第56話 自分の寝床は、自分で整えることにしました
寝る場所を少しずつ分けるようになってから、朝の片づけにも変化が出た。
以前は八人分の布団や毛布がほとんど一つの大きな塊になっていたため、起きた者から適当に畳み、最後に俺が形を整えて棚へしまっていた。ところが今は、それぞれの寝床が少し離れている。
当然。
誰がどの布団を使ったのかも、よく分かるようになった。
「フェルナ」
「なに?」
「これは誰の布団だ?」
朝食を終えたあと、俺は部屋の中央に置きっぱなしになっている一組の布団を指差した。
フェルナは自分の寝床だった場所と、そこに残された布団を見比べてから、少し考える。
「……フェルナ?」
「何で疑問形なんだ」
「昨日は足元で寝たから」
「夜中に移動しただけで、最初に使った布団はお前のだろ」
「ああ!」
ようやく納得したらしい。
「じゃあ片づける!」
「頼む」
勢いよく布団を持ち上げたところまではよかったが、そのまま全部まとめて棚へ押し込もうとしたので止めた。
「待て。畳め」
「入るよ?」
「入るかどうかじゃない。次に使いやすいようにしておくんだ」
「夜また出すのに?」
「だからこそだよ」
フェルナは納得していない顔をしたが、隣で自分の毛布を畳んでいたセレスが笑った。
「ぐちゃぐちゃに入れたら、夜になってまた全部引っ張り出すことになるでしょ」
「……それ面倒」
「朝ちゃんとやった方が、夜楽なんだよ」
「未来のフェルナのため!?」
「一日先まで未来扱いするの、まだ続いてるのか」
どうやら。
未来の自分へ手紙を書いて以来。
フェルナの中では。
面倒な準備をする理由として。
「未来の自分」がかなり便利になっているらしい。
◇
七人とも自分の寝床を持つようになったのなら、片づけまで自分でやらせてもいい。
そう考え。
「今日から、自分で使った寝具は自分で整えてみるか」
と提案したところ。
予想以上に反応が分かれた。
「できる!」
ラグナは即答。
「毎日?」
セレスは先のことまで確認し。
「畳み方、同じじゃないと駄目?」
リシェルは方法を気にする。
ノエルは布団そのものを見ながら、「外に干す日は?」と別の疑問を出した。
ミレアは特に嫌そうではなかったが、自分の布団だけでなくユラの方も見ている。
そしてユラは。
「おとうさん、しない?」
少しだけ不安そうだった。
「最初は一緒にやるよ。ただ、そのうち自分でできるようになればいい」
「ぜんぶ?」
「できるところまでな」
「できないとこは?」
「呼べばいい」
「じゃあ、する」
それなら大丈夫らしい。
◇
まずは布団を畳むところから始めた。
難しい作業ではない。
広げる。
端を合わせる。
折る。
毛布も同じようにまとめる。
だが。
簡単な作業ほど、七人の性格がよく出た。
セレスは最初から丁寧だった。角を揃え、一度畳んだ後も少しずれていると気づけば直す。
「そこまで綺麗じゃなくてもいいぞ」
「でも揃ってた方が気持ちいい」
「自分がそうしたいならいい」
俺がそう答えると、セレスは一瞬こちらを見た。
「お父さんに褒めてもらうためじゃなくて?」
「ああ」
「ちゃんとできてる方がいいって思うのも?」
「お前がそう思うなら」
少し考えてから。
もう一度。
角を揃える。
「じゃあ、やっぱり揃える」
以前なら。
きっと。
妹たちの布団まで。
全部揃えようとしただろう。
今日は。
自分のものだけ。
丁寧に整えていた。
◇
ラグナは。
逆だった。
「できた!」
「早いな」
見る。
確かに。
折ってはある。
ただし。
布団が。
妙に厚い。
「何回折った?」
「いっぱい!」
「何で」
「小さくした!」
「小さくすればいいってものじゃないぞ」
ラグナは。
自分の布団と。
セレスの布団を見比べる。
セレスの方は平たく、棚へ入りやすそうだ。
「ラグナの、小さい」
「その代わり厚い」
「じゃあ強い?」
「布団に強さを求めるな」
実際に棚へ入れさせると。
途中でつかえた。
「入らない!」
「だろ?」
「押す!」
「押すな。崩れる」
「じゃあどうする?」
「少し戻して、棚の高さに合わせろ」
「必要なだけ?」
「そう」
最近は。
力加減だけでなく。
大きさまで。
「必要なだけ」で通じるようになってきた。
◇
フェルナは。
最初から。
何とかして楽をしようとしていた。
「これ」
毛布を。
丸める。
「駄目?」
「駄目とは言わない」
「いいの!?」
「次に使う時、自分が困らないならな」
「じゃあこれ!」
そのまま棚へ置く。
丸い塊になった毛布は。
予想以上に場所を取った。
隣へ布団を入れようとして。
「入らない!」
「未来のフェルナが困ってるな」
「今のフェルナも困ってる!」
「じゃあどうする?」
しばらく。
毛布を見る。
棚を見る。
セレスを見る。
「畳む」
「結局そこへ戻ったな」
「最初から教えて!」
「教えただろ」
◇
ミレアは。
布団を畳む前に。
表面を手で撫でていた。
「何かあるか?」
「髪」
「ああ」
昨日切った後に残っていた短い髪かもしれない。
ミレアは。
小さな髪を取り。
そのあと。
毛布の皺も丁寧に伸ばす。
「綺麗にしてから畳む?」
「うん」
「毎日そこまでやる?」
「気づいたら」
「それくらいでいい」
すると。
ミレアは。
少し意外そうに俺を見た。
「毎日じゃなくても?」
「汚れてるならやった方がいい。でも、何もないのに毎朝全部確認しなくてもいいだろ」
「ちゃんとやるって」
「ああ?」
「毎日同じこと全部することじゃない?」
「必要なことをやることだろ」
ミレアは。
少し考えた後。
自分の毛布を畳んだ。
「じゃあ今日は髪あったからやった」
「ああ」
「明日はなかったら、そのまま畳む」
「それでいい」
◇
ノエルは。
寝具の裏側を見ていた。
「何してる?」
「ここ」
布団の端。
ほんの少し。
色が濃い。
「湿ってる?」
触る。
少しだけ。
「汗だな」
「寝てる時?」
「ああ」
「じゃあ畳んだら?」
「湿気が残る」
「どうする?」
「今日は外へ干すか」
その言葉で。
ノエルは。
布団を見る目が変わった。
「みんなのも?」
「確認してみる」
◇
結果。
布団を畳む練習の予定が。
急遽。
寝具を干す日になった。
「全部外!」
フェルナが喜ぶ。
「遊びじゃないぞ」
「でもいっぱい!」
「落とすなよ」
家の前に。
縄を張る。
布団は縄へ掛けるには重いので、日当たりのいい場所へ作った木の台へ広げる。毛布や薄い布は縄へ。
七人が。
自分のものを。
それぞれ運ぶ。
「ラグナ二つ持てる!」
「一つでいい」
「持てる!」
「持てるかどうかじゃなくて、引きずらないかの話だ」
すでに。
片方の布団の端が地面へ近い。
「……一つにする」
「正解」
フェルナは。
布団を頭からかぶるようにして運び。
前が見えなくなった。
「お父さん!」
「何だ」
「どっち!?」
「まず止まれ」
「止まった!」
「右」
「こっち!?」
「逆!」
「見えない!」
「だからかぶるな!」
結局。
布団から顔を出すまでに。
家の入口で。
かなり時間がかかった。
◇
ユラは。
自分の布団を。
一人では持てなかった。
「おもい」
「だろうな」
「でも、じぶんの」
「一人で持たなくていい」
「でも」
七人を見ている。
みんな。
自分の寝具を運んでいる。
「ユラも?」
「持ちたい?」
「うん」
「じゃあ半分ずつ」
俺が片側を持つ。
ユラが反対側。
「いくぞ」
「うん」
家の外へ運ぶ。
「おもくない」
「半分だからな」
「おとうさんも?」
「半分」
「いっしょ」
「ああ」
満足そうだ。
◇
布団を広げ。
毛布を干し。
あとは。
日に当てる。
「何もしない?」
フェルナが聞く。
「しばらくはな」
「待つ?」
「待つ」
「また待つ!」
「暮らしは待つこと結構多いぞ」
「畑も」
ノエル。
「煮込みも」
ミレア。
「背も!」
フェルナ。
「それまだ気にしてるのか」
「未来も」
リシェルが加える。
ラグナは。
自分の布団へ手を置き。
「太陽で強くなる?」
「乾くだけだ」
「でもふわふわになる?」
「少しな」
「じゃあ強くなる」
「何でも強さへ繋げるな」
◇
日中。
仕事をしながら。
何度か布団の向きを変える。
最初は俺がやろうとしたが。
「自分の」
と。
リシェルに止められた。
「そうだったな」
七人が。
自分で。
布団を裏返す。
フェルナだけ。
勢いよくひっくり返しすぎて。
反対側の地面へ落とした。
「…………」
「汚れた」
ノエル。
「分かってる!」
「もう一回払って干すか」
「うん……」
かなり悔しそうだった。
でも。
俺のせいにはしなかった。
◇
午後。
布団を取り込む頃。
全員。
妙に楽しそうだった。
「ふわふわ!」
ユラが。
自分の布団へ。
顔を埋める。
「いい匂いする!」
フェルナまで。
同じことをする。
「日に当てただけだぞ」
「太陽の匂い!」
「太陽そのものに匂いがあるわけじゃない」
「じゃあ何の匂い!?」
「難しいこと聞くな」
ノエルが。
本当に考え始めた。
「布?」
「乾いた匂い?」
ミレア。
「外?」
セレス。
「太陽!」
フェルナ。
「まだ言うか」
答えは出なかった。
別に。
出さなくてもよさそうだった。
◇
そして。
夜。
自分で干し。
自分で取り込み。
自分で整えた布団を。
それぞれの場所へ敷く。
「昨日と同じ?」
セレスが聞く。
「好きな場所でいい」
「じゃあ私ここ」
昨日選んだ。
朝日が入りやすい位置。
ノエルも。
壁際。
ミレアは。
セレスと少し近いところ。
リシェルも。
ほぼ昨日と同じ。
ラグナは。
少しだけ。
フェルナから距離を取った。
「なんで離れるの!?」
「蹴られるから!」
「今日は蹴らない!」
「昨日も言ってた!」
「今日のフェルナは違う!」
「寝たら同じ!」
「むう!」
そして。
ユラ。
俺の隣。
変わらない。
「今日はここ?」
「ああ」
「じぶんで、しいた」
「上手にできたな」
「おとうさん、してない」
「ああ」
「でも、ここ」
「ああ?」
「おとうさんのとなり」
「それは自分で選んだ場所だろ」
「うん」
嬉しそうに。
布団へ潜る。
◇
フェルナは。
今日は。
自分の寝床へ入る前に。
何度も。
布団を触っていた。
「どうした?」
「フェルナがした」
「何を?」
「朝片づけて、外持ってって、干して、落として、払って、また干して、持ってきて、敷いた」
「途中に余計なの入ってるな」
「でも全部した!」
「ああ」
「昨日より」
布団へ潜る。
「フェルナの感じする」
「昨日もお前のだったぞ」
「でも今日はもっと!」
自分の箱。
自分で直した服。
自分で書いた名前。
そして。
自分で整えた寝床。
「自分のもの」という感覚が。
少しずつ。
七人の中に育っているらしい。
◇
灯りを落とす。
昨日より。
家の中は静かだった。
寝床の距離に。
少し慣れたのかもしれない。
「お父さん」
暗闇の中。
フェルナの声。
「遠い?」
「ううん」
今日は。
返事が違った。
「いるの分かる」
「ああ」
「セレス姉も?」
「いるよ」
セレスが自分から返事をする。
「ラグナも?」
「いる」
「ミレア」
「いるよ」
「ノエル」
「いる」
「ユラ」
「いるよ」
「リシェル」
「いる」
「みんないる」
フェルナが。
満足そうに呟く。
「じゃあ寝る」
「昨日もそれくらい早ければよかったな」
「今日は分かるから!」
「何が?」
「離れててもいる!」
「そうか」
◇
しばらくして。
寝息が増えていく。
俺の隣では。
ユラが。
今日は服の端すら掴んでいなかった。
自分で干した布団の中へ。
丸くなっている。
顔だけ。
こちらを向いて。
静かに眠っていた。
俺は。
少しだけ。
寂しいとは思わなかった。
……いや。
全く思わないと言えば。
嘘になるかもしれない。
でも。
それ以上に。
嬉しかった。
自分の場所で。
安心して眠れる。
それも。
七人が大きくなった証なのだろう。
◇
翌朝。
「お父さん!」
フェルナの声で目が覚めた。
「……何だ」
「見て!」
目を開ける。
フェルナは。
自分の寝床にいる。
「今日は移動してない!」
「おお」
「ずっとここ!」
「やったな」
「でも!」
勢いよく起き上がる。
「布団ぐちゃぐちゃ!」
見ると。
昨夜は綺麗に敷いてあった布団が。
見事にねじれていた。
毛布も。
半分。
床へ落ちている。
「寝相はまだ直ってないな」
「でも自分で直す!」
「そうしろ」
フェルナは。
朝から。
布団を広げ直し。
畳み始める。
「未来のフェルナ!」
「何だそれ」
「夜、楽!」
「ちゃんと畳めよ」
「分かってる!」
少し離れたところでは。
ラグナも。
自分の布団を畳んでいる。
セレスは。
妹たちへ手を出さず。
自分の寝床だけを整えていた。
ユラは。
一人では難しいところだけ。
「おとうさん、ここ」
と俺を呼ぶ。
「持つ?」
「うん。はんぶん」
「はいはい」
◇
自分でできることが増える。
それは。
何でも一人でやるということではない。
自分でやりたいところは。
自分でやる。
難しいところは。
誰かとやる。
今日はできても。
明日は手伝ってもらうことだってある。
そして。
自分の場所を持つことも。
誰かを遠ざけることではない。
自分の布団で眠って。
朝になれば。
また同じ食卓へ集まる。
「お父さん!」
フェルナが。
畳み終えた布団を持ち上げる。
「見て!」
「今度はちゃんと畳めたか?」
「うん!」
見る。
昨日より。
かなり綺麗だ。
「上手くなったな」
「未来のフェルナになった!」
「一晩で?」
「昨日から見たら今日のフェルナは未来!」
「それはもう好きにしろ」
するとフェルナは大笑いしながら、布団を棚へしまった。
その隣へ。
ラグナ。
セレス。
ミレア。
ノエル。
ユラ。
リシェル。
七人分の寝具が。
少しずつ違う畳み方で。
並んでいく。
完璧に同じではない。
けれど。
どれも。
次の夜には。
ちゃんと使える。
それで。
十分だった。




