第6話 七人それぞれの『できること』
七人が家へ来て四日目。
朝から雨だった。
「外、行けない?」
窓に張りついたフェルナが、不満そうに尻尾を揺らしている。
「今日はやめとけ」
「ちょっとだけ!」
「泥だらけになるぞ」
「洗えばいい!」
「昨日風呂入ったばかりだろ」
「また入ればいい!」
「薪が減る」
「じゃあ薪取ってくる!」
「雨だから外に出るなって話をしてるんだ」
「むぅぅ……」
完全に拗ねた。
ラグナは暖炉の前で膝を抱えている。
リシェルは昨日から本棚に入り浸り。
ノエルは木苺を食べている。
ミレアはユラの髪を結ぼうとして失敗していた。
「うごかないで」
「ひっぱる」
「ちょっとだけ」
「いたい」
「ごめん」
セレスは台所で俺の横に立っている。
「今日は何するの?」
「雨だからな」
俺は鍋を火にかけながら考えた。
外仕事はできない。
畑も無理。
狩りも急ぎじゃない。
「家の中でできることを教えるか」
「できること?」
「ああ」
七人も、ずっと子供のままじゃない。
ここで暮らすなら、少しずつ自分のことくらいはできるようになった方がいい。
とはいえ。
昨日まで山に捨てられていた子供たちだ。
急がせる必要はない。
「まず朝飯食ってからだな」
「ごはん!」
ノエルが即座に反応した。
「お前、本当にそれだけは聞き逃さないな」
「大事」
「まあ、大事だけど」
◇
朝飯の後。
俺は七人を居間へ集めた。
「今日は、お前らが何をできるか見てみる」
「試験?」
セレスが聞く。
「試験じゃない」
「できなかったら?」
「何もない」
「ほんと?」
「ああ」
「できたら?」
「何もない」
「え?」
フェルナが首を傾げる。
「じゃあ何でやるの?」
「知っといた方が便利だから」
「誰が?」
「俺が」
「アルドが?」
「ああ」
たとえば料理が得意な奴。
細かい作業が得意な奴。
掃除が得意な奴。
逆に危ないことが苦手な奴。
それが分かれば、無理に同じことをやらせなくて済む。
「昨日言っただろ」
俺はリシェルを見る。
「できる奴が、できない奴を手伝えばいいって」
リシェルが頷く。
「だから今日は、何ができるか探す」
「全部できたら?」
ラグナ。
「すごいな」
「全部やる」
「張り切るな」
◇
最初は。
「洗濯」
「せんたく?」
「服を洗う」
昨日直した服を何枚か出す。
幸い、雨水が桶に溜まっている。
「こうやって水につける」
布を濡らす。
「汚れたところをこする」
「力いっぱい?」
ラグナ。
「破れるからほどほど」
「ほどほどって?」
「……難しい質問するな」
実際に見せる。
「これくらい」
「分かった」
ラグナが服を掴む。
ごし。
びりっ。
「…………」
服が裂けた。
ラグナが固まる。
「……ほどほど?」
「もうちょっと弱く」
「…………」
耳まで赤くなった。
「ごめん」
「直せばいい」
「怒らない?」
「わざとじゃないだろ」
「…………」
「次はもう少し弱くな」
「うん」
横でフェルナが笑う。
「ラグナ下手!」
「じゃあフェルナやってみなさいよ!」
「やる!」
ごしごしごしごし!
「速すぎる」
「でも破れてない!」
「泡が飛んでる!」
ばしゃっ。
俺の顔に水がかかった。
「…………」
「…………」
フェルナが止まる。
「ごめんなさい」
「分かればよろしい」
意外と素直だ。
セレスは慎重。
リシェルも上手い。
ミレアは少し時間がかかるが丁寧。
ノエルは。
「……疲れた」
「まだ一枚目だぞ」
「腕いたい」
「じゃあ休め」
「いいの?」
「ああ」
ユラはそもそも桶に手が届かない。
「ユラもやる」
「じゃあ小さい布な」
布巾を渡す。
「これ?」
「ああ」
ちょこちょこ擦る。
「できた?」
「まだだな」
「まだ?」
「もう少し」
「……いっぱいやる」
「無理すんな」
結局。
洗濯が一番上手かったのはセレスだった。
「セレス、上手いな」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ私が全部やる」
「全部はやるな」
「どうして?」
「お前だけ疲れる」
「でも一番上手い」
「だからって全部押しつけるのは違う」
セレスが少し考える。
「じゃあ?」
「教えてやればいい」
「誰に?」
「妹たちに」
「…………」
フェルナが嫌そうな顔をする。
「セレス姉、細かそう」
「フェルナ!」
「ほら始まった」
◇
次。
「料理」
「食べる!」
ノエル。
「作る方だ」
「…………」
露骨に興味が消えた。
「お前は分かりやす過ぎる」
今日は簡単なもの。
芋を洗って。
皮を剥いて。
切って。
鍋に入れる。
「刃物は俺が見てる時だけな」
「できる」
ラグナが言う。
「最初はゆっくり」
「分かった」
ナイフを持つ。
芋。
すっ。
「お」
綺麗に切れた。
「上手いな」
「ほんと?」
「ああ」
ラグナが得意そうにする。
「次!」
「調子乗るな」
リシェルも悪くない。
セレスも。
ミレアは刃物を怖がったので、無理にやらせなかった。
「怖いなら今はやらなくていい」
「……でも」
「いつかやりたくなったらやれ」
「うん」
フェルナは。
「えい!」
「危ない!」
芋を真っ二つに叩き切った。
「切れた!」
「そういう切り方するな!」
「でも早い!」
「指まで切るぞ!」
「切らない!」
「お前の『切らない』『転ばない』は信用できない!」
「ひどい!」
そしてノエル。
「ノエルもやるか?」
「味見は?」
「まだ何も作ってない」
「じゃあ後で」
「やらないのか」
「うん」
「潔いな」
ユラには芋洗いを任せた。
じゃぶじゃぶ。
「きれい?」
「もうちょい」
「まだ?」
「土ついてるだろ」
「どこ?」
「ここ」
「あ」
小さい指でこする。
「できた!」
「よし」
得意不得意。
やっぱり結構ある。
◇
昼。
七人が作った芋のスープを食べる。
「おいしい!」
フェルナが叫ぶ。
「自分で作ったから余計にな」
「フェルナが切った!」
「叩き割った、の間違いだ」
「同じ!」
「違う」
ラグナも少し誇らしそう。
「私の芋、どれ?」
「分かるわけないだろ」
「これかも」
「どれでもいい」
ノエルは食べながら言う。
「料理、いいね」
「さっき興味なかっただろ」
「食べられる」
「結局そこか」
セレスが俺を見る。
「アルド」
「ん?」
「今日のごはん、私たちが作った?」
「半分くらいな」
「じゃあ」
少し迷って。
「役に立った?」
「役に立ったよ」
「……そっか」
その顔を見て。
俺は少し気になった。
「セレス」
「なに?」
「役に立たないと駄目なのか?」
「…………」
「ここにいるのに」
「……だって」
匙を握る。
「何もできないと、いらないって言われるから」
部屋が静かになった。
ラグナも。
リシェルも。
フェルナでさえ黙っている。
どうやら。
似たようなことを言われたことがあるらしい。
「誰に言われたかは聞かない」
俺はスープを一口飲む。
「でも、この家では違う」
七人を見る。
「何もできない日があっても飯は出る」
「…………」
「怪我して寝てても追い出さない」
「…………」
「苦手なことがあっても別にいい」
リシェルが俺を見る。
「できることがない人は?」
「そんな奴、ほとんどいない」
「でも、いたら?」
俺は少し考える。
「何もできないなら、元気になるまで寝てればいい」
「ずっと?」
「ずっと何もできないって決めつけるのが早い」
「…………」
「それに」
ユラを見る。
さっきまで芋を洗っていた小さな手。
「ユラなんて、今できることほとんどないぞ」
「ユラできる!」
「何できる?」
「……いも、あらった」
「それはできたな」
「あと」
考える。
「ごはんたべる!」
「それは全員できる」
「ねる!」
「それもだな」
「…………」
困っている。
俺は笑った。
「でも、別に困らない」
「なんで?」
「三歳くらいの子供に何を期待するんだ」
「…………」
「大きくなってから覚えればいい」
ユラの頭を撫でる。
「今は食って寝てろ」
「うん」
嬉しそうに笑った。
「だから」
セレスへ視線を戻す。
「役に立つから家族なんじゃない」
「…………」
「家族だから、一緒に暮らしてる」
セレスが何も言わない。
その代わり。
少しだけ俯いた。
◇
午後。
今度は掃除。
「ほうき」
「知ってる!」
フェルナが言う。
「珍しいな」
「見たことある!」
「使ったことは?」
「ない!」
「じゃあ知らないのとあんまり変わらない」
「知ってる!」
「はいはい」
掃く。
集める。
捨てる。
簡単。
と思った。
「フェルナ!」
「なに!?」
「ゴミを逆に広げるな!」
「いっぱい動かした方がきれいになると思った!」
「ならない!」
ラグナは力を入れすぎて埃を舞わせる。
リシェルは一箇所ずつ丁寧過ぎて進まない。
ノエルは途中で座った。
ミレアはかなり上手い。
セレスも。
ユラは小さい箒で壁を掃いている。
「ユラ」
「なに?」
「床な」
「かべ、きたない」
「……まあいいか」
確かに少し埃があった。
結局。
掃除はミレアが一番得意だった。
「ミレア、上手いな」
「……ほんと?」
「ああ」
「セレス姉より?」
「比べなくていい」
「…………」
「ミレアは丁寧。セレスは早い」
「違う?」
「違う」
「どっちがいい?」
「場所による」
ミレアが考える。
「じゃあ」
「ん?」
「一緒にやればいい?」
「そうだな」
セレスを見る。
「今度、一緒にやろ」
「うん」
何となく。
少しずつ姉妹らしくなってきた。
◇
夕方。
雨はまだ止まない。
七人は暖炉の前に集まっていた。
「今日分かったこと」
俺は指を折る。
「セレスは家の仕事を覚えるのが早い」
セレスが少し照れる。
「ラグナは刃物を扱うのが上手い。ただし力加減が下手」
「……直す」
「フェルナは」
「フェルナは!?」
「元気」
「それだけ!?」
「あと片付けを増やすのが得意」
「ひどい!」
「でも」
少し考える。
「誰より先にやりたがる」
フェルナが止まる。
「失敗しても、またやる」
「…………」
「それは結構すごい」
尻尾が上がった。
「やっぱりフェルナすごい!」
「調子に乗るのも早い」
「むぅ!」
「リシェルは細かいことに気づく。読むのも覚えるのも早い」
リシェルが静かに頷く。
「ミレアは丁寧」
「うん」
「ノエルは」
「食べるの得意」
本人が先に言った。
「自分で言うな」
「違う?」
「違わないのが困る」
少し考える。
「でも、ユラの面倒を見るのは上手いな」
「そう?」
「ああ」
ノエルがユラを見る。
ユラも見る。
「ユラ好き」
「ノエルもすき」
二人で笑う。
「ユラは」
ユラが期待した顔をする。
「まだ小さい」
「…………」
「でも、聞いたことを覚えるのは早い」
「ほんと?」
「ああ」
「ユラすごい?」
「すごい」
「ふふ」
「で」
最後。
「俺は?」
フェルナが聞いた。
「アルドは何ができる?」
「俺?」
「うん!」
七人が見る。
「飯作る」
「うん」
「狩り」
「うん」
「家直す」
「うん」
「服直す」
「うん!」
「いっぱいできる!」
フェルナが両手を広げる。
「大人だからな」
「じゃあ全部一番?」
「いや」
「なんで?」
「もっと上手い奴はいくらでもいる」
「…………」
「俺ができるのは、山で暮らすのに必要なことを少しずつだ」
セレスが聞く。
「一番じゃなくてもいい?」
「ああ」
「どうして?」
「困らないから」
「…………」
「一番じゃなくても、必要なことができれば生きていける」
七人は黙って聞いている。
「足りないところは誰かに頼ればいい」
「姉妹に?」
ミレア。
「姉妹でも、俺でも」
「外に行ったら?」
ラグナ。
「その時は、その時一緒にいる奴に」
「知らない人でも?」
「信用できるならな」
「どうやったら分かる?」
「……それは難しいな」
「アルドも分からない?」
「間違えることはある」
七人が驚く。
「間違ってもいいの?」
セレス。
「よくはない」
「…………」
「でも、人は間違える」
俺は薪を暖炉へ放り込む。
「間違ったら直せばいい」
「直せなかったら?」
「謝る」
「それでも?」
「できるだけ償う」
「それでも駄目だったら?」
「忘れずに次はやらない」
セレスはしばらく考えていた。
「間違わない人はいない?」
「ああ」
「アルドも?」
「あるよ」
「いっぱい?」
「……そこは聞かなくていい」
フェルナが笑った。
「アルドも失敗する!」
「するよ」
「じゃあフェルナも失敗していい!」
「同じ失敗を十回するなよ」
「……五回なら?」
「減らそうとする努力はしろ」
◇
夜。
七人が寝室へ入った後。
扉の向こうから声が聞こえた。
「セレス姉、明日洗濯教えて」
ミレア。
「いいよ」
「ラグナ、芋の切り方教えて」
リシェル。
「うん」
「フェルナは?」
「フェルナは……」
沈黙。
「応援する!」
「それ手伝ってない」
「じゃあいっぱい動く!」
「余計散らかすからやめて!」
「なんで!」
また始まった。
その隣で。
「ノエル」
「なに?」
「ユラ、明日もいも洗う」
「うん」
「ノエルも?」
「ノエルは食べる」
「…………」
「だめ?」
「いっしょに洗お」
「……少しだけ」
俺は扉の外で笑った。
得意なこと。
苦手なこと。
できること。
できないこと。
七人全部が同じである必要なんてない。
足りないところを。
別の誰かが埋めればいい。
この家では。
それで十分だった。
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