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第8話 魔力がなくても、火は起こせる



 七人が家へ来て六日目。


 朝。


 俺が目を覚ますと。


「…………」


 居間の真ん中にリシェルが座っていた。


 目の前には昨日読んでいた薬草の本。


 その隣には別の本。


 さらにもう一冊。


「何時から起きてる?」


「分からない」


「外まだ暗いぞ」


「目が覚めたから」


「眠くないのか?」


「ちょっと」


「じゃあ寝ろ」


「でも」


 本を見る。


「続きが気になる」


「本は逃げない」


「…………」


「寝不足だと頭に入らないぞ」


 リシェルは少し考えた。


「ほんと?」


「ああ」


「どうして?」


「頭も疲れるからだ」


「頭も?」


「体と同じだ」


 また考えている。


「寝たら戻る?」


「大体な」


「じゃあ寝る」


 素直に本を閉じた。


「でも朝になったら読む」


「好きにしろ」


 立ち上がり。


 寝室へ戻ろうとして。


 止まる。


「アルド」


「なんだ?」


「火、どうやってつけるの?」


「急だな」


 暖炉を見る。


 昨夜の火はもう消えている。


「昨日見てた」


「何を?」


「アルドが火をつけるところ」


「ああ」


「魔法使ってない」


「使えないからな」


「…………」


「どうした?」


「あとで教えて」


「いいぞ」


「絶対?」


「ああ」


 それで安心したらしい。


 リシェルは寝室へ戻った。


 何だったんだ。


     ◇


 朝食後。


「火!」


 リシェルが俺の前へ来た。


「覚えてたか」


「約束した」


「そうだったな」


 暖炉の前へ座る。


 すると。


「なにするの?」


 フェルナが来た。


「火のつけ方を教える」


「フェルナも!」


「私も」


 ラグナ。


 セレスも来る。


 ミレア。


 ノエル。


 最後にユラ。


 結局全員だった。


「火は危ないから、俺がいない時に勝手にやるなよ」


「なんで?」


 ユラ。


「家が燃える」


「…………」


 七人が暖炉を見る。


「ぜんぶ?」


「下手したらな」


「やらない」


「よし」


 理解が早い。


 俺は乾いた細い枝を何本か並べる。


「まず、燃えやすいものを用意する」


 乾燥させた草。


 木の皮。


 細い枝。


 少し太い枝。


「最初から太い薪に火をつけても?」


 リシェル。


「つきにくい」


「どうして?」


「火が小さいから」


「火も育つ?」


「まあ、そんな感じだ」


 フェルナが目を輝かせる。


「ごはん食べる!?」


「食べない」


「育つのに!?」


「そういう意味じゃない」


 火打ち石を出す。


「これをこうやって」


 かちっ。


 火花が散る。


「おお!」


 七人の声が重なった。


 もう一度。


 かちっ。


 火花。


「ひかる!」


 ユラ。


「火?」


「まだ火じゃない」


 火口へ火花を移す。


 ふっ。


 小さな煙。


 息を吹きかける。


 赤い点が広がり。


 ぼっ。


 炎が上がった。


「ついた!」


 フェルナが大騒ぎする。


「魔法なし?」


 ラグナが聞く。


「なし」


「アルド、火の魔法使えないの?」


「使えないぞ」


「でも火つけられる」


「道具があるからな」


 俺は細い枝を重ねる。


 火が少しずつ大きくなる。


「できないことがあったら、別のやり方を探せばいい」


 何となく言っただけだった。


 だが。


 隣にいたリシェルが、ぴたりと動きを止めた。


「……別のやり方」


「ああ」


 太めの薪を一本入れる。


「火の魔法が使えなくても、火は起こせる」


「…………」


「リシェル?」


「私もやる」


「いいけど慎重にな」


「うん」


     ◇


 一度火を消して。


 リシェルにやらせてみる。


 火打ち石。


 かちっ。


 火花は出た。


 でも火口には移らない。


「もう一回」


 かちっ。


 失敗。


「もう一回」


 かちっ。


「力入れすぎ」


「弱いと火花出ない」


「角度だな」


「角度?」


「こう」


 手を添える。


「真っ直ぐぶつけるんじゃなくて、少し擦る」


「……こう?」


 かちっ。


 さっきより大きな火花が散った。


「出た」


「そうそう」


 もう一度。


 かちっ。


 火口へ落ちる。


 煙。


「息」


 ふーっ。


「強すぎ」


 煙が消えた。


「…………」


「最初はそんなもんだ」


「もう一回」


 また最初から。


 かちっ。


 かちっ。


 かちっ。


 何度も。


 そして。


「……ついた」


 小さな火。


 リシェルの顔が明るくなる。


「ついた」


「ああ」


「魔法なしで」


「ああ」


「私が?」


「お前が」


 じっと炎を見る。


 その顔は。


 今まで本を読んでいた時より。


 もっと嬉しそうだった。


     ◇


「次フェルナ!」


「はいはい」


 場所を代わる。


「こうでしょ!」


 かちっ!


 勢いよく石を打つ。


「火花いっぱい!」


「方向が違う」


「なんで!?」


「飛ばす場所考えろ」


 もう一度。


 かちっ!


「痛っ!」


 指をぶつけた。


「ほら」


「石が悪い!」


「石は悪くない」


「今日も!?」


「今日もだ」


 ラグナは三回で成功した。


「簡単」


「ラグナずるい!」


「何が?」


「フェルナまだ!」


「ちゃんと見てなかったからでしょ」


「見てた!」


「見てない」


「見てた!」


「喧嘩するなら火から離れろ」


「はーい」


「……はい」


 ミレアは怖がったので見学。


 ノエルは一度やって。


「疲れる」


 でやめた。


「お前、何でもすぐ疲れるな」


「火、アルドがつける」


「覚えておけば便利だぞ」


「必要になったら覚える」


「……まあ、それも一つの考えか」


 ユラは当然まだ駄目。


「ユラも!」


「大きくなってから」


「いつ?」


「もう少し手が大きくなったら」


 自分の手を見る。


「明日?」


「そんな早く大きくならない」


「じゃあ、あさって?」


「気長に待て」


     ◇


 昼。


 暖炉の火を使ってスープを作る。


 リシェルはずっと火を見ていた。


「燃えるものと、燃えないものがある?」


「ああ」


「石は?」


「普通は燃えない」


「水は?」


「燃えない」


「鉄は?」


「俺の知ってる範囲じゃ、薪みたいには燃えない」


「どうして?」


「……そこまでは知らない」


「じゃあ一緒に考える?」


「好きだな、それ」


「うん」


 少し笑った。


「本に書いてある?」


「あるかもしれないな」


「読む」


「飯食ってからにしろ」


「うん」


 そこで。


 ラグナが何気なく言った。


「リシェル、魔法で火出せば早いんじゃない?」


 空気が止まった。


 リシェルの手が。


 匙を持ったまま固まる。


「ラグナ」


 セレスが低い声で呼んだ。


「え?」


「それは――」


「いい」


 リシェルが言った。


 小さな声だった。


「私、魔法使えないから」


 フェルナが首を傾げる。


「全部?」


「うん」


「ちょっとも?」


「うん」


「どうして?」


 悪意はない。


 フェルナは本当に分からないだけだ。


 リシェルは俯く。


「エルフなのに」


 ぽつり。


「魔力がないから」


「まりょく?」


 ユラ。


「魔法を使う力」


 セレスが教える。


「リシェルには、それがないの」


「…………」


 リシェルが服の裾を握る。


「だから」


 小さく。


「いらないって」


 言った。


 なるほど。


 こいつも。


 それで捨てられたのか。


「誰に?」


 フェルナが聞こうとする。


「聞かなくていい」


 俺が止めた。


「でも」


「本人が話したくなったら聞けばいい」


「……わかった」


 珍しく素直に引いた。


 俺はリシェルを見る。


「それで?」


「……え?」


「魔法が使えないと何か困るか?」


 リシェルが目を瞬く。


「火」


「さっきつけただろ」


「…………」


「水」


「川にある」


「飯」


「作れる」


「服」


「縫える」


「本」


「読める」


「じゃあ今のところ大して困ってないな」


「…………」


「違うか?」


「でも」


 リシェルが自分の尖った耳へ触れる。


「エルフは、魔法使うって」


「誰が言った?」


「……前にいたところ」


「そうか」


「使えない私は、エルフじゃないって」


「お前、自分がエルフだと思ってる?」


「…………うん」


「じゃあエルフでいいだろ」


「そんなのでいいの?」


「他に何がいる?」


「…………」


「俺はエルフじゃないから、その辺の決まりは知らん」


 正直に言う。


「でも」


 暖炉を指す。


「魔法がなくても火はついた」


 食卓を指す。


「飯も作れた」


 本棚を指す。


「お前は俺より難しい本を読むのが早い」


「アルドより?」


「たぶんな」


「…………」


「魔法が使えないなら、魔法を使わない方法を覚えればいい」


 リシェルが黙る。


「それじゃ駄目か?」


「…………」


 しばらくして。


 首を横に振った。


「駄目じゃない」


「ならいい」


 飯を食う。


 話は終わり。


 俺としては、その程度だった。


     ◇


 午後。


 リシェルは本棚から古い本を何冊も持ってきた。


「これは?」


「木工」


「これは?」


「狩り道具の手入れ」


「これは?」


「薬草」


「これは?」


「俺もよく分からん」


「読んでいい?」


「好きにしろ」


 床へ全部並べる。


「こんなに読むのか?」


「魔法じゃないこと、いっぱい知りたい」


「ああ」


「火も」


「うん」


「道具も」


「うん」


「薬草も」


「ああ」


「服も」


「好きにしろ」


「家も作れる?」


「覚えればな」


「私でも?」


「力仕事は姉妹に頼め」


「…………」


 リシェルがラグナを見る。


 ラグナは少し気まずそうにしていた。


「リシェル」


「なに?」


「さっき、ごめん」


「……何が?」


「魔法のこと」


「知らなかったから」


「でも嫌だった?」


「ちょっと」


「じゃあ、ごめん」


「うん」


 少し沈黙。


「ラグナ」


「なに?」


「重い本、取って」


「どれ?」


「あれ」


 一番上の棚。


「分かった」


 ひょい。


 簡単に取る。


「これ?」


「うん。ありがとう」


「…………」


「どうした?」


「別に」


 ラグナが少し笑った。


     ◇


 夜。


 七人を寝かせる前。


「アルド」


 リシェルが火打ち石を持ってきた。


「もう一回やりたい」


「今日は終わり」


「なんで?」


「夜だ」


「でも」


「明日もある」


「…………」


「忘れないよ」


「ほんと?」


「ああ」


 火打ち石を受け取る。


「これは逃げないし」


 本棚を見る。


「本も逃げない」


「うん」


「お前も明日いる」


「…………」


「だから今日は寝ろ」


 リシェルが頷く。


「明日も教えて」


「何を?」


「知らないこと」


「多すぎるだろ」


「いっぱい教えて」


「俺が知ってる範囲でな」


「うん」


 寝室へ向かう。


 途中で振り返った。


「アルド」


「なんだ?」


「魔法なくても」


「ああ」


「いっぱいできる?」


「できるだろ」


「全部?」


「全部は無理」


「…………」


「でも」


 俺は笑った。


「全部できる必要もない」


 リシェルも。


 小さく笑った。


「うん」


 その夜。


 リシェルは初めて。


 魔力のない自分を隠すことなく。


 姉妹たちと同じ部屋で眠った。


 そして翌朝から。


 我が家の本棚にある本が。


 一冊ずつ。


 恐ろしい勢いで彼女の寝床へ移動し始めることになる。


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