第70話 寒くなったので冬服を出したら、七人とも大きくなっていました
朝、戸を開けた瞬間に入ってきた空気が、昨日までとは少し違っていた。
寒いというほどではない。けれど、裸足のまま外へ出れば土の冷たさがはっきり分かり、吐いた息にもほんの少しだけ白さが混じる。
山の木々も、いつの間にか色を変え始めていた。
「お父さん、寒い!」
フェルナが家から飛び出してきて、両腕を自分の体へ巻きつける。
「なら何でそんな勢いで外へ出たんだ」
「寒いか確かめた!」
「分かったなら中へ戻れ」
「うん!」
走って戻った。
何をしに来たのか分からない。
後ろから出てきたセレスは、フェルナほど大げさではなかったものの、腕をさすりながら空を見上げた。
「昨日より寒いね」
「ああ。そろそろ厚い服を出した方がいいな」
「前に着てたの?」
「しまってあるはずだ。昼までに一度全部出してみるか」
そう答えると、なぜかフェルナが家の中から顔だけ出した。
「服いっぱい出す!?」
「出すだけだぞ」
「宝探し?」
「服探しだ」
「昔の服ある?」
「あると思う」
「見る!」
どうやら今日は、それだけで一つの遊びになるらしい。
◇
朝の仕事を済ませたあと、俺たちは家の奥にしまってあった箱をいくつか引っ張り出した。
湿気ないよう乾燥させた草と一緒にしまっていた厚手の服、上着、布、手袋、足を包むもの。七人分ともなれば、それなりの量になる。
「これ誰の?」
ラグナが一枚の上着を持ち上げた。
「たぶんセレス」
「私?」
セレスが受け取って広げる。
確かに、以前セレスが着ていたものだ。色も飾りもほとんどない簡単な作りだが、袖や裾には何度も直した跡が残っている。
「着てみたら?」
俺が言うと、セレスは今着ている服の上から腕を通した。
途中までは普通だった。
だが、最後まで袖を通すと。
「……短い」
手首がかなり出た。
「ほんとだ!」
フェルナが寄ってくる。
「セレス姉、大きくなった!」
「服が縮んだんじゃない?」
「多少は縮むかもしれないが、そこまでじゃないな」
裾も以前より明らかに上へ来ている。
肩回りも少し窮屈そうだ。
「もう着られない?」
セレスが聞く。
「そのままならな。袖を足せばまだ使えるかもしれない」
「じゃあ直す?」
「全部確認してから決めよう。セレスだけじゃないだろうし」
その言葉通りだった。
◇
「ラグナ、これ!」
「待て。前を留めろ」
「留まらない!」
「やっぱりか」
ラグナの上着は、丈より先に胸と肩が問題だった。
以前は余裕のあった服なのに、今は腕を動かすたび布が引っ張られる。
「ラグナ強くなったから?」
「筋肉だけでそこまで変わる年じゃない。普通に体が大きくなったんだろ」
「強くなった!」
「大きくなったって言ってる」
「大きい方が強い!」
「必ずじゃない」
本人はかなり嬉しそうなので、もう好きにさせる。
フェルナは上着そのものより、頭を覆う部分で困った。
「耳!」
黒い獣耳が途中で引っかかっている。
「前もそこ直しただろ」
「前より狭い!」
「頭も大きくなったんじゃないか?」
「フェルナ頭大きい!?」
「その言い方だと別の意味に聞こえるな」
「どういう意味?」
「気にしなくていい」
耳を出すために作った穴の位置も、今では少し合わなくなっていた。体だけでなく、顔や頭の形まで少しずつ変わっているのだろう。
リシェルは袖。
ミレアは丈。
ノエルは肩。
そして。
「ユラ、ぴったり」
最後に服を着たユラだけは、妙にちょうどよかった。
「本当だ」
セレスが裾を見る。
「でもそれ、ユラのじゃないよね?」
「違うな」
「誰の?」
俺は少し考えた。
布の色。
直した場所。
袖口にある小さな縫い跡。
「たぶんセレスの、もっと前のだ」
「私の?」
セレスが驚いた。
ユラは自分の服を見る。
次にセレスを見る。
「セレスの?」
「昔ね。もう覚えてないくらい前」
「ユラ、きていい?」
「もちろん」
セレスは笑う。
「似合ってるよ」
ユラは自分の袖を見つめ、それから少しだけ胸を張った。
「セレスのおようふく」
気に入ったらしい。
◇
そこから。
服の確認は、いつの間にか誰が昔何を着ていたかを当てる遊びになった。
「これはフェルナ!」
ラグナが自信満々に言う。
「何で分かるの?」
「ここ破れてる!」
「それだけで!?」
「フェルナいっぱい動くから!」
「ラグナだって破る!」
「ラグナはこっち!」
別の服を持ち上げる。
肘のところに大きな補修跡がある。
「何でそれラグナ?」
セレスが聞く。
「いっぱい破れてる!」
「結局同じじゃない」
「でもラグナの気がする!」
俺が確認すると。
「それはラグナだな」
「ほら!」
「何で分かったんだ……」
「ラグナだから!」
理由になっていない。
けれど。
姉妹というのは。
案外そういうもので分かるのかもしれない。
ノエルは。
服の大きさではなく、袖口の汚れ方を見ていた。
「これはリシェル」
「どうして?」
「ここ」
指差した先には、薄い黒い跡がある。
「字を書くやつ?」
リシェルが近づく。
「たぶん」
「あ」
本人も覚えているらしい。
「昔、書いてる途中で手についたの、そのまま服触った」
「洗っても残ったやつか」
「うん」
リシェルは。
少し恥ずかしそうに。
それでも嬉しそうに、その服を受け取った。
◇
「お父さん」
ミレアが俺を呼んだ。
「何だ?」
「これは?」
小さな上着だった。
他のものより。
ずっと小さい。
「誰の?」
聞かれて。
俺はすぐには答えられなかった。
見覚えはある。
かなり古い。
縫い方も。
今よりずっと下手だ。
「ああ」
思い出した。
「それ、たぶん最初の頃に作ったやつだ」
「誰の?」
「……誰だったかな」
「分からない?」
「七人分一気に作ってた頃だからな」
当時。
家には。
突然七人の子供が増えた。
着ているものも。
体の大きさも。
種族も違う。
使える布を集め。
足りなければ古い服をほどき。
夜まで縫って。
朝になったらまた直した。
一人分ずつ。
きれいに覚えている余裕なんてなかった。
「これ」
セレスが服の裏側を見る。
「ここに印ある」
小さな糸が。
三本だけ。
並んで縫われている。
「あ」
思い出した。
「ミレアだ」
「私?」
「ああ。最初の頃、お前らの服が分からなくなるから、糸の数を変えてた時があった」
「三本が私?」
「たしかな」
「七人分あった?」
「一本から七本まで」
七人が。
一斉に自分の昔の服を裏返し始めた。
「フェルナ何本!?」
「待て待て、全部に残ってるとは限らんぞ」
昔の話だ。
服を直すたび印まで縫い直していたわけではない。
それでも。
何着かには残っていた。
「五本!」
ノエルが見つける。
「それ私?」
「たぶんな」
「ラグナ二本!」
「じゃあ二番目?」
「違うよ。順番に意味はない」
「何で二本?」
ラグナが聞く。
「俺が適当に決めたから」
「もっと強そうなのがよかった!」
「糸の本数に強さなんてない」
フェルナは四本。
リシェルにも残っている。
セレスの古い服には一本。
ユラのものには七本。
「七!」
ユラが嬉しそうに指で数える。
「いっぱい!」
「一番多いな」
「ユラ、いちばん?」
「糸がな」
何でも一番になりたがる姉たちとは違い。
ユラはそれだけで満足らしい。
◇
服の山は。
少しずつ三つに分かれた。
そのまま着られるもの。
直せば着られるもの。
もう小さすぎて、どう直しても着られないもの。
「これは?」
フェルナが自分の昔の服を持つ。
「もう無理だな」
「直したら?」
「布を足せば服の形にはできるけど、新しく作った方が早い」
「じゃあどうする?」
「使えるところは別のものに使う」
「何に?」
「雑巾とか」
「えっ」
フェルナが固まった。
「嫌なのか?」
「これ、フェルナの服」
「今は着られないだろ」
「でもフェルナの」
「だから?」
「雑巾……?」
どうやら。
想像していなかったらしい。
ラグナまで。
自分の古い服を胸へ抱えた。
「ラグナのも?」
「着られないものはな」
「これ、いっぱい直した!」
「だから布もだいぶ傷んでる」
「雑巾……」
「何でそんなに悲しそうなんだ」
俺にとっては。
古くなった布を。
最後まで使うだけの話だ。
服として使えなくなったら。
別のものへ使う。
それも無理になれば。
火を起こす時に使うこともある。
物は。
いつか使えなくなる。
だが。
七人には。
少し違って見えているらしい。
◇
「捨てるの?」
セレスが聞く。
「今すぐ全部じゃないよ」
「でも最後は?」
「使えなくなったらな」
少し。
静かになる。
「服なくなったら」
リシェルが言った。
「昔着てたの、分からなくなる?」
「服がなくても、お前が着てたことまでなくなるわけじゃないぞ」
「でも見られない」
「まあな」
七人は。
それぞれ古い服を見る。
何度も洗ったせいで。
色が薄くなっている。
破れた場所を。
違う布で直したものもある。
俺が縫ったもの。
セレスが縫い方を覚えてから手伝ったもの。
リシェルが初めて自分で直して、糸が少し曲がったもの。
フェルナが木へ引っかけた跡。
ラグナが力を入れすぎて裂いた跡。
どれも。
きれいな服ではない。
新品でもない。
だが。
七人にとっては。
それだけではないようだった。
「残したい?」
俺が聞く。
セレスが頷く。
「全部じゃなくていいけど」
「じゃあ全部残す必要はないな」
「いいの?」
「お前らの服だろ。置く場所に困らない範囲なら、好きにすればいい」
フェルナがすぐに。
「これ残す!」
と一着抱えた。
「一人で全部選ぶなよ」
「フェルナの!」
「そういう意味じゃない。残したい服が増えすぎたら箱いっぱいになるぞ」
七人が。
服の山を見る。
少し冷静になった。
◇
「小さく切ったら?」
言ったのはミレアだった。
「切る?」
セレスが聞く。
「全部残すんじゃなくて、好きなところだけ」
ミレアは自分の昔の服を広げ。
袖の端を指差した。
「ここ」
「そこだけ残すの?」
「うん」
「残りは?」
「使う」
俺は。
少し考えた。
「それなら場所は取らないな」
リシェルも。
すぐ意味を理解したらしい。
「一着から一枚ずつ?」
「それなら、あとで何の服か分からなくならない?」
セレスが言う。
「板に書く」
「また記録」
「こういう時のためでしょ」
「まあ、そうだね」
話が進んでいく。
すると。
ユラが首を傾げた。
「きったら、おようふく、なくなる」
「そうだね」
「いや?」
ミレアが聞く。
ユラは。
自分が今着ている。
昔セレスが着ていた上着を見る。
「これは、きらない」
「それはまだ着られるから切らないよ」
「よかった」
服には。
まだ次の役目が残っている。
◇
「切った布、どうする?」
ラグナが聞いた。
「箱?」
「なくしそう」
ノエルが言う。
「板に貼る?」
「布は剥がれるかも」
「じゃあ袋!」
フェルナが言う。
「袋の中に布?」
「いっぱい入れる!」
「それだと見えないよ」
七人が。
また悩み始めた。
俺は。
裁縫道具を取り出しながら。
「つなげるか?」
と言った。
「何を?」
「布」
「どうやって?」
「縫えばいい」
小さな布を。
一枚ずつ。
端でつないでいく。
すぐに大きなものにはならない。
だが。
これからも。
服は小さくなる。
破れる。
使えなくなる。
その中で。
残したい部分だけを足していけばいい。
「何になる?」
セレスが聞く。
「大きくなれば膝掛けくらいにはなるかもな」
「八人入る?」
「膝掛けに八人は入らないだろ」
「大きくしたら?」
「何年かかるんだ」
「でも服、いっぱいある!」
フェルナが服の山を見た。
「全部切る気か?」
「駄目?」
「まだ使えるものまで切るな」
「じゃあ使えないの!」
「それなら好きにしろ」
こうして。
予定になかった仕事が一つ増えた。
◇
最初に切る服を選んだのは。
セレスだった。
「これにする」
選んだのは。
袖口を何度も直した古い上着。
「本当にいい?」
「うん。もう着られないし」
「どこ残す?」
リシェルが聞く。
セレスは。
少し考えてから。
補修してある場所を指した。
「ここ」
「きれいなところじゃないの?」
フェルナが聞く。
「こっちの方が覚えてるから」
昔。
妹たちの薪を運ぼうとして。
一度に抱えすぎ。
枝へ引っかけて裂いたことがあったらしい。
「セレス姉もいっぱい持ってた?」
ラグナが笑う。
「昔はね」
「ラグナみたい!」
「そうかも」
今では。
妹たちへ「無理しなくていい」と言うセレスにも。
そういう頃があった。
「じゃあここ」
四角く切る。
古い縫い跡が。
そのまま残った。
◇
ラグナは。
一番大きく裂けた跡を選んだ。
「これ!」
「やっぱりそこか」
「ラグナが破った!」
「自慢することじゃないよ」
セレスが笑う。
「でも今は破らない!」
「たまに破るだろ」
「前より!」
「それはそう」
フェルナは。
黒い布の端。
小さな穴が二つ並んだ部分を選んだ。
「耳のところ?」
ノエルが聞く。
「うん!」
「今より小さい」
「耳が?」
「穴」
「フェルナの耳、大きくなった!」
本人は。
なぜか嬉しいらしい。
リシェルは。
薄く汚れた袖口。
昔、字を書く時につけた跡。
ミレアは。
三本の糸が残っている部分。
「最初の印?」
「うん」
ノエルは。
五本の印が残った古い布。
そしてユラは。
なかなか決められなかった。
「どれ残す?」
セレスが聞く。
ユラは。
何着かある小さな服を順番に触る。
最後に。
一枚を持ち上げた。
「これ」
裾のところに。
かなり不格好な補修跡がある。
「ああ」
俺には覚えがあった。
「それ、ユラが初めて自分で針を持った時のやつだな」
「ユラが?」
「ほとんど俺が手伝ったけどな」
針を持つだけで怖がり。
布を一度刺すたびに。
俺の顔を見ていた。
「おとうさんとした?」
「ああ」
ユラは。
迷わなくなった。
「これにする」
◇
七枚。
色も。
形も。
布の厚さも違う。
「どう並べる?」
リシェルが聞く。
「好きに並べろ」
「順番ある?」
「ない」
「お姉ちゃん順?」
セレスが提案する。
「嫌!」
フェルナがすぐに言った。
「何で?」
「フェルナ真ん中がいい!」
「じゃあ私も真ん中!」
ラグナまで言う。
「真ん中一個しかないよ」
「二個にする!」
「七枚だから一個だよ」
「じゃあ大きくする!」
「布の数は増えない」
また始まった。
「丸にする?」
ミレアが言う。
「丸?」
「真ん中なし」
全員が。
一瞬考える。
「それ!」
フェルナが飛びついた。
「みんな隣!」
七枚では。
きれいな丸にはならない。
だが。
円になるよう並べることくらいはできる。
真ん中には。
別の布を入れればいい。
「真ん中何にする?」
ラグナが聞く。
七人の視線が。
なぜか俺へ向いた。
「何だよ」
「お父さん」
「俺?」
「お父さんの服!」
「何で俺のまで切るんだ」
「八人!」
フェルナが言う。
「七人のじゃなくて、家族のにする!」
そういうことらしい。
◇
「使えない服なら一着くらいあるだろ」
七人に押され。
俺も古い箱を探すことになった。
自分の服は。
七人ほど残していない。
着られなくなれば。
直す。
それでも駄目なら。
別の用途に使っていた。
だから。
ちょうどいいものは。
すぐには見つからなかった。
「ない?」
ユラが不安そうに聞く。
「待て。たしか……」
箱の底。
古い布の下。
一着だけ。
かなり擦り切れた上着が残っていた。
「あった」
「お父さんの!?」
「ああ」
七人が集まる。
「昔の?」
「そうだな」
「七人来る前?」
セレスが聞く。
俺は。
少し記憶を探る。
「たぶん」
その言葉で。
七人の反応が変わった。
「七人いない時のお父さんの服?」
フェルナが。
いつもより静かに聞く。
「ああ」
「切っていいの?」
「もう着ないよ」
随分前から。
使っていない。
それなのに残っていたのは。
たぶん。
たまたまだ。
「どこ切る?」
ミレアが聞く。
「好きなところでいい」
「お父さんが決めて」
「俺?」
「自分のだから」
セレスも頷く。
仕方なく。
上着を見る。
胸。
袖。
裾。
どこでもいい。
そう思ったが。
一箇所だけ。
他より色が薄くなっている場所があった。
左の肩。
「じゃあここ」
「何かある?」
リシェルが聞く。
「昔、薪を背負う時に一番擦れてた」
「それだけ?」
「それだけ」
七人が。
少し笑った。
「お父さんらしい」
「何が?」
「好きなところじゃなくて、いっぱい使ったところ選ぶ」
セレスに言われた。
そういうものだろうか。
◇
七人の布を。
俺の布の周りへ並べる。
形は。
かなり不格好だ。
色も合っていない。
きれいでもない。
だが。
「これがいい」
ミレアが言う。
「まだ縫ってないぞ」
「並べただけでも」
「うん」
ノエルも見ている。
「全部違う」
「そりゃ服が違うからな」
「でも一個になる」
なるほど。
そういう見方もあるらしい。
縫うのは。
全員でやることになった。
といっても。
ユラやフェルナへ全部任せるわけにはいかない。
俺とセレスが中心。
リシェルとミレアも。
できるところを少し。
ラグナは。
針を持つ指へ力を入れすぎた。
「曲がった!」
「針に力はいらないって」
「細い!」
「だからだ」
「難しい!」
「今日はよく聞くな」
フェルナは。
縫う速度だけ上げようとして。
糸を絡ませた。
「止まった!」
「速ければいいわけじゃない」
「あれ?」
「どっかで聞いたな」
「棒!」
覚えていた。
ノエルは。
他人が縫うところを見る方が好きらしい。
「ここ、ずれてる」
「本当だ」
「こっちも」
「よく見えるな」
そしてユラは。
針を一回通すたび。
やっぱり俺を見る。
「できた」
「ああ」
「つぎ?」
「そこから戻す」
「こう?」
「そう」
「できた」
昔と。
あまり変わっていない。
でも。
今日は。
俺が手を添えなくても。
自分で針を持てている。
◇
夕方になる頃。
八枚の布は。
ようやく一つにつながった。
まだ。
膝掛けと呼べるほど大きくない。
両手で広げられる程度。
「小さい」
ラグナが言う。
「八枚しかないからな」
「もっといる!」
「これから増やすんだろ」
「明日増やす?」
「明日急に服が小さくなってたら困る」
「じゃあいつ?」
「そのうち」
フェルナが。
つながった布を持ち上げる。
「これ、大きくなる?」
「お前らがまた服を着られなくなったらな」
「じゃあフェルナたちが大きくなったら、これも大きくなる!」
「そういうことになるな」
「すごい!」
俺も。
その言葉で初めて気づいた。
七人が育つたび。
少しずつ布が増える。
布が増えるたび。
この小さなものも。
少しずつ大きくなる。
「どこまで大きくする?」
セレスが聞く。
「好きなところまで」
「八人で使えるくらい?」
「相当いるぞ」
「じゃあそれ」
「本気か?」
「うん」
他の六人も。
当然のように頷いた。
◇
夕飯の前。
冬服の整理を。
ようやく終えた。
そのまま着られるもの。
直して着るもの。
妹へ渡すもの。
別の用途へ使うもの。
そして。
小さな一部だけ。
あの布へ残すもの。
「これ、ユラの」
ユラは。
セレスの昔の上着を着たまま。
袖を見ている。
「今はな」
セレスが答える。
「前は私の」
「つぎは?」
「ユラが着られなくなったら?」
「うん」
「誰か着られる子がいれば、その子」
「いなかったら?」
「直すか、別のものにする」
「きる?」
「残したかったら少しね」
ユラは。
考える。
「じゃあ、なくならない?」
セレスは。
すぐには答えなかった。
代わりに。
つながった布を見る。
「同じ形ではなくなるかもしれない」
「かたち?」
「服じゃなくなる。でも、少し残る」
「ユラの?」
「うん。私のでもあったやつ」
ユラは。
納得したように。
上着を両手で抱いた。
◇
夜。
予想より冷えたので。
七人は今日出した厚い服を。
さっそく着ていた。
袖を足す必要があるものは。
明日から直す。
今夜は。
使えるものだけ。
そして。
八枚の布を縫い合わせた小さなものは。
リシェルが記録板の近くへ置いた。
「そこに置くの?」
俺が聞く。
「忘れないところ」
「なくさないならいいけど」
「名前いる?」
フェルナが聞く。
「何の?」
「これ!」
「まだ何にもなってないぞ」
「なる途中!」
なる途中。
それなら。
名前がなくても困らない気がする。
「大きくなってからでいいんじゃないか?」
「忘れる!」
「何を?」
「名前つけるの!」
「じゃあ今つけろ」
また。
七人で相談が始まった。
「八人の布!」
「そのまま」
「おうちの布」
「家じゃないよ」
「思い出?」
「難しい」
「大きくなるやつ!」
「長い」
なかなか決まらない。
俺は。
先に布団へ入ることにした。
◇
しばらくして。
部屋が静かになった。
「名前決まったか?」
暗闇で聞く。
「決まらなかった」
セレスが答えた。
「なら別にいいだろ」
「うん」
「何かになってから決めればいい」
「お父さん」
「何だ?」
「今日の服」
「ああ」
「私、本当にあんなに小さかった?」
「もっと小さい時もあったよ」
「覚えてる?」
「全部じゃないけどな」
「ラグナも?」
「小さかった」
「フェルナも?」
「小さかった」
「リシェルも?」
「七人ともだよ」
少し間が空く。
「お父さんは?」
「何が?」
「大きくなった?」
「俺はもうそんなに変わらない」
「ずるい!」
フェルナが言った。
「何がずるいんだ」
「服ずっと着られる!」
「俺だって破れたり古くなったりするよ」
「でも小さくならない!」
「それはな」
また少し。
笑い声が起きる。
◇
「お父さん」
今度はユラ。
「何だ?」
「ユラ、おおきくなる?」
「ああ」
「これ、ちいさくなる?」
たぶん。
セレスの上着のことだ。
「そのうちな」
「いつ?」
「分からない」
「まだきる」
「着られる間は着ればいい」
「ちいさくなったら?」
「次を作る」
「おとうさんが?」
「お前も手伝えばいい」
「できる?」
「今日針使ってただろ」
「できた」
「なら前より手伝える」
ユラは。
しばらく黙る。
「じゃあ、いい」
何がいいのか。
聞かなくても。
たぶん分かった。
小さくなる服は。
なくなるものではない。
次が必要になったということだ。
◇
七人を拾った頃。
俺が考えていたのは。
今日着るものがあるか。
夜に寒くないか。
破れていないか。
それくらいだった。
すぐに大きくなるからと。
少し余裕を持たせて作った服もある。
それが。
いつの間にか。
本当に小さくなっている。
毎日見ていると。
分からない。
昨日と今日で。
急に背が伸びるわけではない。
朝起きたら。
突然腕が長くなっているわけでもない。
けれど。
前の季節の服を着せれば。
分かる。
袖が足りない。
裾が短い。
肩が窮屈。
耳の穴の位置まで変わった。
七人は。
ちゃんと。
少しずつ大きくなっている。
物置では。
鶏がまだ卵を温めている。
畑には。
次へ残した芋がある。
そして家の中には。
八枚の古い布を縫い合わせた。
まだ何になるのか決まっていないものが一つ。
これから。
七人が大きくなるたびに。
そこへ新しい布が増えるらしい。
いつか。
本当に八人で使えるほど大きくなった時。
七人は。
どれくらい大きくなっているのだろう。
そんなことを考えながら。
俺は。
七人分の寝息を聞いていた。




