第7話 それは、悪い力じゃない
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七人が家へ来て五日目。
ようやく雨が上がった。
「外!」
朝飯を食べ終わったフェルナが、椅子から飛び降りる。
「待て」
「なんで!?」
「まだ地面が濡れてる」
「でも雨降ってない!」
「滑るぞ」
「転ばない!」
「お前がそれを言うと不安になる」
「今日は転ばない!」
そう言いながら玄関へ走り。
敷居につまずいた。
「わっ!」
どたん。
「…………」
「…………」
「今日も駄目だったな」
「今のは家の中!」
「どこで転んだかは関係ない」
「外では転ばない!」
「もう好きにしろ」
元気なのはいいことだ。
俺は食器を片づけながら、残り六人を見る。
「今日は山を少し歩くぞ」
「山?」
ラグナの目が輝いた。
「ああ。ただし俺から離れるな」
「どうして?」
「危ないものがある」
「熊?」
フェルナが即座に起き上がる。
「お前は熊を忘れろ」
「いる?」
「いるかもしれない」
「見たい!」
「見なくていい」
「倒す?」
「倒さない」
「なんで!」
「向こうが何もしないなら放っとけ」
フェルナは不満そうだった。
「山にはな」
俺は七人を見る。
「食えるものと、食えないものがある」
リシェルが反応する。
「茸?」
「茸も」
「毒?」
「ああ」
「昨日言ってた」
「そうだ」
「見たい」
「今日は教える」
ぱっと表情が明るくなった。
こいつは本当に知らないことを知るのが好きらしい。
「あと」
俺は少し考えた。
「俺が止まれって言ったら止まれ」
「どうして?」
ユラ。
「危ないからだ」
「なんで危ない?」
「その時に教える」
「わかった」
「それから勝手に口へ入れるな」
ちらり。
フェルナを見る。
「なんでフェルナ見るの!」
「一番やりそうだから」
「やらない!」
「ノエルもだぞ」
木苺を食べていたノエルが止まる。
「……分かった」
「今、ちょっと嫌そうな顔したな?」
「してない」
「した」
◇
山道を八人で歩く。
昨日までの雨で、土は柔らかい。
「滑るからゆっくり――」
「うわっ!」
どたん。
「フェルナ」
「…………」
「まだ家から百歩くらいだぞ」
「石が!」
「石は動いてない」
「フェルナが動いた」
ラグナが言う。
「分かってる!」
「じゃあ石のせいじゃない」
「ラグナ嫌い!」
「私も!」
「はいはい。歩け」
朝から元気だ。
ユラは小さいので、途中から俺が手を繋いだ。
ミレアはその反対側。
セレスは自然と一番後ろへ回って、妹たちを見ている。
「セレス」
「なに?」
「前歩いていいぞ」
「ここでいい」
「どうして?」
「みんな見えるから」
「…………」
本当に世話焼きだな。
俺は何も言わず、そのまま歩くことにした。
◇
「これ」
しばらく歩いたところで、足元の草を指す。
「食える」
「葉っぱ?」
フェルナ。
「野草だ」
「そのまま?」
「食えるけど、茹でた方がいい」
リシェルがしゃがむ。
「どうやって見分ける?」
「葉の形と色」
「似てるのは?」
「ある」
「間違えたら?」
「腹を壊すものもある」
「死ぬ?」
「ものによっては」
七人が少し真剣な顔になる。
「だから分からなかったら?」
俺が聞く。
ユラが手を上げた。
「きく!」
「誰に?」
「アルド!」
「俺も分からなかったら?」
今度はリシェル。
「食べない」
「正解」
フェルナが不満そうだ。
「ちょっと食べて確かめたら?」
「毒だったらどうする」
「ちょっとなら?」
「ちょっとでも駄目なものはある」
「じゃあ食べない」
「それでいい」
少し進む。
赤い実。
紫色の茸。
薬になる葉。
触るとかぶれる草。
一つずつ教える。
リシェルは全部覚えようとしている。
セレスも真剣。
ラグナとフェルナは途中から虫を追いかけ始めた。
「離れるなよ!」
「離れてない!」
「そこから先行くな!」
「分かった!」
本当に分かっているのか。
◇
「アルド!」
しばらくして。
ミレアの声がした。
「どうした?」
「ユラが」
振り返る。
ユラが地面に座っていた。
「いたい……」
小さな膝から血が出ている。
転んで石で切ったらしい。
「見せてみろ」
しゃがむ。
傷は浅い。
血もそれほど出ていない。
「大丈夫だ」
「いたい」
「痛いよな」
頭を撫でる。
「水で洗って布を巻けば――」
その時だった。
「ユラ」
ミレアが隣へ膝をついた。
「大丈夫」
小さな手が。
ユラの膝へ触れる。
「ミレア?」
セレスが呼ぶ。
次の瞬間。
淡い光が生まれた。
「…………」
白い。
暖かい光。
ミレアの掌から溢れて。
ユラの傷を包む。
「……?」
ユラも泣くのを忘れて見ている。
数秒。
光が消えた。
「…………」
血も。
傷も。
なくなっていた。
「お?」
思わず声が出た。
ユラが自分の膝を触る。
「いたくない」
立つ。
ぴょん。
「なおった!」
「そうみたいだな」
便利な力だ。
「ミレア」
俺が名前を呼んだ瞬間。
びくっ。
ミレアの肩が跳ねた。
「…………」
「どうした?」
顔色が悪い。
自分の手を隠すように、背中へ回した。
「ミレア?」
「……ごめんなさい」
「何が?」
「使っちゃった」
「何を?」
「……これ」
もう一度。
小さな手に白い光が灯る。
すぐ消えた。
「今の力か?」
こくり。
「どうして謝る?」
「……だめだから」
「何が?」
「魔族なのに」
そこで。
初めて思い出した。
セレスが山で言いかけていたこと。
ミレアは――。
「聖なる力、だから」
小さな声。
「魔族が使っちゃ、だめなの」
「誰が決めた?」
ミレアが黙る。
「誰かに言われたのか?」
こくり。
「気持ち悪いって」
「…………」
「魔族じゃないって」
手が震えている。
「だから……使ったら駄目」
なるほど。
こいつが捨てられた理由は。
これか。
「でも」
俺はユラを見る。
「治ったぞ」
「……え?」
「ユラの怪我」
「うん」
「痛くなくなったんだろ?」
ユラが元気よく頷く。
「いたくない!」
「なら良い力じゃないか」
「…………」
ミレアが俺を見る。
「でも、聖なる力」
「それが何だ?」
「魔族なのに」
「ミレアはミレアだろ」
「…………」
「その力使ったら、腹減るとか、痛いとかあるか?」
「……ちょっと、つかれる」
「じゃあ使いすぎるな」
「それだけ?」
「ああ」
「気持ち悪くない?」
「何が?」
「白いの」
俺は首を傾げる。
「綺麗だったぞ」
「…………」
ミレアの目が大きくなる。
「怪我治せるんだろ?」
「……うん」
「じゃあ便利だな」
「便利……」
「ただ」
俺は少し真面目な声にする。
「自分が倒れるまで使うなよ」
「どうして?」
「お前が倒れたら今度は誰が治すんだ」
「…………」
「人を助けるのはいい。でも、自分も大事にしろ」
ミレアは。
しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……うん」
小さく。
本当に小さく頷いた。
◇
「ミレアすごい!」
帰り道。
フェルナが大騒ぎしていた。
「怪我全部治せる!?」
「……分からない」
「じゃあ試そう!」
「何を?」
「フェルナ怪我してくる!」
「やめろ!」
首根っこを掴む。
「なんで!」
「治せるから怪我していいわけじゃない!」
「でもミレアが――」
「ミレアが疲れるだろ」
「…………」
フェルナがミレアを見る。
「疲れる?」
「ちょっと」
「じゃあやめる」
早い。
「痛いの嫌だし」
「そっちが本音だろ」
「うん!」
素直なのはいいことだ。
ラグナがミレアの手を見る。
「私も怪我したら治してくれる?」
「うん」
「でも疲れるならいい」
「小さい怪我なら」
「じゃあ大きい時だけ」
「うん」
セレスが口を挟む。
「大きい怪我する前に気をつけなさい」
「セレス姉みたい」
フェルナが言う。
「私はセレスだけど?」
「アルドみたいって言おうとした!」
「全然違うじゃない!」
また騒がしい。
その後ろで。
ミレアが俺の服の裾を掴んだ。
「ん?」
「アルド」
「なんだ?」
「さっき」
「ああ」
「綺麗って言った」
「言ったな」
「…………」
「嘘じゃないぞ」
「うん」
少しだけ笑う。
「……もう一回使ってもいい?」
「必要な時ならな」
「怒らない?」
「人を怪我させる力じゃないんだろ?」
「うん」
「なら怒る理由がない」
「…………」
「ただし使いすぎるな」
「うん」
裾を握っていた手が。
少しだけ緩んだ。
◇
家へ戻った後。
俺は七人へ簡単な傷の手当てを教えた。
「ミレアがいるのに?」
ラグナが聞く。
「いつも一緒とは限らないだろ」
「ずっと一緒じゃないの?」
「今はな」
「じゃあ何で?」
「覚えておいて損はない」
布を巻く。
傷を洗う。
出血が多いなら押さえる。
「怪我したら」
俺は七人を見る。
「まず慌てるな」
「痛くても?」
ユラ。
「痛かったら泣いてもいい」
「泣いていい?」
「ああ」
「でも、まず自分がどうなってるか見る」
フェルナが手を上げる。
「血いっぱいだったら?」
「俺を呼べ」
「アルドいなかったら?」
「セレスでもいい」
セレスが目を丸くする。
「私?」
「一番上なんだから、少しずつ覚えてくれ」
「…………うん」
「でも」
俺は続ける。
「全部セレスに任せるなよ」
六人を見る。
「できる奴が手伝う」
「ミレアも?」
「ああ」
「フェルナも?」
「もちろん」
「何する?」
「騒がない」
「…………」
「まずそこからだ」
「ひどい!」
◇
その夜。
寝る前。
俺が薪を確認していると。
「アルド」
ミレアがやって来た。
「どうした?」
小さな手を出す。
掌に。
淡い白い光。
「見て」
「ああ」
「気持ち悪くない?」
「まだ気にしてたのか」
「……ちょっと」
俺は光へ手を近づける。
暖かい。
「綺麗だよ」
「…………」
「それに」
ミレアを見る。
「お前の力だろ?」
「うん」
「なら、お前がどう使うか決めればいい」
「私が?」
「ああ」
「誰かに駄目って言われても?」
「悪いことに使うなら止める」
「怪我を治すのは?」
「いいことだろ」
「…………」
光が少し強くなった。
「じゃあ」
ミレアが。
初めて。
その力を隠さずに笑った。
「ユラが怪我したら、また治す」
「ああ」
「フェルナが転んでも?」
「毎日治してたらお前が先に倒れる」
「……じゃあ大きい怪我だけ」
「それがいい」
寝室へ戻っていく。
扉の向こうから。
「ミレア!」
「なに?」
「フェルナここ痛い!」
「どこ?」
「昨日ぶつけたとこ!」
「それ治ってる」
「じゃあここ!」
「そこ何もないよ」
「光見たい!」
「だめ」
「ちょっとだけ!」
「寝なさい!」
セレスの声。
「はーい……」
静かになった。
俺は笑いながら暖炉へ薪を足す。
この家へ来るまで。
あの子は自分の力を。
悪いものだと思っていたらしい。
だが。
怪我を治せるなら。
それでいい。
どんな名前の力なのか。
どの種族が使うべきなのか。
そんなことは。
俺にはよく分からない。
だから。
この家では。
人を助けられる力なら。
それを恥ずかしがる必要なんてない。
ただ、それだけでいい。
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