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第2話 七人分の夕飯



 七人を連れて家へ戻った俺は、玄関の前で立ち止まった。


「……狭いな」


 今まで一人で暮らしていた時には、一度も思ったことがなかった。


 山の木を切って自分で直しながら使ってきた家だ。


 居間。


 台所。


 俺の寝室。


 物置が二つ。


 それだけ。


 八人で暮らすことなど想定していない。


「ここ?」


 フェルナが俺の横から顔を出す。


「ああ」


「アルドの巣?」


「家だ」


「巣じゃないの?」


「少なくとも俺は巣とは呼んでない」


「じゃあ家!」


 納得したらしい。


 フェルナが真っ先に玄関へ向かおうとして――。


「待て」


「わっ」


 首根っこを掴んだ。


「何するの!」


「足」


「足?」


 全員の足元を見る。


 泥だらけだった。


「そのまま入ったら床が大変なことになる」


「…………」


 七人が自分の足を見る。


 そして。


 妙な沈黙が生まれた。


「どうした?」


 セレスがおそるおそる聞く。


「……入っちゃ、駄目?」


「いや、足を洗ってから入れって話だ」


「洗えば……入っていいの?」


「お前らを何のために連れてきたと思ってるんだ」


 まただ。


 どうもこいつらは、一つ一つ確認しないと安心できないらしい。


「ここに住むんだろ」


「住む……」


 リシェルが小さく呟いた。


「嫌なら別に――」


「住む!」


 フェルナが叫んだ。


「住むから!」


「分かった。大声出さなくても追い出さない」


「ほんと?」


「さっきも言っただろ」


 こくこくと何度も頷く。


「じゃあ水汲んでくるから待ってろ」


 桶を持とうとした時だった。


「私がやる」


 セレスが前へ出た。


「場所分からないだろ」


「教えてくれたら」


「今日はいい」


「でも、私たち七人もいるから」


「だから?」


「働かないと」


 またその話か。


 俺はセレスを見る。


 九歳くらいの子供が、何でそんな顔をしているんだ。


「セレス」


「……はい」


「この家にはな、一応決まりがある」


 七人が俺を見る。


「働いた奴だけ飯を食えるなんて決まりはない」


「……え?」


「子供は食って、寝て、遊べ」


「でも」


「手伝いたいなら、そのうちな。ただし今日はなし」


「…………」


「今日はお前ら全員、飯食って風呂入って寝る。それが仕事だ」


 セレスはしばらく黙っていた。


 やがて、小さく。


「……分かった」


「よし」


 俺は桶を持って川へ向かった。


     ◇


「つめたい!」


「動くな」


「冷たいって!」


「泥だらけなんだから仕方ないだろ」


 玄関前。


 戻ってきた俺は、七人の足を順番に洗っていた。


 最も騒がしいのはフェルナ。


「次」


「やだ!」


「じゃあ家に入れないぞ」


「洗う!」


「どっちだ」


 ばしゃばしゃ暴れる黒い足を洗う。


 黒い毛並みだから分かりにくかったが、かなり汚れている。


「はい終わり」


「きれい?」


「きれいだ」


 フェルナは嬉しそうに自分の足を見ると、玄関の中へ飛び込んでいった。


「走ると転ぶぞ」


「転ばない!」


 直後。


 どん。


「痛い!」


「言っただろ」


 どうやら、こいつは一番手が掛かりそうだ。


 次はノエル。


 白い足を俺の前へ出す。


「ノエルは静かだな」


「……お腹すいた」


「そればっかりだな」


「だめ?」


「駄目じゃない。もうすぐ作る」


「果物ある?」


「干した木苺ならある」


 ぱっと顔が明るくなった。


 分かりやすい。


 順番に洗って、最後はユラ。


 まだ小さいから俺が抱えて洗う。


「つめたい?」


「……ちょっと」


「我慢できるか?」


「できる」


「偉い」


 頭を撫でると、一本だけ生えた小さな角の横で目を細めた。


 その様子を、少し離れたところからラグナが見ていた。


「ラグナも撫でるか?」


「いらない!」


「そうか」


「……いらないから」


 何で二回言ったんだ。


     ◇


 七人を家に入れてから、一番最初に起きた問題は座る場所だった。


「好きなところに座れ」


 そう言ったのだが。


 誰も座らない。


「どうした?」


 セレスが聞く。


「……どこ?」


「どこでもいい」


「どこでもって?」


「そこでも、そこでも」


 俺は椅子と床を指差した。


「勝手に決めていいの?」


「座る場所くらい自分で決めろ」


 七人が顔を見合わせる。


 最初に動いたのは、またフェルナだった。


「じゃあここ!」


 暖炉の前を確保。


「ノエルも」


 その横へノエル。


 ユラもノエルについていく。


 ラグナは少し離れた壁際。


 リシェルは本棚を見つけた瞬間、その前。


 ミレアはセレスの横。


 最後まで立っていたセレスも、ようやく椅子へ腰を下ろした。


「よし。飯にするか」


「手伝う」


 またセレスだ。


「今日はいいって言っただろ」


「でも」


「じゃあ皿を並べてくれ」


「!」


 嬉しそうな顔をした。


 そんなに働きたいのか。


「私も!」


 フェルナが立つ。


「じゃあ匙」


「わかった!」


「私は?」


 ラグナまで来た。


「……じゃあ水を入れてくれ」


「分かった」


 そうなると全員やりたがった。


 結局。


 リシェルはパンを並べる。


 ミレアは布巾を置く。


 ノエルは干した木苺を皿へ移す。


 ユラは――。


「ユラはこれ持ってろ」


 木の匙を一本渡した。


「……これだけ?」


「重要な仕事だ」


「わかった」


 両手で大事そうに握っている。


 まあ、三歳くらいの子に任せられる仕事なんてそんなものだ。


 俺は鍋を火にかけた。


 鹿肉。


 芋。


 山菜。


 豆。


 塩。


 いつもなら適当に煮るだけだが、今日は水を多めにする。


 八人分。


「……足りるかな」


「足りなかったら、私はいらない」


 セレスがすぐ言った。


「私も」


 ミレアも。


「私も平気」


 ラグナまで続く。


「駄目だ」


 三人が黙る。


「足りなかったら俺が食わない」


「どうして?」


「大人だから」


「またそれ」


 セレスが少しだけ不満そうな顔をした。


 さっきより子供らしくなった気がする。


「じゃあ明日から食料増やす」


「どうやって?」


「狩る」


 ラグナの目が動いた。


「アルド、強い?」


「普通だ」


「獣、倒せる?」


「鹿くらいなら」


「大きいのは?」


「相手によるな」


「竜は?」


「見たことない」


「……弱いんだ」


「お前、だんだん遠慮なくなってきたな」


 ラグナが少しだけ笑った。


 初めて見た。


 年相応の顔だった。


     ◇


「できたぞ」


 鍋を食卓へ運んだ瞬間。


 七人の目が一斉に集まった。


「熱いから気をつけろ」


 器に注ぐ。


 一人ずつ渡していく。


「食べていいぞ」


 誰も動かない。


「……またどうした」


 セレスを見る。


「アルドのは?」


「ああ」


 自分の分を最後に入れる。


 七人がそれを確認した。


 そこでようやく。


「いただきます」


 俺が言う。


「……いただきます?」


 フェルナが首を傾げた。


「飯を食う前に言うんだ」


「誰に?」


「飯に」


「飯に?」


「作った奴とか、獲った命とか……まあ、いろいろだ」


 自分でも随分適当な説明だと思う。


 だがフェルナは真剣に考えて。


 スープを見た。


「いただきます!」


 他の六人も続く。


「いただきます」


「……いただきます」


「いただきます」


 八人分の声。


 妙な感じだった。


 昨日までこの家で「いただきます」と言うのは俺一人だった。


「おいしい!」


 フェルナが叫ぶ。


「熱いからゆっくり食え」


「お肉!」


「入ってるよ」


 ノエルは木苺を一個食べ、スープを一口飲み、また木苺。


「先に飯食え」


「これも飯」


「まあそうだけど」


 ミレアは小さな口でゆっくり食べている。


 リシェルは何か考えるようにスープを見ていた。


「嫌いなものあったか?」


「……これ」


 豆を匙に乗せる。


「豆だ」


「豆」


「知らないのか?」


 首を横に振る。


「食えるぞ」


 口へ入れる。


 しばらく噛んで。


「……好き」


「そうか」


 これから教えることは多そうだ。


 俺に教えられる範囲で、だが。


 食事が半分ほど進んだ頃だった。


 ふと。


 セレスがパンを服の中へ入れた。


「セレス」


 びくっ。


 肩が跳ねる。


「何してる?」


「…………」


「怒らないから出してみろ」


 ゆっくり。


 パンが出てくる。


「後で食べるのか?」


「……明日の分」


 俺は言葉を失った。


「明日、食べるものがなかったら困るから」


 見ると。


 ラグナも小さな肉を隠していた。


 リシェルもパンを半分残している。


 どうやらセレスだけではない。


「お前ら」


 七人が固まる。


「明日の飯は明日出す」


「…………」


「朝も?」


「ああ」


「昼も?」


「ああ」


「夜も?」


「もちろん」


 セレスは俺を見る。


「毎日?」


「毎日だ」


「何もしなくても?」


「子供のうちはな」


「……本当に?」


「ああ」


 俺は隠していたパンをセレスへ返した。


「残したいなら残していい。でも、明日のために隠す必要はない」


「…………」


「腹が減ったら言え」


 返事がない。


「飯がなくなったら?」


 ラグナが聞いた。


「俺が獲ってくる」


「獲れなかったら?」


「山菜食う」


「山菜もなかったら?」


「魚」


「魚も――」


「何とかする」


 ラグナが黙った。


「それが大人の仕事だ」


 俺がそう言うと。


 七人はしばらく何も話さなかった。


 やがて。


 セレスが隠していたパンを、一口食べた。


 ラグナも肉を口へ入れる。


 リシェルも残していたパンを食べ始めた。


 全部食べ終わった頃。


「ごちそうさま」


 俺が言う。


「……今度は何?」


 フェルナが聞く。


「食べ終わったら言う」


「誰に?」


「飯に」


「また飯!」


「そうだ」


「ごちそうさまでした!」


 七人の声が続いた。


「ごちそうさまでした」


 少しずつ。


 本当に少しずつだが。


 この家の音が増えていく。


     ◇


 問題は寝床だった。


「七つ……」


 布団なんて当然ない。


 毛布も足りない。


 仕方なく物置から古い毛布や獣皮を引っ張り出した。


「今日は居間で全員寝るぞ」


「一緒?」


 ミレアが聞く。


「ああ」


 暖炉の火もある。


 その方が暖かい。


 床へ獣皮を敷き、毛布を並べる。


 七人が横になると。


「狭い」


 ラグナ。


「フェルナ、尻尾!」


「ラグナがそっち行けばいいでしょ!」


「ユラ、こっち」


 ノエル。


「……セレス姉」


 ミレア。


 さっそく騒がしい。


「寝ろ」


「まだ眠くない!」


「フェルナはさっき欠伸してただろ」


「してない!」


 直後。


「ふぁぁ……」


「してるじゃないか」


「これは違う!」


 何が違うのか。


 俺は暖炉へ薪を一本足した。


 七人の声が少しずつ小さくなっていく。


 やがて。


「アルド」


「ん?」


 暗がりからセレスの声。


「……明日もいる?」


「俺が?」


「うん」


「いるよ」


「明後日も?」


「いる」


「その次も?」


「いるって」


「…………そっか」


 静かになる。


 少しして。


「アルド」


 今度はユラ。


「なんだ?」


「おやすみ」


「ああ。おやすみ」


「……おやすみ」


 ミレア。


「おやすみ!」


 フェルナ。


「うるさい」


 ラグナ。


「ラグナもうるさい」


「何よ!」


「喧嘩するなら明日にしろ」


「…………」


 また静かになる。


 俺は思わず笑った。


 七人。


 昨日までは一人だった家に。


 七人。


「明日は……」


 寝床を作らないとな。


 椅子も増やす。


 器も足りない。


 食料も。


 服もどうにかしないといけない。


 やることはいくらでもある。


 面倒だ。


 ものすごく面倒だ。


 けれど。


 暖炉の向こうから聞こえてくる七人分の寝息を聞きながら。


 不思議と。


 嫌だとは思わなかった。


 その夜。


 七人は初めて。


 明日の食事を隠さずに眠った。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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