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第3話 七人の娘と、最初の朝



 翌朝。


 目が覚めて最初に思ったことは。


「……重い」


 だった。


 胸の上に何かが乗っている。


 右腕も動かない。


 左足にも何かが絡みついていた。


 薄く目を開ける。


「…………」


 ユラがいた。


 俺の胸の上で丸くなって寝ている。


 右腕にはミレア。


 左足にはフェルナが抱きついていた。


「なんでだ」


 昨夜。


 こいつらは全員、暖炉の前に敷いた獣皮の上で寝かせたはずだ。


 俺は少し離れた椅子で寝た。


 そのはずなのに。


「んぅ……」


 フェルナの黒い獣耳が動く。


 目が開いた。


「……アルド?」


「おはよう」


「おはよ……」


 目を擦る。


 そして。


 俺の足に抱きついている自分に気づいた。


「…………」


「何でここにいる?」


「知らない」


「自分で来ただろ」


「寝てたから知らない」


 無敵の言い訳だった。


「まあいい。起きろ」


「やだ」


「なんでだ」


「あったかい」


「暖炉の前も暖かいだろ」


「こっちの方があったかい」


 そう言って再び目を閉じた。


「寝るな」


「あとちょっと」


「朝飯抜きになるぞ」


 ぱちっ。


 目が開いた。


「起きる!」


「分かりやすいな」


 フェルナが飛び起きる。


 その勢いで俺の左足が解放された。


 次はミレア。


「ミレア、朝だぞ」


「……うん」


「起きられるか?」


「……たぶん」


 起きる気配がない。


「たぶんじゃなくて起きろ」


「……あと少し」


 こっちもか。


 最後にユラ。


「ユラ」


「…………」


「朝だ」


「…………」


「飯だぞ」


「…………ごはん?」


「そうだ」


 ゆっくり目を開ける。


「たべる」


「じゃあ降りてくれ」


「……だっこ」


「今してるようなもんだろ」


 胸の上に乗られているだけだ。


 仕方なく抱き起こした。


 そこで周囲を見る。


 セレスはすでに起きていた。


 毛布を畳んでいる。


 リシェルも起きて、本棚をじっと眺めていた。


 ラグナは毛布にくるまったまま。


 ノエルは――。


「…………」


 寝たまま何か食べていた。


「ノエル」


「ん」


「何食ってる?」


「木苺」


「どこから出した?」


「昨日の」


「全部食ったんじゃなかったのか」


「一個だけ残した」


 やっぱり隠していたらしい。


「明日の分を隠さなくていいって言っただろ」


「これは朝食前のおやつ」


「いつそんな知恵をつけた」


 ノエルは答えず、最後の一個を口へ入れた。


「おいしい」


「そうかよ」


 昨日より遠慮がなくなっている。


 まあ。


 悪いことではないか。


     ◇


「朝飯は卵とパンだ」


「たまご!」


 フェルナが食卓へ駆け寄る。


「走るな」


「転ばない!」


「昨日転んだだろ」


「今日は転ばない!」


 どん。


「痛い!」


「二日連続じゃないか」


「床が悪い!」


「床のせいにするな」


 床を張ったのは俺だが。


 別に傾いてはいない。


「フェルナ」


 セレスが呆れたように言う。


「ちゃんと歩きなさい」


「はーい」


 昨日まで全員怯えて固まっていたのが嘘みたいだ。


 子供というのは慣れるのが早い。


 俺は卵を焼きながら、ふと思う。


「……七人か」


 卵も七倍。


 いや、俺の分を入れて八倍だ。


 パンも。


 水も。


 薪も。


 何もかも今までとは必要な量が違う。


「狩りだけじゃ足りないな」


「何が?」


 ラグナが聞いた。


「食料だ」


 ぴたり。


 七人の動きが止まった。


 しまった。


「違う。お前らが食いすぎって話じゃない」


 セレスが不安そうにこちらを見る。


「じゃあ?」


「畑を広げる」


「畑?」


「ああ」


「なにそれ?」


 今度はフェルナ。


「……畑を知らないのか?」


 七人を見る。


 反応が薄い。


 なるほど。


「野菜を育てる場所だ」


「野菜って山に生えてるんじゃないの?」


「生えてるのもある。でも自分で育てれば、探し回らなくていい」


「野菜を育てる?」


「そう」


 俺は焼いた卵を皿へ移した。


「土を耕して、種を植えて、水をやる。そうしたら育つ」


「……勝手に?」


「勝手ではないな。世話は必要だ」


 リシェルが本棚の前からこちらを見る。


「種から、食べ物になる?」


「ああ」


「全部?」


「全部じゃない。種による」


「どうして?」


「……どうしてって言われてもな」


 これは難しい。


「違う種類だからだ」


「種類?」


「芋の種を植えて豆にはならない」


「どうして?」


「そういうものだからだ」


 説明を諦めた。


 リシェルはまだ納得していない顔をしている。


「あとで見せてやる」


「……うん」


 妙に目が輝いていた。


 こいつはこういう話が好きなのかもしれない。


「いただきます!」


 フェルナが先に言った。


「まだ全員座ってない」


「……待つ?」


「せっかくだから待て」


「お腹すいた」


「昨日から何回それ言ってるんだ」


 ノエルも座る。


 ユラを椅子に乗せる。


 全員揃った。


「じゃあ」


「いただきます!」


 今度は八人一緒だった。


     ◇


 朝飯の後。


 俺は七人を家の裏へ連れていった。


「これが畑だ」


「…………小さい」


 ラグナが言った。


「一人用だったからな」


 今までは芋や豆、葉物を少し育てる程度だった。


 山で取れるものと狩りで十分だったから、広くする必要がなかった。


「ここを広げる」


「どうやって?」


「木を切って、根を抜いて、土を耕す」


 俺は鍬を持つ。


「こうする」


 土へ突き刺し、ひっくり返す。


「おおー」


 フェルナが感心する。


「やる!」


「まだ駄目だ」


「なんで!」


「鍬がお前より大きい」


「できる!」


「足に刺したらどうする」


「避ける!」


「刺してから避けても遅い」


「むぅ」


「子供用を作ってやる」


「ほんと?」


「ああ」


「今日?」


「そのうち」


「今日!」


「注文が多いな」


 するとラグナが畑の端にあった石を見つけた。


 両手で持つ。


「これ邪魔?」


「邪魔だな」


「どかす?」


「ああ。そこへ――」


 俺が置き場所を指そうとした時。


「えい」


 ラグナが投げた。


 ひゅん。


「…………」


 石が消えた。


 しばらくして。


 ずっと向こうの林から。


 どごん。


 大きな音がした。


「…………」


 俺はラグナを見る。


 ラグナも俺を見る。


「どかした」


「……そうだな」


「だめ?」


「いや」


 確かにどかした。


 ただ。


「次からは、投げる前にどこへ落ちるか考えよう」


「誰もいないよ?」


「獣がいるかもしれない」


「そっか」


「あと木に当たる」


「木なら大丈夫」


「木が大丈夫じゃない」


「?」


 首を傾げるな。


 俺は林を見る。


 何本か鳥が飛び立っている。


「ラグナ」


「なに?」


「今の、いつからできる?」


「石を投げるの?」


「ああ」


「普通」


「普通か」


「セレス姉もできるよ」


「え?」


 セレスを見る。


 セレスが少し困った顔をした。


「ラグナほど遠くは無理」


「そういう問題じゃない」


「フェルナの方が遠いかも」


「私できる!」


 フェルナが石を探し始める。


「待て待て待て」


 止めた。


「何で?」


「今日は石投げ大会じゃない」


「大会って?」


「……忘れろ」


 どうやら。


 少し考え直した方がいいらしい。


 俺はてっきり、ラグナが竜人だから力が強いのだと思っていた。


 だが。


「セレス」


「なに?」


「これ持てるか?」


 畑の脇に置いていた薪割り用の丸太を指す。


「うん」


 ひょい。


「…………」


 片手だった。


「重くない?」


「少し」


「フェルナ」


「なに?」


「お前も」


「できる!」


 ひょい。


「リシェルは?」


「……無理」


 少し安心した。


 リシェルが両手で持とうとする。


「…………」


 持ち上がった。


 ちょっとだけ。


「…………」


「重い」


「そうか」


 俺は腕を組んだ。


 まあ。


 種族が違うんだ。


 俺より力が強い子がいても不思議ではない。


 たぶん。


「アルドはできる?」


 フェルナが聞く。


「これくらいならな」


 丸太を持ち上げる。


「おおー!」


「すごい!」


 なぜか褒められた。


「アルドも強い!」


「俺は大人だからな」


 するとラグナが真剣な顔で頷く。


「大人になったらもっと強くなるんだ」


「……まあ、そういう奴もいる」


 何となく嫌な予感がしたので曖昧にしておいた。


     ◇


 畑を見せた後。


 次は家の中だ。


「今日から、お前らにも少しずつ家のことを覚えてもらう」


 七人を居間に集める。


 セレスが真っ先に背筋を伸ばした。


「働く?」


「手伝いだ」


「同じじゃない?」


「違う」


「どう違うの?」


「働かないとここに置かない、じゃない」


 セレスが黙る。


「ここはもうお前らの家だ」


「…………」


「その家で、できることを少し手伝う。それだけだ」


 セレスはしばらく俺を見た後。


「……うん」


 頷いた。


「まず、自分で使ったものは戻す」


 俺は木の器を持ち上げる。


「使い終わったらここ」


 棚へ置く。


「汚したら?」


 フェルナ。


「拭く」


「誰かが汚したら?」


「気づいた奴が教える」


「教えてもやらなかったら?」


「もう一回言う」


「それでもやらなかったら?」


「一緒にやれ」


「それでもやらなかったら?」


「……」


 俺は少し考えた。


「俺を呼べ」


「アルドがやる?」


「話をする」


「それでも駄目だったら?」


「フェルナ」


「なに?」


「お前、何でそんなに最後まで試したがるんだ」


「気になる!」


「まあ……どうしても言うことを聞かないなら、その時考える」


「分かった!」


 本当に分かったのか。


「それと、喧嘩した時」


 ラグナとフェルナを見る。


 なぜか二人とも目を逸らした。


「昨日からもうやってるから言っておく」


「喧嘩してない」


 ラグナ。


「したよ」


 フェルナ。


「どっちだ」


「フェルナが先に――」


「ラグナが――」


「一人ずつ」


 二人が止まる。


「まず、何が嫌だったか言う」


 ラグナを見る。


「フェルナが尻尾を顔に当てた」


「寝てたから知らない!」


「じゃあフェルナ」


「ラグナが尻尾引っ張った!」


「顔に当たったから!」


「はい」


 二人の間に入る。


「フェルナ。寝てる時に当たったならわざとじゃない」


「うん」


「ラグナ。嫌なら引っ張らずに言え」


「……分かった」


「フェルナも、当たったなら謝る」


「ごめん」


「ラグナも」


「……ごめん」


「終わり」


 七人が俺を見る。


「これで終わり?」


 セレスが聞いた。


「ああ」


「罰は?」


「何の?」


「喧嘩したから」


「怪我させたわけでもないだろ」


「でも、悪いこと」


「悪かったと思ったなら謝った。それでいい」


 セレスは何か考えるように俯いた。


「謝ったら……終わり?」


「同じことをわざと何度もやるなら別だけどな」


「…………」


「どうした?」


「なんでもない」


 そう言ったセレスの顔は。


 少しだけ。


 安心したように見えた。


     ◇


 昼前。


 俺は物置を片付け始めた。


「ここを寝る部屋にする」


「七人で?」


「とりあえずな」


 物置の一つはかなり広い。


 今は薪や道具を置いているが、整理すれば十分使える。


「ベッドを作る」


「べっど?」


 ユラ。


「寝るところだ」


「昨日みたいな?」


「昨日よりちゃんとしたやつ」


「アルドも一緒?」


「俺は自分の部屋」


 ユラの顔が曇った。


「…………」


「どうした?」


「べつ?」


「ああ」


「…………」


「嫌か?」


 こくり。


 困った。


「でも七人いるだろ」


 姉たちを見る。


 ユラも見る。


「…………」


 それでも不満そうだ。


 するとノエルがユラの手を握った。


「ノエルいる」


 ミレアも近づく。


「私も」


 フェルナも。


「フェルナもいるよ!」


「……わたしも」


 リシェル。


 ラグナは少し照れたように。


「全員いるじゃない」


 最後にセレスがユラの頭を撫でた。


「一人じゃないよ」


「…………」


 ユラは六人を順番に見た。


「みんないる?」


「いる」


 セレスが答えた。


「ずっと?」


 一瞬。


 セレスが言葉に詰まる。


 それでも。


「少なくとも、今はずっと一緒」


 そう答えた。


 ユラが笑う。


「じゃあ、いい」


「そうか」


 俺はその様子を見ながら。


 ふと思った。


 こいつらは別々の種族だ。


 血も繋がっていない。


 昨日初めて会った俺には分からないことも多い。


 もしかすると、七人同士だってここへ来る前はほとんど知らない仲だったのかもしれない。


 けれど。


 今。


 ユラの周りに集まっている六人を見る限り。


「……まあ、姉妹でいいか」


「なに?」


 フェルナが聞いた。


「何でもない」


 俺は物置の扉を大きく開けた。


「よし。今日はここを片付けるぞ」


「おー!」


 フェルナ。


「私もやる」


 セレス。


「重いの運ぶ」


 ラグナ。


「……本、ある?」


 リシェル。


「片付け終わったら見ていい」


「やる」


「木苺ある?」


 ノエル。


「働いた報酬にはしないぞ」


「おやつ」


「後でな」


「じゃあやる」


「現金な奴だな」


 ミレアもユラの手を引いて入っていく。


 昨日まで物置だった場所に。


 七人の声が響き始めた。


 俺はまだ知らなかった。


 この日、俺が何気なく教えた。


 嫌なことはまず言葉で伝えること。


 相手の話も聞くこと。


 悪かったなら謝ること。


 それで終わらないなら、一緒に解決すること。


 そんな当たり前の家の決まりを。


 七人が大人になってからも。


 本当に。


 どこへ行っても。


 そのまま守り続けることになるとは。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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