第1話 山に、七人の子供が捨てられていた
その山には、名前より先に悪い噂があった。
村で育てられない者。
一族に認められなかった者。
生まれつき不吉な特徴を持った者。
そういう者を捨てる山だ、と。
俺がそれを知ったのは、この山で暮らし始めてからだった。
もっとも、知ったところで俺の生活が変わるわけでもない。
山は静かだ。
薪は取れる。
獣もいる。
少し下れば川もある。
人付き合いが得意でもない俺にとっては、むしろ住みやすい場所だった。
だから今日も、いつものように罠を確認しに山道を歩いていた。
そこで。
「……ん?」
泣き声が聞こえた。
一人じゃない。
小さな声が、いくつも重なっている。
獣ではない。
子供だ。
俺は背負っていた薪籠を地面へ置いた。
「こんなところに?」
声のする方へ向かう。
古い獣道を少し外れた場所。
木々が途切れ、小さく開けた場所があった。
そこにいた。
「…………」
七人。
子供が七人、固まるように座っていた。
一瞬、意味が分からなかった。
一番大きな子でも十歳には届いていないだろう。
その子が、残り六人を庇うように前へ出ている。
銀色の髪。
左右で色の違う瞳。
服は汚れ、頬はこけていた。
それでも俺を見る目だけは鋭い。
「来ないで」
震えていた。
声も。
足も。
それでも妹たちの前から退かなかった。
「分かった」
俺はその場で止まった。
近づけば余計に怖がらせる。
それくらいは分かる。
改めて七人を見る。
銀髪の少女の後ろには、頭に小さな角を二本生やした少女がいた。
赤茶色の髪で、こっちは俺を睨みつけている。
その隣には獣の耳。
真っ黒な毛並みの少女。
さらに、尖った耳を持つ細身の少女。
額に小さな紋様を持つ少女。
妙に白い肌の幼女。
そして一番小さい子には、額に一本だけ小さな角があった。
種族が違う。
どう見ても全員、同じ家族ではない。
「……そういうことか」
ここが何と呼ばれている山なのか。
嫌でも思い出した。
捨て子山。
俺はその呼び名が嫌いだった。
だが。
まさか本当に見ることになるとは思っていなかった。
「誰か迎えに来るのか?」
返事はない。
一番前の銀髪の子だけが俺を見ている。
「親は?」
小さく首を横に振った。
「いつからここにいる?」
「……わからない」
「昨日から?」
首を横に振る。
「もっと前?」
今度は小さく頷いた。
俺は額を押さえた。
「飯は?」
七人の視線が同時に動いた。
俺の腰。
そこには昼用に包んできた黒パンが吊ってある。
「……食べるか?」
誰も答えない。
だが、一番小さな子の腹が鳴った。
きゅるる。
「…………」
一番小さな子が両手で腹を押さえた。
隣にいた白い肌の少女が、そっとその頭を撫でる。
銀髪の少女は唇を噛んでいた。
「毒なんか入ってないぞ」
「……ほんと?」
獣耳の少女が初めて口を開いた。
「ああ」
「どうして?」
「どうしてって」
俺は少し考えた。
「俺が食う予定だったからだ」
獣耳の少女が瞬きをする。
「毒入りを持ち歩く趣味はない」
包みを開く。
黒パン。
干し肉。
小さなチーズ。
七人。
どう考えても足りない。
「少し待ってろ」
俺はまずパンを七つに割った。
一人ずつの前へ置いていく。
近づくたびに銀髪の少女が警戒するので、途中から地面に置いて離れることにした。
「俺はあっちにいる。食べ終わったら声をかけろ」
「……あなたは食べないの?」
銀髪の少女が聞いた。
「七人分ないからな」
「でも」
「俺は大人だ。一食くらい抜いても死なん」
一番小さな子を見た。
「そっちは死にそうだろ」
角のある小さな子が、パンをじっと見ている。
それでも手を出さない。
銀髪の少女が一口だけ自分のパンを食べた。
少し待つ。
「……大丈夫」
それを聞いた瞬間。
七人が一斉にパンへ手を伸ばした。
「…………」
俺は見ないふりをした。
あっという間だった。
パンも。
干し肉も。
チーズも。
ほとんど残らなかった。
相当腹が減っていたらしい。
「水は飲んだか?」
「川の」
赤茶色の髪の少女が答える。
「場所分かるのか?」
「昨日、見つけた」
「そうか」
最低限、生き延びることはしていたらしい。
だが、ここへ七人だけ残して帰るわけにもいかない。
「さて」
俺は七人を見る。
「名前を聞いていいか?」
また沈黙。
一番前の少女が迷った末に答えた。
「……セレス」
「俺はアルドだ」
次。
赤茶色の髪。
「ラグナ」
獣耳の少女。
「フェルナ!」
少し元気が戻ったらしい。
尖った耳の少女は、小さな声で。
「……リシェル」
額に紋様のある少女。
「ミレア」
白い肌の少女。
「ノエル」
そして最後。
一番小さな、一本角の少女。
「…………ゆら」
「ユラか」
こくり。
「分かった」
名前はある。
それだけで少し安心した。
俺は立ち上がった。
すると七人全員が身を固くした。
「別にどこかへ連れていくつもりはない」
セレスが俺を見上げる。
「じゃあ……帰るの?」
「ああ」
その瞬間。
ユラの小さな手が、セレスの服を強く握った。
フェルナの耳がぺたりと伏せる。
ラグナは顔を背けた。
なるほど。
「俺の家にな」
「…………え?」
「ここから歩いてそんなにかからない」
俺は薪籠を背負った。
「飯ならもう少しある。温かいスープも作れる」
七人が固まっている。
「寝床は……まあ、どうにかする」
「待って」
セレスが言った。
「私たち、七人いる」
「見れば分かる」
「全部?」
「ああ」
「一人じゃなくて?」
「だから七人だろ」
セレスは理解できないような顔をしていた。
「どうして?」
今日二度目の質問だった。
どうして。
そう聞かれても困る。
「ここに置いていったら死ぬだろ」
「でも……」
「でも?」
「私たち、忌子だから」
初めて。
その言葉を子供本人の口から聞いた。
「私は災いの眼」
セレスが自分の片方の目を隠す。
「ラグナは竜になれない」
ラグナが俯く。
「フェルナは黒い」
黒い獣耳が伏せられる。
「リシェルは魔力がない」
細い指が服を握る。
「ミレアは……」
「もういい」
俺は止めた。
セレスが口を閉じる。
「腹が減るのか?」
「……え?」
「忌子ってのは飯を食わなくても生きられるのか?」
「……食べる」
「寒かったら震える?」
「……うん」
「怪我したら痛いか?」
「痛い」
「じゃあ子供じゃないか」
「…………」
「子供七人が山にいる。腹を空かせてる。俺の家には飯がある」
それだけだった。
「だったら連れて帰る」
「でも……迷惑」
「それは俺が決める」
セレスは黙った。
長女なのだろう。
まだ小さいくせに、随分いろんなものを背負っている顔をしていた。
「一つだけ約束しろ」
七人が俺を見る。
「家では喧嘩するな、とは言わん」
フェルナの耳がぴくっと動いた。
「姉妹なら喧嘩くらいするだろ」
「……姉妹?」
「違うのか?」
誰も答えなかった。
「まあいい。喧嘩しても飯の時間には戻ってこい。それと、勝手に山の奥へ行くな。危ないから」
「……それだけ?」
「あとは暮らしてから考える」
俺は歩き出した。
三歩。
振り返る。
誰も来ていない。
「来ないのか?」
七人が顔を見合わせる。
最初に立ったのは、フェルナだった。
「ごはん、ある?」
「ある」
「お肉?」
「今日は鹿だな」
「行く!」
「フェルナ!」
セレスが慌てる。
だがフェルナはもう俺のところまで走ってきていた。
「鹿!」
「分かった分かった」
次にノエル。
ユラの手を引いて歩き出す。
リシェル。
ミレア。
ラグナ。
最後まで残ったセレスも。
少しだけ迷ってから、こちらへ歩いてきた。
俺は七人を連れて山道を戻る。
途中。
ユラが何度も転びそうになるので、仕方なく抱き上げた。
軽かった。
あまりにも軽すぎた。
「……アルド」
腕の中で、ユラが俺を呼ぶ。
「なんだ?」
「すてない?」
足が止まった。
「捨てないよ」
「ほんと?」
「ああ」
「……ずっと?」
俺は少しだけ考えて。
「お前が自分で出ていくまではな」
ユラには意味が分からなかったらしい。
だが。
「うん」
小さく笑った。
その日。
一人で暮らしていた俺の家に。
七人の娘が増えた。
この時の俺は、まだ知らない。
今日拾った七人が。
いつか山を下り。
それぞれが世界を揺らすほどの存在になることを。
そして何より。
俺が何気なく教える言葉の一つ一つを。
こいつらが外の世界でも、律儀なくらい守り続けることを。
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