」


「ああ」


「かっこいい?」


 少し考える。


「かっこいいぞ」


「ほんと?」


「ああ」


「ちいさいけど?」


「小さいのも今だけかもしれない」


「おっきくなる?」


「分からない」


「…………」


「でも今は今でいい」


 ユラが。


 嬉しそうに。


 角を撫でた。


「うん」


     ◇


 その夜。


 寝る前。


 洗面用の水桶の前で。


「何してる?」


 ユラが。


 水面に映る自分の顔を。


 じっと見ていた。


「つの」


「ああ」


「みてる」


「そうか」


 今までは。


 額を隠そうとすることがあった。


 でも今日は。


 指で角を触りながら。


 何度も。


 水面へ顔を近づけている。


「アルド」


「なんだ?」


「これ」


「ああ」


「ユラのだから」


「そうだな」


「だいじにする」


「ああ」


「おっきくならなくても?」


「いいんじゃないか」


「…………」


「でも大きくなったら?」


「もっとかっこいい」


「欲張りだな」


「ふふ」


 笑って。


 寝室へ走っていく。


「走ると――」


 どたん。


「いたい!」


「……フェルナが増えた」


「聞こえた!」


 上段からフェルナの声。


「何でお前は毎回聞いてるんだ!」


「耳がいいから!」


 またそれか。


 俺は。


 転んだユラを抱き起こしながら。


 その小さな角を見た。


 一本だから。


 小さいから。


 弱いから。


 それだけで。


 価値がない。


 俺には。


 そんな理屈はよく分からない。


 昨日より一本多く薪を運べたなら。


 それで喜べばいい。


 明日。


 もう一本増えたなら。


 また喜べばいい。


 姉たちと同じになる必要なんてない。


 ユラは。


 ユラの速さで。


 大きくなればいい。


 この家では。


 それで十分だった。


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