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第48話 最初に書いた手紙は、同じ家にいるお父さん宛てでした



 七人が自分の名前を書けるようになった翌朝。


 俺は目を覚ましてすぐ、寝床の横に置かれた木の板に気づいた。


「……何だ、これ」


 薄い板。


 そこに炭で。


 大きく。


 少し歪んだ文字が並んでいる。


 昨日教えたばかりだから、綺麗とは言い難い。それでも、一文字ずつ追えば読めた。


『おとうさん』


 そこまではいい。


 その下。


『おきたら ふぇるなを おこす』


「自分で起きろ」


「むにゃ……」


 すぐ近くから声。


 見る。


 フェルナは布団に埋まっていた。


 完全に寝ている。


「フェルナ」


「…………」


「起きろ」


「…………」


「自分で板置いたんだろ」


「……おとうさん……よめた?」


 目も開けずに聞いてくる。


「読めたよ」


 その瞬間。


 ぱちっ。


 目が開いた。


「ほんと!?」


「起きてたのか?」


「今起きた!」


「嘘つけ」


「読めた!?」


「ああ」


「フェルナが書いた!」


「見れば分かる」


「お父さんに!」


「それも書いてある」


「やったあ!」


 布団から飛び出す。


 そして。


「みんな!」


 朝っぱらから大声を出した。


「フェルナのお手紙、お父さん読めた!」


「手紙?」


 セレスが。


 眠そうな顔で起き上がる。


「それ、手紙なの?」


「うん!」


「同じ家にいるのに?」


「うん!」


「起こしてって直接言えばよかったんじゃない?」


「寝てたから言えない!」


「寝る前に言えばいいでしょ」


「忘れる!」


「板書くのは忘れなかったのに?」


「…………」


 フェルナが。


 少し考えた。


「文字って便利!」


「そういうことにしたの?」


     ◇


 朝飯の間も。


 フェルナは板を手放さなかった。


「これ、お手紙?」


 ユラが覗き込む。


「ああ。誰かに読んでもらうために書いたなら、そう呼んでもいいな」


「てがみ」


「遠くにいる人へ送ることもある」


「とおく?」


「ああ」


「どうやって?」


「人に運んでもらったりする」


「おとうさん、とおくない」


「そうだな」


「じゃあ、いらない?」


「同じ家でも書いちゃいけないわけじゃないぞ」


「…………」


 ユラは。


 しばらく考えた。


 それから。


 席を立った。


「どこ行く?」


「かく」


「飯食ってからにしろ」


「…………はい」


 素直に戻る。


 最近。


 待てるようにはなった。


 ただ。


 やりたいことができると。


 顔に全部出る。


     ◇


「文字、もっと教えて」


 朝の仕事が終わると。


 今日はセレスから言ってきた。


「昨日は名前だけだったからな」


「うん。書きたいことあるのに、どう書くか分からない」


「何を書きたい?」


「それは」


 セレスは。


 少しだけ視線を逸らした。


「書けるようになってから」


「秘密か?」


「まだ秘密じゃないけど」


「何だそれ」


「上手く書けたら見せる」


「そうか」


 その横では。


 リシェルが。


 昨日の板を並べている。


「お父さん」


「何だ?」


「全部の言葉覚えるの、どれくらい?」


「一日じゃ無理だぞ」


「それは分かった」


「なら?」


「毎日どれくらいやれば、いっぱい書ける?」


「……そうだな」


 俺は少し考える。


「まず、よく使う言葉から覚えるか」


「よく使う?」


「ああ。家とか、水とか、飯とか」


「お父さん」


 ユラ。


「それもな」


「七人」


 リシェル。


「それも」


「走る!」


 フェルナ。


「お前には必要そうだ」


「熊!」


 ラグナ。


「何で急に熊なんだ」


「強いから!」


「理由になってない」


「虫」


 ノエル。


「書いてもいいな」


「静か」


 ミレア。


「それも使うか」


 結局。


 七人それぞれ。


 覚えたい言葉が違った。


     ◇


 午前中。


 俺は。


 木の板へ。


 いくつかの言葉を書いた。


 家。


 山。


 水。


 火。


 雨。


 雪。


 飯。


 鶏。


 薪。


 父。


 娘。


「これ」


 セレスが。


『父』の文字を見る。


「お父さん?」


「ああ」


「アルドと違う」


「アルドは名前だろ。父は、俺がお前たちにとって何かっていう言葉だ」


「…………」


「難しいか?」


「ううん」


 セレスは。


 今度は。


『娘』を見る。


「これが私たち?」


「ああ」


「七人とも?」


「ああ」


 フェルナが。


 すぐに割り込む。


「じゃあ!」


 炭を持つ。


『父』


 その横に。


『娘 娘 娘 娘 娘 娘 娘』


「いっぱい!」


「まあ間違ってはいない」


「お父さん一個!」


「ああ」


「娘七個!」


「そうだな」


「お父さん負け!」


「何の勝負だ」


「数!」


「それなら最初から負けてるよ」


     ◇


 ノエルは。


 文字の意味より。


 形の共通点を探していた。


「これ」


「ん?」


「雨と雪」


「ああ」


「似てるところある」


「よく見たな」


「空から来るから?」


「文字がそう作られた理由は、全部が簡単に分かるわけじゃない」


「じゃあ偶然?」


「違うこともあるし、そうじゃないこともある」


「…………」


 ノエルの目が。


 少し嬉しそうになる。


「調べることいっぱい」


「楽しそうだな」


「うん」


 リシェルとは。


 また違う。


 リシェルは。


 文字で何を残せるかを考える。


 ノエルは。


 文字そのものの形や繋がりを見る。


 同じものを教えても。


 やっぱり。


 受け取り方が違う。


     ◇


「お父さん」


 ミレアが呼ぶ。


「ん?」


「『好き』って書ける?」


「ああ」


 一枚。


 書く。


『好き』


 ミレアだけではなく。


 なぜか。


 七人全員が集まった。


「これ?」


 フェルナ。


「ああ」


「短い!」


「長さは関係ない」


「じゃあ『大好き』は?」


「こう」


 『大好き』


「大きいが増えた!」


「そうだな」


「すっごく好きは?」


「言葉を足せばいい」


「一番好きは!?」


「お前、また順位つける気だろ」


「文字ならいい!」


「よくない」


 ラグナが。


 真剣に。


『大好き』


 を写し始めた。


「ラグナ、何に使う?」


 ミレアが聞く。


「まだ秘密!」


「さっきまで何でも言ってたのに」


「文字だと秘密できる!」


「見られたら読まれるよ」


 ノエル。


「…………」


 ラグナが。


 書いた板を胸へ隠した。


「見ないで!」


「読める人に見せなければいい」


 リシェルが言う。


「箱!」


「入れる!」


「お前ら」


 俺は。


 少しだけ。


 注意する。


「昨日も言ったけど、人の箱や書いたものを勝手に見るなよ」


「文字も?」


 フェルナ。


「文字も」


「気になる!」


「気になっても」


「聞く?」


「そう。見せていいって言われたら見る」


「嫌って言われたら?」


「諦める」


「…………」


 フェルナが。


 ものすごく。


 嫌そうな顔をした。


「文字って難しい」


「そこは文字のせいじゃない」


     ◇


 昼飯を挟んで。


 午後も。


 七人は。


 好きな言葉を書いていた。


 俺は。


 必要な時だけ。


 新しい文字を教える。


「お父さん!」


「今度は何だ?」


「『はやい』!」


「何に使う」


「フェルナ!」


「自分で速いって書くのか」


「うん!」


「『強い』!」


 ラグナ。


「お前も自分用か」


「違う!」


「じゃあ何用?」


「秘密!」


「流行ってるな」


「『きれい』」


 ミレア。


「花?」


「秘密」


「お前まで?」


「『小さい』」


 ノエル。


「何を書く?」


「いっぱいある」


「それは分かる」


「『いっしょ』」


 ユラ。


「うん?」


「おぼえる」


「いいぞ」


 セレスとリシェルだけは。


 なかなか聞いてこない。


 二人とも。


 何か考えながら。


 少しずつ。


 自分で書ける言葉だけを繋いでいる。


     ◇


 夕方。


 鶏の世話を終えて。


 俺が家へ戻ると。


 机の上に。


 一枚。


 板が置いてあった。


「…………」


 朝のフェルナのものとは違う。


 今度は。


 少し小さな文字。


 ゆっくり。


 時間をかけて書いたのが分かる。


『おとうさんへ』


 その下。


『いつも ごはん ありがとう』


『いつも みてくれて ありがとう』


『せれす』


「…………」


 読んでいると。


 背後から。


「読めた?」


 セレス。


「読めた」


「変じゃない?」


「変じゃない」


「間違ってる?」


「少しだけ。でも全部分かる」


「どこ?」


「後で教える」


「今でもいいよ」


「まず」


 板を持ち上げる。


「ありがとう」


「…………」


「嬉しいぞ」


 セレスは。


 少し。


 顔を赤くした。


「昨日」


「ああ」


「リシェルが、いない人にも考えたこと残せるって聞いたでしょ」


「ああ」


「それで」


 指先を。


 少し合わせる。


「同じ家でも」


「ああ」


「口で言うのと、書くの違うかなって」


「違うと思った?」


「うん」


「どう違う?」


「……残る」


 セレスは。


 板を見る。


「明日も読める」


「ああ」


「私が忘れても」


「ああ」


「お父さんが忘れても」


「ああ」


「だから」


 少し笑う。


「書いた」


「そうか」


     ◇


「セレス姉、何書いたの!?」


 当然。


 フェルナに見つかった。


「手紙」


「見せて!」


 セレスが。


 ほんの少し考える。


「いいよ」


「やった!」


 七人。


 集まる。


 読める文字。


 まだ読めない文字。


 混ざっている。


「これ『お父さん』!」


 フェルナ。


「ここ『ごはん』」


 ユラ。


「ありがとう?」


 ミレア。


「今日覚えてない」


 ノエル。


「お父さんに聞いた」


 セレス。


「ずるい!」


「聞けば教えてくれるでしょ」


「じゃあフェルナも!」


 走り出す。


「どこ行く!」


「板!」


「今から書くのか?」


「手紙!」


     ◇


 そこから。


 大変だった。


「お父さん!」


「はい」


「『あした たき いきたい』!」


「はいはい」


「それ手紙じゃなくてお願いじゃない?」


 セレス。


「手紙!」


「ラグナも!」


「何書く?」


「『お父さん 大好き ラグナも強くなる』!」


「二つの話混ざってない?」


「いいの!」


「ノエル」


「うん?」


「何書く?」


「まだ秘密」


「ミレアは?」


「私も」


「ユラは?」


「かいてる」


「リシェルは?」


「考えてる」


「みんな秘密!」


 フェルナが。


 なぜか不満そうだ。


「フェルナは全部声に出してるからな」


「秘密苦手!」


「知ってる」


     ◇


 夕飯が終わる頃。


 俺の前には。


 板が増えていた。


 まず。


 フェルナ。


『おとうさん だいすき』


『また ふたりで たき いく』


『やくそく』


「勝手に約束にするな」


「書いたから約束!」


「俺が返事してない」


「じゃあ返事書いて!」


「そう来たか」


 ラグナ。


『おとうさん だいすき』


『らぐな もっと つよくなる』


『おとうさんも まもる』


「……ありがとう」


「うん!」


「でも無茶するな」


「しない!」


 少し間。


「たぶん!」


「そこはフェルナに似るな」


     ◇


 ミレア。


『おとうさんと あるくの すき』


『また ふたりで いきたい』


 俺が読み終えると。


 ミレアは。


「返事は口でいい」


 と言った。


「また行こう」


「うん」


 それだけで。


 嬉しそうに笑う。


     ◇


 ノエル。


『おとうさんへ』


『きょう ちいさい むし みつけた』


『あした みせる』


「今日見せないのか?」


「明日」


「何で?」


「手紙に書いたから」


「文字の使い方を楽しんでるだけだろ」


「うん」


「素直だな」


     ◇


 ユラの板は。


 一番短かった。


『おとうさん』


『いっしょ』


『だいすき』


 それだけ。


「これ」


 ユラが。


 一番下を指差す。


「じぶんで かいた」


「ああ。読めた」


「いっしょ」


「ああ」


「ずっと?」


「今日はな」


「明日も?」


「ああ」


「じゃあいい」


 満足そうだった。


     ◇


 最後。


 リシェル。


 渡された板には。


 他の六人より。


 少し長い文章。


『おとうさんへ』


『わからないことを おしえてくれて ありがとう』


『でも じぶんで かんがえるのも すき』


『わからなかったら また きく』


『りしぇる』


「……お前らしいな」


「読めた?」


「ああ」


「全部?」


「ああ」


「じゃあ」


 一度。


 板を見る。


「残った」


「残ったな」


「明日の私も読める?」


「読める」


「大きくなった私も?」


「板が残っていればな」


「…………」


 リシェルの目が。


 少し。


 遠くを見る。


「じゃあ」


「ん?」


「いっぱい書く」


「板がなくなるぞ」


「…………」


「考えてなかったのか?」


「今考える」


「そこからか」


     ◇


 夜。


 俺は。


 七枚の板を。


 新しい棚の。


 自分の場所だと勝手に空けられたところへ置いた。


「お父さん!」


 フェルナが気づく。


「そこ使った!」


「ああ」


「お父さんの場所!」


「そうらしいからな」


「何入れた?」


「手紙」


「七個?」


「七個」


 フェルナが。


 満面の笑顔になる。


「宝物?」


「まあな」


「やった!」


「何でお前が喜ぶ」


「フェルナのも宝物!」


「ああ」


「一番?」


「始まった」


「一番!?」


「全部だよ」


「また!」


 そこだけは。


 何度文字を覚えても。


 変わらないらしい。


     ◇


 寝床へ入って。


 灯りを落とす。


 今日は。


 妙に静かだった。


 文字を書くのに。


 頭を使いすぎたのかもしれない。


「お父さん」


 セレスの声。


「ん?」


「手紙」


「ああ」


「遠くの人に書くものって言ったよね」


「ああ」


「遠くにいなくても」


「ああ」


「また書いていい?」


「もちろん」


「毎日?」


「好きにしろ」


 すると。


 フェルナが。


 すぐ反応した。


「毎朝!」


「多い!」


「毎昼!」


「増やすな!」


「夜も!」


「口で話せ!」


「手紙も!」


 結局。


 静かな夜は。


 長く続かなかった。


 それでも。


 棚には。


 七人から初めてもらった手紙が残っている。


 口にした言葉は。


 時間が経てば。


 少しずつ薄れることもある。


 けれど。


 文字にすれば。


 その日の気持ちを。


 その日のまま。


 残すことができる。


 いつか。


 七人が大きくなって。


 今とは全く違うことを考えるようになったとしても。


 今日。


 こんな文字を書いたことまで。


 なくなるわけじゃない。


「……取っておくか」


 小さく呟く。


 すると。


「ぜんぶ?」


 ユラ。


「起きてたのか?」


「ぜんぶ、とっとく?」


「ああ」


「よかった」


「寝ろ」


「うん」


 少しして。


 今度こそ。


 静かな寝息が聞こえ始めた。


 同じ家に住んでいて。


 毎日。


 嫌というほど顔を合わせているのに。


 七人が初めて書いた手紙は。


 全部。


 俺宛てだった。


 それが。


 少し。


 嬉しかった。


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