↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/51

第45話 一人でいたい時も、家族を嫌いになったわけじゃない



 七人それぞれの箱を作った翌日、朝の仕事が終わる頃には、家の中にまた一つ新しい習慣が生まれていた。


 仕事へ行く前に箱を覗く者。拾ったものを帰ってすぐ箱へ入れる者。中身を一度全部出して並べ直す者。


 使い方は七人七様だった。


「お父さん!」


 朝からフェルナが箱を抱えて駆け寄ってくる。


「走るな。あと、昨日いっぱいになったって言ってただろ」


「減らした!」


「お、ちゃんと片づけたのか?」


「うん!」


 感心して箱を覗くと、昨日あれほど詰まっていた石が半分ほどになっている。


「偉いじゃないか」


「でしょ!」


「何を減らした?」


「大きい石、ラグナの箱に入れた!」


「勝手に人の箱を倉庫にするな!」


「許可もらった!」


 見ると、少し離れた場所でラグナが胸を張った。


「大きくて強そうだったから!」


「お前の箱もすぐいっぱいになるぞ」


「大丈夫!」


「何で?」


「その時考える!」


 最近覚えた便利な言葉を、もう使いこなしているらしい。


 そんな二人の横で、ノエルは箱の中の羽を一枚ずつ確認し、ユラは小さな木の匙を撫でてから蓋を閉じた。セレスは普段使うものと箱へ残すものを迷い、リシェルは昨日描いた家の絵に小さな線を一本増やしている。


 そしてミレアだけが、自分の箱を抱えたまま、部屋の隅へ移動していた。


     ◇


「ミレア」


 最初に気づいたのはフェルナだった。


「なに?」


「何してるの?」


「箱見てる」


「見せて!」


「今日はいい」


「え?」


 フェルナが止まった。


 昨日は七人とも、自分の箱ができた嬉しさから中身を見せ合っていた。ミレアも乾かした花や、小さな木の実を妹たちへ見せていたはずだ。


「なんで?」


「今は一人で見たいから」


「でも昨日見せてくれた!」


「昨日はね」


「今日も!」


「今日はいい」


 声は穏やかだった。


 怒ってもいない。


 それでもフェルナには、その返事がどうにも理解できなかったらしい。


「……フェルナ、何かした?」


「してないよ」


「じゃあなんで見せてくれないの?」


「一人でいたいから」


「だからなんで!?」


 少しずつ声が大きくなる。


 台所にいた俺も、そこで手を止めた。


 ミレアが困ったように眉を下げた。


「理由なくても、一人でいたい時あるよ」


「ない!」


「フェルナにはなくても、私はあるの」


「じゃあフェルナ嫌い?」


「違うよ」


「じゃあ一緒でいいじゃん!」


 話が繋がっていないようで、フェルナの中では繋がっているらしい。


 いつも一緒にいたい。


 好きだから近くにいる。


 なら、離れたいと言われたら嫌われたのではないか。


 そう考えたのだろう。


「フェルナ」


 俺が呼ぶと、今にも泣きそうな顔で振り返った。


「何もしないで、こっち来い」


「でもミレアが――」


「ミレアはそこで箱見てていい」


「…………」


 納得していない。


 それでも、昨日決めた「人の箱は勝手に開けない」という約束を思い出したのか、フェルナは渋々こちらへ来た。


     ◇


「お父さん」


 俺の横へ座るなり、フェルナは小声で聞いた。


「ミレア、怒ってる?」


「怒ってないだろ」


「でも一人がいいって」


「ああ」


「フェルナと一緒、嫌?」


「それも違うって言ってたな」


「分かんない」


 頬を膨らませて膝を抱える。


「フェルナは一人よりみんながいい」


「それは知ってる」


「お父さんも?」


「一人でいたい時もあるぞ」


「えっ」


 今度は驚いた。


「七人嫌い?」


「何でそうなる」


「だって一人がいい!」


「好きでも、一人で静かにしたい時くらいある」


「…………」


「フェルナだって、みんなと遊びたい時もあれば、一人で何かしたい時もあるだろ」


「ない!」


「本当に?」


「ない!」


 即答。


 少し考える。


「……石探す時は?」


「みんなでもできる!」


「木登る時」


「みんなで登る!」


「昼寝」


「みんなで寝る!」


「強いな、お前」


 ここまで迷いがないと、例に使えない。


 すると、近くで聞いていたノエルが口を挟んだ。


「ノエルはある」


「一人がいい?」


「うん。虫見る時」


「なんで?」


「フェルナ来るとうるさい」


「ひどい!」


「『これ何!? 動く!? 触れる!?』っていっぱい聞く」


「聞く!」


「だから静かに見たい時は、一人がいい」


「……フェルナ嫌い?」


「好き」


「でも一人?」


「うん」


 フェルナがまた難しい顔になる。


 今度は、少しだけ考え始めているようだった。


     ◇


「セレスは?」


 フェルナが聞く。


「一人になりたい時ある?」


「あるよ」


「いつ?」


「みんなに怒りすぎた時」


「なんで?」


「一回離れて落ち着かないと、もっと怒りそうだから」


 それは俺も初耳だった。


「そんなことしてたのか?」


「たまにね」


「どこ行く?」


「家の裏とか。遠くには行かないよ」


「言ってくれればいいのに」


「お父さんにまで心配かけるほどじゃないと思ってた」


「心配くらいさせろ」


「……うん」


 セレスが少し笑う。


「ラグナは?」


 フェルナが次を見る。


「ない!」


「フェルナと同じ!」


「でも」


 ラグナは腕を組み、少し考えた。


「負けた時は一人になりたい」


「なんで?」


「悔しいから!」


「みんなに言えばいいじゃん」


「言ったらもっと悔しい!」


「分かんない!」


「フェルナも分かんなくていい!」


 似た者同士なのに、肝心なところでは違う。


「ユラは?」


「ある」


「ユラも!?」


「ねむいとき」


「それ一人になりたいじゃなくて寝たいだけじゃない?」


「しずかなほうが、ねれる」


「……そっか」


 最後に。


「リシェルは?」


「いっぱいある」


「いっぱい!?」


「考えてる時」


「みんなと考えればいいじゃん」


「一人で考えたいこともある」


「なんで?」


「まだ人に言う形になってないから」


「…………」


「フェルナには難しいかも」


「難しい!」


 堂々と言うところではない。


     ◇


 しばらくして。


 ミレアが箱を閉じた。


 そして。


 自分からこちらへ戻ってきた。


「もういいの?」


 フェルナが聞く。


「うん」


「一人終わった?」


「終わった」


「何してたの?」


「見てた」


「何を?」


「中に入ってるもの」


「昨日も見てたじゃん」


「今日は」


 ミレアが、少しだけ箱を抱き直す。


「二人で出かけた時の木の実を見てた」


「お父さんと?」


「うん」


「それならお父さんも一緒に見ればいいのに」


 ミレアは俺を見て、それから小さく首を振った。


「一人で思い出したかったの」


「…………」


「お父さんと歩いた時のこと」


「ああ」


「その時どんなこと考えてたかとか」


「うん」


「一人でゆっくり思い出すの、好きだから」


 フェルナは。


 しばらく。


 ミレアを見つめていた。


「……楽しかった?」


「うん」


「一人なのに?」


「うん」


「フェルナいないのに?」


「うん」


「お父さんもいないのに?」


「うん」


「でも、フェルナ嫌いじゃない?」


「大好きだよ」


「…………」


 ようやく。


 少しだけ。


 顔が戻った。


     ◇


「じゃあ」


 フェルナは、今度は自分の箱を抱えた。


「フェルナも一人する!」


「無理にしなくていいぞ」


「する!」


「何で?」


「分かりたい!」


「一人でいるのを?」


「うん!」


 そう言って。


 部屋の隅へ行く。


 座る。


 箱を開く。


「…………」


 十秒。


「…………」


 二十秒。


「…………」


 三十秒。


「お父さん!」


「早い!」


「暇!」


 やっぱり向いていなかった。


「一人、難しい!」


「無理して覚えるものじゃない」


「でもみんなできる!」


「できるできないじゃなくて、好きかどうかだ」


「フェルナは?」


「みんなといたいんだろ」


「うん!」


「ならそれでいい」


「でもミレアは一人」


「ああ」


「違っていい?」


「いい」


「七人なのに?」


「七人だからって、何でも同じじゃないだろ」


 箱だって。


 中身は全部違う。


 好きなものも。


 考えることも。


 一人でいたい時間も。


 違って当然だ。


「じゃあ」


 フェルナは立ち上がり、ミレアのところまで行った。


「ミレア」


「なに?」


「また一人したくなったら」


「うん」


「言って」


「うん」


「フェルナ、邪魔しない」


「ほんと?」


「…………」


 少し間があった。


「たぶん!」


「そこは絶対って言って」


「頑張る!」


「それならいいよ」


 ミレアが笑う。


     ◇


 その日の午後。


 七人はそれぞれの仕事へ散った。


 俺が薪を割っていると。


「お父さん」


 背後からミレアの声がした。


「どうした?」


「少しだけ、一人で歩いてきていい?」


「どこまで?」


「家が見えるところ」


「ならいい。ただし森の奥は行くな」


「うん」


「何かあったらすぐ呼べ」


「分かった」


 ミレアは家の前を横切り、少し離れた木のところまで歩いていく。


 それを見ていたフェルナが。


 ぴくりと動いた。


「…………」


 追いかけそうになる。


 止まる。


 また動く。


 止まる。


「頑張ってるな」


「すっごい頑張ってる!」


「何が?」


「追いかけないの!」


「そこまで大変か」


「大変!」


「じゃあ別のことしろ」


「何?」


「薪運ぶ?」


「それラグナの!」


「今日は一緒にやればいいだろ」


「じゃあやる!」


 気を逸らせたらしい。


     ◇


 少しして。


 ミレアが戻ってきた。


「ただいま」


「おかえり!」


 フェルナが真っ先に迎える。


「楽しかった?」


「うん」


「何した?」


「風見てた」


「風って見えるの?」


「葉っぱが揺れるから」


「フェルナも見る!」


「今度一緒に?」


「うん!」


 そして。


「でも今日は?」


「今日はもう一人終わり」


「じゃあ一緒!」


「うん」


 二人で。


 家へ入っていった。


     ◇


 夕飯のあと。


 リシェルが。


 昨日作った箱の底へ。


 また一本。


 線を増やしていた。


「今日は何だ?」


「一人」


「一人?」


 昨日描いた。


 家。


 八つの丸。


 その少し離れたところに。


 小さな丸が一つ。


「誰?」


「決めてない」


「じゃあ?」


「一人でいる時」


「ああ」


「でも」


 そこから。


 家まで。


 細い線を引く。


「帰る」


「…………」


「一人になっても」


 リシェルが言う。


「家族じゃなくならない」


「ああ」


「遠くにいかなければ?」


「今はな」


「大きくなったら?」


「その時は、もっと遠くへ行くこともあるかもしれない」


「それでも?」


 何を聞いているのか。


 分かった。


「家族だ」


「…………」


「離れて暮らしても?」


「ああ」


「一人でいたくても?」


「ああ」


「喧嘩しても?」


「昨日覚えただろ」


「うん」


「全部同じじゃなくても?」


「それも昨日からだな」


「うん」


 リシェルは。


 細い線の先を。


 もう一度なぞった。


「じゃあ覚える」


     ◇


 夜。


 七人が寝床へ入る。


 いつもなら。


 誰かと誰かがくっつき。


 場所を取り合い。


 狭いだの暑いだの騒ぐ。


 今日は。


 ミレアが少し端に寝た。


「ミレア」


 フェルナが呼ぶ。


「なに?」


「そこ一人?」


「今はね」


「…………」


「どうしたの?」


「行っていい?」


 ミレアが笑う。


「いいよ」


「やった!」


 すぐ隣へ潜り込む。


「一人じゃなくなった」


「今は一緒がいいから」


「そっか!」


 満足そうに。


 フェルナが目を閉じる。


 一人でいたい時。


 誰かといたい時。


 どちらも。


 その時の自分が決めていい。


 いつも一緒にいることだけが。


 家族ではない。


 離れたい時には離れ。


 戻りたい時には戻る。


 そして。


 戻ってきた時。


 当たり前みたいに。


「おかえり」


 と言える。


 そんな家であれば。


 きっと十分なのだろう。


「お父さん」


 暗闇の中。


 フェルナの声がした。


「なんだ?」


「フェルナね」


「ああ」


「明日は一人しない!」


「好きにしろ」


「ずっとみんなといる!」


「それも好きにしろ」


「お父さんも!」


「俺まで決めるな」


「なんで!」


 結局。


 フェルナが一人の時間を好きになる日は。


 かなり先になりそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。