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第5話 知らないことは、聞けばいい



 七人が家へ来て三日目。


 朝飯を食べ終えた俺は、食卓に並ぶ七人を見て、ようやく一つの問題に気づいた。


「……服だな」


「ふく?」


 フェルナが自分の服を見下ろす。


「ああ」


 七人が着ているのは、山で見つけた時のままだ。


 汚れている。


 破れている。


 サイズも合っていない。


 ラグナの服なんて肩が破れているし、ユラの服は裾が長すぎて歩くたびに踏みそうになっている。


「洗うか」


「洗う?」


 今度はユラ。


「服を」


「脱ぐの?」


「ああ」


「…………」


 七人が一斉に黙った。


「どうした?」


 セレスが慎重に聞く。


「脱いだら……何着るの?」


「あ」


 そこまで考えてなかった。


 替えの服がない。


「……困ったな」


「このままでいい」


 セレスがすぐ言った。


「よくない。汚れてるだろ」


「平気」


「俺が平気じゃない」


 山で何日過ごしていたのかも分からない。


 一度ちゃんと体も洗わせたい。


「俺の服を使うか」


「アルドの?」


「ああ」


「大きいよ?」


「知ってる」


 俺の古いシャツを腰で縛れば、しばらくは何とかなるだろう。


 問題は七人分あるかどうか。


「物置に古いのが……」


 そこで。


 リシェルが小さく手を上げた。


「なに?」


「服って、作れる?」


「作れるぞ」


 全員の目が俺へ向いた。


「アルドが?」


「簡単なのなら」


「すごい!」


 フェルナが食いついた。


「すごくない。針と糸があれば誰でも――」


「針って?」


「…………」


 俺は口を閉じた。


「糸は?」


 ミレアまで聞く。


「……そこからか」


 どうやら。


 俺が当たり前だと思っていることを、こいつらが知っているとは限らないらしい。


「よし」


 立ち上がる。


「今日は服を直す」


「服を作るの?」


「まずは今の服を直す。それから新しいのも作る」


「私も!」


 セレスがすぐ立つ。


「私もやる!」


 フェルナ。


「針って見たい」


 リシェル。


 ラグナも興味ありそうにしている。


「全員でやる必要はないぞ」


「やりたい」


 セレスが言った。


「じゃあ教える。ただし針は尖ってるから気をつけろ」


「刺さる?」


「ああ」


「刺さったら?」


「痛い」


「死ぬ?」


「普通は死なない」


 フェルナが安心した。


「じゃあ平気!」


「平気じゃない。刺すな」


     ◇


 裁縫道具を出すと。


 七人が机を囲んだ。


「これが針」


「ちっちゃい」


 ユラが覗き込む。


「触るなよ」


「なんで?」


「刺さるからだ」


「さっき聞いた」


「なら聞くな」


 ユラが少し笑った。


 最近。


 こいつも少しずつ遠慮がなくなってきた。


「これが糸」


「これで服ができる?」


 ラグナ。


「布を繋ぐ」


「どうやって?」


「こう」


 針に糸を通す。


 破れた布を重ねる。


 縫う。


「おお……」


 なぜか七人とも真剣だ。


「ここを通して」


 針を入れる。


「出して」


 引く。


「また通す」


「それだけ?」


 セレス。


「基本はな」


「簡単そう」


「簡単だぞ」


「やる」


「待て」


 俺はセレスへ針を渡す。


「指を刺すなよ」


「うん」


 セレスが慎重に布へ針を通す。


 少し曲がった。


「……曲がった」


「最初はそんなもんだ」


「やり直す」


「別にそれでも使える」


「でも」


「綺麗にしたいならやり直せ」


 セレスは少し考えて。


「やり直す」


「そうか」


 今度はゆっくり。


 さっきより真っ直ぐだった。


「できた」


「上手いじゃないか」


「……ほんと?」


「ああ」


 少しだけ嬉しそうに笑った。


「次わたし!」


 フェルナが手を上げる。


「お前は絶対刺しそうだから後だ」


「なんで!?」


「三日連続で床に転ぶ奴だから」


「今日はまだ転んでない!」


「朝、椅子にぶつかっただろ」


「あれは転んでない!」


「似たようなもんだ」


「ちがう!」


 ラグナが横から言う。


「私が先」


「なんで!」


「フェルナより安全だから」


「ラグナだって石投げた!」


「関係ないでしょ!」


「はいはい」


 俺は二人の間へ入る。


「順番だ」


「どっちが先?」


「じゃんけん」


「じゃんけん?」


 七人が揃って首を傾げた。


「……知らないのか」


 また一つ増えた。


「手で勝ち負けを決める遊びだ」


「勝ったら先?」


「ああ」


「やる!」


 フェルナがすぐ食いついた。


「まず三つある」


 握り拳を作る。


「これが石」


 指を二本出す。


「これが鋏」


 手を開く。


「これが紙」


「どうして?」


 リシェル。


「何が?」


「石と鋏と紙で勝負するの?」


「そういう遊びだから」


「どうして石は鋏に勝つ?」


「石で鋏を壊すから」


「紙は?」


「石を包む」


「鋏は?」


「紙を切る」


「……全部、順番に強い」


「そう」


 リシェルが妙に感心した。


「すごい」


「そんなに感心するものか?」


「誰が考えたの?」


「知らん」


「アルドじゃない?」


「違う」


「じゃあ誰?」


「知らないって」


 リシェルは納得できない顔をしている。


 知らないものは知らない。


「分からないことがあったらな」


 俺は言った。


「分からないって言っていいんだぞ」


 七人がこちらを見る。


「全部知ってる奴なんていない」


「アルドも?」


 ユラ。


「もちろん」


「大人なのに?」


「ああ」


「大人は全部知ってるんじゃないの?」


「そんなわけあるか」


「…………」


 七人が妙な顔をする。


「お前ら、大人を何だと思ってる」


「強い」


 ラグナ。


「ごはん作れる」


 ノエル。


「高いところ届く」


 ユラ。


「熊倒せる」


 フェルナ。


「熊から離れろ」


「でも大人すごい!」


「できないことも多い」


 俺は針を置く。


「知らないなら聞けばいい」


「誰に?」


 ミレア。


「知ってそうな奴に」


「誰も知らなかったら?」


「一緒に考える」


「それでも分からなかったら?」


「分からないままでいいこともある」


 セレスが俺を見る。


「分からないのって……悪いことじゃない?」


「どうして悪いんだ?」


「…………」


「知ったふりする方が困る」


「知ったふり?」


「分からないのに、分かるって言うことだ」


「どうして?」


「間違えるからな」


 少し考えて。


「山で知らない茸を見つけたとする」


 フェルナがすぐ反応する。


「食べる!」


「食べるな」


「おいしいかも!」


「毒かもしれない」


「…………食べない」


「分からないなら、分かる奴に聞け」


「アルドに?」


「ああ。俺でも分からなかったら食べない」


「なるほど!」


 命に関わる話だと理解が早い。


     ◇


 その後。


 じゃんけんを教えた。


「最初はぐー」


「ぐー!」


「じゃんけん――」


「ぽん!」


 ラグナが石。


 フェルナが紙。


「フェルナの勝ち」


「やったあああ!」


「なんで!?」


「紙は石に勝つって言っただろ」


「石の方が強い!」


「遊びの決まりだ」


「納得できない!」


「負け惜しみするな」


「もう一回!」


「いいよ!」


 結局。


 針の順番を決めるだけだったのに。


 十五回やっていた。


「いつまでやってるんだ」


「今七勝七敗!」


 フェルナ。


「次で決まる!」


 ラグナ。


「最初の一回で決まってただろ」


「これは別!」


「何が別なんだ」


 まあ。


 楽しそうだからいいか。


 最後はラグナが勝った。


「勝った!」


「もう一回!」


「終わり!」


「むぅ!」


 フェルナは不満そうだったが。


「次、針やりたいなら待て」


「待つ!」


 そこは素直だ。


     ◇


 昼までかけて。


 全員の服の破れを直した。


 と言っても、半分以上は俺がやった。


 セレスとリシェルはかなり覚えが早い。


 ミレアもゆっくりならできる。


 ラグナは力を入れすぎて針を曲げた。


 フェルナは二回指を刺した。


「痛い!」


「だから言っただろ」


「針が悪い!」


「また道具のせいにするな」


 ノエルは途中で飽きた。


 ユラは糸を絡ませた。


「…………」


 絡まった糸を見つめている。


「どうした?」


「わからない」


「何が?」


「戻し方」


「じゃあ?」


 ユラが少し考える。


 そして。


「アルド、おしえて」


「よし」


 俺は隣へ座った。


「ここを引っ張ると余計に締まる」


「うん」


「だから先にこっちを緩める」


「…………」


「分かるか?」


「わかんない」


「じゃあもう一回」


「うん」


 ゆっくり見せる。


「あ」


 ユラが指差す。


「そこ?」


「そう」


「わかった!」


「じゃあやってみろ」


 小さな指で糸を触る。


 何度か失敗して。


 ようやくほどけた。


「できた!」


「できたな」


「ユラすごい?」


「すごい」


 嬉しそうに笑う。


 その横で。


 セレスがじっとこちらを見ていた。


「どうした?」


「……私も」


「ん?」


「分からないこと、聞いていい?」


「何回同じこと言わせるんだ」


「…………」


「聞けばいい」


 セレスは少し迷って。


「じゃあ」


 自分の服を指差す。


「ここ、どうやったら綺麗に縫える?」


「そこか」


 俺は隣の椅子を叩く。


「持ってこい」


「うん」


     ◇


 夕方。


 服を直し終わった後は。


 もう一つの大仕事が待っていた。


「風呂に入るぞ」


 七人が止まる。


「ふろ?」


 予想通り。


「体を洗う」


「川で?」


 ラグナ。


「今日は家で」


「家で水浴び?」


「湯だ」


「ゆ?」


「温かい水」


「水があったかいの?」


 フェルナが驚いた。


「火で温める」


「水、燃える!?」


「燃えない」


「じゃあなんで温かくなるの!?」


「……説明長くなるな」


 リシェルがすでに聞く体勢になっている。


 こいつは絶対に止まらない。


「とりあえず今日は入れ」


 浴室というほど立派なものではない。


 大きな木桶に湯を張るだけだ。


「七人まとめては無理だな」


「アルドも入る?」


 ユラ。


「入らない」


「なんで?」


「お前らだけで入れ」


「できない」


「セレスがいるだろ」


 セレスを見る。


「できるか?」


「……分からない」


 以前なら「できます」と言っていたかもしれない。


 だが。


 今日はちゃんと言った。


「分からない」


「そうか」


「教えて」


「ああ」


 俺は笑った。


「最初だけな」


     ◇


 しばらくして。


 浴室から。


「つめたい!」


「それ水!」


「こっち!?」


「フェルナ、かけないで!」


「ラグナが先に!」


「ユラ、滑る!」


「ノエル寝ないで!」


「寝てない」


「目閉じてる!」


「静かに入れ!」


 俺は扉の外から叫んだ。


「アルド!」


「なんだ!」


「石鹸、目に入った!」


 フェルナ。


「水で流せ!」


「目開けられない!」


「閉じたままでいい!」


「わかんない!」


「セレス!」


「今やってる!」


 ……本当に大丈夫なのか。


 数分後。


 七人が湯気だらけになって出てきた。


 俺の古いシャツを着ている。


 一番小さいユラなんて、裾が床につきそうだ。


「さっぱりしたか?」


「ぽかぽか!」


 フェルナ。


「お湯、すごい」


 ミレア。


「毎日入る?」


 ノエル。


「水と薪に余裕があればな」


「毎日がいい」


「じゃあ薪拾い手伝え」


「やる」


 珍しく即答した。


「髪乾かすぞ」


「かわかす?」


「濡れたままだと冷える」


 また七人に新しいことを教える。


 櫛。


 布。


 髪の乾かし方。


 自分の服の畳み方。


 汚れ物を入れる籠。


 一つ教えるたび。


 七人は何度も聞いた。


「これは?」


「どうして?」


「分からない」


「教えて」


 昨日までなら。


 知らないことを隠そうとしていた子もいた。


 できないことを隠そうとしていた子もいた。


 でも今日は。


 少しずつ。


 口に出すようになっていた。


     ◇


 寝る前。


 俺は七人へ言った。


「明日から、分からないことがあったら聞け」


「何でも?」


 フェルナ。


「答えられることならな」


「熊の倒し方!」


「近づくな」


「それ答えじゃない!」


「子供にはそれが答えだ」


「むぅ」


 ラグナが手を上げる。


「竜ってどれくらい強い?」


「知らない」


「アルドでも?」


「ああ」


「…………」


 ラグナが驚いた顔をする。


 そして。


「じゃあ、一緒に考える?」


「会った時にな」


「うん」


 リシェルも。


「星はどうして落ちてこないの?」


「…………」


「知らない?」


「知らない」


「じゃあ一緒に考える?」


「それは俺にも難しいな」


「でも考える」


「好きにしろ」


 嬉しそうだった。


 最後に。


 セレスが言った。


「アルド」


「なんだ?」


「分からないことが、いっぱいある」


「そりゃそうだ」


「全部聞いてもいい?」


「ああ」


「迷惑じゃない?」


「質問くらいで迷惑になるか」


「…………そっか」


「ただし俺も知らないことはある」


「その時は?」


「一緒に考える」


 セレスが笑った。


「うん」


 この日から。


 我が家では。


 分からないことを恥ずかしがらない。


 知らないことを知ったふりしない。


 聞ける相手がいるなら聞く。


 誰も知らないなら、一緒に考える。


 そんな決まりが。


 いつの間にか一つ増えた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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