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第68話 あの日植えた芋を、今日は八人で掘りました

 翌朝。


 フェルナは目を覚ますと、顔を洗うより先に物置へ行こうとした。


「待て」


「見るだけ!」


「顔を洗ってから見ても卵は逃げない」


「でも生まれてるかも!」


「昨日、明日はたぶんまだだって言っただろ」


「たぶん!」


 そう言われると、その通りではある。


 結局、顔を洗い、朝飯の前に七人揃って物置を覗きに行った。


 入口には昨日置いた板がある。


『しずかに』


『さわらない』


 フェルナが板を見た途端、足音まで小さくした。その後ろをラグナ、セレス、リシェル、ミレア、ノエル、ユラが順番に続く。


 奥では。


 昨日と同じ場所に。


 昨日と同じ鶏が座っていた。


「……まだ」


 フェルナが囁く。


「だから早いって」


「たまごも同じ?」


 ユラが聞いた。


「何が?」


「きのうのまま?」


「見た感じはな」


 するとリシェルが、昨日からの日数を残しておきたいと言って用意した小さな板へ、一本線を書いた。


「今日で二日目?」


「俺たちが気づいてからはな。鶏が温め始めたのはもっと前かもしれないぞ」


「じゃあ本当の一日目は分からない?」


「分からない」


「生まれる日も?」


「分からない」


 リシェルは少し考え、それでも線を消さなかった。


「じゃあ、私たちが知った日から数える」


「それなら間違ってないな」


 いつ生まれるかを知るための記録ではなく。


 自分たちがいつから待っていたかを残す記録になったらしい。


 それも悪くない。


     ◇


 朝飯を終えたあと。


 俺は七人を畑へ呼んだ。


「今日はこっちをやるぞ」


「鶏じゃない?」


 フェルナが聞く。


「一日中卵を見てても早く孵らない」


「でも見てたら、生まれるところ見られるかも」


「今日生まれるとは限らないだろ」


「じゃあ何するの?」


 答える代わりに。


 俺は畑の一角を指差した。


 春には。


 柔らかくした土へ。


 八人で芋を植えた場所。


 あの頃は何もなかった畝に芽が出て。


 葉が増え。


 何度も草を取り。


 水をやり。


 しばらく前から、その葉が少しずつ枯れ始めていた。


 ユラが首を傾げる。


「おいも、げんきない」


「そう見えるな」


「だいじょうぶ?」


「たぶん大丈夫だよ」


「枯れてるのに?」


 セレスも葉を見る。


「病気?」


「いや。そろそろ下を見てもいい頃だと思ってな」


 七人の視線が。


 一斉に地面へ落ちた。


 最初に意味を理解したのはフェルナだった。


「掘る!?」


「ああ」


「お芋!?」


「あればな」


「ある!?」


「だから掘って確かめるんだよ」


 言い終わる前に。


 フェルナがしゃがんだ。


「待て」


 両手を土へ突っ込む直前で止める。


「何で!?」


「春に何やったか忘れたのか?」


「掘った!」


「掘りすぎた」


「あ」


「芋まで爪で傷つけるなよ」


 黒い爪を見る。


 畑を見る。


 それから。


「今日はゆっくり掘る」


「できるか?」


「できる!」


「なら頼む」


     ◇


「あの日の芋?」


 リシェルが畝の端へしゃがんだ。


「あの日って?」


「春。最初に畑作った日」


「ああ。同じだよ」


「ずっとここにいた?」


「ずっと土の中だな」


「雪なくなった時から?」


「そう」


 リシェルは地面を見る。


 少し離れたところでは、ユラも同じように土を見つめていた。


「ユラ」


「なに?」


「覚えてるか? 植えた日に掘り返して見ようとしただろ」


 ユラが俺を見る。


 考える。


 しばらくしてから。


「おとうさんに、とめられた」


「そこは覚えてるんだな」


「おいも、みたかった」


「今日は見ていいぞ」


「ほんと?」


「ああ」


 ユラの顔が。


 一気に明るくなった。


「きょうは、だしていい!」


「今日は出す日だ」


「ぜんぶ?」


「食べられる大きさになってたらな」


「おおきくなってる?」


「それを見るんだよ」


 どうやら。


 卵よりこちらの方が。


 今日中に答えが出そうだと分かったらしい。


     ◇


 最初の一株は。


 俺が掘ることにした。


「葉をいきなり引っ張らない。まず少し離れたところから土を緩める」


 鍬を入れる。


 深く刺しすぎず。


 株の周りを何度か起こす。


「芋に当たったら?」


 セレスが聞く。


「切れることがある」


「じゃあ遠くから?」


「最初はな。場所が分かってきたら手でも掘れる」


「フェルナの出番!」


「爪」


「引っ込める!」


「引っ込むのか?」


「気持ち!」


「気持ちか」


 心配だ。


 土が緩んだところで。


 茎の根元を持つ。


 ゆっくり引くと。


 土の中から。


 小さな塊がいくつか顔を出した。


「出た!」


 ラグナが叫ぶ。


「お芋!」


 ユラも。


「いっぱい!」


 フェルナまで。


 一株の下に。


 大小いくつもの芋がついている。


 特別大きくはない。


 だが。


 ちゃんと育っていた。


「これ、春の?」


 リシェルが聞く。


「ああ」


「一個植えたところ?」


「そうだな」


「増えた」


「増えたな」


 七人が。


 芋と。


 土と。


 俺を順番に見る。


「何で!?」


 フェルナが聞いた。


「今さらそこからか?」


「一個がいっぱい!」


「そうやって増える植物だからだよ」


「土の中で作った!?」


「まあ、そう思っていい」


 ラグナが芋を一つ持ち上げる。


「重くした?」


「誰が?」


「お芋」


「勝手に育った」


「力入れて?」


「植物がどう力入れるんだ」


「分かんない!」


「俺も分からんよ」


 正確なところまで説明しろと言われても困る。


 ただ。


 食べられる芋が。


 土の中で増えてくれた。


 今はそれで十分だ。


     ◇


 そこから。


 七人で収穫を始めた。


 ラグナは最初、株ごと一気に引き抜こうとした。


 だが。


 途中で止まった。


「先に周り掘る」


「覚えてたか」


「お芋切ったらもったいない」


 理由は食べ物だった。


 それでも正しい。


 鍬を使う時も。


 以前ほど力を入れない。


 土がほぐれる程度に。


 必要なだけ。


「これくらい?」


「いいよ」


「もっとできる」


「やらなくていい」


「うん」


 今では。


 最後まで言わなくても分かる時がある。


 フェルナは。


 やはり手で掘る方が速かった。


 ただし。


 春とは違う。


 両手で土を一気に掻き出すのではなく。


 指先で少しずつ崩していく。


「遅い!」


「芋傷つけるよりいいだろ」


「でもフェルナ、もっと速くできる!」


「知ってる」


「速くしたら駄目?」


「できるなら傷つけない速さでやれ」


「難しい!」


「久しぶりに聞いたな、それ」


「だって難しい!」


 それでも。


 しばらくすると。


 ちょうどいい速さを見つけたらしい。


「お父さん!」


「何だ?」


「速いけど傷つけない!」


「じゃあそれでいい」


「見て!」


「見てる」


「もっと見て!」


「芋も見ろ!」


 一個取り逃がしそうになっていた。


     ◇


 セレスは。


 妹たちの様子を何度も見ていた。


「ラグナ、そっち大丈夫?」


「大丈夫!」


「フェルナ、手伝――」


 言いかける。


 止まる。


「フェルナ、手伝う?」


「まだ大丈夫!」


「分かった」


 それだけ。


 前なら。


 返事を待たずに一緒に掘っていたかもしれない。


 俺が何も言わなくても。


 セレス自身が覚えていた。


 やがて。


 ユラが大きな土の塊を前に困っているのを見つける。


「ユラ、手伝う?」


 ユラは。


 土を見る。


 自分の手で押してみる。


 びくともしない。


「てつだって」


「うん」


 二人で崩す。


「ここに芋あるかもしれないから、ゆっくりね」


「うん」


 出てきたのは。


 芋ではなく。


 昨日ユラが拾ってもおかしくないような丸い石だった。


「いし」


「石だったね」


「ユラのにする」


「やっぱり持って帰るんだ」


 春と何も変わっていないところもあるらしい。


     ◇


 リシェルは。


 収穫した芋を数え始めた。


「一、二、三……」


「全部数えるのか?」


「うん」


「途中で分からなくならない?」


「場所ごとに分ける」


 畝の横へ。


 小さな山がいくつも作られていく。


「こっちの株は六個。こっちは九個。小さいのも入れる?」


「食べられそうなら」


「これは?」


 指先ほどの芋。


「それは小さいな」


「食べられない?」


「食べられないことはないけど、無理して食うほどでもない」


「じゃあ別」


 すぐに。


『大きい』


『小さい』


 という分け方が始まった。


「形が変なのは?」


「形は別にいいよ」


「傷があるのは?」


「それも分けてくれ。先に食べる」


「何で?」


「傷がある方が傷みやすいから」


「じゃあ」


 板を一枚追加する。


『はやくたべる』


「便利だな」


「分けた方が分かる」


「頼むよ」


 こういう仕事は。


 やっぱりリシェルに合っている。


     ◇


 ノエルは。


 掘るより。


 葉を見ていた。


「お父さん」


「ん?」


「こっちの株、小さい」


「葉が?」


「うん」


 言われて見る。


 確かに。


 他より育ちが悪い。


「下も少ない?」


「掘ってみるか」


 一緒に掘る。


 出てきた芋は。


 数も少なく。


 大きさも小さかった。


「本当だ」


 ノエルが芋を手に取る。


「葉が小さいと、下も小さい?」


「そういう時もあるな」


「絶対?」


「絶対とは言えない」


「じゃあ次も見る」


「ああ」


 ノエルは。


 違う株を見る。


 葉が大きかった場所。


 茎がしっかりしていた場所。


 陽当たりが少し違う場所。


 いつの間にか。


 ただ食べ物を見る目だけではなくなっている。


 もっとも。


「大きいの、食べたい」


 結局そこへ戻った。


     ◇


 ミレアは。


 傷ついた芋を集めていた。


 掘っていれば。


 どうしても傷はつく。


 鍬が少し当たったもの。


 土の中で傷んでいたもの。


 虫に食われているもの。


 全部が。


 きれいな芋ではなかった。


「これは?」


 ミレアが聞く。


 半分ほど黒くなっている。


「そこは食べない方がいいな」


「捨てる?」


「悪いところが広すぎるならな」


「せっかく育ったのに」


「そうだな」


 ミレアは。


 少し残念そうに芋を見る。


「全部食べられると思ってた」


「畑やってると、こういうのも出るよ」


「失敗?」


「俺たちが何か失敗したものもあるかもしれないし、そうじゃないものもある」


「分からない?」


「全部はな」


 ミレアは少し考える。


 それから。


 傷んだ芋を。


 食べられるものとは別の籠へ入れた。


「じゃあ、こっちはこっち」


「そうしてくれ」


「食べられるの、いっぱいあるから」


「ああ」


 全部がうまく育たなくても。


 育ったものまで。


 駄目になるわけではない。


     ◇


 昼近く。


 畝の半分ほどを掘り終えたところで。


 俺たちは一度休むことにした。


 畑の横には。


 芋が積まれている。


 春には。


 何もなかった場所だ。


「いっぱい」


 ユラが。


 芋の山の前へしゃがむ。


「数える?」


 リシェルが聞く。


「むり」


「さっき数えてたよ」


「ユラ、むり」


「じゃあ私があとで数える」


 ユラは。


 一つの芋を両手で持った。


 自分の顔より少し小さい程度なのに。


 宝物みたいに眺めている。


「これ、あのときの?」


「どの時?」


「ユラ、みたかったとき」


「春のことなら、そうだな」


「ずっとまった?」


「ああ」


 ユラは。


 芋を見る。


 次に。


 畑を見る。


「ながかった」


「長かったな」


「でも、でた」


「出たな」


 その言葉を聞いて。


 フェルナが急に立ち上がった。


「卵!」


「何だ急に」


「卵も待ったら出る!?」


「孵ればな」


「お芋出たから、卵も出るかも!」


「芋と卵は別だぞ」


「でも待つ!」


「それは同じだな」


 フェルナは。


 妙に納得した顔で座り直した。


     ◇


 午後までかけて。


 芋を掘り終えた。


 最後の株は。


 七人全員で囲んだ。


「誰が掘る?」


 セレスが聞く。


「フェルナ!」


「ラグナ!」


 二人の声が重なる。


「二人でやれば?」


 ミレアが言う。


「じゃあフェルナこっち!」


「ラグナこっち!」


 左右から。


 慎重に土を崩す。


 セレスが倒れそうな茎を支え。


 リシェルが出てきた芋を数える。


 ノエルが土の色を見て。


「まだ一個ある」


 と指を差す。


 ミレアが傷つけないように拾い。


 ユラが。


 最後の小さな一個を土から出した。


「これでぜんぶ?」


 俺は。


 穴を見る。


 七人も見る。


「たぶんな」


「おわり?」


「ああ」


 すると。


 少し静かになった。


 朝からあれだけ騒いでいたのに。


 畑に残ったのは。


 掘り返された土だけだ。


「なくなった」


 ユラが言う。


「芋なら籠にあるぞ」


「ここ」


「畑からはな」


 春からずっと。


 そこにあったものを。


 今日。


 全部掘った。


 終わると。


 少し寂しく見える。


「また植える?」


 セレスが聞く。


「次の時期になったらな」


「同じところ?」


「土の様子を見て変えるかもしれない」


「また待つ?」


「育てるなら」


「また長い?」


「長いな」


 七人の顔を見る。


 春に。


 明日には育たないと言った時より。


 誰も不満そうではなかった。


「じゃあ」


 ラグナが言う。


「またいっぱいできる」


「ちゃんと育てればな」


「次もっと上手くする!」


「それはできるかもな」


     ◇


 全部を。


 今日食べるわけにはいかない。


 傷のあるもの。


 先に食べるもの。


 保存するもの。


 そして。


「これは?」


 リシェルが聞く。


 俺が少し状態のいい芋を別にしたからだ。


「次に植える分として残せるものがあるか見てる」


「食べない?」


「全部食ったら、次がないだろ」


 フェルナが。


 芋を見る。


「でも食べられる」


「食べられる」


「美味しそう」


「まだ生だぞ」


「でも食べたい」


「分かる」


「食べちゃ駄目?」


「全部じゃなければ食っていい」


 少し考える。


「残す」


「いいのか?」


「次も食べたい」


「理由がずっと食べ物だな」


「大事!」


 ノエルが頷いた。


「大事」


 そこだけは。


 二人の意見が完全に一致している。


     ◇


 夕飯は。


 当然。


 芋になった。


 全部を凝った料理にする必要はない。


 よく洗って。


 いくつかは切り。


 いくつかはそのまま。


 火のそばでじっくり焼く。


 食べられるまで。


 ここでも待つ。


「まだ?」


 フェルナが聞く。


「まだ」


「もういい匂い」


「まだ」


「触っていい?」


「熱い」


「見るだけ」


「さっきから見てるだろ」


 鶏の卵と。


 芋。


 今日は。


 こいつらにとって待つものばかりだ。


 ようやく焼けたものを取り出す。


 皮を開くと。


 白い湯気が上がった。


「熱いから気をつけろよ」


 言い終わる前に。


 ラグナが手を出す。


「熱っ!」


「言っただろ」


「でも持てる!」


「持てるかどうかじゃない」


 七人分。


 俺の分。


 器へ分ける。


 少し塩を振った。


「食べていい?」


 ユラが聞く。


「いいぞ」


「いただきます!」


 八人の声が重なった。


     ◇


 最初の一口を食べた時。


 妙に。


 全員静かになった。


 熱いからかと思ったが。


 違うらしい。


「おいしい」


 ミレアが言う。


「うまいな」


「すごく?」


 フェルナが俺を見る。


「普通にうまいよ」


「普通じゃない!」


「何が?」


「フェルナたちのお芋!」


「俺も植えたぞ」


「八人のお芋!」


「それならそうだな」


 ラグナは。


 もう次を食べている。


「春のラグナも作った!」


「そうだな」


「今のラグナの方が上手い!」


「それもそうだろうな」


「じゃあ次もっと美味しい!」


「上手く育つことと味は別かもしれないぞ」


「なんで!?」


「何でも思った通りにはならんよ」


「難しい!」


「今日二回目だな」


 ラグナは不満そうだったが。


 芋は食べ続けている。


 相当気に入ったらしい。


     ◇


「お父さん」


 リシェルが。


 食事の途中で聞いた。


「何だ?」


「春に植えた日、覚えてる?」


「大体は」


「私、全部覚えてない」


「普通だよ」


「ユラが石拾った」


「今日も拾ってたな」


「フェルナが深く掘りすぎた」


「それも覚えてる」


「ラグナが水いっぱいあげたら早く育つか聞いた」


「聞いたな」


 ラグナが。


 少し恥ずかしそうな顔をする。


「昔だから!」


「そんな昔じゃないよ」


 セレスが笑った。


「でも」


 リシェルは。


 自分の芋を見る。


「その時、今日のこと分からなかった」


「そりゃそうだろ」


「ちゃんとできるかも分からなかった」


「ああ」


「でも今日食べてる」


「食べてるな」


「書いとく」


「何を?」


「植えた日と、食べた日」


「また記録か」


「うん」


 リシェルらしい。


「何日だったか正確には分かる?」


「板に少し残してある」


「そこまで書いてたのか」


「うん」


 この家は。


 俺が思っている以上に。


 過去の出来事が残る家になっているらしい。


     ◇


 夕飯のあと。


 七人は。


 また物置へ行った。


 俺もついていく。


 鶏は。


 まだ卵を温めている。


 朝と。


 ほとんど変わらない。


「今日は出なかった」


 フェルナが囁く。


「ああ」


「お芋は出た」


「ああ」


「お芋の方が先だった」


「比べるものじゃない」


「でも待ったら出た」


「そうだな」


 ユラが。


 物置の奥を見る。


「ひなも、ちゃんとまつ」


「そうしてくれ」


「掘らない?」


「絶対掘るな」


「たまごは土じゃないよ」


 セレスが笑う。


「ユラ、わかってる」


「ならいいけど」


 七人は。


 しばらく静かに鶏を見て。


 そのまま家へ戻った。


 昨日より。


 少しだけ。


 待つことに慣れたように見えた。


     ◇


 夜。


 寝る前。


 リシェルは本当に板へ記録を書いた。


『はる いもをうえた』


 その下。


『きょう 八人でほった』


『よる 八人でたべた』


 フェルナが横から見る。


「美味しかったも書く!」


「記録にいる?」


「いる!」


「じゃあ書けば?」


 フェルナは。


 リシェルから書くものを借りた。


 まだ上手とは言えない字で。


『おいしかった』


 と書く。


 ラグナも。


「いっぱいあった!」


 と書きたがり。


 ノエルは。


「大きいのもあった」


 ミレアは。


「食べられないのもあった」


 セレスは。


「次の分を残した」


 ユラは。


 少し考えたあと。


『まった』


 と書いた。


 七人が書いたせいで。


 畑の記録なのか。


 夕飯の感想なのか。


 よく分からない板になった。


「これ残すの?」


 セレスが聞く。


「残したいなら残せばいいんじゃないか」


「未来の私たちが見る?」


「たぶんな」


 リシェルが。


 板を見ながら言う。


「次に植える時も見る」


「それなら役に立つな」


「次はもっと上手くする」


「失敗したところ覚えてたらな」


「忘れたら?」


「板見ろ」


 リシェルが笑った。


     ◇


 春。


 七人は。


 土の中へ芋を入れた。


 次の日には。


 何も変わらなかった。


 その次の日も。


 食べられる芋なんて。


 どこにも見えなかった。


 それでも。


 水をやって。


 草を取って。


 時々様子を見て。


 途中からは。


 毎日気にすることさえなくなった。


 そして今日。


 土の中にあったものを。


 八人で掘って。


 八人で食べた。


 待っている間には。


 何も起きていないように見えることがある。


 けれど。


 見えないところで。


 少しずつ変わっているものもある。


 もっとも。


 七人がそんな難しいことを考えているかは分からない。


「お父さん」


 寝床から。


 フェルナの声がする。


「何だ?」


「明日の朝、卵見る」


「好きにしろ」


「そのあと芋食べる」


「まだあるよ」


「明後日も?」


「しばらくある」


「やった!」


 どうやら。


 今日一番大事だったのは。


 そこらしい。


 やがて。


 七人が静かになる。


 家の外には。


 今日掘り返した畑。


 物置には。


 まだ生まれていない卵。


 保存する場所には。


 今日食べずに残した芋。


 終わったもの。


 まだ途中のもの。


 次へ残したもの。


 八人で暮らしていると。


 それらが。


 同じ家の中へ。


 少しずつ増えていく。

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