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第4話 できる奴が、できない奴を手伝えばいい



 七人の寝室を作る。


 そう決めたところまではよかった。


 問題は。


「……まず、この荷物を全部出さないとな」


 物置には十年近く溜め込んだ物が詰まっていた。


 予備の鍋。


 壊れかけた椅子。


 使わなくなった狩猟道具。


 冬用の薪。


 乾燥させた薬草。


 何に使うつもりだったのか、自分でも分からない木材。


 そして。


「アルド!」


「なんだ?」


「これなに!?」


 フェルナが物置の奥から何かを引っ張り出した。


 木彫りの熊だった。


「……熊だな」


「くま?」


「ああ」


「生きてる?」


「どう見ても木だろ」


「山にいる?」


「いる」


「強い?」


「かなり」


「フェルナより?」


「たぶんな」


「倒してみたい!」


「やめろ」


 何でそうなる。


「熊を見つけても近づくな。子供だけで相手する獣じゃない」


「でもアルドは倒せる?」


「状況次第だ」


「じゃあフェルナも大きくなったら倒せる?」


「大きくなったらな」


「ほんと!?」


「そこを目標にするな」


 こいつは何を目指しているんだ。


 俺が木彫りの熊を棚へ戻そうとすると。


「それ、欲しい」


「これ?」


「うん!」


「別にいいぞ」


「いいの!?」


「ああ」


 フェルナが両手で受け取った。


 胸へ抱き締める。


「フェルナの!」


「名前でも付けたらどうだ」


「名前?」


「お前にも名前があるだろ。そいつにも付ければいい」


「じゃあ……くま!」


「そのままだな」


「くま!」


「気に入ってるならいいけど」


 嬉しそうなので放っておくことにした。


     ◇


「これはどこ?」


 セレスが古い箱を抱えている。


「外」


「こっちは?」


「それも外」


「これは?」


「捨てる」


「捨てるの?」


「ああ。壊れてる」


 セレスが箱から古い木皿を取り出した。


 真ん中に大きな亀裂が入っている。


「直せない?」


「直せないことはないけど、新しく作った方が早い」


「……まだ使えるのに」


 セレスの手が止まった。


「どうした?」


「もったいない」


「そうだな」


 俺は皿を受け取った。


「じゃあ薪にするか」


「薪?」


「燃やせば暖炉の火になる」


 セレスが少し驚いた顔をする。


「捨てない?」


「使えるなら使う」


「壊れてても?」


「皿として使えないだけだろ」


「…………」


「物にも向き不向きがある」


 俺は木皿を薪の箱へ入れた。


「できなくなったことがあっても、他に使い道があるならそれでいい」


 セレスが薪箱を見る。


「……そっか」


「どうした?」


「なんでもない」


 またそれだ。


 こいつは時々、俺の何でもない言葉を妙に真剣に聞く。


 何か思うところでもあるのだろうか。


「セレス姉!」


 フェルナが呼ぶ。


「この熊、くまって名前!」


「……そのままね」


「いい名前でしょ!」


「う、うん」


 セレスが困っている。


 俺と同じ反応だった。


     ◇


 一時間ほど片付けた頃。


 新しい問題が発生した。


「持てない」


 リシェルが言った。


 床には大きな木箱。


 中には古い本が詰まっている。


「重いからな」


「セレスは持てた」


「セレスは力があるんだろ」


「ラグナも」


「ああ」


「フェルナも」


「そうだな」


 リシェルが箱を見る。


 両手で掴む。


「…………」


 力を入れる。


 少し浮く。


「うっ……」


 すぐ落ちた。


「無理するな」


「できる」


「できてない」


「もう一回」


「腰痛めるぞ」


「でも」


 リシェルが唇を噛んだ。


「私だけ、できない」


 その声で。


 部屋の中が少し静かになった。


 セレスが振り返る。


 ラグナも。


「何言ってるんだ?」


 俺はリシェルの前にしゃがんだ。


「だって……みんな持てる」


「全員じゃないだろ」


 ミレアを見る。


 ミレアが首を横に振る。


「わたしも無理」


 ノエルも。


「持ちたくない」


「お前は少し違う」


 ユラに至っては箱より小さい。


「ユラも?」


「無理」


「うん」


「ほら」


 リシェルはまだ納得していない。


「でも、セレスたちはできる」


「じゃあ手伝ってもらえばいい」


「…………え?」


「セレス」


「うん」


「片方持て」


「分かった」


 俺は箱の反対側を持つ。


「せーの」


 二人で持ち上げる。


「ほら」


「…………」


「一人でできないなら二人でやる」


 箱を外へ運ぶ。


 戻ってくる。


「それでも無理なら?」


 ラグナが聞いた。


「三人」


「三人でも無理なら?」


「四人」


「七人でも?」


「俺も入る」


「それでも?」


「その時は諦める」


「諦めるの?」


「どうしてもできないことはある」


 七人がこちらを見る。


「でも」


 俺は続けた。


「一人でできないからって、悪いことじゃない」


「…………」


「ラグナ」


「なに?」


「お前、本読めるか?」


「……ちょっと」


「リシェルは?」


 リシェルを見る。


「読める」


「ほら」


 ラグナがむっとした。


「私も読める!」


「じゃあ、この本は?」


 棚から薬草の本を一冊取る。


 ラグナへ渡す。


「…………」


 開く。


「…………」


 閉じる。


「リシェル」


 渡す。


 すぐ開いた。


「山草……薬効……乾燥……」


「読めるだろ」


 ラグナが悔しそうな顔をする。


「リシェルは本を読むのが得意。ラグナは重い物を持つのが得意」


「…………」


「どっちが偉い?」


 二人が顔を見合わせる。


「ラグナ?」


 フェルナが答えた。


「なんでだ」


「石すごく飛ぶから!」


「基準がおかしい」


「じゃあリシェル?」


「違う」


「じゃあ誰?」


「どっちも偉くないし、どっちも駄目じゃない」


 フェルナが首を傾げる。


「得意なことが違うだけだ」


「…………」


「できる奴が、できない奴を手伝えばいい」


 俺はリシェルを見る。


「重い物はラグナに頼め」


「……うん」


「その代わりラグナが本で分からないことがあったら?」


「教える」


「そういうこと」


 リシェルが箱を見る。


 今度は自分一人で持とうとしなかった。


「ラグナ」


「なに?」


「手伝って」


「……いいよ」


 ラグナが片側を持つ。


 リシェルが反対側。


「せーの」


 二人で持ち上げた。


「重い」


「リシェル、そっちもっと上!」


「ラグナが上げすぎ」


「じゃあ合わせて!」


「うん」


 ぎこちない。


 だが。


 ちゃんと二人で運んでいく。


 それを見ていたセレスが、小さく笑った。


     ◇


 片付けが終わったのは昼を少し過ぎた頃だった。


「ひろい!」


 何もなくなった物置でフェルナが走り回る。


「だから走るなって」


「今日は転ばない!」


 どん。


「痛い!」


「三日連続だぞ」


「この部屋も床が悪い!」


「全部俺が作った床だ」


「じゃあアルドが悪い!」


「そうなるのか?」


 理不尽だ。


「ここに寝床を七つ作る」


 床を見る。


 ベッドを七台作るには少し狭い。


「二段にするかな」


「にだん?」


 ユラ。


「上と下に寝る」


「上がいい!」


 フェルナ。


「落ちるぞ」


「落ちない!」


「お前は平らな床でも転ぶだろ」


「むぅ!」


「私は下がいい」


 ノエル。


「どうして?」


「起きるの面倒だから」


「なるほど」


 こいつらしい。


「私も下」


 ミレア。


「上」


 ラグナ。


「……下」


 リシェル。


「私はどっちでも」


 セレス。


 ユラだけがまだ分かっていない。


「ユラは下だ」


「なんで?」


「落ちたら危ない」


「おちない」


「みんなそう言うんだ」


 ちらり。


 フェルナを見る。


「なんでフェルナ見るの!」


「何となく」


 まず木材を運ぶ。


 すると。


「私たちもやる」


 セレスが言った。


「釘とか刃物は触るなよ」


「木なら?」


「運ぶくらいならいい」


「分かった」


 ラグナとフェルナが真っ先に動く。


 二人で長い木材を持つ。


「せーの!」


「フェルナ、そっち低い!」


「ラグナが高いの!」


「合わせてって言ったでしょ!」


「そっちが合わせて!」


 さっきのリシェルとの会話をもう忘れている。


「喧嘩するな」


「してない!」


「してない!」


「声揃ってるぞ」


 その横で。


 リシェルが短い板を一本持とうとしていた。


 少し重そうだ。


「…………」


 止まる。


 周囲を見る。


「ミレア」


「なに?」


「手伝って」


「うん」


 二人で持った。


 俺は思わず笑う。


「どうしたの?」


 ミレアが聞く。


「何でもない」


     ◇


 午後いっぱい使って。


 二段ベッドを三つ。


 それからユラ用に低い一台。


 合計七人分の寝床ができた。


「完成だ」


「おおおお!」


 フェルナが一番上へ登る。


「フェルナ!」


 セレスが止めようとする。


「ここフェルナ!」


「勝手に決めないの」


「早い者勝ち!」


「そんな決まりないでしょ!」


「今決めた!」


「駄目!」


 ラグナまで別の上段へ登る。


「じゃあ私はここ」


「ラグナまで!」


 騒がしい。


「好きなところでいいぞ」


「アルド!」


 セレスが俺を見る。


「いいの!?」


「ああ。喧嘩になったら話し合え」


「…………」


 セレスが妹たちを見る。


 大きく息を吐いた。


「分かった」


 結局。


 一番奥の上段がフェルナ。


 その下がノエル。


 隣の上段がラグナ。


 下がリシェル。


 もう一つの上段がセレス。


 下がミレア。


 入口近くの低い寝床がユラになった。


「セレス、上でいいのか?」


「うん」


「さっきどっちでもいいって言ってただろ」


「ここなら全員見えるから」


「…………」


 やっぱり長女だ。


「何かあったら俺を呼べよ」


「うん」


 ユラが新しい寝床へ座る。


 ぽんぽん。


 毛布を触る。


「これ、ユラの?」


「ああ」


「ずっと?」


「壊れるまではな」


「こわれたら?」


「直す」


「なおらなかったら?」


「新しく作る」


「…………」


「どうした?」


 ユラが笑った。


「ユラの」


「ああ。お前のだ」


 毛布へ顔を埋める。


「ふふ」


 随分気に入ったらしい。


     ◇


 その日の夜。


「おやすみ」


「おやすみ!」


「おやすみなさい」


「……おやすみ」


 七人を寝室へ入れ。


 俺は扉を少しだけ開けたままにした。


 まだ真っ暗にすると不安だろう。


 居間へ戻る。


「静かになったな」


 一人だった頃なら、これが普通だった。


 だが。


 たった二日で。


 妙に静かに感じる。


 俺も寝よう。


 そう思った時。


 小さな足音。


 とことこ。


「…………」


 ユラだった。


 毛布を引きずっている。


「どうした?」


「ねむれない」


「姉ちゃんたちは?」


「いる」


「なら大丈夫だろ」


「…………」


「怖いのか?」


 こくり。


「何が?」


「朝になったら」


「うん」


「ここ、なくなってるかも」


「…………」


 なるほど。


 俺は椅子から立った。


「来い」


 ユラの手を取る。


 寝室へ戻った。


 六人はまだ起きていた。


「ユラ?」


 セレスが起き上がる。


「眠れないらしい」


「こっちおいで」


 ミレアが自分の毛布を上げる。


 ユラが行こうとして。


 俺の手を離さない。


「アルド」


「ん?」


「あしたもある?」


「家が?」


 こくり。


「ある」


「ベッドも?」


「ある」


「ごはんも?」


「ある」


「みんなも?」


 俺は七人を見る。


「それは俺が決めることじゃないな」


「…………」


「でも」


 少し考える。


「明日の朝くらいなら、全員いるだろ」


「ほんと?」


「ああ」


「約束?」


「約束だ」


 ユラがようやく手を離した。


 ミレアの隣へ潜る。


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみ」


 扉へ向かう。


 その時。


「アルド」


 今度はセレスだった。


「なんだ?」


「……できないことがあったら」


「ああ」


「手伝ってって言っていい?」


「当たり前だろ」


「何回でも?」


「俺にできることならな」


「…………そっか」


 セレスが毛布へ入る。


「おやすみ」


「ああ」


 扉を閉める直前。


 中から声が聞こえた。


「ラグナ、もう少しそっち」


「狭い!」


「フェルナ、ベッド揺らさないで!」


「揺らしてない!」


「……うるさい」


「ノエル起きてるじゃん!」


「寝てる」


「喋ってる!」


 俺は扉を閉めた。


「……静かになるのは、まだ先だな」


 でも。


 それでいい。


 一人でできないなら、誰かに頼ればいい。


 できる奴が、できない奴を手伝えばいい。


 この家では。


 それくらいでいいのだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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