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第14話 アルドは、私たちの何?



 それから数日。


 七人の生活にも、かなり決まった形ができてきた。


 朝になれば。


「アルド! 起きて!」


「起きてる」


「ごはん!」


「今作る」


「木苺!」


「朝からそれだけ食うな」


 ノエルが食事を要求し。


「アルド!」


「今度は何だ」


「フェルナが私の櫛使った!」


「だって近くにあった!」


「自分の使いなさいよ!」


「どっちでも同じでしょ!」


「違う!」


 ラグナとフェルナが喧嘩を始め。


「アルド」


「なんだ?」


「この文字」


「どれ?」


「読めない」


「……俺も読めない」


「じゃあ一緒に考える」


「朝飯食ってからな」


 リシェルが本を持ってくる。


「アルド」


「今度は誰だ」


「ユラの髪、これでいい?」


 ミレアが。


 妙に左右の高さが違う髪結びになったユラを連れてくる。


「…………」


「へん?」


「本人がいいならいいんじゃないか」


「ユラ、かわいい?」


「かわいいぞ」


「ふふ」


 本人は満足している。


 そして。


「アルド」


「セレスまで何だ」


「何か手伝うことある?」


「今はない」


「ほんと?」


「本当」


「じゃあ……」


 少し考えて。


「テーブル拭く」


「好きにしろ」


 結局手伝う。


 毎日。


 朝から晩まで。


 七人の誰かが俺の名前を呼ぶ。


 最初は。


 少し変な感じがした。


 それが今では。


 呼ばれない方が。


 妙に静かに感じるようになっていた。


     ◇


 その日の昼。


 俺は家の前で。


 八人分になった椅子の一つを修理していた。


「アルド」


「ん?」


 セレスだった。


「どうした?」


「聞いていい?」


「ああ」


 最近。


 この言葉も増えた。


 分からないこと。


 知らないこと。


 気になること。


 前よりずっと。


 七人は素直に聞いてくるようになった。


「家族って」


「ああ」


「何?」


「…………」


 思ったより。


 大きな質問だった。


「急だな」


「昨日、本に書いてあった」


「家族って?」


「うん」


 セレスの手には。


 リシェルが読んでいた古い本。


 物語の本だ。


「父と母と子供が家族って」


「ああ」


「姉妹も」


「そうだな」


「一緒に住むって」


「まあ、大体は」


 セレスが。


 家の方を見る。


 窓の向こうでは。


 フェルナとラグナが何かやっている。


 たぶん。


 またろくでもないことだ。


「私たち」


「ああ」


「姉妹?」


「俺はそう思ってるけど」


「血、繋がってない」


「それだけが姉妹じゃないだろ」


「そうなの?」


「少なくとも俺はそう思う」


「…………」


「嫌なのか?」


「違う」


 すぐに首を横へ振った。


「姉妹がいい」


「なら姉妹でいいだろ」


「うん」


 でも。


 まだ何かある。


「じゃあ」


 セレスが。


 俺を見る。


「アルドは?」


「俺?」


「うん」


「何が?」


「私たちの」


 そこで。


 止まった。


「…………」


 ああ。


 なるほど。


「何なんだろうな」


「分からない?」


「考えたことなかった」


「…………」


「一緒に住んでる人?」


「それだけ?」


「飯作ってる人」


「それだけ?」


「家の持ち主」


「それだけ?」


「なんだ。気に入らないのか」


「……うん」


 はっきり言われた。


「じゃあ何だと思う?」


「分からない」


「なら一緒に考えるか」


「うん」


     ◇


「家族ってなに?」


 なぜか。


 話は七人全員を巻き込むことになった。


「急に何?」


 ラグナ。


「セレスが聞いた」


「本に書いてあったから」


 リシェルが。


 さっそく本を持ってくる。


「ここ」


「読むな」


「読む」


「飯の時じゃないからまあいいか」


 床に七人。


 俺は椅子。


 リシェルが本を開く。


「父、母、子、兄、弟、姉、妹など」


「などってなに?」


 ユラ。


「他にもあるってこと」


「なにが?」


「おじいちゃんとか、おばあちゃんとか」


「おじいちゃん?」


「親の親」


「…………?」


 ユラにはまだ難しかった。


「じゃあ」


 フェルナが手を上げる。


「フェルナたちは姉妹?」


「そうだな」


「誰が一番お姉ちゃん?」


「セレスじゃないか?」


「やっぱり!」


 セレスを見る。


「セレス姉!」


「いつも呼んでるでしょ」


「じゃあ一番妹!」


 一斉に。


 ユラを見る。


「ユラ!」


「うん!」


「そこは簡単だな」


「じゃあ」


 ノエルが。


 木苺を食べながら言った。


「アルドは?」


「…………」


 またそれか。


「お兄ちゃん?」


 フェルナ。


「違うだろ」


「なんで?」


「俺はお前らよりずっと年上だ」


「じゃあ、おじいちゃん?」


「そこまで年取ってない」


「じゃあ何?」


「…………」


 俺が困っていると。


 ミレアが。


 小さく言った。


「お父さん?」


 静かになった。


「…………」


 七人。


 全部の視線が俺へ向く。


「俺が?」


 ミレアが。


 少し不安そうに頷いた。


「だって」


「うん」


「ごはん作る」


「ああ」


「怪我したら見てくれる」


「ああ」


「寝るところ作った」


「作ったな」


「知らないこと教えてくれる」


「知ってる範囲だけな」


「怒る」


「それも入るのか」


「フェルナが危ないことしたら」


「怒らない方がおかしいだろ」


「じゃあ」


 ミレアが。


 少しだけ笑う。


「お父さんみたい」


「…………」


 困った。


 今まで。


 俺は。


 七人を子供として見ていた。


 拾った。


 腹を空かせていた。


 放っておけなかった。


 だから連れて帰った。


 それだけだ。


 父親になろう。


 なんて。


 一度も考えていない。


「アルド」


 セレスが。


 不安そうに俺を見る。


「嫌?」


「何が?」


「お父さんって呼ばれるの」


「…………」


 七人。


 全員が黙っている。


「嫌じゃない」


 正直に答えた。


「ただ」


「うん」


「俺、父親やったことないぞ」


「私たちも」


 ラグナが言った。


「なにが?」


「娘やったことない」


「…………」


 思わず。


 笑った。


「それはそうだな」


「じゃあ同じ」


「同じなのか?」


「どっちも初めて」


「そう言われるとそうだな」


 フェルナが。


 手を上げる。


「じゃあ練習する!」


「何を?」


「お父さん!」


「…………」


「どう!?」


「どうって」


「変?」


「いや」


 変ではない。


 ただ。


 胸の奥が。


 妙に。


 むず痒い。


「もう一回!」


「何で」


「お父さん!」


「聞こえてる」


「お父さん!」


「連呼するな!」


「おとうさーん!」


「フェルナ!」


 面白がり始めた。


 ラグナが呆れたように。


「うるさい」


「ラグナも言ってみて!」


「嫌」


「なんで!」


「恥ずかしい」


「じゃあ言えないの?」


「言える!」


「言って!」


「…………」


 ラグナが。


 俺を見る。


「…………お父さん」


「…………」


「なによ」


「いや」


「変?」


「変じゃない」


「…………そ」


 耳が赤い。


「リシェル!」


 フェルナが次の標的を見つける。


「言って!」


「…………」


「ほら!」


 リシェルは。


 本を閉じて。


「お父さん」


 普通に言った。


「…………」


「何?」


「お前は平気なんだな」


「言葉が変わっただけ」


「そういうものか」


「でも」


 リシェルが少し考える。


「意味は変わる」


「…………」


「アルドより、近い」


 それだけ言って。


 本を開いた。


「…………」


 やっぱり。


 少し。


 むず痒い。


     ◇


「ノエルは?」


「どっちでもいい」


「言って!」


「お父さん」


 あっさり。


「木苺もう一個」


「それが目的か!」


「お父さん」


「増やしても駄目だ!」


「おとうさん」


「可愛く言っても駄目!」


「むぅ」


 完全に使い方を間違えている。


「ミレアは?」


 フェルナ。


「もう言った」


「もう一回!」


 ミレアは。


 俺を見て。


 少し照れながら。


「……お父さん」


「ああ」


 今度は。


 何となく。


 返事ができた。


「ユラ!」


「なに?」


「ユラも!」


「…………」


 一番小さなユラが。


 俺を見上げる。


「アルド?」


「ああ」


「おとうさん?」


「……好きな方でいいぞ」


「どっち?」


「自分で決めろ」


「…………」


 考える。


 長い。


 すごく長い。


 そして。


 両腕を広げた。


「おとうさん」


「ん?」


「だっこ」


「そこは変わらないのか」


「だっこ」


「はいはい」


 抱き上げる。


「たかい?」


「たかい!」


 首へ抱きつく。


「おとうさん」


「ああ」


「おとうさん」


「何回言うんだ」


「…………」


 ぎゅっ。


 少し。


 腕に力が入る。


「ユラ?」


「ほんと?」


「何が?」


「おとうさん」


「…………」


 そういうことか。


「ああ」


 俺も。


 少しだけ。


 抱く腕に力を入れた。


「お前らがそう呼びたいならな」


「ずっと?」


「嫌になったらアルドに戻せ」


「やだ」


「即答か」


「おとうさんがいい」


「そうか」


「うん」


     ◇


 最後に。


 セレスだけが。


 まだ言っていなかった。


「セレス」


「……なに?」


「どうした?」


「…………」


「無理に呼ばなくていいぞ」


「違う」


「じゃあ?」


 セレスは。


 妹たちを見る。


 それから。


 俺を見る。


「もし」


「ああ」


「私たちが悪いことしたら?」


「怒る」


「できないことがあったら?」


「手伝う」


「病気になったら?」


「看病する」


「大きくなっても?」


「できる範囲でな」


「…………」


「どうした?」


「もし」


 声が。


 少し震えた。


「役に立たなくなっても?」


「またそれか」


「…………」


「何回聞かれても同じだ」


 セレスを見る。


「役に立つから置いてるわけじゃない」


「…………」


「お前らがいるから一緒に暮らしてる」


「…………」


「それじゃ駄目か?」


 セレスの。


 左右で違う瞳が。


 少し潤んだ。


「……駄目じゃない」


「ならいい」


「…………」


 少し。


 沈黙して。


「お父さん」


 初めて。


 そう呼んだ。


「…………」


「お父さん」


「ああ」


「もう一回」


「何が?」


「返事」


「…………」


 なるほど。


「ああ」


 セレスが。


 泣きそうな顔で。


 笑った。


「うん」


     ◇


 その日の夕飯。


「お父さん、お肉!」


「自分で取れ」


「お父さん、水!」


「近いだろ」


「お父さん、本――」


「食卓に持ってくるな」


「お父さん、木苺」


「三つまで」


「お父さん」


「ミレアは何だ」


「何でもない」


「呼んだだけか」


「うん」


「おとうさん!」


「ユラは?」


「だっこ」


「飯食ってから」


「お父さん」


 セレス。


「今度は何だ」


「……ごはん、おいしい」


「そうか」


 呼び方が変わっただけ。


 本当に。


 それだけのはずだった。


 けれど。


「お父さん!」


「一人ずつ呼べ!」


 七人の声が。


 今までより。


 少しだけ。


 近く聞こえた。


     ◇


 夜。


 寝室の灯りを消す。


「おやすみ、お父さん」


 セレス。


「おやすみ」


「おやすみ、お父さん」


 ミレア。


「ああ」


「お父さん、おやすみ!」


 フェルナ。


「寝ろ」


「おとうさん」


 ユラ。


「なんだ?」


「明日もおとうさん?」


 俺は。


 扉のところで。


 少しだけ立ち止まった。


「ああ」


「明後日も?」


「ああ」


「その次も?」


「お前が嫌になるまでな」


「嫌にならない」


「じゃあずっとだ」


「…………うん」


 暗い部屋の中。


 小さな笑い声がした。


「おやすみ、おとうさん」


「ああ」


 俺は。


 七人へ。


 初めて。


 こう返した。


「おやすみ。娘たち」


 部屋が。


 一瞬。


 静かになって。


 その直後。


「今、娘って言った!」


「聞いた!」


「私たち!?」


「お父さん、もう一回!」


「寝ろ!」


 結局。


 静かになるまで。


 いつもより。


 ずっと時間がかかった。


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