第59話 七人を拾った場所へ、八人で歩いて帰りました
# 第59話 七人を拾った場所へ、八人で歩いて帰りました
地図を作った翌朝。
朝飯を食べ終えるより先に、フェルナが昨夜から何度も見ていた場所を指差した。
「お父さん、今日ここ行く?」
七人が最初に家へ来た道。
昨日、俺が地図へ加えた小さな丸と、そこから家まで伸びる一本の線だ。
「朝の仕事が終わって、天気が変わらなければな」
「じゃあすぐやる!」
「急いで雑にするなよ」
「分かってる!」
返事は威勢がよかったが、今日は本当にいつもより手際がよかった。
鶏の世話も、薪の確認も、畑の様子を見るのも、七人がそれぞれ仕事を分けて進めていく。以前なら「早く出かけたい」という気持ちが先に走っていたフェルナまで、何度も家の方を振り返りながら、それでも自分の仕事は最後まで終わらせた。
全部片づいた頃には、太陽も十分に高くなっていた。
「よし。行くか」
その一言で、七人の顔が一斉に明るくなる。
ただし。
「遠足じゃないからな」
「お弁当は?」
「持っていく」
「遠足!」
「違う」
「お弁当ある!」
「それだけで決めるな」
結局、フェルナの中では遠足になったらしい。
◇
目的の場所は、それほど遠くない。
七人を見つけた辺りは、家から山道を少し外れた場所に点々とある。当時は道と呼べるほど整っていなかったが、その後、何度か薪や薬草を探す時に通ったので、今では歩きやすいところも増えている。
「この道?」
リシェルが地図と周囲を交互に見る。
「ああ。ただし地図の線ほど真っ直ぐじゃないぞ」
「曲がってる」
「山道だからな」
「じゃあ地図、間違い?」
「間違いというより簡単にしてるんだ。全部の曲がり方まで描いたら、板がいくらあっても足りない」
リシェルはなるほどという顔をして、持ってきた小さな板へ何かを書き込んだ。
「何を残した?」
「地図の線は、道そのものじゃない」
「そこまで書くのか」
「未来の私が忘れるかもしれない」
最近、その言葉ですべてを記録する理由が通るようになっている。
隣ではノエルが地面を見ながら歩いていた。
「ここ、鹿通った」
「分かるのか?」
「跡ある」
指差された先には、薄い蹄の跡が残っている。
「昨日じゃないな」
「古い?」
「ああ。少し崩れてる」
ノエルはしばらく眺めたあと、地図に新しい印を加えるつもりらしく、その場所を覚えるように何度も周囲を見回した。
◇
最初の場所へ着いたのは、家を出てからしばらく経ってからだった。
大きな木の根元。
岩と岩の間に少しだけ平らな場所がある。
今は草が生え、小さな花まで咲いている。
「ここ?」
セレスが聞く。
「この辺りだ」
「誰?」
「お前」
答えると、セレスの表情が止まった。
「私?」
「ああ」
他の六人まで一斉にセレスを見る。
「ここにセレス姉いたの!?」
フェルナが声を上げる。
「正確には、あの木の根元の近くだな」
俺が指差すと、セレスはゆっくりそこへ歩いていった。
今のセレスなら腰ほどしかない木の根。
けれど、当時の彼女にとっては、それだけで十分に大きかったはずだ。
「どんなだった?」
「小さかった」
「それは分かるよ」
「泣いてた」
「私が?」
「ああ。ただ、大声じゃなかった。声も出さずに、ずっと泣いてた」
セレスは少し驚いた顔をした。
「覚えてない」
「覚えてなくて当然だ」
「お父さん見た時も?」
「泣いてた」
「逃げなかった?」
「逃げる元気がなかったんだと思う」
セレスは木の根へ手を置き、しばらく黙った。
何を考えているのか。
無理に聞く必要はない。
やがて。
「お父さん、どうしたの?」
「抱いた」
「すぐ?」
「ああ」
「私、嫌がらなかった?」
「最初は少し固まった。でも家まで来る途中には、俺の服掴んでた」
「……それ、前に言ってたやつ?」
「眠くなると服掴んで離さなかったって話か? あれはその後もずっとだ」
セレスは顔を赤くした。
「ずっとだったんだ……」
「かなりな」
妹たちが笑う。
「セレス姉かわいい!」
「今もかわいい!」
「もういいから!」
重くなりかけた空気が。
いつもの調子へ戻った。
◇
次の場所は少し坂を下った先だった。
ラグナを見つけた場所。
岩の多いところで、今も足元に大小さまざまな石が転がっている。
「ラグナここ!?」
「ああ」
「岩いっぱい!」
「お前らしいと思うな」
「その時から強かった?」
「赤ん坊に何を求めてる」
ラグナは少し残念そうだったが、すぐに周囲を見回した。
「どこ?」
「この辺り」
「何してた?」
「泣いてた」
「ラグナも!?」
「赤ん坊は泣くだろ」
「セレス姉より大きい声?」
「かなり」
ラグナが満足そうに胸を張る。
「勝った!」
「そこで勝つな」
「じゃあラグナの方が元気だった?」
「少なくとも声はな」
「やっぱり強い!」
「泣き声で強さ決めるな」
それでも。
本人は嬉しいらしい。
近くにあった小さめの岩を持ち上げようとして。
「これ、昔のラグナより大きい?」
「当然」
「今は持てる!」
「だから昔の自分と岩で勝負するな」
◇
三つ目の場所へ向かう途中。
フェルナはずっと落ち着かなかった。
「次フェルナ!?」
「順番ならな」
「走っていい!?」
「道知らないだろ」
「じゃあお父さん前!」
「それで走る気か」
「歩く!」
今日はずいぶん我慢している。
やがて着いたのは、小さな斜面の下だった。
木々の間から光が差し込み、近くには浅い水の流れもある。
「ここ?」
「この辺り」
「フェルナ何してた?」
「泣いてた」
「みんな泣いてる!」
「だから赤ん坊だったんだよ」
「フェルナは一番!?」
「何が」
「大きい声!」
「ラグナよりは静かだった気がする」
「負けた!」
「まだ競ってるのか」
「じゃあ何してた?」
少し考える。
「足ばたばたさせてた」
「やった!」
「何がやったなんだ」
「昔から動いてた!」
確かに。
今のフェルナを知っていると。
妙に納得できる。
「抱っこしたら?」
「最初はまだ動いてたな」
「蹴った?」
「蹴られた」
「お父さんを!?」
「小さかったから全然痛くなかったけどな」
フェルナは。
なぜか申し訳なさそうに。
「ごめん」
「今謝ることじゃない」
「でも蹴った」
「覚えてないだろ」
「今は蹴らない!」
「寝てる時は怪しい」
「それは分かんない!」
◇
ミレアの場所は。
少し木々が開け。
風が通るところだった。
「ここ、好き」
着くなり。
ミレアが小さく言った。
「初めて来たはずなのに?」
「うん。でも静か」
以前。
一人で風を見るのが好きだと言っていた。
偶然なのか。
それとも。
何か。
言葉にならないものを感じているのか。
「ミレアは?」
「かなり静かだった」
「泣いてない?」
「泣いた跡はあった。でも見つけた時は眠ってた」
「ここで?」
「ああ」
「お父さん来ても?」
「少し起きた。でもまたすぐ寝た」
「……私らしい?」
「今のミレアなら、少しな」
ミレアは。
その場所へしゃがみ込み。
草へ手を触れた。
「今度また来たい」
「一人で?」
フェルナが聞く。
ミレアは少し考え。
「一人でも来たいし、みんなとも来たい」
「じゃあ今日はみんな!」
「うん」
フェルナは。
それで十分らしい。
◇
ノエルを見つけた場所には。
本人が真っ先に。
別のものを見つけた。
「虫」
「今それか?」
「見たことない」
「今日、自分を拾った場所に来て最初に見るのが虫か」
「でもいる」
しゃがみ込む。
小さな羽虫。
俺にも。
種類はよく分からない。
「あとで見れば?」
フェルナが言う。
以前なら。
「それだけ?」
と続いたかもしれない。
今は。
「ノエルの場所だから、虫も見る?」
と聞いた。
「見る」
「じゃあ待つ」
「ありがとう」
成長したのは。
ノエルだけではない。
しばらく観察を終えるまで待ち。
ようやく。
本題へ戻る。
「ノエルは?」
「目を開けてた」
「泣いてた?」
「ほとんど泣かなかった」
「何してた?」
「俺を見てた」
「ずっと?」
「ああ。抱き上げても、家へ連れて帰る間も、ずっと何かを見るみたいに目を動かしてた」
ノエルは。
少し考える。
「その時から見るの好き?」
「だったのかもな」
「覚えてない」
「俺が覚えてる」
「じゃあ」
ノエルは持ってきた板へ。
『おとうさんが おぼえてる』
と書いた。
「それ書くのか?」
「うん。ノエル覚えてないから」
◇
ユラの場所へ着いた時。
本人は。
少し緊張していた。
七人の中で。
今も一番。
俺の近くへ来ることが多い。
「ここ?」
「ああ」
低い木の下。
落ち葉が積もり。
今では。
ただの静かな場所だ。
「わたし、ないた?」
「泣いてた」
「いっぱい?」
「ああ。かなり」
「ラグナより?」
「比べてない」
「だっこ?」
「した」
「すぐ?」
「すぐ」
ユラは。
俺の服の裾へ手を伸ばしかけ。
途中で止めた。
その代わり。
自分の服を握る。
「おとうさん、きた?」
「ああ」
「わたし、みつけた?」
「ああ」
「かえった?」
「ああ」
「……よかった」
昨日。
地図を見た時と。
同じ言葉だった。
「何がよかった?」
今日は。
聞いてみた。
ユラは。
少し考えてから。
「おとうさん、きた」
それだけだった。
「そうか」
俺も。
それ以上は聞かなかった。
◇
最後は。
リシェル。
少し斜面を上った先。
太い木の根が張り。
遠くまで見渡せる場所。
「ここ」
俺が指差すと。
リシェルは周りを見る。
「一人だった?」
「ああ」
「何してた?」
「静かだった」
「ノエルみたい?」
「違うな。ノエルは周りを見てたけど、お前は俺を見てた」
「ずっと?」
「ああ」
「泣いた?」
「少しだけ」
「抱いたら?」
「泣き止んだ」
「どうして?」
「知らん」
「…………」
不満そうだ。
「その時のお前に聞け」
「覚えてない」
「なら答えなしだ」
「…………」
しばらく。
考える。
「分からないまま?」
「ああ」
「それでいい?」
「前にも言っただろ」
「分からないことは、分からないまま持っててもいい」
「そういうこと」
リシェルは。
納得したように。
小さく頷いた。
◇
七つの場所を回り終えたところで。
少し開けた場所へ移動し。
昼飯にした。
フェルナが。
パンを食べながら聞く。
「お父さん、一日で七人拾った?」
「違う」
「順番?」
「ああ。少しずつ」
「どれくらい?」
「それぞれ間があった」
「最初セレス姉?」
「ああ」
「最後リシェル?」
「そうだ」
セレスが。
少し考える。
「私、最初は一人だった?」
「俺と二人だな」
「ラグナ来たら三人?」
「ああ」
「それで、一人ずつ増えた?」
「そう」
「……変な感じ」
「何が?」
「今は七人いるのが普通だから」
それは。
俺も同じだ。
一人増えるたび。
家の中の音が増え。
必要な食事が増え。
洗うものも。
考えることも。
心配も。
増えた。
気づけば。
八人になっていた。
◇
「お父さん」
ミレアが聞く。
「七人見つけた時、どう思った?」
「毎回?」
「うん」
「困った」
「困った!?」
フェルナが驚く。
「当たり前だ。赤ん坊見つけたら、まずどうするか考えるだろ」
「嫌だった?」
「それは違う」
「じゃあ?」
「生きてるなら放っておけない。まず連れて帰る。それから飯だの寝る場所だの考える」
「それだけ?」
リシェル。
「最初はな」
「家族にするって思った?」
少し。
答えを考えた。
「たぶん」
当時。
そんな綺麗な言葉で。
決めたわけではない。
今日から家族だ。
そんな宣言もしていない。
「いつから?」
「分からん」
「分からない?」
「ああ。気づいたらそうなってた」
七人が。
静かに聞いている。
「最初は、とにかく生かすことだけ考えた。腹減らせない。寒くしない。病気になったらどうする。そんなことばっかりだ」
「それが?」
セレス。
「そのうち名前呼ぶようになって。笑ったら嬉しくなって。泣いたら困って。寝たら息してるか気になって」
「…………」
「気づいたら、お前らが家にいるのが普通になった」
家族になった日を。
俺は。
知らない。
たぶん。
一日ではない。
毎日の中で。
少しずつ。
そうなった。
◇
「じゃあ」
リシェルが。
地図を開く。
「ここ」
七人を見つけた場所。
そこから。
家へ伸びる。
いくつもの線。
「家族になった場所?」
「それは家じゃないか?」
「でも始まった」
「始まった場所なら、そうかもな」
フェルナが。
すぐ炭を取る。
「書く!」
「何て?」
「『はじまり』!」
「七か所全部?」
「うん!」
セレスが笑う。
「七個も始まりあるの?」
「ある!」
ラグナも頷いた。
「ラグナの始まり!」
「ノエルも」
「わたしも」
結局。
地図には。
七つの小さな文字が増えた。
『はじまり』
◇
帰り道。
行きより。
七人は。
少し静かだった。
暗いわけではない。
ただ。
何度も後ろを振り返る。
自分が見つかった場所を。
覚えようとしているのだろう。
「また来れる?」
ユラ。
「ああ」
「道わかる?」
「今はな」
「わたしも?」
「今日はまだ一人じゃ駄目だ」
「おおきくなったら?」
「その時また考える」
「うん」
前なら。
それだけで。
少し不満そうにしたかもしれない。
今は。
素直に待てる。
◇
途中。
フェルナが急に止まった。
「お父さん」
「どうした?」
「帰るって」
「ああ?」
「昔も、この道?」
「近いところはな」
「フェルナ、抱っこ?」
「ああ」
「今は歩いてる」
「そうだな」
自分の足を見る。
昨日直した。
片方だけ色の違う服。
靴。
伸びた脚。
「すごい?」
「何が?」
「昔は抱っこ。今は歩ける」
「ああ。すごいよ」
フェルナが笑う。
そして。
走り出しかけて。
止まった。
「走らない!」
「今日は偉いな」
「道覚える!」
「それなら周り見ろ」
「うん!」
◇
家が見えてくる。
七人が。
自然と。
少し歩く速度を上げた。
ユラが最初に声を上げる。
「おうち!」
毎日見ている家。
朝出て。
夕方戻る。
それだけなのに。
今日は。
少し違って見えるらしい。
七人は。
それぞれ。
別の場所から。
ここへ来た。
でも今は。
同じ場所へ帰ってくる。
「ただいま!」
フェルナが扉を開ける。
続いて。
「ただいま」
「帰った!」
「おなかすいた」
いつもの声が。
家の中へ広がる。
◇
夕飯のあと。
地図へ。
今日分かったことを書き足す。
七つの始まり。
道。
木。
岩。
目印。
そして。
家へ向かう線。
リシェルが。
最後に。
家の横へ小さく書いた。
『かえるところ』
「それは地図にいる?」
俺が聞く。
「いる」
「何で?」
「場所だけじゃないから」
「どういう意味だ?」
リシェルは。
少し考える。
「家は場所。でも」
七人を見る。
「みんないるから帰る」
「……そうか」
◇
夜。
自分の寝床へ入ってから。
セレスが小さく声をかけてきた。
「お父さん」
「何だ?」
「今日、ありがとう」
「何が」
「連れて行ってくれて」
「ああ」
「昔も」
少し間が空く。
「連れて帰ってくれて」
暗闇の中で。
他の六人も。
起きている気配がした。
「今さらだな」
「だって今日知ったから」
「そうか」
「お父さん」
今度はラグナ。
「ラグナ重くなった?」
「昔よりはな」
「もう抱っこ無理?」
「できなくはないだろうけど」
「じゃあして!」
「何でそうなる」
フェルナまで起き上がる。
「フェルナも!」
「七人全員は無理だ!」
「一人ずつ!」
「今日は歩いて帰れたって喜んでただろ!」
「抱っこもしたい!」
結局。
少ししんみりした空気は。
一瞬で消えた。
◇
「お父さん」
ユラも。
隣から。
こちらを見る。
「ユラまで抱っこか?」
「うん」
「……今?」
「ちょっと」
仕方なく。
寝床へ座ったまま。
抱き上げる。
昔より。
ずっと。
重い。
でも。
まだ。
腕の中に収まる。
「おもい?」
「昔より」
「おおきい?」
「ああ」
「よかった」
ユラは満足すると。
すぐ自分の布団へ戻った。
すると。
案の定。
「次フェルナ!」
「寝ろ!」
「ずるい!」
「じゃあラグナ!」
「増えるな!」
今夜は。
七人全員を一度ずつ抱くまで。
眠れそうになかった。
昔は。
抱かなければ。
家まで帰れなかった。
今は。
自分の足で歩けるのに。
それでも。
たまには。
抱かれたいらしい。
それなら。
腕が上がるうちは。
付き合ってやればいい。
ただし。
「ラグナ、重い!」
「強くなったから!」
「重さと強さは別だ!」
「次フェルナ!」
「少し待て! 腕休ませろ!」
七人が大きくなるというのは。
嬉しいことばかりではなく。
父親の腕にも。
それなりの負担が増えることらしかった。




