第55話 寝る場所が離れても、同じ家の中です
七人だけで夕飯を作った翌朝、最初に起きたのは俺だった。
いつものことなので、それ自体は珍しくない。
珍しかったのは、起き上がろうとしても動けなかったことだ。
「……重い」
右腕にはユラが抱きついている。
腹のあたりにはフェルナの腕が乗り、足元ではラグナが布団を半分奪っていた。誰のものか分からない脚まで脇腹へ押しつけられている。
寝る前には、もう少し整然としていたはずだ。
七人とも成長した。
その結果。
昔なら八人で横になっても余裕があった寝床が、明らかに狭くなっている。
「おい、フェルナ。少しどけ」
「……んー……」
「腕だけでいい」
「……おとうさん……」
「俺は逃げないから離せ」
寝ぼけたフェルナは、むしろ抱く力を強くした。
「逆だ」
仕方なく反対側へ体をずらそうとすると、今度はユラまで俺の腕を抱いたまま動いてくる。
完全に捕まっていた。
ようやく抜け出せた頃には、朝飯を作る前から一仕事終えた気分だった。
◇
朝食の席で、俺は七人を見回した。
髪を切り、服を直し、柱へ背丈まで残したせいか、以前より余計に「大きくなった」と感じる。
「そろそろ寝床、考え直すか」
俺が何気なく言うと、匙を持っていたユラの手が止まった。
フェルナも顔を上げる。
「なんで?」
「狭いからだ。お前たち、前より大きくなっただろ。今朝なんて俺、身動き取れなかったぞ」
ラグナが笑いながら自分の両腕を広げた。
「ラグナ大きくなったから!」
「それもある。あと寝相が悪い」
「ラグナだけ?」
「お前だけじゃない」
「フェルナも?」
「かなり」
「ユラも?」
ユラが心配そうに聞く。
「ユラは寝相より、俺の腕を離さない方だな」
「……だめ?」
「駄目じゃない。ただ、八人全員が同じ場所へ固まって寝るのは、そろそろ窮屈だって話だ」
そこで。
ユラの表情が。
少しだけ曇った。
「べつべつ?」
「まだ何も決めてない」
「おとうさんと、ねない?」
「そういう話でもないぞ」
どうやら「寝床を考え直す」が、ユラの中では「みんな別々に寝る」へ一気に進んだらしい。
ミレアも少し考えるように、自分の椀を見つめている。
「別々の部屋?」
「部屋自体そんなにないだろ」
「じゃあ家増やす!?」
フェルナの顔が急に明るくなった。
「二階!」
「お前は何でも二階へ持っていくな」
「でも寝る場所増える!」
「だからって今すぐ二階は作らない」
何度目か分からない却下をすると、フェルナは残念そうに肩を落とした。
◇
朝の仕事を終えたあと、今の寝床を改めて見てみた。
大きな布団を並べ、隙間には毛布を敷き、冬場はそこへさらに厚い布を重ねる。
昔は七人がもっと小さかった。
寝返りを打っても、それほど問題にならなかった。
けれど今は違う。
セレスとラグナだけでもかなり場所を取る。フェルナは寝ながら横へ移動するし、ノエルは丸くなる代わりに布団を巻き込む。ミレアは比較的おとなしいが、ユラは誰かへくっつきたがり、リシェルは朝になると妙な方向へ頭がある。
「……よく今まで寝てたな」
「寝れてたよ?」
セレスが言う。
「俺は今朝、寝床から出るのに苦労した」
「誰が乗ってた?」
「色々」
「色々って?」
「調べたくない」
フェルナが自分の寝ていた辺りへ横になる。
「フェルナこれくらい!」
両手を体の横へ揃え、妙に行儀よく寝てみせる。
「寝てる間もそのままならな」
「ずっとこれ!」
「朝、俺の腹に腕乗ってたぞ」
「……寝てたから分かんない」
「だから困ってるんだ」
◇
するとリシェルが、いつものように床へ座り込んで考え始めた。
「場所を増やす」
「どうやって?」
「並び方変える」
「家は広がらないぞ」
「棚の時と同じ」
あの雨の日。
物を整理して。
家の中を広く使えるようにしたことがある。
リシェルは覚えていたらしい。
「寝床も置き方変えれば、広くなるかもしれない」
「なるほど」
セレスが部屋を見回す。
「今、みんな横一列みたいになってるもんね」
「二つに分ける?」
ミレア。
「分けるって?」
「こっちと、こっち」
部屋の左右を指す。
その瞬間。
ユラがまた俺を見る。
「おとうさん、どっち?」
「まだ決めてないって」
「わたし、おとうさんのほう」
「早い」
「フェルナも!」
「だからまだ決めてない!」
全員で考えるはずが、俺の隣を誰が取るかという話へ変わりそうだった。
◇
「まず、誰と誰が近くで寝たいか決めたら?」
セレスの提案で、七人は少し真面目に考え始めた。
フェルナは迷わず「みんな」と答えた。
「それだと何も変わらないよ」
セレスが呆れる。
「じゃあお父さん!」
「俺を一人分として使うな」
「ラグナは?」
聞かれたラグナは腕を組み、しばらく考えた。
「誰でもいい。でもフェルナの隣は蹴られそう」
「蹴らない!」
「前に蹴られた!」
「覚えてない!」
「寝てたからでしょ!」
「じゃあラグナも蹴ってるかもしれない!」
「私は強いから寝ながらでも止める!」
「何をだ」
また話が逸れた。
ノエルは意外にも、少し端の方がいいと言った。
「どうして?」
「寝る前に外の音聞きたい」
壁際なら、風や虫、夜の鳥の声がよく聞こえるらしい。
ミレアも少し静かな側がいいと言う。
セレスは「誰かが夜に起きても分かるところ」と言いかけ、途中で止まった。
「……またお姉ちゃんの場所決めようとしてた」
自分で気づいたらしい。
「好きなところでいいぞ」
俺が言うと、セレスは少し迷ってから、ミレアの近くを指差した。
「じゃあ、この辺がいい」
「理由は?」
「朝、光が入りやすいから」
「それならいい」
◇
一番困ったのはユラだった。
「わたし、おとうさんのとなり」
それだけは変わらない。
「別にいいぞ」
そう答えると、今度はフェルナがすぐ手を挙げた。
「フェルナも!」
「俺、両側しかないぞ」
「じゃあ上!」
「何の上だ」
「頭!」
「寝る場所じゃない」
「じゃあ足!」
「蹴るだろ」
「蹴らない!」
「信用が薄い」
するとラグナまで「じゃあラグナは近く!」と言い出した。
話を聞いていたリシェルが、床へ簡単な図を描く。
「お父さんを真ん中にすると、みんな寄ってくる」
「そうなるな」
「また狭い」
「ああ」
「じゃあお父さん端」
「俺を配置の道具にするな」
「端なら片側しか来ない」
「理屈は合ってるのが腹立つな」
結局。
俺の寝る場所は。
部屋の端寄りになった。
そしてユラが隣。
その近くにミレア。
反対側にはセレスとノエル。
少し離してラグナとフェルナ。
リシェルは全体が見える位置を選んだ。
「これなら?」
「前より広い」
実際に布団を敷いてみる。
今まで横へ長く並べていたものを少し分け、間へ通れる隙間も作る。
思っていた以上に。
部屋が広く見えた。
◇
「でも」
フェルナが立ったまま。
新しい寝床を見る。
「みんな離れた」
「少しだけな」
「前はここ」
自分とラグナの間を指差す。
「セレス姉いた」
「今もそんなに遠くないよ」
「でも手届かない」
「寝る時に何で手届く必要あるの?」
「分かんないけど!」
理屈ではないらしい。
ミレアも、前とは違う並びを見ながら少し寂しそうにした。
「変な感じする」
「慣れてないからな」
「今日だけ試す?」
「ああ。それで嫌ならまた変えればいい」
リシェルがすぐ反応する。
「一回決めたらずっとじゃない?」
「当然」
「寝る場所も変えていい?」
「ああ」
「毎日?」
「毎日は面倒だけどな」
「でも変えていい」
「いいよ」
その言葉で。
少し安心したらしい。
◇
昼。
フェルナは早くも新しい寝床を試したがった。
「昼寝する!」
「朝はいっぱい寝たろ」
「試すだけ!」
「夜まで待て」
「未来!」
「何でも未来で押し通すな」
ラグナは自分の場所へ転がり、両手を広げる。
「広い!」
「お前、今まで寝返りで三人分使ってたからな」
「そんなに?」
「たぶん」
「じゃあ今日いっぱい回れる!」
「だから回るな」
ノエルは壁際へ耳を近づけた。
「ここ、音聞こえる」
「何かいる?」
「鳥」
「昼だぞ」
「夜も聞く」
本人はかなり気に入ったようだった。
◇
夕飯を食べ。
片づけも終え。
いよいよ新しい並びで寝ることになった。
「今日から?」
ユラが聞く。
「まず今日試す」
「だめだったら?」
「また考える」
「おとうさん、ここ?」
「ああ」
「じゃあいい」
俺の隣へすぐ潜り込む。
ミレアは少し離れた場所に布団を整え、セレスとノエルも自分で選んだ場所へ横になる。
ラグナは思い切り腕を伸ばして「広い!」と喜び、フェルナも最初は面白がっていた。
問題は。
灯りを落としてからだった。
◇
「……お父さん」
小さな声。
「誰だ?」
「フェルナ」
「どうした?」
「遠い」
暗闇の中。
少し離れたところから聞こえる。
「数歩だぞ」
「でも暗い」
「見えないだけで同じ家にいる」
「分かってる」
「じゃあ寝ろ」
「…………」
しばらく静かになる。
しかし。
今度は。
「セレス姉」
「なに?」
「いる?」
「いるよ」
「ラグナ」
「いる」
「ミレア」
「いるよ」
「ノエル」
「いる」
「ユラ」
「いるよ」
「リシェル」
「いる」
全員。
返事をした。
最後に。
「お父さん」
「俺もいる」
「…………」
フェルナは少しだけ安心したようだった。
◇
ところが。
しばらくして。
足音がする。
ぺた。
ぺた。
「フェルナ」
「……なに?」
「何してる?」
「ちょっと近く」
「自分の場所は?」
「遠かった」
「数歩だって言っただろ」
「暗いともっと遠い!」
俺の近くまで来ていた。
すると。
その動きを聞いたラグナまで起き上がる。
「フェルナだけずるい!」
「何がずるいんだ」
「ラグナも近く!」
「戻れ」
「でもフェルナいる!」
「フェルナも戻す」
「ええ!」
騒ぎ始める前に。
ミレアが静かに笑った。
「今日は真ん中に集まって寝てもいいんじゃない?」
「それじゃ元に戻るだろ」
「ずっとじゃなくて」
ミレアは少し考えてから続ける。
「新しい場所で寝る練習、一日目だから」
なるほど。
俺が考えている間に。
セレスも起き上がった。
「少しだけ近くにして、明日また離してみる?」
「お前ら」
俺はため息をつく。
「寝床を作り直した意味が半分なくなるぞ」
「半分ある!」
フェルナがすぐ言う。
「何が?」
「前よりちょっと広い!」
「そういう問題か」
でも。
無理に今日から完全に変える必要もない。
「分かった。今日は少し近づけろ。ただし全員俺の周りに来るな」
「なんで!」
「狭くなるから始めた話だ!」
◇
結局。
布団は。
最初に決めた位置より少し中央へ寄った。
それでも。
前ほどぎゅうぎゅうではない。
隙間がある。
通れる場所もある。
誰かが寝返りを打っても。
すぐ別の誰かへぶつかることはない。
「これなら?」
セレス。
「まあ、いいんじゃないか」
「明日はもうちょっと離す?」
「好きにしろ」
フェルナが横になりながら聞く。
「その次もっと?」
「慣れたらな」
「ずっと離れ続ける?」
「何でそうなる」
「最後、家の端と端?」
「そこまで離れる必要ないだろ」
「じゃあよかった」
どうやら。
寝床の距離が。
そのまま家族の距離になる気がしていたらしい。
◇
「お父さん」
今度はリシェル。
「近くなくても家族?」
「前にも似た話したな」
「一人でいたい時」
「ああ」
「箱も」
「ああ」
「寝る場所も?」
「同じだろ」
「じゃあ」
暗闇の中。
リシェルの声が続く。
「遠くても?」
「同じ家の中ならすぐそこだ」
「もっと遠くなったら?」
それは。
いつか。
本当に来るかもしれない話だ。
でも。
今夜は。
そこまで行く必要はない。
「今は」
俺は答える。
「少し離れた布団で寝られるようになるところからでいい」
「…………」
「先のことは、その時考える」
「うん」
納得したようだった。
◇
しばらくすると。
家の中が静かになった。
今までとは。
寝息の聞こえ方が少し違う。
すぐ隣から聞こえていた呼吸が。
少し離れた場所から聞こえる。
でも。
なくなったわけじゃない。
セレス。
ラグナ。
フェルナ。
ミレア。
ノエル。
ユラ。
リシェル。
七人とも。
ここにいる。
「……広くなったな」
小さく呟く。
隣のユラは。
今日は俺の腕を抱いていない。
代わりに。
指先だけ。
俺の服の端をつまんでいる。
少しだけ。
距離が増えた。
それでも。
繋がっている。
◇
翌朝。
目を覚ます。
「…………」
動ける。
久しぶりに。
普通に起き上がれた。
「おお」
思わず声が出た。
「成功か?」
周囲を見る。
セレスは自分の場所。
ミレアも。
ノエルも。
リシェルも。
ラグナは少しずれているが。
まあ許容範囲。
そして。
「…………」
フェルナだけ。
いない。
嫌な予感がして。
自分の足元を見る。
いた。
俺の布団の端へ。
丸くなって寝ている。
「おい」
「……んー」
「どうしてここにいる」
「……さむかった……」
「毛布あるだろ」
「……おとうさん、あったかい……」
完全に。
途中で移動してきたらしい。
「寝床分けた意味は?」
「……みらい……」
「寝言で誤魔化すな」
すると。
少し離れた場所から。
ラグナが笑い出した。
それにつられて。
セレスも。
ミレアも。
次々に起きる。
「フェルナ戻ってる!」
「戻ってない! ちょっと近くに来ただけ!」
「足元まで来てるでしょ」
「お父さんの隣じゃない!」
「確かに隣ではないな」
「ほら!」
「そこを勝ち誇るな」
◇
寝床を分けても。
すぐに。
全部が変わるわけではなかった。
初日は近づけ。
夜中に移動し。
朝には予定と違う場所で寝ている。
たぶん。
しばらくは。
こんなものだろう。
少しずつ。
自分の場所を持つ。
少しずつ。
一人でも眠れるようになる。
それでも。
怖い夜や。
寒い夜や。
何となく寂しい夜には。
近くへ来ればいい。
自分の寝床があることと。
そこから動いてはいけないことは。
同じではない。
「お父さん!」
フェルナが起き上がりながら、早速次の案を出す。
「今日もっと広くする!」
「昨日遠いって言ってたの誰だ」
「でも朝は広い方がいい!」
「夜は?」
「近い方!」
「面倒だな、お前」
「じゃあ動く布団!」
「どうやって作るんだ」
「車輪!」
「寝てる間に転がるぞ」
「じゃあ止めるやつ!」
「もう普通に布団動かせ!」
「あっ」
そこまで考えて。
ようやく気づいたらしい。
家を二階にしなくても。
布団くらいなら。
毎晩好きなように動かせる。
「お父さん!」
「今度は何だ」
「二階いらないかも!」
「やっと諦めたか」
「でも昼はほしい!」
「結局ほしいのか!」
寝床が少し広くなっても。
朝の騒がしさだけは。
以前と何も変わらなかった。




